2007年02月26日

「おとなしい」40代後半の方の「鈍感力」

 はあ。日曜日に珍しく早起きをしてテレビをつけたら、見ているうちに極度の睡魔に襲われて眠ってしまいました。気がつくと、2時間ぐらいして『サンプロ』のお時間。「教育再生」と「成長力底上げ」が「お題」でつまらなさそうと思ったら、意外とおもしろい。気がつくと、あの方が出演されているではありませんか。『1985年』の著者近影でオタク視線全開のご尊顔を拝んだ方が、「あれが動くところが見たい」とのこと。とりあえず、「CS見ろ」が無難なんですが、地上波がやはり便利なのでこちらに期待している方もいらっしゃいます。しかるに、コメンテーターがどこで突っ込むかはまったく視聴者には予想ができないために、動くかんべえさん、しゃべるかんべえさんを拝めずに欲求不満になるそうです。見てもいいことはまったくないとおもうのですが、ファンがいるというのは羨ましい限りです。

 「教育再生」は思ったより話が進んでいて舞台裏はわかりませんが、思ったより現実的な話だなあと思いました。それにしても、どう落とし込んでゆくのかというまっとうなコメントを入れるとともに、「教育再生」関連法案が通らなかった場合、山谷えり子補佐官の責任なのか安倍総理の責任なのかというツッコミを入れるコメンテーターの方には参りました。「極悪」を超える称号が必要な気が。

 職業訓練の話は、大切な話が多かった印象があります。丹羽宇一郎さんが落ち着いた感じで話を整理されて興味深く感じました。新卒者は給料をもらって研修させてもらっているというのは大学関係者でも共有認識で、現実問題としてインターンシップなどを導入して少しでも在学中に社会にでる準備をしている御様子。ただ、お金をもらってサービスを提供している側とお金を払って雇っている側ではシビアさが違います。企業や官公庁などがどのような人材をどのように育ててゆくのかをある程度、明確にしないと、大学教育で社会人への橋渡しを行う教育も難しいのではと思います。30前後で労働市場が成立するのは、裏を返せば、このあたりで漸くそれなりに使える人材に育つということを象徴していると思います。このあたりは私にはわからないことだらけですが、1990年代のはじめ頃から組織への忠誠心が極端に低下したことは各種の調査で示されています。雇用慣行の変化が最大の要因だと思いますが、それだけでは説明が難しい部分も感じます。ちなみにあるコメンテーターの方が、所属するグループ内の会社で定着率が悪いことを嘆いておられましたが、会社によって濃淡があるようで、「愚痴」に聞こえました。昔は、会社内部でのキャリアアップが暗黙に、あるいはなりゆきで示されていたのが、今の状況では明示的に示さざるをえなくなってきているのかもしれません。

 というわけで、某HPではおとなしくされていたと書かれていたように拝見したのですが、私の感性がおかしいのでしょうか、ずいぶん突っ込まれていたように思いましたが。やはり、あと数年で50の大台に乗る方の「鈍感力」は30代のおこちゃまにはうかがい知れぬ深いものがあることを教えていただきました。


 それにしても、このような文章に接すると、あたらめて戦前と戦後の断絶を感じます。あと20年もすれば、この国が数百年にわたって育んできた「ノブレス・オブリージュ」は、確実に消えてゆく。そして、それに代わる精神はまだ見えない。私みたいな碌でもないものは、この国に生まれたことに感謝しながら、職責を全うするのがやっとです。戦前のエリート教育に問題がなかったとは思いませんが、戦後はそれすらなくなってしまった。新しい時代には新しい方法を考えるしかないのでしょうが、その方法を考えつくほどの見識はありません。ただし、悲観はしておりません。高度に分権化した社会では多様な人材が生まれてくる。これを半ば無意識的に、半ば意識的に結びつけてネットワークとしてゆくのが、今後の方向かなと思ったりします。とび抜けた人材は生まれないのかもしれませんが、昔の人が1人でやっていたことを10人でやるようになりつつあるというところでしょうか。
posted by Hache at 05:28| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
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