2010年04月24日

オバマ政権の理性崇拝へのNATOの賢明かつ慎重な留保(前編)

 オバマ大統領の仕事ぶりを好意的に描いたDavid Ignatiusの"President Obama's 'regular order'"(Washington Post, April 15, 2010)というコラムの描写を読んだおかげで、オバマ政権へのなんともいえない違和感の所在がわかったような気がします。普通に読んでいれば、実直な仕事ぶりなのですが。

  A top aide explains what would happen if a senior official tried to just walk into the Oval Office and brief the president on a pet policy initiative. President Obama would send the petitioner away, telling him that his pitch hadn't been reviewed by the staff and was "not regular order," explains the aide.

  Regular order means "proper procedure" for this group, in other words. It's a mundane but characteristically Obamian vision of how government is supposed to work: orderly, systematic, no surprises.

 主席補佐官は、もし、高官が執務室に足を運び、大統領に持論の政策イニシアチブを説明しようとするときに、なにが起こるのかを次のように説明する。オバマ大統領は政策を説明しにきた高官を、計画はスタッフによって精査されておらず、「正規の秩序」ではないと話して、送り出したであろうと。

 正規の秩序は、言いかえれば、オバマ政権のスタッフの集団にとっての「適切な手順」を意味する。それは、平凡ではあるが、政府がいかに機能するべきかということに関するオバマのビジョンを特徴的に示している。秩序立っており、システマティックであり、不意打ちがない。


 イグネイシャスはブッシュ政権の2期目の混乱がひどかったことを描写しています。対照的に、オバマ政権の意思決定は実に整然としており、統治として望ましいのでしょう。皇帝が官僚たち(オバマが官僚を指導して、適切な解を見出してゆく。ここで「皇帝」という表現にはネガティブな意味はありません。リーダーシップの発揮としては、結果として皇帝が官僚を手足とするのが理想なのかもしれませんから。率直なところ、就任から1年たって、整然とした意思決定のメカニズムを築き上げるオバマ大統領の力量はやはり驚くべきものがあります。鳩山政権がこのような意思決定過程を確立することは、おそらくはないでしょう。

 これに続くイグネイシャスの描写では、"White House officials think they are finally hitting this bureaucratic cruising speed, well into the second year of Obama's presidency."とあり、オバマは役人を駆使して、政権発足から2年目にして適切な「巡航速度」を実現したと、役人の表現を借りて表現しています。日本語で「官僚的(bureaucratic)」と言えば、ほとんどの場合、ネガティブな意味ですが、ここではオバマ大統領の意向が強力に意思決定を支配し、整然と職務が遂行されることを意味するのでしょう。

 他方で、イグネイシャスのコラムを読みながら、やはり"bureaucratic"という、やはり英語でもネガティブなニュアンスを含む形容詞が平然と出てくることに違和感を覚えます。繰り返しになりますが、オバマ政権のスタッフは、大統領への忠誠心が強く、大統領に仕えることに喜びを見出していること自体は、オバマの統治が行き届いていることを示しているのでしょう。そのような良好な統治が、なぜ"bureaucratic"と形容されるのか。それは、オバマが発するリベラルな理念にもとづいて計画が立てられ、手足となる官僚がその細部を詰め、作業を行う。オバマの意図にしたがって、世界を変える作業がメカニカルに進む。大統領府ではオバマの理性が支配している世界があり、その住人にとっては、その世界は"bureaucratic"なのでしょう。以下は、核セキュリティサミットの成功の描写に続く話です。

  Behind all the commotion, a big strategic initiative has been rumbling down the policy pike: The idea is to move away from the old paradigm about nuclear danger -- the image of warheads atop missiles -- to the new threat of nuclear terrorism. Even with rogue states such as Iran and North Korea, most strategists view the big danger as a leak of fissile material into terrorist hands, not the old version of nuclear Armageddon.

 騒動のすべての背後では、大きな戦略的イニシアチブが政治的な先鋒の水面下で鳴動している。概念は、核の脅威に関する古いパラダイムから離脱して新しい核のテロリズムの脅威へ進むことだ。古いパラダイムとは、核ミサイル弾頭のイメージだ。イランや北朝鮮のようなならず者国家に関してすら、戦略家の最大多数は、核(分裂)物質が漏れてテロリストの手にわたることが大きな危険だと評価している。もはや古臭い核のアルマゲドンではないのだ。


 興味深いのは、イグネイシャスのような視野が広いコラムニストでも、昔ながらの核抑止(しかも、「アルマゲドン」という表現が象徴するように抑止が破れた状態のみを想定している)ではなく、核拡散と核によるテロリズムだと、両者があたかも代替的であるかのように捉えていることにあります。そこでは、核を背景にした恫喝や通常戦力での劣勢を覆い隠すための核武装の意義などはまったく考慮されていません。NPR2010はここまで単純ではありませんが、そこで示されている戦略の変化の本質をイグネイシャスは理解し、そして賛同しています。私自身は、それ以前の政権は、ソ連崩壊後、核抑止の問題と核拡散と核テロの脅威の双方に目を配ってきたと思います。とくに、ソ連崩壊から数年は、ロシアの統治機構の混乱により、核物質の流出に関する警告が数多く行われました。オバマ政権が提示した核拡散と核テロの脅威はもう20年近く警鐘を鳴らされてきた、それこそ、伝統的な核抑止に比較すれば新顔ですが、既に新しいとはいえないものでしょう。これが新しい脅威だという現状認識には違和感を覚えます。また、核抑止の問題と核拡散・核テロの脅威が補完的ではなく、代替的だという認識には大いに違和感を感じます。

 NPR2010の新しい点は、核抑止の問題と核拡散・核テロの脅威が補完的ではなく、代替的であるとされた上で、後者にプライオリティがおかれたことでしょう。その根本には、当然のごとく「核なき世界」を目指すオバマの理念があるのでしょう。この崇高な理念を遂行すべく、アメリカの統治機構は"bureaucratic"に機能しようとしています。オバマの理念にもとづいて、世界を理性によって変革する。イグネイシャスのコラムは、オバマ政権のリベラルな本質をよく描写したコラムだと思います。


 なぜ、アメリカのリベラルに根本の部分で共感がもてないのかということが少しだけわかったような気がします。端的に表現すれば、リベラルは理性というものの限界に対して、私のような非インテリ(反インテリではない)にはあまりに楽観的であるように映ります。私自身は理知的な人間はありませんが、理性そのものを否定する気はありません。また、オバマの統治は、外交に関しては予想以上に柔軟さも残しています。しかし、やはりNPR2010を読んだ段階でも、理想主義というよりも、理性による世界の変革が前面に出ており、理性による世界の設計が19世紀以降、取り返しのつかない失敗に終わってきたのにもかかわらず、その限界を認めないリベラルという立場には、私のようなちゃらんぽらんにはやはり根本的に氷炭相容れないのでしょう。私などは善意から最悪の結果が生まれるという程度のことしか頭にないのですが。

 もう一つは、核拡散と核テロの脅威へ最上位のプライオリティを置くことが、アメリカのエゴイズムを覆い隠すことになっていることへの違和感です。もちろん、NATO諸国や日本・韓国などとの同盟では、アメリカはあまりに寛大であり、同盟国が、とりわけ日本ですが、フリーライドする傾向がありました。アメリカにとっては核攻撃や核を背景にした外交的な恫喝はほとんど無効といってよいでしょう。しかし、アメリカ以外の同盟国に関してはそうではありますまい。伝統的な核抑止の役割の低下は、ヨーロッパではロシアとの関係、アジアでは中国との関係に影響します。これらの諸国にとって核の脅威は、"Armageddon"という最悪の状態というよりも、核を含む軍事バランスが不利になり、戦争に至る前に政治的に潜在的な敵国、あるいは利害が対立する国に対して政治的な譲歩をよぎなくされることでしょう。もちろん、NPR2010はこの問題を放擲したわけではなく、従来の核抑止とミサイル防衛のハイブリッドを提示しています。しかし、従来の核抑止の役割を低下させるなかで、MDとの関係が補完的なのか代替的なのかは明確にされていません。ただ、全体としては核抑止の役割を大幅に下げることだけが示されています。

 理性は、しばしば現状を否定する理念をもとに世界を変えようとしますが、限界をわきまえていなければ、どんなに的確な現状分析と結びついていても、最後は暴走します。私にとって意外だったのは、アジアよりもはるかに安全だと考えていた欧州でオバマの理念に対する賢明かつ慎重な留保が表明されたことでした。長くなってしまったので、NATOの反応は次回に回します。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/37336389
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック