2010年04月21日

寝たきり日本?

 血管内科の診察と検査が終わって、清算へ。頸動脈のエコー検査でドキッとしましたが、動脈硬化はないですねと看護士さんがニコニコしていました。そんなわけで、気分がよい状態でしたが、受けとった診療明細を見てぶったまげました。実は、それまでの領収書でも、「初・再診料」とか「医学管理等」とか「検査料」とか「投薬料」とか点数が表示してあって、こんなに細かい明細が必要なのかと。今回受けとった明細はさらに詳細が示してあって、笑ってはいけないのでしょうが、初・再診料に、再診が69点で回数が1、明細書発行体制等加算1点でやはり回数が1。以前ですと、休診のお知らせと領収書が1枚で済んでいましたが、今回からは領収書には収まらず、わざわざホッチキスで留められていました。思わず、「これが噂の」と思わず漏らしたら、窓口の人が苦笑していました((追記)こちらの記事を以前、読んでため息がでました)。誰のためにこのような明細を出すのか、まったくわかりませんでした。

 もっと驚いたのが、調剤明細書でした。いわゆる「医薬分業」で診療所(実は○○クリニックというのは診療所だというのはまったく知りませんでした)とは別の薬局で薬を受け取るのですが、ここでも薬剤明細書がでてきました。調剤明細書には区分があって「調剤技術料」(項目名 調剤基本料(40)、調剤料(89)かっこ内は点数)、「薬学管理料」(項目名薬剤服用歴管理指導料(30))、「薬剤料」(項目名 伏せますね(525))とありました。思わず目が点になったので、これって厚生労働省の嫌がらせですかと尋ねると、薬局の方も大笑いになって、困ったものですと漏らしていました。申し訳ないですが、シュレッダーにかける書類が増えるだけですねと話すと、次回からは不要ですよということでしたので、喜んでなしでお願いしますと申しておきました。

 実に些細なことではありますが、医療機関側と患者側のどちらにどのようなメリットがあるのかまるでわからないことが実施されること自体、なんとなくその背後にある政府の無能さを感じとってしまいます。面白半分で別のお医者さんに見せたら、コピーしてもいいですかと尋ねられたので、どうぞどうぞと。勤務後で思った以上にへとへとになってしまっていたので、私の理解が怪しいのですが、政権交代で長妻氏が厚生労働大臣になって、この方針が出たとか。私は繁文縟礼の類は亡国の兆と感じてしまう方なので、やはり世も末かと。勤務医が不足しているので開業医(診療所)の診療報酬を下げて、勤務医をほんのちょっとだけ上げて、開業医になるインセンティブを抑えて勤務医を増やそうとしているとのこと。経済の立場からはどう思いますかと尋ねられて、経済以前に普通に考えてアホですなと一言。先生も思わぬ反応だったか、大笑いになりました。朝三暮四ならぬ逃散防止でしょうが、制度いじりをちょっとやったぐらいじゃ医者になりたいという奇特な方が減るだけでしょうと。

 まあ、もっともらしいことを付け加えるならば、医療への需要が増えていて供給不足が続くというのは、医療の場合、政府規制でがんじがらめなわけですから、市場に代わって需給を調整する役割を担っている政府がアホでしょう(全然もっともらしくないなあ)。根本的な問題は、健康保険あるいは公的医療保険制度ですが、現役負担が3割というのは私のように病気が多い人間には厳しいのですが、他の健常者の方の保険料を食いつぶしていることになります。どの程度の負担ならば耐えられるのかというと悩ましいのですが、本人負担5割あたりが上限でしょうか。もっとも、妻、子どもがいないので普通の世帯の感覚からはかけ離れているかもしれません。扶養者に関しては上限はもっと低いでしょう。その上で、高齢者の自己負担を増やすよう、説得せざるをえないと思います。医療費全体の抑制はやはり困難であり、この点での小泉改革はやはり問題が多かったと思います。


 テレビタックルという番組を何年かぶりに見ました。麻生元首相が出演するということでしたので。見て、これは大変だなあと。世間では鳩山内閣の支持率低下を受けて民主党バッシングの風潮になりつつあるようですが、あの番組を見ると、自民党は野党になってなにも学習しなかったのではないかと。麻生氏がぶら下がり会見で解散の時期についてばかり尋ねられてうんざりしたというのは同情の余地がないわけではないのですが、『文藝春秋』2008年11月号に掲載された「強い日本を!私の国家再建計画」で国民に信を問うという表現を用いた以上、事実上、解散権に触れたととられてもおかしくはなく、「国会の堂々と私とわが自民党の政策を小沢代表にぶつけ、その賛否をただしたうえで国民に信を問おうと思う」という表現を、麻生氏に好意的に解釈して国会冒頭で小沢代表と議論をした上で、冒頭解散ではなく解散の時期を探ると考えても、衆議院解散という重大事に触れた以上、記者の質問が解散の時期に集中するのは当然であろうと。あの番組を見て感じたのは、安倍政権下での2007年の参院選の大敗以降、やはり現在の地獄の蓋を開けたのは、やはり麻生政権であったとあらためて実感しました。

 ただ、麻生氏に関しては安倍政権下で外務大臣をされていたときに打ち出された「自由と繁栄の弧」構想に関しては共鳴を覚えました(アリバイみたいですが、たとえばこちら)。ただし、この続きでは、この時期には留保としてそれほど意識していたわけではないのですが、下記の通り書きました。

 端的にいえば、アメリカを中心に大西洋を隔ててイギリスをはじめとするNATO諸国、太平洋を隔てて日本や韓国と同盟関係にあり、この紐帯が強くなればなるほど、国際秩序は安定するということです。その意味では、日本とNATOの関係は間接的なものであり、日本とアメリカ、アメリカとヨーロッパの関係を代替するものではありません。あくまで二義的な、補完関係に過ぎないでしょう。


 結果論にすぎませんが、残念ながら、小泉政権後の安倍政権・福田政権・麻生政権では主となる日米関係の強化は成果として結実しませんでした。この時期の日米関係を概観する力量は、私にはありません。少なくとも、現在のように、日本政府がアメリカ政府と無理な交渉を行って関係を大きく損ねたわけではなく、ブッシュ政権の対中傾斜や北朝鮮の核武装への「現実主義路線」の破綻などアメリカ側の混乱とともに、日米関係のマネージが困難になった時期だったと記憶しております。

 『世界の論調批評』の「韓国の防衛政策」(2010年3月26日)という記事を見て驚きました。この批評の対象になっているBandowの論説を読んでいないので、メモ程度ですが。

すなわち、李大統領は、Global Koreaを呼号し、韓国の国防白書も世界に貢献する能力増強を謳っているが、韓国には今も27,000の米兵が駐留し、沖縄には第三海兵師団が後詰として控えている。しかし韓国は今や世界第13位の経済大国であり、それに対して、北朝鮮には中国やロシアの軍事的後ろ盾はない。韓国は、もはや米国からの援助から脱して自らを守るべきだ。イラクやアフガニスタンなど大きな負担を担っている米国は、大国からの脅威に備えるべきであり、地方的な問題はその地域の同盟国に委ねるべきだ。つまり、韓国は世界を救う前に、自らの国民を守るべきだ、と言っています。

2012年の戦時統帥権移転を前に、北朝鮮の軍事的脅威に対しては、もう韓国に主たる防衛責任を負わせたら良いではないか、という議論が本格的に出て来たということです。

ところが、韓国防衛の実態は、2012年の戦時統帥権移譲までに、自前の防衛態勢が出来るかどうか危ぶまれ、2012年の合意の延期論も出て来ている状況です。従って、バンドウの論は、軍事情勢の実態に即していないとも言えますが、他方、ここまで経済的に成長した韓国は、もはや中ロの軍事的後ろ盾を失った北朝鮮に対する防衛ぐらいは、自前でやるべきだというのは、俗耳に訴えるものがあります。


 戦時統帥権以上の問題がからんでいるので、批評の通り、甘い見通しですが、「韓国は世界を救う前に、自らの国民を守るべきだ」というのは当然だと思うのですが、驚いたのは、これとセットで、「イラクやアフガニスタンなど大きな負担を担っている米国は、大国からの脅威に備えるべきであり、地方的な問題はその地域の同盟国に委ねるべきだ」という主張です。私の頭がおかしいだけかもしれませんし、Bandowが素人的なだけかもしれませんが、もし、地域の問題は同盟国に委ねるとなったら、米軍の拡大抑止はどのような意義をもつのでしょうか? Bandowの主張では中露には適用されるのかもしれませんが、北朝鮮には適用されない可能性があります。私の読解力ではNPRにおける"extended deterrence"は狭い意味での、いわゆる「核の傘」なのか、通常戦力を含む「拡大抑止」なのか判然としませんでしたが、韓国に北朝鮮に対する防衛義務を第一義的に負わせるというBandowの主張は、北朝鮮に対するアメリカの拡大抑止を適用しないということなのでしょうか。もし、そうだとすると、韓国は通常戦力にとどまらない、核武装を含む自衛手段の整備を講じる必要が生じるでしょう。また、「地方的な問題はその地域の同盟国に委ねるべきだ」という表現は、もちろん、同盟国が核武装を行うかどうかについてなにも述べていませんが、核武装を排除すべきロジックがまったくないことも、不用意でしょう。

 同様のことは日本についても同じです。もちろん、オバマ政権が公表したNPRでは実にきめ細かく、核不拡散の問題とセットで同盟国と友好国に対する拡大抑止を維持するとコミットしていますから、上記の話は邪推にすぎません。ただし、NPRでは伝統的な核抑止よりもミサイル防衛へ重点を移す姿勢が濃く、MDが従来の核抑止を補完するのか代替するのか、微妙なニュアンスを感じます。もし、MDで従来の核抑止を代替する傾向が強ければ、PAC3からTHAADへミサイル防衛を拡大することになり、西欧と異なる安全保障環境に直面する日韓、東欧などは通常戦力に加えて防衛費を大幅に増やさざるをえなくなるのでしょう。日本の場合、長期的に労働力人口が減少し、社会保障関係費が肥大化する中で、社会保障関係費、とりわけ年金給付の大幅削減を実行しなければ、防衛関係費の確保はほとんど不可能でしょう。繰り返し述べていますが、防衛関係費に対するプライオリティは社会保障関係費よりもはるかに低いのが現状です。増税によって賄うという場合にも想定されているのは主たる歳出は社会保障関係費です。増税をしても、防衛関係費が社会保障関係費によって割を食う可能性が高いでしょう。必要だから支出を増やせという主張は、お小遣いがないからママに小遣いをせびる小学生のダダと大して相違がありません。

 寄り道がずいぶんとながくなりましたが、政治の話に戻します。団塊の世代の、立派な学歴・経歴をもった方が、前の総選挙では民主党を進めてきてうんざりし、もうみんなの党しかないぞと押しつけがましいので、世代論は信用しないのですが、この世代はなにか根本的な欠陥があるのではと思うこともあります(もちろん、どの世代でも個性があり、一括りにするのは無理があると思うのですが、人数が多いとはいえ、大卒者の割合そのものが少ない世代のはずなのにこの程度のことしか出てこないのかと思うと、驚きます)。ちなみに、読み返すと、的外れなことを多々、書いていて自分でもバカだなあと思いますが、2009年8月21日の「寝言」で書いた通り、民主党のマニフェストを熟読して論外だと思いましたので、投票行動もそれにしたがいました。この調子でいけば、昨年9月にウォールストリートジャーナルやワシントンポスト、ニューヨークタイムズが期待したような競争的な二大政党制の始まりではなく(参照)、いつ終わるかもまったくわからない政治的混乱の始まりとなるでしょう。

 なによりも、麻生氏が小泉元総理のリーダーシップを理解していないというのは、自民党の他の方たちがそうなのかはわかりませんが、あの番組のおかげでよくわかりました。森政権末期の異常な政治情勢もありましたが、長期的に見て下り坂の日本社会の痛みを和らげるだけでも(小泉氏は「痛みをともなう改革」を唱えましたが)民主的に選ばれた独裁者が不可欠な時代であり、小泉氏は郵政選挙という形でそれを実現しました。麻生政権以降、金融危機という「間奏曲」があったために、公的部門の肥大化に対する警戒心が薄れてしまったことは麻生氏自身の失政とはいえないでしょう。しかし、度重なる財政出動によって公的部門の肥大化を抑制するという改革は完全に放擲され、現在の無様な財政に至る衰退への始まりはやはり麻生政権に始まるのでしょう。麻生氏には、第1に、放っておけば、景気のよしあしに関わらず、公的部門の拡大に歯止めをかけることはできないという洞察力がまるでなかった。第2に、自由落下に任せておけば、公的部門が拡大し、よこせよこせとなる風潮を止めるためには、独裁者に近い強力なリーダーシップが不可欠であることを理解し、体現する力量を欠いた。要は、時流に流された凡庸な人物であり、一緒に酒を飲めば教養もあり、庶民的な話題にも詳しい楽しい人物であるのは疑いないが、凡庸な人物でしかなかった。後にくるのは、民主党の事業仕分け、みんなの党の公務員制度改革など、骨まで見えている傷に絆創膏を貼る作業だけでしょう。

 そして、オバマ政権による医療保険制度改革の後にくる増税論議は、おそらくアメリカの優越に止めをさすでしょう。いうなれば、アメリカのヨーロッパ化が待っている。混迷の時代というよりも、飽食しながらダラダラと旧西側諸国が衰退してゆく、そんな感覚で世の中を見ております。
posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
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