2007年03月28日

「善意」の怖さ 摂津・遠江・尾張(上)

 私が善人ではないからでしょうか、「善意」ほど碌でもないものはないと思うことがよくあります。「善意」の怖いところは、「善意」を抱いている人が、自分はよいことをしているという、失礼ながら強い「思い込み」をもっており、「善意」の対象がその考えどおりのインセンティブで動くかどうかということを、控え目にいって軽視している、極端な場合は全く度外視していることです。塩野七生さんのように古代ローマの英雄の言葉を引用するほど劇的な人生を送っているわけではないので、凡庸な日常生活で感じた「善意」の怖さを軽ーく点描風に。

【摂津編】

 7、8年前でしょうか、所用があり大阪で地下鉄に乗っておりました。意外と空いていたので、座席の端に座りました。10分程度なのですが、手持ち無沙汰なので、資料を読むことに。次の駅で停車すると、あっという間に空席が埋まって後から乗ってきた年配のご婦人がドアのそばで立っていました。電車の中で他人をじろじろ見ることはないのですが、風邪なのか、咳をしていて辛そうな御様子。

 私は資料が読めればよいので、席を譲りましょと思いました。ゆっくり体を起こして、他の立っている人が座らないように空けて席の前に立って、ご婦人に目で合図。ホッとしたような表情をされていたので、ご婦人が座るまで席の前に立って、つつっとちょっと離れたドアの方に移動しました。目的の駅に着いたので降りようとすると、「さっきのお兄ちゃん!」と呼ぶ声が。びっくりして振り返ると、席を譲った人が手招きをしているので近づくと、懐からチューイングガムをとりだして拝みながら渡そうとするので、慌てて受け取って、ドアが閉まる寸前に電車を飛び降りました。

 薄情な私らしくないことをした「天罰」でしょうか。ガムを渡す側からすると、感謝の気もちがこもっているのでしょうが、私の方は、座っていても、立っていても大した時間ではないので、立っている苦痛が大きい人に譲っただけで、ガムとはいえモノを貰うというのは、気恥ずかしい思いをしました。私のよけいな「善意」のおかげで、ドアが閉まりかけるところを、分厚い脂肪ではねのけながら電車を降りるという苦痛を味わいました。自業自得とはこのことか。いかれた「外道」がらしくない「善意」などをもつと、神は罰をお与えになるらしい。

……さすがに、大阪でも、このような方は例外なんでしょうけれど。

【遠江編】

 浜松の旧友から電話。どうしたのかなと思ったら、来年度の異動の挨拶。浜松もとくに南北に広くなったものだと感心してしまいました。校舎を建て替えたばかりで、環境は悪くない様子。規模も極めて小さい学校なのでとってもアットホームな雰囲気とのことでした。ただ、生徒指導の話になると、愚痴ばかり。異動前の勤務校で宿題をやってこない生徒を怒鳴りつけた先生が、親御さんの顰蹙をかって教育委員会に通報。経緯は複雑ですが、結果としては「指導力不足」と認定されて研修中とか。「教育再生」とか言っているけど、どうなってるんだと言われて、絶句するしかないですね。

 「まあ、政府が教育委員会の『再生』にも責任をもつようだから」と慰めようとすると、「おい、文科省が信用できるのか?」と言われて絶句。文科省が、まあ、そのお、まあ、アレだというのは、旧友には失礼ですが、地方の学校の先生でも「常識」に属するようで。「君は安倍さん支持だと言っていたけど、どう考えてもよくなるはずがないよ。あと、僕は自民党あたりからすると『左巻き』扱いなんだろうけれど、国旗に敬礼して君が代を歌うのは当たり前。東京や大都市の一部の学校で起きている話を全国の話にするのはなんとかならんのか?」と言われて、これも絶句。(中学時代は一緒にブルーインパルスを見に行ったりしたものでした。浜松基地の周辺の学校は、各種の恩恵を受けているので、「左」の教員もひそかに基地の存在がありがたいらしい)。

 どうしようもないですね。「再生」なんて力まずによけいなことをしてくれなきゃいいって感じでしょうか。これではちょっと悔しいので、「石原−米長コンビが静岡に来たらどうする?」なんてからかったら、さすがに向こうが絶句。ちと、やりすぎか。教育関係者からすれば、あのお二人は東京都でお引取り願いたく候てな感じみたい。

 旧友を弁護しておくと、浜松に帰るたびに飲みにゆくのですが、彼が車を運転してくれて、後の面子がアルコールを煽っている横でおとなしくウーロン茶を飲むのが通例。いける口になんですが、一滴も飲まない。「改革」の連続で滅茶苦茶にされて、挙句の果てに「再生」ときて、それでも「生き残る」のは、やはりちゃんと理由があるようですね。まあ、逆のパターンで生き残る「先生」もいらっしゃるようで、悩みは尽きないようですが。

【おしらせ(再掲)】

 さくらのブログが動作不安定な状態のようです。私の場合、TBを確認するのが面倒なぐらい届くので、誠に申し訳ありませんが、こちらでコメントを頂いたり、御面識を頂いている方を除いて、一括削除しております。悪意ではありませんので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

 ちなみに現時点では、コメント欄は正常に動作していますが、コメントスパムがきた場合には対応を考えます。

 なお、TBスパム、コメントスパムとは無関係ですが、「寝言@時の最果て」は、おちゃらけブログです。非常識な私が申し上げるのは心苦しいのですが、コメントに「遊び心」はかまわないのですが、特定の読者の方々に強い不快感を与えかねない、常識を逸脱するコメントは御容赦頂きたく、特定の個人や団体へのあからさまな誹謗中傷や公序良俗に著しく反する表現などを除いてコメント削除をしない方針(幸い、これまで削除をしたことはありません)ですので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。すちゃらかなサイトゆえ、明確な「ガイドライン」はありませんが、他のブログやブログをご自身で運営されている方ならご自身のブログでおそらく書くことが憚られるようなコメントは、お控え頂きますよう、お願い申し上げます。
posted by Hache at 00:12| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
この記事へのコメント
他人に善行をして対価を貰ったなら、次に自分が善行をしてもらった時にお返しすればいいのですよ。商人にとって一番大事な財産である「信頼」を維持するためのメカニズムですね。そういうエートスが未だに若干残っているのが商人の町(だった)大阪の良き所です。
勿論大阪人ならそこでドアに挟まれるというオチまで欲しいところですが、そこまで他文化圏の人に求めるのは酷ですねw
Posted by 大阪人 at 2007年03月28日 01:37
>大阪人様

「時の最果て」にようこそお越しくださいました。
コメントを賜り恐縮です。
田舎育ちのものからすると、大阪でも東京でも歩くスピードが半端ではなく速いので、言葉はともかく、違いがピンとこないのですが、なるほどと腑に落ちました。
かなり昔の話ですが、大阪と東京でどちらが歩くスピードが速いかを計測して大阪人の方がせっかちという番組をテレビで見たことがありますが、個人的にはあれは流行の「捏造」ではないかと疑問をもっております。大阪とか東京といっても、場所によりけりでしょうけれど、私の印象では若干、東京の方が速い印象があります(いったい何の話でしょうか)。

商人のエートス、美徳は、是非、残ってほしいものだと思います。大阪人の方からすると当然かもしれませんが、まったく気がつきませんでした。勉強になりました。機会があれば、私が記事で書いたご婦人を思い出して「お返し」をしようと思います。もっとも、悪行の「見返り」あるいは「仕返し」が先にきてあの世に行く方が先のような気がして…。

笑いのセンスが今一つなのはお許しください。今後も、コメントを賜りますよう、お願い申し上げます。
Posted by Hache at 2007年03月28日 23:49
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