2009年10月21日

不確実な世界を理解するための「確実な世界」

 まずは、お詫びです。先日の「寝言」で仲井眞弘多沖縄県知事のお名前を二度も誤って記載しておりました。私自身が多くの点で沖縄の基地問題を語るのは不適格だと恥じ入るばかりです。

 それにしても、Googleリーダーで配信された英文の記事を読むと、暗澹たる気分になります。Wall Street Journalは日本人記者と思しき方の記事で全体として穏やかな事実関係のみ(Yuka, Hayashi, "U.S., Japan Differ on Military Base"(参照) 。Washington Postが2009年10月21日付けで配信したBlaine Hardenの"In Japan, Gates talks tough on base relocation"(参照)はいきなりオバマ政権が普天間飛行場の問題を再交渉することに言及すれば、"serious consequences"に直面するだろうと警告したという表現が冒頭から登場します。言うまでもなく、"serious consequences"は通常の国家関係なら戦争をも含む厳しい表現ですから、日米安保でそのような選択肢が日米両国から排除されている現状を考えると、記者の主観が入っていることを割り引いても、異常な事態でしょう。もはや、海の向こうのジャーナリズムの、控えめに見積もっても一部では潜在的な反米国家としてみなされていると覚悟した方がよいのかもしれません(Washington Postは政権交代後の社説で最も厳しい論評をしている(参照))。日曜日の『日高義樹のワシントン・リポート』でカート・キャンベル国務次官補のインタビューをやっていましたが、字幕を無視して聴いていると、インタビュー前半では"ally"という表現が多かったのが、後半からはほとんど姿を消して、"relationship"ばかりになったのが印象的でした。まあ、日米同盟というのはもはやお題目になったのでしょう。

 ただし、Washington Postの記事ではアメリカ側の言い分が強く出ているとはいえ、普天間飛行場が人口密集地にあり危険であるという基本的な認識を抑えています。単に、「売り言葉」に「買い言葉」と理解すると、本当に日米離反に進むのでしょう。ゲーツ国防長官が防衛省の夕食の招待を断ったという記述が象徴的です。邦字紙でも報じられているそうですが、あいにく日本語の記事は手抜きの私は気がつきませんでした。米軍再編の戦略共有どころか、邪魔をするようにしか映っていないのかもしれません。普天間飛行場、インド洋給油活動などは濃淡があるのでしょう。アメリカ抜きの「アジア共同体」を推進すれば、アジアにおける潜在的敵国の筆頭は中国ではなく日本になるのかもしれません。

 日本関係の記事は読むと憂鬱になるので、まずは職場でメールの整理。インターネットメールでメールを残しておくとアクセスが便利なのでついつい300通を超えるメールを溜め込んでしまっていました。社内専用の「掲示板」で名指しこそされませんでしたが、特定部署のメール整理してくださいとの通知があり、私が犯人です、すみません。というわけで添付ファイルだけで1MBを超えるメールを150通ほど溜め込んでいたのを添付ファイルのみ保存してすべて削除。その他のメールも削除して、なんとか90通まで減らしました。作業には1時間近くかかってしまいましたが、すっきりして気分がすっかりよくなりました(日米安保の危機というのにわれながらのんきなものだと苦笑しますが)。お調子者ですから、まだ1ヶ月あるとはいえ、苦手な他人の成果への討論を行う予定(今年はこの手の話がいくつもあって抑鬱気味なのですが)を考えるのが苦痛でしたが、一気に視界が晴れて、送られてきた成果物を読みながら、なかなかいい仕事をしているなあとメールを送って改善というほどではなく、どうすれば貢献をよりよくアピールできるのか、アドバイスというのもおこがましいですが、2週間ぐらい手がつかなかった仕事がすいすい進みます。私よりも若い方なので、ちょっと生意気なところがよく、危ないところは用心深く抑制して、思い切りアピールしたらよいだろうと激励するつもり。

 問題は、日本の産業の現状とこれまでの歩みを2万字以内でまとめよというありがたいお仕事の締切が10月末に迫っていることです。しかも、高校卒業程度でもわかるという厳しい制約条件がついているので、この数ヶ月は苦吟の日々です。ただ、初心者向けに説明するというのは書き手自身が勉強になることも多く、主として中村隆英先生の研究から全体像を掴むようにしていますが、前も書いたように一度、読んだはずなのに読めていないところが多いのに気がつかされます。

 最近は「エコノミスト」の書いた文章は一切、読まないことにしています。昨年の金融危機では完全情報の世界を理解しているとは思えない人たちがうんざりするほど「エージェンシー問題」の解説をしたがるのが滑稽でした。どうも、最近は専門家に分類される人たちでも、若い方の多くはやたらと不確実性を強調したがるようです。完全情報でも実はわかっていないことが多く、専門家の多くは見向きもしないようですが(専門家の「ムラ」ではあまり評価されないからでしょう)、実は経済主体が意思決定に必要な情報をそろえていても、意思決定に幅ができてしまうことは決して珍しいことではありません。10年ぐらい前に、不確実性を強調した話をしていたところ、「君は一見、確実なはずの世界がどれほど未知に満ちているか理解しているのかね?」と問われて、ハッとしました。もちろん、不確実性に飛んだ世界を描写することは私たちをより深い洞察に誘うのでしょう。しかし、世界を理解する立場からは情報が完全であっても、意思決定というのは容易ではないという、一見、非現実的で役に立たない作業というのが、実は一番、難しいのかもしれないと私よりもはるかに若いIさんの文章を読みながら感じる日々です。
posted by Hache at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/33103892
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック