2010年06月07日

政権交代後のハンガリー新政府のギャンブル

 マジャール人というのは真面目すぎる人たちなのか、駆け引きに長けた人たちなのでしょうか。それとも、2010年4月に議会選挙で対象を収めたフィデスが統治に慣れていないのか。『日経』の夕刊にもありましたが、Wall Street Journalが2010年6月5日付で配信した"Hungary's Economic Woes Punish Euro, Roil Markets"という記事が興味深いです。先のヨーロッパ全体に関する記事でも概要は同じなのですが、なんといっても政権交代後のバカ正直な財政再建へのコミットメントが混乱を招くという点で、不謹慎ではありますが、おもしろいと思いました。もちろん、新政権がなんの政治的な目的もなくバカ正直にコミットしたわけではなく、この記事ではIMFとの再交渉を狙っているという推測が紹介されています。IMFが再交渉に応じれば、ハンガリーのようにまだしも財政再建が進みつつある国ならばともかく、そうでない国にも「実は」という逃げ道をつくるインセンティブを与えるでしょう。ハンガリーが上げた「悲鳴」は、きわどい賭けだなという印象です。

 まずは政治的な背景ですが、上記の記事では足りないので、基礎データは、外務省HP(参考)と直近の選挙に関してはWikipediaの"Politics of Hungary"という記事と"Hungarian parliamentary election, 2010"という記事(やや難があるようなのでデータのみですが)を参考にしました。

 ハンガリーの政体は議会制民主主義で、元首は大統領(任期5年)、議会は一院制(国民議会)です。大統領は国民議会の選挙で選ばれ、象徴としての地位しかもちませんが、軍の最高司令官であり、首相の指名権をもちます。現大統領はショーヨム・ラースローで、独立系とされています。議員の任期は4年で、定数は386名です。2010年4月の選挙の前には社会党政権でした。改選前にはハンガリー社会党が190議席、フィデスが164議席でしたが、4月の選挙後、フィデスが263議席(得票率52.73%)、社会党が59議席(得票率(19.30%)とフィデスが圧勝しました。フィデスの党首、Viktor Orban首相は1963年5月31日生まれで、今年で47歳という若いリーダーです。

 経済面では2008年にハンガリー政府はIMFやEU、世銀などに総額200億ユーロの融資をEU諸国としては初めて要請しました(過去に1976年の英国の事例あり)。話が前後しますが、外務省HPでは2008年3月に行われた国民投票では改革の根幹であった『入院費』『受診料』『授業料』の導入が白紙に戻る等、改革は行き詰まりを見せている」とあり、旧共産圏であったために、医療や教育などは無償だったのかもしれません(どこぞの島国は高校の実質無償化を図るそうで、ハンガリー政府自身が改革が必要だとみなしている旧弊を目指すんですかね)。

 ここからはWSJの記事がメインです。木曜日に、フィデスのLajos Kosa副大統領が"Hungary was in a Greek-style sovereign-debt crisis"と発言しました。続いて金曜日には首相のスポークスマンであるSzijjartoが次のような発言をしました。

  Mr. Szijjarto said at a news conference that Hungary's new government is "ready to avert the Greek road," but he added that "there is nobody in the country apart from the previous government who still says the budget deficit of 3.8% of gross domestic product can be reached." That is the IMF's target for this year.

 Szijjartoは記者会見で新政府は「ギリシャの道を避ける準備がある」と述べた。しかし、「GDPの3.8%という財政赤字を達成すると述べているのは前政府以外にはいない」とも付け加えた。この数値は今年のIMFの目標である。


 あまりに率直すぎて思わず息をのみそうになります。外務省HPによると、フィデスは若手中心の政党のようです。若いがゆえの野心的な「構造改革」を目指すためにあえてギャンブルに出たのか、単に未熟なのか、あるいは社会党の「悪行」を暴露するための政略が入っているのか、ちょっと判断がつきません。ただし、おそらく確実なのは、この記者会見での発言は、ヨーロッパ市場を揺るがすことは考慮していなかったことでしょう。"Europe Default Insurance Jumps"(改題後は"Debt Insurance Soars Across EU)でもハンガリーにおける、この副大統領および首相スポークスマンの発言がヨーロッパ市場を動揺させ、ユーロ下落につながったことを指摘しています。ハンガリーはユーロに加盟していませんが、EUには2004年に加盟しています(NATOには1999年加盟)。政権交代で前政権の「粉飾」を暴露すれば、EUもこれまでの支援を見直さざるをえなくなるでしょう。

  Government officials have warned in recent weeks that the deficit could hit as much as 7.5% of GDP this year; analysts have attributed those alerts to an attempt by the government to prepare the ground for any new austerity measures it might be forced to take. Hungary's central bank reiterated late Friday that it expects a deficit of 4.5% of GDP.
  Hungary remains a case apart from Greece, whose deficit was 13.6% of GDP last year and whose lack of foreseeable growth calls into question whether its towering debts can ever be repaid. Since it manages its own currency, Hungary has more flexibility to deal with economic concerns, but the country hasn't had cause to devalue the forint. Its primary worry is having the money to cover its budget gap.
  It has also made some headway on constraining the flood of foreign-currency loans to households and businesses, which had borrowed in euros and Swiss francs to avoid the forint's high interest rates; that turned into a bad deal when the forint fell in 2008. The withdrawal of credit has also meant foreign banks that were big lenders are now less exposed to Hungary's problems.

 この数週間、政府高官は今年度の財政赤字はGDPの7.5%に上るであろうと警告してきた。アナリストは、この警告はいかなる緊縮政策を強制的に実行するための政府による試みによるものだとしてきた。ハンガリーの中央銀行は金曜日の晩に財政赤字はGDPの4.5%であるという予想を繰り返した。
 ハンガリーはギリシャとは異なる事案である。ギリシャの財政赤字は、昨年にはGDPの13.6%であり、予見可能な成長を欠いており、積み上がる負債を返済できるのかという問題がある。自国の通貨を活用することによって、ハンガリーは経済的な懸念に対応する、ギリシャよりも柔軟性を有していた。だが、ハンガリーはフォリントを切り下げるもっともな理由がない。第一義的には、予算のギャップを埋める金があるのかという懸念である(引用者:フォリントの切下げによってユーロなど外貨建ての借款などを返済するのが困難になる)。
 フォリントの切下げは、家計や企業に対する外国通貨建ての貸出の流れに制約を加えることを進めてきた。家計や企業は、フォリントの高い利率を避けてユーロ建てやスイスフラン建てで借り入れていた。2008年のフォリントの下落によって、この借入は分の悪い取引になった。信用の引きあげは、巨大な貸し手であった外資系銀行にとっては、いまやハンガリー問題でリスクにさらされなくなることを意味する。


 ハンガリーは、ギリシャやアイルランドの債務問題が注目されるようになるまで、ヨーロッパの「厄介者」とみなされてきたとのことです。2008年の金融危機によって、ハンガリーはIMFの支援を仰ぎ、緊縮財政を余儀なくされました。

  Still, the shock of the credit crunch in 2008 left it high and dry. But the ruling Socialists, who presided over years of profligacy, gave way last year to a caretaker government largely made up of technocrats who appeared bent on fiscal rectitude.
  Fidesz benefited from anti-incumbent fervor and routed the Socialists from parliament in April elections.
  Now, says Yusaf Akbar of Budapest's Central European University Business School, Fidesz is "trying to backtrack on the obligations the Socialist government made to the IMF."
  Mr. Akbar says that's a "perilous" game. Unlike Greece or Portugal, which have loads of money at the ready from others eager to keep the common currency together, Hungarians "don't have the euro zone to back them up."
  The austerity measures needed to meet the IMF's targets have required tough fixes to entrenched problems. Hungary has a large state sector, a big non-taxed gray market and a relatively generous pension system that keeps vast numbers of Hungarians out of the work force.
  The solutions―cutting public employment, hustling more people onto the tax rolls and crimping pensions―aren't popular with voters.

 2008年の金融危機の衝撃によって、ハンガリーの財政は行き詰まった。だが、与党社会党は、放漫財政をとりしきってきたが、昨年には財政規律を厳粛に守るテクノクラートからなる暫定政府へ道を譲った。
 フィデスは現職議員への熱烈な反感から恩恵を受け、4月の選挙で社会党を議会から放り出した。
 今や、Yusaf Akbar(ブダペストの中央ヨーロッパ大学ビジネススクール)は次のように語る。フィデスは「社会党政府がIMFと結んだ契約履行義務を撤回しようとしている」。
 Akbarはこの試みを「危険な」ゲームだと述べた。共通通貨を維持する意欲をもつ他国が相当量の資金を準備しているギリシャやポルトガルとは異なり、ハンガリー人は、「ハンガリー人を支援するユーロ圏をもたない」。
 IMFの目標と合致するために必要とされた緊縮政策は、固定化された問題への厳しい解決策を要件とした。ハンガリーは、巨大な国有部門や非課税のグレーマーケット、相対的に甘い年金制度(この制度のおかげでハンガリー人の多くは労働力から外れた状態でいることができる)などを抱えてきた。
 解決策は、――公務員を削減することやより多くの人を課税対象へと追い立てること、年金制度を変えることなど――有権者には人気がない。


 フィデスが、IMFとの再交渉を行うとするギャンブルは、2010年6月4日にはユーロが動揺する一因となりました。債務の「真の値」を公表することが、IMFへ再交渉に応じるインセンティブを与えるのかはわかりません。また、Wall Street Journalが2010年6月5日に配信した"Hungary Rushes to Calm Markets"という記事では、ハンガリーがユーロへの加盟を目指していることが指摘されています。また、IMFの地域代表がブダペストに駐在しており、非公式に今回のハンガリー政府の政策に関して知ろうとしているとも指摘されています。IMFもこれだけの「隠れた」債務が明るみに出れば、少なくとも、門前払いをするのは困難なのでしょう。

 ユーロを動揺させ、加盟国の債務保証のコストを押し上げたハンガリーの行動がユーロ圏の支援をえるのにプラスに働くのかは疑問に思います。ユーロ圏の混乱が長引くことが解を見出す時間稼ぎとなるのか、はたまた債務圧縮に迫られた国々の利己的な行動を誘発し、解を見出すことを困難にするのか、現時点では明確な確信がもてませんが、後者のリスクが現時点では強く残っていることに留意した方がよいと思います。なお、文中の訳にはかなり苦し紛れの部分が多く、ここまでお読みになった方でご指摘を賜れれば、幸いです。


 こんな下までスクロールしてくれた方には、私がハンガリーに特別の注意を払ってこなかったことは自明だと思います。それでもハンガリーを取り上げたのは、ユーロの動揺もさることながら、今回の金融危機によって旧共産圏であった東欧諸国が、民主主義や市場経済などに幻滅し、社会主義や他の全体主義へのノスタルジーを覚えてゆくのではないかという懸念があったからです。そのような懸念はもっていたものの、不精が災いして、あまり勉強してこなかったツケを今回、感じました。現状では、そのような懸念は杞憂なのかもしれません。ハンガリーでは少なくとも議会制民主主義が機能しており、政治的な駆け引きをともないながらも、財政赤字を削減する努力が続けられています。現状では、多くの困難を抱えながらも、民主主義政権の下で、市場経済を後退させる動きは見当たりません。

 他方、2008年の金融危機は、まず中東欧諸国における債務問題を表面化させました。その背後には、「移行経済」と呼ばれた段階から進展が見られたものの、公的部門がやはり非効率であり、上記の引用記事では"pension system"を年金制度と訳しましたが、年金に留まらない種々の給付制度が手厚く、労働市場が十分に機能していないという実情も明るみに出ています。これらの改革が首尾よく進むのかといえば、緊縮財政の下で一定の進展を見せるのかもしれませんが、雇用の受け皿がなければ、給付制度や公務員削減は困難を極めるでしょう。同時に緊縮財政は、少なくとも短期的には、経済成長にマイナスに作用するでしょう。ユーロ圏の諸国とそうでない諸国では大きな差異がありますが、ユーロ圏内やIMFの圧力にもかかわらず、成果が見えない時期も続くこともありうるでしょう。

 日曜日の「寝言」と正反対のことを書きますが、旧共産圏の国では予想以上に、市場という経済的な自由主義と民主主義という欧米の価値観は、その多くの欠陥にもかかわらず、より長期的には定着してゆくのでしょう。その背後には、やはり旧共産圏における体制の欠陥があまりに大きいという歴史に関する記憶が共有されていることがあるのでしょう。

 これに対し、アジアでは自由と専制の対立がまだ残っています。旧東欧諸国のような共有された歴史的経験を欠いた状態で、果たしてアジアは自由という現状を維持するのか、それとも専制が強くなるのか。次の関心は再びアジア情勢に戻ることになります。
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ハンガリー財政懸念
Excerpt: 4月に8年ぶりの政権交代を果たしたばかりのハンガリーで、与党フィデス・ハンガリー市民同盟の幹部が3日、財政状況が予想より悪く、ギリシャ危機がハンガリーでも起こる危険があると発言しました。また、オルバン..
Weblog: 歌は世につれ世は歌につれ・・・みたいな。
Tracked: 2010-06-08 00:47