2009年12月22日

増税による財政再建は可能か?

 『日経』2009年12月21日朝刊5面に平田育夫論説委員の「日本国債いつ火を噴くか」というオピニオンが掲載されています。周囲で、財政危機の到来を予想されている方は、概ね、この論説の内容と似通っています。第1の前提は、現在は内国債で財政赤字をファイナンスしていますが、その原資は家計金融資産であるということです。

 この論説では、「個人の金融資産は、個人負債を除き1065兆円」とあります。日本銀行が公表している「資金循環統計」から四半期計数で「2009年7−9月期速報」(参照)を見ると、「金融資産・負債残高表」を見ると、家計の金融資産・負債差額が1,065兆4,628億円です。『日経』のオピニオンを疑っているわけではなく、最近、原データを見ないと、なかなか掴みにくいという感覚があります。ちなみに、個人の金融資産が1,400兆円という数字は、グロスの資産である1,439兆4,837億円を指しているのでしょう。資金循環表では、家計に関する貸出は、非金融部門貸出金94億円が資産の部にあるのを除けば、負債に計上されます。負債に計上されているのは、貸出311兆9,964億円、企業間・貿易信用50兆7,742億円、未収・未払金3兆8,929億円、金融派生商品3,720億円であり、これに金融資産・負債差額を加えて資産と一致します。長期債務の持続可能性を考える場合に、グロスの数字がよいのか、ネットの数字がよいのかは判断がつきかねますが、ここでは制約をタイトに考えるというバイアスをかけて『日経』のオピニオンのネットの数字がよいとしましょう。

 次に国と地方の長期債務残高です。『日経』では825兆円とあります。こちらは、財務省の「財政関係諸資料(2009年8月)」(参照)の中で12月に更新された「国及び地方の長期債務残高」のうち、12月に更新された「平成21年度末2次補正後」の825兆円程度という数値でしょう(リンクはPDFファイルが開きます(参照))。これが鳩山政権後成立後の数値とみなしてよいのかは私にはわからないことをお断りします(おそらく麻生政権下での補正後の数値であると見ております)。なお、財務省が2009年11月10日に公表した「国債及び借入金並びに政府保証債務現在高」(2009年9月末現在)では2009年9月末の「国債及び借入金現在高」は864兆5,226億円です。この数字は国のみであり、なおかつ政府短期証券を含みますので、長期債務残高がよいのでしょう。

 煩雑で恐縮ですが、データは粗雑ではありますが、なんとか揃いました。「日本国債はいつ火を噴くか」では、まず、第1の前提である、国と地方をあわせた政府の長期債務残高の原資は家計の金融資産であることを前提にした上で、第2に、内国債ではファイナンスが困難な状態になるのが迫っていることが前提です。この前提も留保はありますが、認めておきましょう。第3に、選択肢として、家計の金融資産による資金調達が飽和したときに、(1)外国人投資家からの調達、(2)日本銀行による購入の増加を挙げています。前者は投機の対象になるという指摘がありますが、海外の投資家から見れば、現状では公債の金利が異常に低く、したがって債券価格は高いわけですから、海外の投資家はそもそも投機の対象としてJGBを扱っても、投資対象としてはみないのでしょう。おそらく投機の影響自体はそれほどではないと思います。もっとも、追加的な国債増発による投機が債券価格の形成に無視できない影響を与えることも考慮した方がよいのかもしれません。このオピニオンでは投機対象としてJGBが扱われると不安定になるということで日銀による国債買い入れの拡大の検討に移っていますが、インフレと金利高騰を招くとしています。

 タイトルがやや扇情的な印象を与えるので、好ましくないのですが、結局、財政再建と経済成長の両立を目指すべしというあたりがこの論説の落としどころです。結論自体は、考慮に値するとは思います。問題は、これだけ成長戦略が必要だといわれながら、長期の経済成長を政府が促す具体的な政策が見当たらないことです。GDP成長率を1%上昇させるためには、雑に表現しても、毎年、5兆円の付加価値を生み出すことが不可欠です。財政再建と経済成長の両立は実現すればベストですが、具体策がまったく見えない印象があります。

 「日本国債はいつ火を噴くか」では日銀による国債購入の拡大によるインフレーションの進行、長期金利の上昇を「惨劇の幕が上がる」と描写していますが、私自身はそれほど悲観することもなかろうと。真の財政再建のはじまりは、この予想が正しいかどうかは疑問がありますが、この地点なのかもしれません。ここまで追い詰められないと財政再建は無理なのではと感じております。

 一般会計予算における最大の費目である社会保障費の抜本的な削減は、財政破綻を実感する状態になっても難しいのかもしれません。しかし、財政再建のために消費税率の引上げを主張する方から、セットで年金・医療を中心とする社会保障関係費の抜本的な削減を求めることは寡聞にして知りません。また、防衛関係費の増額を求める方から自らの恩給や年金を返上してでもという主張すらありません。財政破綻という表現は人々を不安に陥れるでしょうが、財政の非効率の根源である、受益と負担の世代内・世代間の不均衡をもたらす社会保障関係費を徹底的に削減するためには、他に手段がないのが実情でしょう。海外でも日本の財政を問題にする論調の主流は、単に日本を嘲笑しようというのではなく、非効率の根源である社会保障関係費にメスをいれることができない日本政治の機能麻痺を重視しているのが現状です。財政破綻による日本の国際的な影響力はゼロになるでしょうが、他国の経済危機に連鎖しないのなら、単に現状維持で終わる程度でしょう。

 既に長くなったので、今回の「寝言」のテーマである「増税による財政再建は可能か?」という問題は「続き」に記しました。前ふりが長すぎて申し訳ないです。


 率直なところ、「増税では財政再建は不可能だ」と断言するだけの論拠はありません。ただ、素朴な実感として、橋本政権が典型ですが、増税を行った後に、たいていは拡張的財政政策が実施されて財政再建が台無しになるという感覚があります。また、増税をしても歳出に抑制がかからなければ、不謹慎なたとえですが、ギャンブル好きのオヤジにカネを渡して、結局すってしまい、借金が増えるという素朴な感覚があります。やや気どった表現をすれば、日曜日の「寝言」のように、財政再建に最も高いプライオリティを与えた上で、財政再建の手段として、消費税率の引上げとは限りませんが、増税を認めてしまうと、財政上の「非効率を温存し、厚生を低下させても平然としていられるインセンティブを多数党に与える」ということでしょうか。以下は、この仮説(まあ気恥ずかしいので、「寝言」ですが)をもう少し掘り下げてみます。

 下記の表を見ると、驚くべきことに、消費税を導入した1989年度予算ですら、実績で長期債務残高が今日ほどではないとはいえ、11兆8,190億円7兆5,410億円も長期債務残高が増加していることです。当初予算ではなく、実績値で見れば、消費税導入の段階から、財政再建の手段として増税が適切だという主張は、事実を見ていないと思います。また、消費税率の引上げが実施された1997年度でさえ、42兆8,421億円も長期債務残高が増加しています。ただし、暦年ではなく、1997年度ですから、アジア通貨危機による急激な景気後退と重なっている点は要注意なのでしょう。

 他方、当初予算ではなく、実績ベースで見ますと、小泉政権は2003年度に当時の経済状況を鑑みますと、金額自体は6兆4,335億円にすぎませんが、過激ともいってよいほどの長期債務残高の減少を実現しました。結果として、2004年度には40兆9,716億円もの残高の増加を招いています。小泉政権下での経験は、財政再建を急ぐあまり、増税を実施しなくても歳出削減を急速に進めると、反動が生じることを示しているのでしょう。他方、消費税率の引上げを封印した小泉政権は2005年度には25兆7,104億円の長期債務残高の増加から増加額が減少し、安倍政権以降、若干の増減はありますが、長期債務残高を減少させるにはいたってはいないものの、消費税を導入した1989年度よりもはるかに抑制された水準で推移しました。小泉政権の「遺産」は、安倍・福田政権と両政権の意識的な努力の結果であったかどうかは疑わしいですが、少なくとも数字の上では継承されました。

 結局、消費税率引上げを口にして撤回した麻生政権以降、金融危機による景気後退が大きいとはいえ、政権交代をへていまだに財政政策の基本すら示すことができない鳩山政権ではさらに長期債務残高の増加が予想されています。歳出の抑制ができなくなったのは麻生政権からであり、政権交代後も鳩山政権に引き継がれるのでしょう。この点では、小泉政権以降、安倍・福田政権にはまだしも財政に関する連続性があったものの、麻生政権から以後は政権交代とは無関係に小泉政権の改革が放擲されたと見たほうがよいと思います。今日の財政の困難は、増税を出したり引っ込めたりした麻生政権の無定見さに始まると見ております。

 これで私の「寝言」が実証されたなどとは思いません。ただし、過去の、ごく粗いデータが基礎ですが、増税による財政再建は、単に景気後退を招くがゆえに失敗したのではなく、歳出面に明確な歯止めがなければ、結果に過ぎないのではありますが、長期債務残高の増加を招いています。また、増税を封印して歳出削減を図る場合にも、一気に財政収支の改善を図った場合には、反動が生じることも示唆しています。単に財政支出を増やす拡張的な財政政策は、信用制約を考えれば、短期ですら有効ではないのかもしれません(デフレの時期には貨幣錯覚も無視できるでしょう)。

 また、小泉政権下の景気回復も構造改革の結果というよりも外需主導の景気回復だった点にも注意が必要でしょう(構造改革の成果が実感できるようになるためには時間がかかりますから)。政府が積極的に成長戦略なるものを打ち出す前提は、ある分野に重点的に支出を行えば、市場に代わって効率的な資源配分を行うことが可能であるという極めて強い前提に依存します。私自身が政策的な意図がないといえば、嘘になるでしょうが、積極的な政策によって経済成長と財政再建の両立を図ることは、"narrow path"なのでしょう。私自身は、政策論議の前に、次のような自覚が肝要だと思います。再度の引用で、私自身の言葉で語れないのが残念ですが。

 ……すなわち、衰亡の現象を過去の歴史に当たって解明しようという大それた気もないし、現在の工業文明に衰亡の兆が見られることについて警鐘を発しようという強い目的意識もない。だいたい、それは運命との正しい付き合い方ではない。衰亡は、避けなくてはならないという気持を下手に持つと、かえって破局が速くやってくるというところがある。ギリシア悲劇は、そのことを示してはいないだろうか(『文明が衰亡するとき』(新潮社、1981年)、272頁)。


(追記)平成元年度の長期債務残高の増減額に誤りがありましたので訂正いたしました。下記の表では増減額が空白になっておりましたので、追加しております。なお、増減額は単純に当該年度の債務残高から前年度の残高を差し引いた値です。1989年度は1988年度の残高を明示しておりませんが、出典から計算した値です。ちなみに内閣成立日は当該年度とはかならずしも一致しません。橋本内閣の成立は1995年度(1996年1月11日)ですが、この例外だけですので、年度を暦年と読み替えてください。何気にタイトルを微調整しました。

   表 1989年度以降の国及び地方の長期債務残高

(単位:億円)

債務残高  増減額
1989年度 2,540,229 75,410 8月10日海部内閣成立
1990年度 2,658,419 118,190
1991年度 2,780,634 122,215 11月5日宮澤内閣成立
1992年度 3,007,171 226,537
1993年度 3,331,274 324,103 8月 9日細川内閣成立
1994年度 3,676,182 344,908 4月28日羽田内閣成立
6月30日村山内閣成立
1995年度 4,100,642 424,460
1996年度 4,493,083 392,441 1月11日橋本内閣成立
1997年度 4,921,504 428,421
1998年度 5,527,948 606,444 7月30日小渕内閣成立
1999年度 6,003,468 475,520
2000年度 6,458,648 455,180 4月 5日 森内閣成立
2001年度 6,731,326 272,678 4月26日小泉内閣成立
2002年度 6,980,539 249,213
2003年度 6,916,204 -64,335
2004年度 7,325,920 409,716
2005年度 7,583,024 257,104
2006年度 7,610,603  27,579 9月26日安倍内閣成立
2007年度 7,666,658 56,055 9月26日福田内閣成立
2008年度 7,700,076 33,418 9月24日麻生内閣成立
2009年度 8,164,221 464,145 9月16日鳩山内閣成立

注:2008年度までは実績値。2009年度は見込み。


(出所)財務省「我が国の1970年度以降の長期債務残高の推移」(2009年)。

http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/siryou/sy2108h.pdf
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/34328140
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック