2010年07月13日

気まぐれ "Fooled by Caprice: The Hidden Role of Chance in Life and in the Politics"

 まさに、「寝言@時の最果て」にふさわしいタイトルを思いついて、気分爽快です。しかし、ウルグアイ対ガーナ戦でぐったりして寝てしまったのが正解でした。うっかり3時半まで待って見ようものなら、月曜日は使い物にならなかったであろうと。結果を知ってから見るのはやや興をそがれる部分もありますが、試合時間を見ると、ぐったりしそうです。ちなみに月曜日の「寝言」は正確には同日零時40分頃に書いて予約投稿しました。ああでもしておかないと決勝戦を見かねない自分が一番、怖いです。

 そんなわけで地上波の選挙特番は完全にスルー(テレビで番組表を見ただけでつまらなさそう)。ぶっちゃけた話、開票速報ならネットで確認した方が見やすいですし。一つだけ、こちらの方が紹介されていた番組を少しだけ見ましたが、おもしろいけれども、使っていない筋肉が使われていないのはなぜでしょうという分析がなく、単に経済討論番組として成立してしまうので、ちょっと見ただけで、一時停止したウルグアイ対ガーナ戦に戻ってしまいました。通してみていたら、印象が異なったかもしれませんが、『日経ビジネスオンライン』の記事ではA党に分類される政策指向(経済政策に限定)のようなので、どうやら多数派ではない様子。ひらがなの党が近いはずですが、マニフェストを読んで、代表のご尊父が「毛ばり」と嘆きそうな状態で、心が折れました。きっと前回総選挙でマニフェストを読んでいながら、民主党に入れる人というのは、本が読めて、薀蓄が語れても中身が理解できないというとってもかわいそうな奇特な方々でしょうから、お似合いの政党かなと。消去法で、選ぶとまあここかというところで、消費税率引上げの火種をつくったうらみはあるのですが、やむをない選択というところでしょうか。露骨なことを言えば、10年後に総理にふさわしい人物が育ちそうな政党が他には皆無ですので。何度、読み返しても、下記の文章は味わい深く、笑いをかみ殺すのに当初から苦労しました。

北岡 一方、党を立て直す気概や能力を備えた、四十代、五十代くらいの人材がいるかと見渡してみても、正直、あまりいないんですね。選挙で大敗したこともあるのですが、根本的は長老支配のつけがまわってきたとしか言いようがない。民主党であれば、五十歳前後で、野田佳彦・前原誠司・枝野幸男・玄葉光一郎など、立場はそれぞれですが、次を担いそうな名前がすぐに浮かぶのですが。いっそ小渕優子氏くらいまで世代交代したほうがいいのかもしれません。(笑)

御厨 善し悪しは別にして、かつて若手の教育機関の役割を果たしていた派閥が弱体化したことで、自民党には人材が育っていないんです。こういう危機的状況に立ち至ってみると、よく分かります。気がつけば人材の面でも民主党に逆転されていたんですね。
(『中央公論』2009年10月号 33頁)


 総理を担う人材育成という点で、民主党ほど最悪の政党は珍しいでしょう。まるで昔の小学校の給食当番を決めるごとき安直さ、政権交代前夜の自民党内のゴタゴタを想起させる結束力のなさ、政権交代が実現すると自分たちの使命も尽きてしまうことに気がつかない洞察力のなさという点など挙げ出せばキリがありません。民主党中心の政権の輝かしい10ヶ月が示しているのは、とりわけ最後の「反自民」という旗頭は政権交代が実現すると、神通力を失ってしまうということでしょう。この点に関して、民主党内で薄々、問題に気がついていた節があるのは小沢一郎氏ぐらいではないかと。揮発油税のいわゆる暫定税率(租税特別措置法88条の8)の廃止は2兆円超の財源が必要であり、予算案策定に支障をきたしかねない話でした。強引ともいえる手法で横車を押し、政権交代を実現した後、「政権交代」という旗印は急速に色あせ、与党としての政権担当能力が問われる立場にあることに気がついていた人物は皆無だという気がします。もっとも、小沢氏の場合、細川政権の時期に予算で蹉跌を踏んだという経験にもとづいて行動していただけであり、自民党中心の政権とは異なる明確なビジョンを打ち出すだけの洞察力があったのかは疑問ですが。

 「反自民」というスローガンは、政権交代が実現すると、有権者の目には新鮮さが日に日に失われてしまうという洞察力は、少なくとも、鳩山氏や菅氏にはほとんどなかったといってよいでしょう。事業仕分けなどの小手先の話でそれなりの割合の有権者をひきつけたのでしょうが(東京選挙区での2010年緒民主党2候補の得票数が240万7,406票、2004年が191万6,120票ですので、49万1,286票ほど増やす効果はあったのでしょう。なお、2004年の場合、定数が4で、なおかつ青島幸男氏が出馬しており、比較が難しい点はありますが)、政権公約で確保すべき財源を生み出すには到底、不十分であったと私自身は評価しております。「ムダの削減」でより有効な支出を行うという方針も、「子ども手当て」や「高校無償化」など、政治的に十分な共感をえることができず、金銭的なインセンティブに留まらない、効果が明白でない支出が増加するという点で、反発には至らないものの、多数の支持をえられなかったと思います。

 加えて、普天間飛行場移設問題をめぐる迷走は、政権交代後の民主党の存在意義に関する決定的な疑義を、前回総選挙に民主党に投票した層にも投げかけたと思います(私自身は一貫してダメージを与えるだけの政権でしかなく、ダメージが少なければまだマシだという立場ですが)。政権交代という一点に絞った目標を実現した後で、民主党はその存在理由を支持層、そうでない層にプリゼントすることに失敗しました。

 今回の選挙における民主党の惨敗は、消費税率引上げをめぐる菅首相の混乱が大きかったことは否定できないでしょう。他方で、鳩山政権期に民主党支持層ですら、私の知人の範囲でしかありませんが、民主党の統治能力に失望が広がっていたことが大きな背景でしょう。菅氏の失敗は、ご自身が鳩山氏の劣化コピーにすぎない存在として有権者の目に映るリスクを考慮せずに、有権者が気まぐれであることを忘れて、一時的な支持率上昇によって民主党中心の政権の課題を提示しなかったことだと思います。繰り返しになりますが、今回の参議院議員選挙における民主党の惨敗は、政権交代というスローガンに有権者のかなりの部分が「気まぐれ」で乗り、達成されれば、見捨て去られる運命にあるという洞察を欠いたことが大きな要因であるという「寝言」が浮かびます。

 それにしても、前回総選挙で民主党に入れた人たちというのはこらえ性が皆無な人たちが少ないようで。私みたいに日々を気まぐれに過ごしている、あるいは人生自体が「寝言」(悪い冗談)と感じているものから見ても、もっと気まぐれな人たちが多いのだなと実感しました。


 「空き缶」のポイ捨ては勘弁ですので、ちゃんと丁寧にゴミ箱に捨ててほしいものです。自民党がそれなりに議席を増やしたことで、消費税率の引上げが合意争点化したという見方もあるようですが、ことはそれほど単純ではないと思います。「自民党政策集 J−ファイル2010(マニフェスト)」は、「新しい時代にふさわしい国づくりのための自主憲法制定を制定します」という、いわば「枕詞」が述べられた後で、いわゆる「成長戦略」が第1に挙げられています。ただし、社会保障制度改革の部分では、「財源なくして安心なし、安心なくして成長なし」とあり、政策的な優先順位では、財源確保(消費税率の引上げ)に優先順位が置かれているとみてよいと思います。やはり、違和感を覚えるのは「安心なくして成長なし」というあたりでしょうか。社会保障制度における「安心」の欠如が経済成長や勤労意欲を阻害しているというメカニズムの分析がなく、率直なところ、この考え方自体が理解不能です。社会保障制度における財源の問題は、制度の維持可能性にかかわる問題であって、成長の問題とは区別した方がよいのでしょう(単に「改革なくして成長なし」という小泉政権の文言をいじっただけだという印象です)。私自身は古いタイプの人間ですので、成長の果実がなければ所得再分配の原資は細る一方になるだろうと思うのですが。

 自民党の政権公約では消費税率の引上げと経済成長を両立させるために腐心していることは理解できます。他方で、消費税、あるいは付加価値税は、今日では素朴すぎるのかもしれませんが、単に、税収として消費者に負担を強いるだけでなく、超過負担によって各市場において取引量を減少させ、経済成長を阻害する要因となりうるでしょう。自民党の「成長戦略」では名目成長率4%という目標値が示されていますが、経済は政府の指示のとおりに動かないことは、もう20年以上前に示されていると思います。

 仮に、自民党と民主党で消費税率の引上げに関する政策カルテルが結ばれても、「安心なくして成長なし」の部分が危うければ、常にお互いに裏切るインセンティブが残るでしょう。また、両党とも、現行の選挙制度では単独で衆参ともに多数を形成するのは困難でしょう。このため、カルテルに参加せずに、票を集める政党がアウトサイダーとして行動する余地を残します(私自身はどうかと思うのですが、ひらがな政党の躍進はそれなりの合理性もあると思います)。

 谷垣氏は、2006年の自民党総裁選で「絆」ということを挙げていました。小泉改革の「副作用」として格差問題が挙げられますが、この視点は興味深いと感じておりました。他方、家族を単位とした世代間の相互扶助を公的な社会保障制度で代替することは、自発的な絆を損なう可能性もあります。家族という社会を構成する単位が変化している事態に公的扶助を拡大するのは、ある程度まではやむをえない部分があると思いますが、非金銭的なインセンティブで保たれてきた絆を金銭的なインセンティブで代替した場合、どの程度まで公的支出が拡大するのかは、私の能力では具体的な数値として示すことはできないのですが、当座の数値として示されている消費税率10%ですむという保証はどこにもないことに留意する必要もあるのでしょう。
posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(1) | 気分しだいの寝言
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