2010年06月14日

J. S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータとソナタ ライブ編

 以下、不躾な部分もあるので、匿名の状態で感想だけ記しておきます。この曲とは一生の付き合いになりそうなので。

 うーむ、変な感想になりますが、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータをライブで聴くのは、実は、初めてなのですが、実際の演奏を聴くだけではなく、見ると、想像以上の難曲だなあと。ソナタ第1番のフーガが凄まじいのでありまして、ミスがいくつかあるのは素人でも気がつくのは容易なのですが、この曲が現代とは限らないのかもしれませんが、演奏者にとって要求するレベルが非常に厳しいことに気が付きます。演奏はヴァイオリニスト一人で、なおかつ暗譜(スコアを置かないのは譜面をめくっている余裕がないので当然ではありますが)で演奏していてどこまで演奏したのか迷いそうです。しかも、緻密な構成なので音が流れてしまったり、飛んでしまうと、一気に崩壊するリスクが高い。録音ですら、全曲を通して安心感があるのはハイフェッツぐらいでしょうか。驚いたのは、シチリアーノでして、この音色は言葉では表現できないです。パルティータは安心して拝聴しました。

 とある公会堂のホールで聴いたのですが、どうも、残響が強いのか、席が悪かったのか、音が割れるように聴こえることが少なくなく、ちょっと厳しいです。気になったのは、室内の湿度の低さでしょうか。高温多湿の日本という国はヴァイオリンにとって決して優しい環境ではないのでしょう。しかし、ホール内部は空調が利いていて目がカラカラになるぐらい。他方で、高音のときにはなんともいえないよい音色が出ていて、もう少し前の方に座ればよかったのですが、G線で出ている音色なのかはわかりませんでした。ソナタとパルティータの第1番が終わったところで休憩。これは演奏者を苦しめる曲だなあと。紹介して下さった方は、聴いている方が冷や冷やすると、困ったような様子。ただ、演奏が止まるようなミスはなかったので、ライブではかなり完成度が高い方でしょう。というよりも、ライブで全曲を披露されるというのは、向上心が強い方なのだろうと。本当に貴重な機会でした。

 ソナタの第2番ですが、アルマンドは第1番と同じく、なんともうっとりするような美しさがあります。問題は、第1番よりもフーガが長く、技巧というより、ほとんど嫌がらせに近いレベル。若干、ミスが気になりましたが、第1番のような抑圧された曲より演奏者にとっては弾きやすいのでしょうか。ただし、こちらは低音で苦しい部分が多く、使用楽器がわからなかったのですが、ご一緒した方々はほとんどがグァルネリに近い音色とのことでしたが、低音の響きが「カノン」のような低音でドーンとくるような迫力ではなく、高音の華やかさは、ストラディヴァリウスではないにしても、かなりよい感じでした。注目は、実はソナタの第2番ですと、第3楽章(という表現でよいのかは素人ですので疑問ですが)のアンダンテ。緩徐楽章のようでボウイングの方に注目ですが、見事に弾かれていました。フーガ−アンダンテ−アレグロという構成自体がしっかりしすぎていて、厳しいのですが、ソナタの第2番のアンダンテがほぼノーミスで弾けるということは演奏者の技量が高いことを示していると思います。バッハの緩徐楽章は異常に要求水準が高くて、全曲録音を残している演奏家でも、間延びしていたり、時折、主題と通奏低音がやや混乱している部分がありますので。

 この日の目玉はやはりパルティータ第2番でした。それまでの演奏では楽章の合間に、軽く間をおいて、音を確認する作業が入りましたが、このパルティータでは、アルマンドとクーラント、クーラントとサラバンドの間に間をおいたものの、音の確認はなく、サラバンドから後は全休止こそあっても、一気にジーグ、シャコンヌへ流れていって、当時の演奏に近いのかもしれません。シャコンヌは、聴きながらうっとりしてしまいました。まあ、余計な感想が浮かばない、最高の演奏でした。

 ちょっと興味深いのはソナタとパルティータの第3番の演奏でした。第1番で目立ったミスですが、こちらは曲の難易度、特殊なボウを使わないあたりからくる普通のミスですが、第3番は敢えてミスを恐れずに踏み込んでいくようなタイプのミスがありました。商業ベースに乗る演奏家の場合、ノーミスが当然であって、その制約の下でなんとか音楽性を表現するのですが、ノーミスの制約が厳しく、長調の下での解放感を表現する部分にまで制約がかかります。もちろん、ミスをすることが好ましいことではありませんが、個人的にはノーミスが当たり前の状態ではちょっと食い足りない。このソナタのフーガも全3曲で最長というだけではなく、反行フーガまであって、迷いの森になりかねない部分です。ミスはありましたが、慎重に「建築」をつくりあげようとするあまり、抑制が効きすぎて流麗さが損なわれることが多いのですが、今回の演奏ではまさに流麗であり、コラール前奏曲の主題が非常に美しく響きました。スコアを見ていないので、バッハの音楽として正統ではないのかもしれませんが、こういう解釈もありうるし、ひょっとしたら標準的な解釈よりも優れている、スケールの大きな演奏だと思いました。

 演奏者はオイストラフを心の友にしていると、紹介者から演奏が終わってから伺いましたが、この演奏は非常に興味深いです。なにしろ、オイストラフが全曲録音を断念してしまったので、やはりハイフェッツが最も完成度の高い録音を残してくれたのを頼りにするしかないのですが、テンポからすると、ヒラリー・ハーンよりはやや速め、ハイフェッツよりはやや緩やかというところでしょうか。しかし、全体としてこのフーガを流麗に描くというのは容易ではなく、音楽性の表現としては非常に高いものを感じました。ノーミスにこだわるとできない演奏ですね。女性の演奏者には失礼ですが、男性的な力強さと流麗さが印象に残りました。

 シャコンヌに続いて、演奏者の高い音楽性を感じさせてくれたのは、パルティータの第3番。こちらもソナタと同じく、長調ですが、第2番のシャコンヌで高い精神性を抑制的に表現した後に、自由、あるいは平たく言えば、プレリュードが提示する開放的なのびやかさとともに、展開部の抑制の下での自由が絡み合う曲です。シャコンヌのやや内向的な精神性の高さとは異なる、音楽の喜びが抑制的ながらも、はるかに前面に出てくる、演奏者の個性がはっきりと出る楽章です。演奏者は、ソナタに続いて流麗な演奏で、ジグまで飽きることのない、音楽の弾く喜び、聴く喜びと音楽の楽しむ喜びを存分に披露していて、素晴らしい演奏でした。

 やはり全体としてはミスが少なくないのが惜しいのですが、ノーミスにこだわりすぎると、聴くことができない演奏を聴く機会に恵まれたのは幸せでした。休憩を入れて3時間近い演奏をされたKさんにあらためて拍手を送るとともに、紹介して下さったS先生に感謝です。


 内輪の演奏会でしたので、指定席はなく、もっと前の座席に座ればというのが少し心残りでした。やはり、ちょっとメカニカルなところがある私にはボウイングと運指をもっと見ながら演奏を聴きたいというのもありました。もっとも、集中して聴きたいところでは、演奏者が美しい方だということもあって、音楽に集中したいので目をつぶって耳にな響く音だけを味わっていたのですが。最前列で聴いていた方によると、途中から汗が目立っている上に息遣いが苦しそうで、やはり大変な演奏だったようです。

 私みたいな俗人にふさわしくないのですが、やはりこのような演奏を聴きますと、人はパンのみに生きるにあらずというのを実感します。政権交代後、これから旨いものも食えなくなるだろうと、他の支出を削って贅沢三昧をしていましたが、やはり食べてばかりではダメですね。もっとも、リサイタルの後は、周辺の景観を楽しみながら散策をした後、料理と酒がおいしいお店で堪能しましたが。

 楽しい思いをした後では汚らわしいことには触れたくはないのですが、私から見ると、政治制度で英米特有の慣習を歴史的な積み重ねを無視して導入し、マンガやアニメなどを海外に布教するというのが最悪の組み合わせでしょうか。だいたい、英米では普通選挙が実現する前に長い期間にわたって二大政党がコンセンサス形成を図る習慣が確立しました。日本という政治風土にあった政治文化を私たち自身が構築してゆくことが課題であって、明治維新後の明治憲法制定過程でプロイセンの憲法を参考にしながらも、議会制民主主義への道を封じなかった明治期の政治家の苦労とはかけ離れた空理空論ばかりです。

 マンガやアニメを政治が振興しようというのは愚の骨頂でしょう。西洋音楽は教会や諸侯など、既存の政治勢力をパトロンにしながら花を開きました。それが18世紀末から市民の音楽へ広がってゆきました。もともと庶民の文化であったマンガやアニメを政治が「パトロン」として海外に布教するというのは滑稽千万です。そんな努力をしなくても、海外の一部では日本の文化として受容する人たちもいたわけですし、庶民の文化として国際的な交流が妨げられなければ、それで十分でしょう。庶民の文化にまで政治が介入することは、表現の自由といった問題以前に、余計なお世話でしょう。

 政治システムにおける英米の制度を安直に輸入するというのは、自国の社会にあった政治システムを構築する頭脳が欠けていることを示しています。日本の文化が海外に受容されること自体は喜ばしいことですが、それはマンガやアニメに限らず、政府によるプロモーションによるものではないのでしょう。クラシック音楽が戦前にどのように受容されたのかは知りませんが、海外の政府による強制でもなければ、鹿鳴館時代のような特殊な例外を除けば、民間における自発的な交流が主だったと思います。

 クラシック音楽の人口はかならずしも日本では多くはないのかもしれません。しかし、戦前から江藤俊哉氏などによって日本人の中に西洋音楽の普遍性が理解されるようになってきました。まだ、日本文化では歴史が浅いといってよいのでしょうが、サントリーホールなど商業ベースで行われる外国のオーケストラの演奏は、経済成長の停滞にもかかわらず、多くのファンを集めてきましたまた、地味ではありますが、室内楽を中心に楽しんでいる年配の方も少なくありません。私たち全体の運命を左右しかねない政治システムの問題では、日本にあった制度や慣習を考えるという「和魂洋才」は過去のものとなり、浅薄な「イギリスでは」、「アメリカでは」という議論が多く、文化のように自発的な民間レベルの交流や伝播が主となる分野で政府が関与するというのは滑稽にすら感じます。

 文化振興一般を否定するつもりはありません。今回のリサイタルの会場も公の施設でした。ただ、食べること、それ以外の楽しみは個人が確保するべきことであって、政治の役割は小さいものでしょう。他方、政治が機能するための条件づくりでは、いまだに日本人が自らの知恵を出さずに、機能する前提の分析を欠いたまま、英米の真似をしているようでは困ります。政治にせよ、文化にせよ、日本人自身がつくりあげていくものです。どうも、そのような感覚が欠けたままの人たちが、「団塊の世代」のイデオロギーを批判しながら、結局は大したことをしていないのが現状なのでしょう。
posted by Hache at 07:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言
この記事へのコメント
ヒラリー・ハーンですか、この時期ですと。内輪の演奏会とは、うらやましい限り。
Posted by 老眼 at 2010年06月14日 14:13
>老眼様

思わせぶりな書き方になってしまい、恐縮です。ヒラリー・ハーンのようなグローバル・プレイヤーではなく、地元を中心に活動されている無名の方です。私はパトロンになるような財力とは無縁なのですが、国内の日本人演奏家のリサイタルに時折、足を運んで、ささやかながら応援しております。やはりミスが少なくなかったので、ヒラリー・ハーンと比較するのは気の毒ですが、シャコンヌは正確でかつ自己表現をされていました。上でも書きましたが、ソナタ第2番のアンダンテはハイフェッツの録音でも慎重に演奏している感覚があり、ここを流麗に演奏されていましたので、これからも応援したい音楽家のお一人です。
Posted by Hache at 2010年06月14日 21:11
ああ、失礼しました。ちょうど来日公演があったばかりでしたので、そうした内輪のサロンが在るのかと。以前、丸山真男でしたか、バッハというのは曲自身に力があり、演奏者は弾かされてしまう、というコメントがあったのを思い出しました。若い演奏者を応援されているとのこと、素晴らしいことです。
Posted by 老眼 at 2010年06月15日 11:11
>老眼様

丸山眞男がそのようなバッハ評をしていましたか。同じソロでも、ヴァイオリンよりもチェロの方がまだしも気が楽だなあと、演奏後に話しておりました。

ちょっと不適切な喩かもしれませんが、あまり名前が売れていない演奏家のリサイタル(コンサートを開く人になるとある程度、知名度がありますので)を聴くのは、贋物もたくさんある骨董を見ているような感覚です。ここで書かないのは私にはちょっとという場合です。気楽な道楽みたいなものでしょうか。
Posted by Hache at 2010年06月15日 23:54
クラシック愛好人口が少ないと書かれてますが、とんでもありませんよ。まだまだけっこういますよ。
和楽器人口などはここ数年で激減進行中です。私のやってる尺八などは地方ではほんとに高齢者しかいない状況で、もはや絶滅危惧種になって赤ランプ点滅中ですよ。ちなみに私は19才で始めました。
ところで仏映画「オーケストラ(現題は「コンサート」)をご覧になりましたか?感動ものでした。
Posted by 笛吹働爺 at 2010年06月16日 23:49
>笛吹働爺様

私自身が和楽器に疎いのでリプライが遅くなってしまい、恐縮です。先週の土曜日に集まったメンバーでは意外と和楽器に詳しい人がいらっしゃって、日本の音楽にせよ、西洋音楽にせよ、伝統音楽に興味をもつ層は重なることもあるのかもしれません。国内的にも能楽や浄瑠璃を楽しむ人口が減少しており、厳しい状況なのだろうと拝察しております。

意外だったのは、尺八を地中海沿岸国にもっていくと、乾燥した気候のため、最悪の場合、破損してしまうことがあるということでした。海外でも普及すると、層が育つのかもしれませんが、厳しいのかもしれません。筝の演奏を昨年、聴きましたが、音色が華やかで感動しました。特殊な機会に恵まれたおかげなのですが、現在の日本では、自国の古典音楽の方が西洋の古典音楽よりも敷居が高くなっているのかもしれないとも思いました。

映画「オーケストラ」は恥ずかしながら、初めて知りました。ご教示ありがとうございます。演奏を聴くだけではなく、観るというのはあらためて楽しいものだと実感しましたので、時間ができましたら、是非、映画館に足を運びたいと思いました。
Posted by Hache at 2010年06月19日 00:34
もう公開が終了のところもありますが地方によってはまだこれからのところもあります。
公式HP
http://orchestra.gaga.ne.jp/
の上映劇場でお探しください。

バイオリンソリスト役のメラニー・ロランにやられました。("綾瀬はるか"はひとまずお休み)
Posted by 笛吹働爺 at 2010年06月19日 21:39
>笛吹働爺様

ご紹介ありがとうございます。幸い、近場で上演しているようですので、折を見て、参りたいです。気候の関係もあって、やや疲れ気味ですので、音楽で頭を空っぽにしたい気分です。このような映画は、うってつけだなと思いました。
Posted by Hache at 2010年06月21日 00:15
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