2007年05月19日

対外政策と国内コンセンサスに関する雑感

 ふと、行政府の意思決定というものの複雑さに驚いてしまいました。「縦割り行政」の弊害が盛んに報道された時期がありましたが、たとえば外圧がくると、省庁横断で「国士」の「有志連合」ができたりする。また、官邸にあげてしまうと、デリケートな問題の場合には、役所の若手・中堅で官邸にあげないように微妙な調整が行われている。現在では、そのような時代ではないのかもしれませんが、少なくとも小泉政権以前は、行政府といっても、「官邸主導」という意味でトップダウンで決まるものではなく、個々の案件については各省庁の裁量の余地が大きかったという印象を受けました。

 1990年代のクリントン政権時代における日米構造協議は、ある特定の世代に「爪痕」を残してしまったようです。当時のUSTRの要求があまりにも理不尽だったことによって、アメリカに対して「筋」を通すことが、「国士」として扱われる風潮を残したようです。個々の案件では、交渉を担当した方々の主張に共感する部分もあり、ご尽力されたことには頭が下がります。他方で、この時期を担当された方々のお話を伺っていると、アメリカに「物申す」ときにも、実にアメリカ人の機微を上手に理解して利用して説得し、誘導していたことがわかります。現地でありとあらゆるルートから情報を入手し、省庁間の垣根を越えて様々なネットワークがつくられていたようです。

 少し気になったのは、論壇の一部に残っている「反米」とは異なる、実際の経験からくる「反米意識」をもっている方々でした。私がタフな交渉などしたこともなく、海外経験が少ないがゆえに、不愉快な思いをしたことがほとんどない、あるいは嫌なことはわりと早く忘れてしまうという性癖のせいか、違和感を覚えました。私の場合、イギリスがほとんどなので、向こうで日本の歴史や伝統について尋ねられ、ドギマギしてしまったことは覚えているのですが、不快感を覚えることはありませんでした。オックスフォードの教授に、「日本の教育水準が高いことは知っています。その歴史的なバックグラウンドを教えてもらえませんか?」と尋ねられたときは、正直なところ、緊張してしまいました。たぶん、下手くそな英語で必死に江戸時代からの寺子屋と藩校の歴史から明治期の教育制度を高校程度の日本史の教科書レベルで説明した覚えがありますが、向こうが私の拙い語学力にもかかわらず、話の腰を折ることもなく、説明に耳を傾けていただいた後で、「あなたの国では300年以上も前から私たちイギリス人が大学と呼んでいるのと同じような存在があったと考えてよいのですか」というような、こちらがハッとするような質問をされて、私の方が勉強になってしまいました。私自身の経験が浅い(あるいは「修羅場」をくぐっていない)せいでしょうか、英米の違いでしょうか、ギャップが感じることも多かったです。もちろん、イギリス人やアメリカ人と一括りにしても、個性が当然ありますし、アメリカ人相手の交渉でも、結論を明確に述べてから、3つ程度理由を挙げてゆくというのは、交渉で相手を説得する際には得策ではないようです。

 お約束どおり、「寝言」らしくとりとめがなくなってきましたが、対外関係のプロは、実に交渉のノウハウを実務から蓄積されていることを実感しました。ただ、私が「世論の反応は、外交交渉の、それも特定の部分に偏りがちで、外交政策については関心が低いように思います。このままでは、的確な外交政策に基づいて対外関係を展開しても国内的に理解をえることが難しくなることも多いのではないでしょうか?」と尋ねてみましたが、あまり明確なお答えはいただけませんでした。私の質問のしかたが下手だったからかもしれませんが、「英仏のODAが増加傾向にあると御説明いただきましたが、同じ民主主義国である英仏が財政事情の違いもあるのでしょうが、ODAに関する政策の国内コンセンサス形成に成功しているのに対して、日本ではうまくいっていないのはなぜでしょう?」と尋ねてみました。「そりゃあ、英仏は旧植民地を中心にうまくやれるからですよ」というお答えを頂いたのですが、話がかみあわなかったようです。

 今週は、「東アジアの『冷戦』と日米同盟」というテーマを考えてみましたが、なにか外交政策や安全保障政策について「啓蒙」しようとか、「物申す」という気概などまるでなく、メモの感覚でかいております。少し気になるのは、このような「時の最果て」でのメモなどなにひとつ影響力がないでしょうが、これらの政策に関して実務や様々なレベルで社会的影響力をもつ方々が、外交政策や安全保障政策へ関心が相対的に低い国民へ、おそらくほとんどの民主主義国では同じ状況だと思うのですが、説得的な議論ができているのだろうかと思います。あるいは、相対的に関心が薄い層に訴えるよりも、高い層でコンセンサスができればよいということなのかもしれません。対外政策に関して広く理解をえることは国内的にも難しいことです。

 他方で、個別の案件で交渉で「得をしたか損をしたか?」という点から、「損をした」ように見える結果について報道の関心は集まりやすい印象があります。もっとも、コンセンサスというのは、ある政策を主張したときに、反対だという人の声が小さく、中間的な態度をとっている人たちが反対だといわなければ、それはもはやコンセンサスだといってよいという解釈もあるそうです。同盟強化と憲法改正が安倍総理にとっての、小泉総理の「郵政民営化」にあたる、あるいはそれ以上の価値を見出されている政策であると思いますが、「それで大丈夫かなあ?」と思って見ていたら、いつの間にか国民投票法が成立していました。まだ、安倍総理の政治的リーダーシップのあり方が理解できていない部分がありますが、事前の評価の通り、ブレずに、事を進めてゆくというあたりまではわかりました。小泉政権から政治的リーダーシップのあり方が変わってきましたが、安倍政権はその変化を安倍流に受け継いでいる、そんな印象です。
posted by Hache at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
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