2009年10月12日

江畑謙介さん

 リーダーでJSFさんの記事で訃報に接しました。ちょっと言葉が出ないです。ありきたりですが、お悔やみ申し上げます。安全保障に強い興味をもったのが、キッシンジャー『外交』を読んだことがきっかけでした。古い時代はともかく、時事的な問題になると現代の兵器に関する知識が貧弱すぎて、困った覚えがあります。とりあえず、大型書店で軍事関係のコーナーで素人でもわかりやすそうな本ということで見て回った上で、某所の方にメールで江畑謙介さんの『兵器の常識・非常識』がよさそうに思えるのですが信用しても大丈夫でしょうかとお尋ねしたところ、「これだからど素人は」という苦笑を抑えているのが文面から伝わってきましたが、良書を選ばれましたねと返信を頂いて、むさぼるように読みました。

 3年ほど前、江畑さんと直接お話できたのは貴重なご縁でした。パーティの際ですので、15分程度だっただろうと思いますが、誰も信じてくれないでしょうが、人見知りが激しいものですから、私もずいぶんあがってしまい、たどたどしく自己紹介をしながら、江畑さんは想像以上に腰の低い方で私の方が気恥ずかしいぐらいでした。台湾海峡の軍事バランスの問題を少し補足していただいた上で、伺いたかったのはロジスティックスの問題でした。私は素人ですし、どちらかというと軍事が民間経済や企業に与えた影響という本当に素人的な話題からお付き合い頂きました。おそらく筋の悪い質問が多くて、江畑さんが一瞬、間を置いてから、実に驚くほどそのまま文章になるぐらい整理されたご返答を頂いて恐縮するばかりでした。

 今でも印象に残っているのは、「あなたは経済畑の方ですから遠慮されているのでしょうが、米軍も民間のロジスティックスを研究しています。もちろん、軍事と経済で目的は異なりますが、不思議と共通する部分も多いのですよ」とおっしゃっていたことでした。江畑さんご自身もSCMなどにも詳しくて驚いた覚えがあります。本当に楽しくてあっという間に時間がすぎてゆく中、岡崎久彦さんが(図々しいデブがアイドルを独占していたのを見かねたのか)ニコニコされながら、続きをしましょうということで台湾海峡の軍事バランスの議論がさらに掘り下げられたことを思い出します。

 『老子』の中でもらしからぬ一節ですが(やや鼻につく)、私自身の軍事への感覚は次の一節が基本でしょうか。「兵は不祥の器にして君子の器に非ず。已むを得ずして之を用うれば恬淡を上と為す。勝ちて美とせず」。「不祥の器」を論じるには高度の常識が必要であって、江畑さんは見事にそれを体現されていたように思います。この島国ではなかなか報われない分野でプロフェッショナルであると同時に常識の士を失いました。心よりお悔やみ申し上げます。


 コメントも滅多につかない過疎ブログですが、最近、時折、非常識なコメントがつくこともあり(選挙期間中は腹に据えかねて2つほどコメントを削除しました)、この記事に限り、お悔やみという性格上、承認したもののみコメントとして載せます。なお、過去の記事で承認が必要となっているのは、ココログからさくらインターネットに乗り換えた後、英文のコメントスパムがあまりにひどく、緊急避難ですべての記事に関してコメントを承認制、場合によっては受付しない状態にした名残です。堅苦しいようですが、共感も理解もして頂く必要はありませんが、コメントして頂いても、この記事に関しましては直ちに反映いたしません。その他の「寝言」に関しましては、これまで通り、TBのみ承認制で当面は様子を見ます。

 JSFさんのこの記事を拝見して唖然としました。問題となっている議員の書き込みは軽蔑するのみです。以前にも書きましたが、台湾海峡の軍事バランスというすぐれて政治的要素が絡む問題に関しても、2006年の岡崎研究所のフォーラムの公式の場でも、終わった後でも、江畑さんは事実認識以外は語りませんでした。中国空軍に関しては数年前までパイロットの育成が遅れているという指摘がありましたが、現在では文革以後の世代が軍の中枢となり、弱点を理解した上でパイロット育成に以前とは比較にならないぐらい重点を置いていることを指摘されていました。また、AWACSの存在やスホイのノックダウン生産ができる能力があることなどをとくに政治的な意味づけを行ったり、力むことなく淡々と述べられていました。決して大笑いされる方ではありませんでしたが、素人の質問にも真剣に答えられながら、岡崎さんとの対話を楽しそうにされておりました。今となってはせつないですが、季節が5月の終わりで、秋に開催できないのですかと江畑さんが尋ねられたところ、岡崎さんが、苦笑しながら、「残念なんだけど無理なの」と応えられると、はにかみながら頭をかいていた江畑さんを思い出します。
posted by Hache at 23:03| Comment(4) | TrackBack(1) | まじめな?寝言
この記事へのコメント
大変ご無沙汰しております。あの時、寝言先生とともに江畑さんのお話を聞いた一団の中にいたMです。ほんとに短い時間でしたが貴重なお話を聞かせてもらったという満足感でいっぱいでした。当時に比べれば、近年のフォーラムでは威勢のいいお話は聞かされるけれど、ビジネスマンにとっても居心地がよかった往時の雰囲気はなくなっています。周囲が変化したのか、自分が変わり果てたのか。潮時なのでしょうか。
そんな違和感がない江畑さんの著書、積読状態でしたがこれから少しまじめに向き合うことにします。せめてもの供養として。
Posted by M at 2009年10月15日 00:00
>M様

こちらこそご無沙汰しております。血管以外にも体にガタが生じておりますので、勤務に影響が出ない範囲で体調を管理することを最優先にしておりますので、この2年ぐらいは不義理をしております。ご容赦ください。余計かもしれませんが、先生という継承に値する見識を持ち合わせておりませんので、気軽にお越しいただけると、幸いです。

岡崎さんと江畑さんの対話は今でも印象に残っております。訃報に接した後でしたので控えましたが、お二人の対話が血も涙もないものでしたので、あの程度のやりとりはお二人にとっては軽度のものかもしれませんが、冷徹そのものでした。他方で、江畑さんのプロフェッショナルに値する姿勢が強く印象に残りました。私も未読の文献を抱えておりますが、『軍事とロジスティクス』は再度、読み直さなくては感じております。

この2年ぐらいフォーラムに参加しておりませんので、私自身はわからない部分がありますが、小泉政権で事実上、集団的自衛権を行使する施策が実施されたのにもかかわらず、それを総合的に整備してゆく法体系や与野党間のコンセンサス形成に郵政選挙後の小泉政権以降、不首尾に終わってことが不毛な党派間対立を高める結果を反映しているのかもしれません。

ビジネス環境の変化は本当に苛烈な状態です。これも再読中の文献ですが、中村隆英『現代経済史』(岩波書店 1995年)を読み返しています。「特定不況産業安定臨時措置法」(特安法)のような法律が自動車産業を対象とする時代が来るのかもしれないと。1970年代から1980年代初頭の経済危機は克服のプロセスでいわゆる「リーディング・インダストリー」を生み出しましたが、今日ではそのような特定産業の成長を前提とした「成長戦略」を描くことは困難な時代です。NSFのような役割を科研費が担えるのかどうかは疑問ではありますが、これまでかなりの部分、個人や民間頼みであった基礎研究・応用研究を意識的に国が強化しなければ、おそらく長期的には国際市場で営利企業の生き残りは難しく、また頭脳の流出がさらに加速することを恐れています。

ただ、より根幹の部分では国際通貨体制の動揺が続き、現状ではブレトンウッズ体制に代替する制度を構想するのは難しいのですが、「強いドル」政策にもとづいてアメリカが財政赤字と経常収支赤字をマネージし、それが他国にとっても成長の機会を与えるという時代が終わりを迎えるかもしれません。このあたりは江畑さんのように事実を徹底的に調べ上げ、時事的な問題につきものの認識の誤りを認め、観察と描写に徹するプロフェッショナルが見当たらないように思います。大英帝国の没落期には一見、受動的ですが、冷徹な経済のプロフェッショナルを輩出した時期でもあります。この国にそのような活力が残っていることを願っております。
Posted by Hache at 2009年10月15日 01:06
江畑氏の名前と著書には以前からミリタリーファンとしての視点で触れていたのですが、安全保障と商業ロジスティクスがクロスオーバーする分野の研究者の卵(無精卵かもしれませんが、笑)になってから氏の「軍事とロジスティクス」を読んだとき、日本にもこういうアプローチが出来る人がいたのか、といたく感動したことを鮮明に思い出せます。アメリカのロジスティクス畑の高級将校はミシガン州立やノースウェスタンなどのロジスティクスに強い大学で修士号・博士号を取得しているのが当たり前だし、そもそもロジスティクス戦略の策定・実施には民間のコンサルタントが多数参加している。そういうアメリカでは常識になっていることが日本の専門家の間で知られていないというのは向こうでこのテーマに手を付けた僕にはかなり意外かつ不本意なもので、その中で出合った氏の著作は私にとって衝撃でした。

江畑氏にはいつかお目にかかりどうやってそのような研究を続けてくることができたのかお尋ねしたいと思っていましたが、果たせぬ夢となってしまいました。月並みですがご冥福をお祈りいたします。
Posted by mitsu at 2009年10月15日 22:15
>mitsu様

『軍事とロジスティクス』の解説はmitsu様にうってつけです。軍事の専門家に初対面でド素人のくせにロジスティクスの話をぶつける私はかなり変ですが。本文では自分のことを語ることは極力避けたかったので、余計な話をちょっとだけ書かせて下さい。『孫子』の最初の方に兵站の話がでてくるのですが、所詮といっては貧弱な表現でしょうが、兵站どまりで、現代ではもっと戦略レベルでロジの発想が不可欠だろうと。日中戦争や日米戦争に関してはロジの発想があれば、政略以前に軍事作戦レベルですら、そもそも深入りしないでしょうし、素人的には陸海軍ともにここまでいったん戦端を開いた以上、戦争の是非はおいて、国内で国家総動員体制まで敷いておきながら、ロジをちゃんとしないのかと。不思議でしょうがなかったのです。

さすがにこの話を初対面で江畑さんにいきなりぶつけるのは不躾かなとおもって、軍事と経済の関係のぬるい話から入ったのですが、ロジの話になったら、民間企業のロジスティクスのお話そのものと軍事への転用のお話を素人にもわかりやすく語られるので、驚いた覚えがあります。『軍事とロジスティクス』を拝読して、意外だったのが腑に落ちた次第です。『軍事とロジスティクス』も迂闊に読むと、カタログ集に見えてしまう危険がありますが、やはり正面装備などハードに偏らない発想を語るには、ビジュアルを含めて、まず、出発点を低くしないと、理解されないのでしょう。これは悩ましい問題です。

欲求不満を解消しましたので、漸くリプライですが、私のような素人よりもmitsu様の非常識への嘆きが深いことと存じます。おそらく戦前からの悪しき伝統だと思うのですが、軍事に関する学を体系的に伝えるという教育がなく、口伝に頼る文化ではアメリカのように大学院までいって徹底的に叩きこむというのは難しいのでしょうか。これは戦後民主主義の欠陥では説明のつかない問題だと思います。なにしろ、ロジスティクスと情報という最も戦略的な要素が絡む部分が貧弱で、平気で「ルーズヴェルトの陰謀」なんて話が空自のトップからでるのですから、日本の軍事は非日本人的な発想ができる方がいないと、本当に大変だと痛感いたしました。コメントを拝読して、本当に惜しい方を亡くしたのだと再度、痛感いたしました。

したがいまして、非国民ならぬ非日本人的な発想ができる方が息長く活躍されることが江畑さんへのささやかな手向けではないかと愚考するしだいです。
Posted by Hache at 2009年10月16日 01:18
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江畑謙介氏死去
Excerpt: 最近の北朝鮮のミサイル発射などで何故かテレビに出ないと思っていた江畑謙介氏が10月10日に亡くなった。冷静な発言が印象的だったが、まだ60歳の若さだ。非常に残念だ。
Weblog: 札幌生活
Tracked: 2009-10-20 17:37