2010年03月13日

中国の白鳥の歌:クルーグマンによるスワン・ダイヤグラムを用いた分析

 クルーグマン先生が3月11日付で"China’s Swan Song"というコラムを書きました。クルーグマン先生は、昨年から中国のドルペグに関する批判を連続して行っています。実は、クルーグマンのアメリカ国内に関するコラムはどうかなと思うことが少なくないのですが、今回の論点自体は興味深いと思います。以前、「寝言」にした"Chinese New Year"は保護主義的な主張ととられてもやむをえない部分が多々ありましたが、やはり鋭いなと思ったのは中国の為替レートが固定されており、資源配分に歪みを与えている可能性を読みとったからです。

 今回は、"Swan Diagram"を用いて、中国経済の大雑把な分析を行っています。やや中国に対して批判的なトーンが強いので、やや警戒して少し眉に唾をつけて読んではおりますが、理論的な可能性にすぎないとはいえ、問題の一面をついているのではないかと考えております。というのは、現代の国際マクロ経済学では固定為替相場制を前提とした分析はあまりないように思います(門外漢なので間違っているでしょう)。しかし、中国の場合、一時期は管理フロート制を採用したものの、実質的にはドルペグを採用しています。

 私自身、"Swan Diagram"という分析手法になじみがありません。ちょっと迂遠ですが、クルーグマンの"Latin America's Swan Song"という論考にスワン・ダイヤグラムの説明があります。スワン・ダイヤグラムは、クルーグマンによると、オーストラリアの経済学者Trevor Swanが、1955年に、国内均衡(完全雇用の実現)と国際均衡(経常収支赤字の抑制)の両立の困難さを示す分析手法として提示したとのことです。"China’s Swan Song"で用いられているグラフと横軸と縦軸が異なる値をとっていますが、まずは"Latin America's Swan Song"で用いられているグラフでこのダイアグラムをつかんでおきましょう。といっても、誰かに説明したくやっているわけではなくて、自分用のメモです。

 まず、スワン・ダイヤグラムで想定しているのは、次のような状況です。

  We imagine a country with a pegged exchange rate and high capital mobility, so that interest rates are determined by the need to avoid rapid depletion of reserves, and in effect monetary policy is removed as a tool of stabilization.

 為替レートが固定されていて資本移動が自由な国を想定しよう。このため、利子率は外貨準備の急激な減少を避けるように決まり、金融政策は事実上、安定化の手段として機能しない。


 ラテンアメリカの通貨危機と関連しているので、外貨準備との関係で利子率が決まると説明されています。中国の場合、これがそのまま当てはまるのかは、ちょっと微妙な感じもします。

  What Swan pointed out was that the nature of the difficulties facing a country depend on where in this space it resides. To see this, we draw two curves. One curve represents conditions under which the country has "internal balance"; as drawn, it is upward-sloping. The reason is that any rise in the country’s relative costs would tend to reduce exports, increase imports, and thus reduce employment; to compensate, to keep employment constant, the country would need to have a fiscal stimulus – a larger budget deficit. At any point to the right or below this internal balance curve, the economy will suffer from too much demand for its goods, and will experience inflationary pressures. At any point above or to the left, it will suffer from unemployment.

  The other curve shows conditions under which the country has "external balance". It slopes downward, because an increase in spending would other things equal increase the current account deficit; to offset this the relative cost of production in this country would have to fall. At any point below or to the left of the external balance curve, the country will have a current account surplus (or at least a deficit below what is really appropriate), at any point above or to the right an unacceptably high current account deficit.

 スワンが指摘したことは、国が直面する困難の本質は、その国の空間に帰するということであった。このことを確認するために2本の曲線を描こう。曲線の一つは、国が国内均衡が実現している状態を表す。この曲線は右上がりで描かれている。これは、国の相対的な費用のいかなる上昇も、輸出を抑制して輸入を増加させる結果、雇用を抑制する傾向があるからだ。 これを相殺するためには、すなわち雇用を一定に保つためには、国は財政面からの景気刺激を必要とするだろう。すなわち、より大きい財政赤字が生じる。国内均衡曲線の右方、もしくは下方は、財への需要が方であることから経済が苦境にあり、インフレ圧力にさらされる状態を示す。

 もうひとつの曲線は、国際均衡が実現していることを表す。この曲線は右下がりだ。なぜなら、他の財に支出することは経常収支赤字を増加させることと同一だからだ。これを相殺するには、生産の相対的な費用が低下しなければならないだろう。国際均衡曲線の下方、もしくは左方は、その国に経常収支余剰が生じている(あるいは少なくとも経常収支赤字が適切な水準を下回っている)。上方、あるいは右方では受容しがたい経常収支赤字が生じている。


 この論考が書かれた時期は明記されていませんが、1998年から1999年でしょう。論考の内容から、まだ、アルゼンチンが債務不履行を宣言する前の時期だと推測します。クルーグマンは、アルゼンチンと同じく、当時のブラジルが、インフレ率こそ低いものの、相対的に高い生産費用によって失業に苦しんでおり、同時に対外債務に不安を抱えていると指摘しています。その上で、政策的には通貨切下げを主張しています。

 それでは中国の場合はどうか。先ほどの論考では横軸は財政赤字の値を表していましたが、こちらでは実質国内需要になっています。若干、微妙な感じもしますが、中国の場合、財政赤字が問題になっていないことや、先の論考では財政支出がメインでしたが国内需要とみなしてもよいのでしょう。このあたりは、スワン・ダイアグラムをより詳しく説明した論文を読む必要がありますが。縦軸に関しては、やや政治的なバイアスも感じます。そうはいっても、さきほどと同じく、実効為替レートが高ければ相対費用が高いとみなすことができろのでしょう。上記のことを踏まえた上で、クルーグマンの中国経済に関する描写を読んでみます。

  There are four “zones of economic unhappiness”; getting out of them requires some combination of exchange rate adjustment and changes in domestic demand.

  So where’s China? It’s clearly in the lower zone: a trade surplus at levels that is raising international tension, plus inflation. It’s actually not clear which way domestic demand should do — but renminbi appreciation is clearly indicated, for China’s own sake, not just to head off the outraged reactions of the rest of the world.

  There are obviously political considerations keeping the Chinese from doing the right thing. But with a little encouragement — say, a Treasury report saying that yes, they do manipulate their currency — things might happen.

 「経済的な不幸の領域」が4つある。そこから脱出するには、為替レートの調整と国内需要の変化を組み合わせる必要がある。

 中国はどの領域に位置するだろうか?明らかに下方の領域である。すなわち貿易黒字は国際的な緊張を惹起しており、インフレーションが生じている。国内需要をどのようにすべきかは明らかではない。しかし、人民元の切上げは、他国の憤慨している反応を避けるためだけではなく、中国自身の利益にかなっていることを示している。

 中国がまっとうなことをしないのは、明白に政治的配慮がある。しかし、しかし、わずかな関与でも、例えば、財務省のレポートが為替を操作していると述べれば、まっとうなことが起きるのかもしれない。


 私自身はスワン・ダイヤグラムになじみがないので、やや論旨をくみとれていないのかもしれません。簡単にクルーグマンの結論部分を考えますと、次の2点を指摘しているのではないかと。

(1)実質国内需要は国内均衡を上回る水準だが、国際均衡を下回っている。失業が社会の持続可能性を脅かす水準でなければ、景気刺激はインフレ率を高める可能性があり、適切な政策とはならない可能性がある。

(2)他方、実質為替レートは、国内均衡・国際均衡の両方の点からみて低い水準にある。実質為替レートを引き上げれば、インフレーションを緩和することができよう。

 やはり気になるのは、中国の場合、資本移動が自由といってよいのか(1950年代の日本のように外為法や外資に関する法律などで外貨予算を組むという状態ではないのでしょうが)という点です。この前提が成り立たない場合、中国の利子率は外貨準備の制約から相対的に自由でしょう。他方、為替レートを維持するためには介入が不可欠であり、金融政策の自由度は意外と小さいのかもしれません。ただ、国内の利子率が国際的な資本移動によってどの程度、制約されているのかという点に関しては疑問もあります。

 中国はインフレを抑制するために金融引締を行っています。日本における1969年の金融引締は主として海外の物価上昇を考慮したものでした。この時期の日本の貿易収支は黒字でしたが、金融引締によって国内需要が減少し、海外への輸出が急増しました。背景が異なりますから単純にアナロジーとして用いることはできませんが、現在の中国では財政支出の拡大が行われているものの、金融引締によって国内需要はそれほど伸びていないのかもしれません。また、1960年代は固定平価制が基本であり、時代背景もあまりに異なります。中国がドルペグを維持しようとすればするほど、長期的にはアメリカを中心に経済摩擦を惹起する可能性が高いでしょう。

 クルーグマンの中国経済論は保護主義だと批判されましたが、批判する側では中国の通貨政策や通商政策が重商主義的であるのか否かについてはあまり検討されていないようです。今回の論考は、やや粗いと感じる部分もありますが、中国の経済運営を考えると、通貨切上げが中国自身の利益から説かれている点が注目されます。

 繰り返しになりますが、中国経済は、内需も拡大しているのでしょうが、外需に依存していることは変わりません。対照的に、アメリカ経済は悲観一色から回復しつつあるものの、調整には時間がかかるでしょう。したがって、中国の指導部が自国の経済運営に自信をもつこと自体、決して不自然ではないのでしょうが、それが思い上がりになれば、他国とのフリクションを招きます。また、クルーグマンの分析を考慮すれば、インフレ率の上昇によって実質為替レートが上昇しているから問題ではないという主張は疑問が残ります。確かに、実質為替レートが上昇すれば、他国とのフリクションは緩和されるでしょうが、国内のインフレーションは、デフレーションと同じく、国内の資源配分の効率を損なうでしょう。果たして、中国政府が思い上がっているほど、中国の経済運営が他国よりも優秀なのかは疑問が残ります。

 
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/36287007
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック