2009年10月24日

かなり憂鬱

 朝、目を覚まして朝食を摂っても目が覚めたという実感がなく、とてつもなく憂鬱です。まあ、仕事がはかどらないからと勤務先のPCに向かっても、うっかり新聞社やニュースのサイトを見ると、これがうつ病なのかしらというぐらい憂鬱になります。元気な方を見ると羨ましくて、「また亀井さんがよい談合とか言っちゃったみたいですよ」と言われても、無反応。たった1ヶ月ですが、別の国に住んでいるようで、悪夢を見ているようです。

 私自身がわけがわからないのですが、前回の「寝言」を書いたときに読んだWashington Postの記事は、水曜日の早朝に配信されたもので、"the Obama administration warned Japan on Wednesday of serious consequences if it backs out of a commitment to allow the relocation of a U.S. airbase on Okinawa"(グーグルの英語版キャッシュには残っていませんが、転載しているサイトには残っておりました)とあったのですが、タイトルも変わってWashington Postの一面に掲載されたようです。TBSのサイトでは紙面そのものを紹介していたので、掲載される段階で"U.S. pressures Japan on military package"というタイトルになり、該当部分も、"the Obama administration warned the Tokyo government Wednesday of serious consequences if it reneges on a military realignment plan formulated to deal with a rising China"と微妙にニュアンスが変わっていました。もともとはHarden単独だったと思うのですが、連名の記事に。こちらは記憶違いの可能性が高いのですが。

 さらに、訳がわからなくなったのは文章そのものが大部分、同じのまま、"Japan: No base decision soon"(参照)という記事がメールで配信されてきて、混乱しました。さらに木曜日の午後にプリントアウトした記事と現在、掲載されている記事の内容が異なります。午後にプリントアウトした時点では後半で鳩山首相以外の民主党議員やカルダーの発言はなく、よくわからない展開です。米紙もあんまり信用しすぎると痛い目にあうのは、以前、グリーンスパンの発言をめぐって米紙の報道が混乱して邦字紙もつられたケースがあるので、今回の場合、大きな変更がないとはいえ、取り扱い要注意の記事なのかもしれません。

 それにしても、"hardest thing right now is not China, it's Japan"の"hardest"をなぜかどの新聞社も「厄介な」と判で押したように同じ訳になるのが不思議です。定訳なんでしょうか。協調性がないせいか、漢字(「厄介な」)かひらがなか(「やっかいな」)という違いこそあれ、まったく同じというのはちょっと気もち悪いです。誤訳かどうかという問題ではなく、ついつい「談合」のにおいを感じたりします。それにしても、WSJなどでは連日、Galleonの問題が記事になるのに、日本では『日経』以外では記事が少ない気もいたします。昨年のような形で不良資産問題が顕在化する可能性は低くなっていますが、万が一、金融問題が起きたときにオバマ政権の選択肢が狭くなっていることは理解しておいた方がよいのではと思ったりします。;

 『世界の論調批評』の「法律家的発想のオバマ・ドクトリン」(参照)はさすがだなあと感心したのですが、余計に抑鬱状態になりました。太平洋の東側を「国際情勢が生きたものであることも知らない、戦略的発想も無い、法律家の素人論」が支配しているとすると、西側は単なる素人集団が内閣を担っているわけでして、まさに不確実性、すなわち何が起きても不思議ではない状態ということになりましょうか。日米安全保障条約の廃棄があっても驚くことではないのでしょう。

 てなわけで、憂鬱ではありますが、徐々に悪い話が出ても、感覚が鈍麻してくるという意味では徐々に「耐性」ができているのかも。新型インフルの話題が多いのですが、以前のまま、うがいと手洗い以外の対策はとっておらず、自分でも大丈夫かなと。お医者さんに相談したところ、輸入ワクチンの相性はわからないので、あたふたしないのが一番ですよとのこと。嫌な時代だなと思うのは、医療機関従事者が最優先というのはおかしいのではないかという主張をする人が周囲でも若干ですが、いることでしょうか。一番、感染リスクが高く、なおかつ倒れては困る方を優先するのは当たり前ではないのかと思うのですが、どうもそういう優先順位をつけること自体がけしからんそうで。私自身が幼いときから協調性がなく、なんだか他人と違うんだろうなあと自意識過剰でしたので、なにが「常識」なんだろう、「常識」を形成する主体はなんだろうと「常識」を「常識」として意識していかなければ生きることに困難を感じる非常識な生活を送る日々です。


 まずはお知らせですが、過疎地にもなぜか無差別トラックバックが来るので、禁止ワードで「流出画像」とか「儲ける仕組み」などを設定しておりましたが、このように設定しますと、私自身がコメント欄に書きこんで、たとえば「画像」という単語が含まれておりますと、エラーが生じるので緩和しました。おかげで変なトラックバックがやたらと増えているのですが、このあたりの設定は悩ましい部分があります。

 今年で86歳になるという方を含む御高齢の方が集まる場でお話しする機会がありました。御本人いわくは無学とのことですが、現在の政治や経済がわからないので困るのですわとおっしゃっるので、内心、私自身がわけがわからないのですがと苦笑せざるをえませんが。それで若い人の話が聞きたいとのことでしたが、どこから手をつけてよいのか悩ましいのですが、内政の優先順位の設定の拙さと日米関係が不安定になるかもしれないというあたりをメインに30分程度、話させて頂きました。国内ではWall Street Journalの"The Widening U.S.-Japan Security Divide"がアジア版に掲載されたので話題になっているようですが、どうせアジア版なら"The Real Face of the DPJ"(参照)の方が面白いですよというあたりをオチにしました。まあ、政権交代で「古い自民党」時代に戻ったというのはやや図式的ではありますが、政策の方向性としては国内メディアが報じるほど、新規性がなく、異なるとすれば、以前は危機管理能力が低かったのが、今回の政権は政権自体が不安定要因というぐらいでしょうかというまとめです。

 最高齢(とはいっても、集まっている方はほとんどが80歳を超える方でしたが)の方がいたく感心されたらしくて、話の後で御自身の体験を伺いましたが、戦争を身をもって体験された方のお話というのはやはりなにかが違うなあと。20代のときに無線電信講習所で訓練を受けられたそうで、終戦の前年にいよいよ通信兵として配属されることになったそうです。そのときに講習所で、南方は既に危険で北支はまだマシだからということで、北支に配属されたそうです。所属が陸なのか海なのかを聞き漏らしたのか、わからなかったのですが、そのまま陛下の命で終戦となったのですが、印象的だったのは、あれは終戦ではなく戦に負けたのですよという一言でした。敗戦国だということは戦争を知らない世代にも伝えておきたいと語っておられました。

 内地に戻る際に、驚かれたそうですが、戦勝国であるアメリカが帰国用の船を用意して戻ったそうです。船の造りが立派で、こんな船を敗戦国の兵士を帰還させるために準備するアメリカに参ったと思ったそうです。このあたりは後藤田正晴さんのオーラル・ヒストリーをはじめ、種々の回顧録でもでてくる話ですが、大変失礼ながら、戦争体験でアメリカと戦争をすることだけは避けなければならないということが大卒か否かを問わず、常識であった世代が現役だった頃は、現在の50代や60代の方たちが安保闘争をやっていた時期ですら、はるかに安全保障に関する暗黙のコンセンサスがあったのでしょう。

 80歳を過ぎても、そうは見えないぐらい矍鑠とされた方ばかりで圧倒されましたが、やはり最高齢の方に、「もし負けた相手がアメリカではなく、ソ連だったらどうなっていたと思いますか?」と尋ねらました。これも一時期、考えたことはありますが、想像の域をでるものではないので、難しいなあと思いながらも、「北方領土は今でも係争地ですが、おそらく、北方領土はおろか北海道ぐらいは占領されて、東ドイツのような扱いで済めば幸運でしょうが、本州や四国、九州あたりは今のチベットや新疆ウィグル地区のような状態になっていたのかもしれません」とついきつい表現になってしまいました。とくに反論もなく、皆さんがうなづかれていましたが、最後に「アメリカという国は私どもの世代にとっては大きな存在ですよ。これと戦争に至ることだけは子々孫々まで避けてもらいたい」とのことでした。

 軽佻浮薄な人間ですので、「アメリカという国は戦争するには最悪ですが、負ける相手としては悪くないではないかと」と申し上げますと、皆さんが破顔一笑されていました。こちらからは高度成長期のお話なども伺いたかったのですが、あっという間に時間が過ぎてしまって、残念ながら、貴重な機会を生かせなかったのはちょっと惜しかった気もいたします。ちょっと意外だったのは、金融危機で私が右往左往していた時期に外貨取引などで利益を挙げられていた方が意外と多く、御高齢の方が多いのにもかかわらず、韓国や台湾などへ旅行されている方が少なくないことでした。詳細は伺わなかったのですが、旧植民地つながりで現地にいろいろなつながりがあるそうです。このような絆は世代を超えて継承することが難しいのでしょうが、草の根レベルで交流が行われているのは興味深く思いました。東アジア共同体などと力まずに、政府レベルで韓国や台湾、ASEAN諸国と日本の絆を深め、アメリカを巻き込んで戦前と戦後の日本の遺産を生かしながら、アジアの民主主義と市場経済の連帯を図れないものだろうかと思いました。

 経済の話は難しいもんですなあと言われて私の説明があまり上手ではないことを痛感しました。ただ、冷戦期の終盤から小泉改革に至る流れをざっと説明させて頂いたところ、やはり冷戦期も経験されたからでしょうが、金融危機で大変だけれども、市場経済を否定する時代ではないのですなあという感想を頂いて、ホッとしました。「神の見えざる手」という最近ではあまり用いられない表現を用いましたが、不思議なもんですなあという感想と同時に、市場メカニズムという非人格的な資源配分は欠陥が多いけれども、統制経済や計画経済のような人格的な資源配分というのはそれ以上に非効率だけではなく、様々な問題を引き起こすという点で市場を代替するものではないということを理解して頂いたことはうれしかったです。

 再び、現状に戻りますと、冷静に見て、核廃絶をオバマ米大統領が謳ったところで、核拡散防止が現実的な問題で、大国が核を保有している時代に過去のような大国間戦争というのはよほどのことがない限り、生じないのでしょう。ただし、やはり自然現象と異なるのは、戦争を抑止する意識的な営為がなければ、決して無視することはできないということでしょうか。その意味では、冷戦後の世界は、先進国を中心に(大国間)戦争体験のない世代が政治を動かす時代に入ってきました。私もガラが悪いので上の世代の悪口を一杯、書いておりますが、どこかで自分たちの世代は上の世代よりもすぐれているという思い上がりとは距離を置きたいという感覚もあります。「時の最果て」の「寝言」らしく表現すれば、やはり理性で人間の本性を改善することができるとか、もっと素朴に世界が変わった(あるいは世界が滅茶苦茶になる)という類の議論には懐疑的に接することが増えてきております。うーん、それにしても、鳩山政権はこの国をどこまで壊してくれるのかと考えますと、再び抑鬱状態に戻りますので、来週以降は仕事に専念します。
posted by Hache at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 不健康な?寝言
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