2009年11月10日

防衛関係費増額という「虹」

 防衛費を増額せよという正論を読むたびに悲しくなりますな。2004年の防衛大綱の見直しの際には、片山さつき氏に安全保障に関心が高い人には批判が集まりましたが、ひどいことを言えば、当時の主計官の言動は異常だったと思いますが、その程度の人にやられてしまうぐらい、防衛費の増額を主張する方々の影響力がないんだなと。財務省の論理というより財政の論理というのは敵に回せばまず勝ち目がありません。財務省の平成21年度予算案を見るとため息が出ます(参照)。「平成21年度一般会計歳入歳出概算を見ますと、いよいよ基礎年金国庫負担割合が3分の1から2分の1へと増し、それにともなって、社会保障関係費のうち年金医療介護保険給付費が約2兆9,200億円ほど増加しています。他方、税収の落ち込みは7兆円を大きく超え、公債金が33兆円を超えているのも無残です。

 財政の問題を論じるのならば補正予算を加える必要がありますが、かかる状況下、防衛関係費を増加させるためには、「防衛費増額の問題については、たまたま日本の防衛態勢が大幅な更新時期に来ている一方、中国が飛躍的に軍備を増強させ、北朝鮮も核武装したという情勢下で、日本も防衛費の増額が必要な時期に来ていることは、誰も否定できない客観的事実です」というのは空しく響きます。どの予算項目も必要であり、優先順位を変えない限り、不可能な話です。今の状況は、実質的にはマイナスサムゲームの下で、戦前の教育を受けたはずの方たちが声が大きいものだから、社会保障関係費には手厚くなっているのが現状ですから。後期高齢者医療制度導入のときにはうんざりしましたねえ。しみじみ学校教育など関係なく、世代も関係なく、負担増は嫌だ、分け前はよこせというわけですから、日教組教育なるものも戦前の教育の前にはかすむとうものです。あの騒ぎを思い出すと、感情論の前には「正論」なんて空しいよなあとしみじみ感じますねえ。防衛費増額を主張されるのなら、なによりもまず、同世代やすぐ下の世代の方を年金や医療保険など社会保障費の抑制が「お国のため」だと説得していただけないものだろうかという「寝言」が浮かびます。


(1)一般歳出          51兆7,309億76百万円
(2)歳出            88兆5,480億01百万円

     一般歳出比 歳出比
(3)社会保障関係費       24兆8,343億99百万円   48.1% 28.1%
うち(4)年金医療介護保険給付費 19兆6,003億58百万円   37.9% 22.1%    

(5)防衛関係費          4兆7,741億35百万円 9.2%  5.4%

(6)国債費  20兆2,437億31百万円      22.9%


 ざっくりした表ですが、平成21年度政府案の段階で既に年金医療介護保険給付が一般会計に占める割合が約22.1%に上っています。また、社会保障関係費全体で28.1%を占めます。一般歳出は本来ならば国の裁量の範囲ですが、こちらで見ますと、実に社会保障関係費が約48.1%、うち年金医療介護保険給付費のみで約37.9%に達します。対照的に、防衛関係費は一般歳出の9.2%、歳出比では5.4%にすぎません。

 なお、国債費と地方交付税交付金等に社会保障関係費を加えた値が一般会計の歳出に占める割合が69.7%、国債費と地方交付税交付金等に社会保障関係費のうち年金医療介護保険給付費のみを加えた値でも、歳出の63.7%を占めます。歳入面でも厳しい年度であるとはいえ、財政硬直化が進んでいるのが現状です。

 現時点では景気が本格的に回復する時期がまるで予測できませんが、仮に景気回復が持続した結果、2%ほど消費税率を引き上げが可能になったとしても、やや多めに見積もって6兆円程度の増収でしょう。その半分近くは基礎年金国庫負担割合の増加の手当てに回るわけでして、財務省としては残り3兆円は財政再建に回したいのではと思います。仮に、残り3兆円を一般歳出に回すことが可能であっても、社会保障関係費のプライオリティが突出している状況では(政権の政策に関する選好に関係なくこの点は事実上、合意争点化していると見た方がよいでしょう)、防衛費の増額が仮に可能でもごく微々たる額に留まるでしょう。

 一般歳出の50%が事実上、固定されていることを前提としますと、防衛費に高いプライオリティをおくためには事実上の独裁者に近い政治的リーダーシップが不可欠かと。単に装備が古くなっているし脅威があるからというもう何年も聞いている主張では削られるのをなんとか凌ぐのがやっとでしょう。「平成21年度予算のポイント」では防衛の項目では「米軍再編事業の本格化に伴う経費を手当てする一方、既存経費を合理化・効率化し、防衛関係費全体として前年度以下(▲0.1%)」と触れられているだけです。まあ、米上院の動向しだいで「米軍再編事業の本格化に伴う経費」がさらに増える可能性がある状態では、防衛関係費内部で米軍再編と防衛力維持(本当は防衛力強化と書きたいのですが現実を見るとあまりに空しい)が競合するのを避けるのがやっとでしょう。この問題もあるので、普天埋設問題は純粋に国防の観点からしても、財政的に困難な状況を生みかねないので、慎重に扱うのが普通の感覚だと考えます。以上の事情を踏まえて、防衛関係費の増額を主張するなら、せめて具体的な費目と合計の費用、効果などを示さないと、主計官に蹂躙されるのがオチでしょう。

 余談になりますが、よほどのことがない限り、本格的な政権交代には速くて6年はかかるでしょう。今回の政権交代は、2004年と2007年の参議院選挙の結果が積み重なって、自公連立政権の政策決定のスピードが遅くなった結果ともいえます。2010年、2013年と連続して自民党が勝利するかどうかはまったく見通しが立たない以上、これまた空しさを覚えますが、民主党中心の連立政権を説得するというほとんど徒労に近いことを行うしかなく、私自身はまるで気力が起きませんので、やる気のある方に頑張ってくださいなというところでしょうか。


 ずいぶんと突き放した書き方になっておりますが、「防衛費増額の問題については、たまたま日本の防衛態勢が大幅な更新時期に来ている一方、中国が飛躍的に軍備を増強させ、北朝鮮も核武装したという情勢下で、日本も防衛費の増額が必要な時期に来ていることは、誰も否定できない客観的事実です」という判断のほとんどに共感はします。問題は、「日本も防衛費の増額が必要な時期に来ていることは、誰も否定できない客観的事実です」という部分でして、財政がタイトな状況が続いている以上、費目間のトレードオフが強く出ますので、防衛費の増額に関する判断であって客観的事実ではないということです。非礼にあたるでしょうが、正論を主張していれば世の中が変わるという点では、いわゆる保守論壇も、共産党も、現政権も大差がないとすら感じます。さらに、非礼を重ねると、自分の主張が通らないのは日教組の教育のせいであったりと内向きの傾向が強くなっていることが気になります。トレードオフの関係にある予算の中で防衛関係費のプライオリティが他の費目よりも高いということを説得的に、また、その主張が通ったときに政治的反発が生じますから、反発を和らげながら、通すべき筋は通すしかありません。

 私などは外交・安全保障の素人ですから、ある政策を実行した際にどの程度の効果が見込めるのか、それが費やした予算と比較して見合うものなのか、さらに同じ金額を他の政策に費やした場合よりもよくなるのかなどを示す必要があるとは思いますが、具体的な方法となると見当がつきません。この点で、外交・安全保障政策に資源を多く配分することを説得するのは、他の政策と比較して困難なのでしょう。よって、外交や安全保障に関しては、他の政策よりもはるかにコンセンサス形成が大切だと思います。安倍政権以降、この点での配慮が、少なくとも論壇では希薄で、徐々にあまり色つきと思われたくないなと思うような、党派色の強い議論によって、その後の政権ではコンセンサス形成に至りませんでした。

 今後はといえば、やはりコンセンサス形成が不可欠でしょうが、現政権の混迷を捨象しても、議論がなかなか収束しない厳しい状況が続くと思います。当面、防衛費の増額が難しく、極東においては他の地域よりも国家間のバランス・オブ・パワーが決定的ですが、この十年ぐらいは本当に厳しい状態が続くでしょう。日米安全保障条約が死文化するところまでゆかなくても、日米が極東における現状維持に関して共通の利害を絶えず確認する作業を怠れば、中国などが露骨な軍事的圧力を背景に太平洋の西側を実質的に支配下に置きかねません。他方、次期戦闘機の選定ではF-22が実質的に外れるなど、正面装備に関しては他にもくらまにコンテナ船がぶつかってきたおかけで大変ではありますが、ないなりにやりくりをどう図ってゆくのかという点についてアメリカと共同するべきことがより増しています。この問題に関しては細心の注意を払わないと、日本が仮に防衛力強化を図っても、さほどの効果がありません。周辺国に対して航空優勢が保てなくなるのは危険ですが、そうなったら終わりだというのではコンセンサス形成は困難でしょう。外交や安全保障の問題に日常的に関心をもつ層ははるかに少ないのですから、おどされているような気分になるだけで、見たくもない現実から目を背けるだけで終わるのでしょう。

 抑止が機能している間は防衛関係費の効果は、なかなかわからないものです。通常の公共投資とは異なって費用対効果で正当化するのは困難な問題です。繰り返しになりますが、コンセンサス形成が不可欠なのですが、それが現実の政策動かすにいたってはいないのか、日教組や世代論ではない、もっと現実の政治プロセスに即した分析を戦後世代が行う時期なのかもしれません。
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