2007年01月29日

なにごともほどほどに

 塵も積もれば山となるという具合で細かい作業がどんどん入ってくる日々が続きます。まあ、来週あたりに「解放」されるでしょうという見通しが立っているので、淡々とこなすというところでしょうか。まあ、こういう作業も必要なのかなと肩に力を要れずに処理するのみです。

 今更ですが、中岡望『アメリカ保守革命』(中央公論新社 2004年)を読みながら、この手の話は苦手だなあと痛感します。中岡先生の著作そのものではなくて、「主義主張」というものにどこかついてゆけないものを感じてしまう。この本を読んでいると、私の価値観は、ある一面においては保守主義的に近いものがあり、ある一面においてはリバタリアニズム的な要素をもっているように感じます。ただ、このような考えを「主義主張」として固定してしまうと、自分でも胡散臭くて信じられなくなります。このあたりは私の器ではうまく表現できないのですが、「中道」ですら、自ら「中道」と称すると、途端に話が堅くなってしまう印象があります。

 私の価値観というのは、「なにごともほどほどがよい」という自分でもとるに足らないことにつきるのでしょう。そして現実には、「ほどほど」をあらかじめ見極めることは非常に難しい。たいていの場合、後から「やり過ぎた」とか「あそこでもっと踏ん張っていれば」と後悔することばかりです。だから、「なにごともほどほどがよい」と私が敢えて「主張」するとき、そのほどほどが自分では見極め切れていないという自信のなさがあります。こんなアバウトな「イデオロギー」を「○○主義」にあてはめられるのか、まるでわかりませんが、ほどほどがよいというのは常識なんだけれども、えてして人はやりすぎたり、足りなかったりする。その意味では、保守主義もリベラルも私にとっては同じだけ価値があります。…。無節操なだけかもしれませんが。

 ご快癒のご様子のかんべえさんをちょっとだけからかうと、ISG報告書のように「大人の解決」をブッシュ大統領ができる人だったら、そもそもイラク戦争などしないでしょう。こういうときはカリカリせずに情勢を淡々とおってゆくのがよいだろうと悟ったような「寝言」が浮かんでしまいます。

 「寝言」の更新もほどほどがよいのでしょうが、腹にためるよりも吐き出してしまった方が、よいのかなあと思ったりします。もちろん、考えがまとまらずに眠らせている話題の方が多いのですが。私の場合は、書いた方が考えがまとまってくることが多いタイプのようです。正確には、書く前よりもほんの少しだけ整理ができるという程度ですが。
posted by Hache at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
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