2010年09月16日

「気抜け」の効用

 「ネット世論」というのはまるで秋の空のようなものですなあ。代表選直前まで化石のような反米論者が幅を利かしていたと思ったら、今度は対中関係で政府が弱腰だと批判したり、あっけにとられたのは、まだクリントンのCFRにおける演説で韓国にとってかわられたとか、「寝言」よりたちの悪い冗談を真顔で書いてあるのを見ると、あまり驚くことがなくなりましたが、ちょっと口が開いたままになります。中国の漁船の捕獲とその後の対応に関してはこちらの2010年9月15日の「不規則発言」で紹介されているアーミテイジ氏の捉え方が普通ではないかと。ついでに、クリントンのCFR演説についても笑いをとっていて、こちらで既に書きましたが、なんでこんなところで過剰に敏感になるのか理解しがたいです。ざっとしか読んでいないのですが、日本とドイツをアメリカの庇護の下で民主主義が定着した国として描写した後で(ドイツはともかく、日本についてはどうかなという歴史認識ではありますが実害はないから、アメリカ人から見ればこんなものだろうと)、韓国が日本とドイツ並みになりつつあるという認識を示しています。いまだにアメリカへの劣等感があるのかとびっくりしたら、今度は韓国にも追い抜かれるのかという私噴を感じて疲れました。

 なにをもって米韓同盟の格上げとするのかは難しいところですが、私の知り合いの韓国人の間では暗黙に地位協定をなんとか日本並みにしてほしいという願望がありますね。韓国人からすれば、日米同盟は羨ましいんですよ。韓国がベトナム戦争からイラク戦争まで米国が血を流しているところで日本はこれといってリスクを負わずに、いい地位を占めているように韓国人には映るのでしょう。日米同盟と米韓同盟が補完的な関係にある以上、米韓同盟の強化は日本の安全保障環境にとって歓迎すべきことと捉えた上で、鳩山政権下で破壊された日米同盟の修復を図る(といっても普天間飛行場の移転問題というのが泣けてきますが)というのがごく自然ではないかと思います。それは容易なプロセスではない。ここまでこじらせてしまうと、アメリカと意思疎通を図りながら、同盟の信頼関係を崩す事態にいたらないように、こまめに対処するしかないでしょう。

 対中関係では、中国の術中にはまっているという思い込みの方が危険でしょう。既に、宮古島海峡での横暴にくらべれば、隠微な話になっています。蓮舫氏の発言はお粗末としかいいようがありませんが、日本国としての意思表示ではない。憶測ですが、尖閣諸島も日米安保の対象というアメリカの意思表示を受けて、露骨に米軍が関与する危険を避けるために漁船(不正確な認識でしょうが、尖閣諸島はガスや油田だけではなく、漁場としても魅力があり、以前から中国の漁船が荒らし回っている)に対して、領海に侵入してもよいという中国政府の暗黙の了解があるのかもしれません。宮古島海峡では虚をつかれた形になりましたが、今回も政府内の対応が遅いとはいえ、致命的なミスというのは現時点ではないと思います。民主党政権の意思決定がひどく素人的であるという検証は必要でしょうが、現時点では竹島と異なって、尖閣諸島は日本が実効支配をしていますから、あまりキリキリせず、民主党政権に対してノーマルな対応を求めればよいのでしょう。

 率直に言えば、菅氏の再選のおかげでもう鳩山政権の8か月を繰り返す可能性は非常に低くなり、ホッとしました。国内メディアの政治関連報道はほとんどが再選後の人事に終始している印象ですが、「脱小沢」はやはり政策面が大きいでしょう。もちろん、政策の担い手の人事が大切だというのは理解できますが、「政治とカネ」とか「政治手法」よりも、政策面で2006年の「政権政策」(小沢氏の公式HPで読めます)から離脱することが要だと思います。

 その意味で、外国為替市場への介入は意表をつかれました。代表選で菅氏も単独介入も辞さずという方向に傾きましたが、欧米が通貨安を暗黙に容認している下で、単独介入の効果には疑問でした。これも憶測にすぎませんが、代表選の最中に水面下で財務省・日銀レベルで、協調介入は無理だとしても、単独介入に対して否定的な態度をとらない程度の合意はとりつけていたのではと推測します。アメリカの主要な関心はやはり元の為替相場であって、これを問題にする際に、日米で協調介入というのは無理筋でしょう。民主党政権になってから安全保障に限らず、意思疎通がどの程度、日米ではかられているのかという点に関しては不安がありますが、日本経済が苦境に立つことがアメリカにとって利得があるわけではなく、1990年代半ばのように日本を本気で潰そうという時代はとっくに過去のものになっていますから、支持も不支持もしないという状態なのでしょう。

 介入の効果に関しては、投機筋が政府・日銀をなめていただけに、代表選直後の介入は、少なくとも短期的には成果を収めているし、ある程度、持続するのでしょう。為替の水準はまったく予測ができませんが、巷間で言われているように、投機筋が1ドル86円あたりでドルをショートしているなら、この水準を超える介入を行えば、かなりの程度、ドル円相場で痛手を被らせれば、警戒心を与えるでしょう。円高の原因として日米金利差の縮小やアメリカ経済の先行き不安などが挙げられていますが、まったく出鱈目とは思いませんが、円を買う口実であろうと。理由なんて後付けなんじゃないですかね。とりあえず、ドルをショートにして儲けようというのが先にあるのではと。ただ、日本人という立場を離れると、最近のユーロ高はユーロ圏には重石でしょう。アメリカ、ユーロ圏の通貨安容認は国際的な協調体制を崩しかねないあやうさがあるだけに、新興国など外需に活路を求めるという先進諸国の行動は、それ自体は合理的ではありますが、ある程度の歯止めが必要になってくると思います。

 解析を見ていてある公的機関からユニークアクセスが多くてびっくりしましたが、「外国為替資金特別会計」に関する「寝言」が入り口だったようで、あれは恥知らずの私でも制度に関する無知をさらしたひどい「寝言」でもありまして、汗顔の至りですね。たぶん、頭の悪い人がバカなことを書いてるよと読まれていたのかと思うと、ちょっと複雑な気分です。

 本題からずいぶんそれてしまいましたが、新聞などのマスメディアやネットの記事にしても、「危機」の打開や「難局」への対応を説くのですが、たいてい、この手の論説は生き急ぎに終わると思います。国際関係にしても、経済にしても、数年で収まるような変化ではないのでしょう。なんの役にも立ちませんが、「気抜け」というのは解決策をもたらさいないでしょうが、予測不可能な事態に対して先入観をもたずに対処する心理的なゆとりを与えるでしょう。体調が相変わらずよくないということもあるのですが、ダイエットを焦ればかえって体重が増えたり、たばこ税増税で頭に来て無理やり禁煙するとストレスがたまるものです(後者は個人的な事情ですが)。

 『らんま1/2』の「獅子咆哮弾」は、不幸せなことを思い起こして「重い気を生じ、気を落とし、気が沈む」であり、極意は「気抜け」ですから、不幸せな状況には「気抜け」の効用というのもバカにできないでしょう(参考)。「時の最果て」らしく、まったく説得力のない「悪い冗談」になりましたので、おしまい。


  たちの悪い「寝言」の続きですが、羽生名人の今期勝率が8割を超えるということは、羽生名人と対戦する方は、非常に厳しい対戦を強いられることになります。実績から見ても、フロックの可能性が低いだけに、羽生名人の強さ以上に、対戦者となる他の棋士の方がどのような心境で対局に挑むのだろうかということに興味がゆきます。興味深いのは、王座戦第1局の藤井九段でして、素人目にも大丈夫なんだろうかという指し回しでやはり構想に無理があったのではと。藤井九段なら、羽生名人の強さを知っているでしょうし、定跡に持ち込んでも、力戦型でも大変だということは熟知されているのでしょう。また、解説でも軽妙な解説をされていて、おもしろい方です。それでも、気抜けというのはやはり難しいのかもしれないと実感させられます。気抜けについて軽く書いておりますが、なかなか意識的にできるものではないということも感じております。

 他方、羽生名人に勝っている棋士は、知っている限りでは、第51期王位戦挑戦者決定リーグにおける戸辺誠五段、広瀬章人六段(当時、第51期王位獲得)、第36期棋王戦挑戦者決定トーナメントの糸谷哲郎五段など20代の若手棋士が目立ちます(覚えている範囲では同世代では第23期竜王戦ランキング戦での丸山忠久九段ぐらいでしょうか)。羽生名人が七冠達成後、当時の若手棋士について興味深いことをなにかの本でインタビューに答えていたのを思い出します。羽生名人も大山康晴十五世名人や中原誠十六世名人、米長邦雄永世棋聖と対局すると、やはりなんともいえない威圧感を感じたとのこと。もちろん、相手がそういう意地悪をしているという文脈ではなく、やはり羽生さんでも若いときにはベテランの一流棋士には圧倒されるものがあったということでしょう。ところが、羽生さんと対戦する若手の棋士には、そのような臆するようなところがなく、時代が変わったんですかねえと冗談交じりで語っていました。今期はその傾向が顕著で、若手棋士が臆することなく、羽生さんを破っていますね。羽生さんの人柄も大きいと思いますが、若い棋士は研究熱心な上に、以前ほど年齢差や実績差に臆することなく、勝負を挑んでくる傾向が強いのでしょう。

 もし、日本社会が「老いの坂」を迎えるのではなく、高齢化も一時的な傾向であって、今後、若年層が長期的に増える可能性があるのなら、ある程度、リスクをとることをお勧めするでしょう。政界に限らず、大胆な世代交代などは日本社会の活力が戻る確率を高めるかもしれないからです。

 しかし、現実には「老いの坂」を避けるのは難しい。世代交代といっても、上の世代が積み重ねた負の遺産を処理しろと言われれば、途方にくれるだけでしょう。ならば、せめて今、実権を握っている50代、60代の方に「気抜け」の効用を覚えてほしいなというところです。不思議なことに、身近なところでは30代の方がそういう感覚が強いようです。職場では悪い意味で気負う方が皆無で、個人的には幸いなのですが。なぜか、紙媒体であろうがネットであろうが、年齢をとり、それ相応の方に気抜けとは反対の雰囲気を感じることが多く、言いにくいのですが、職場では快適なものの、社会的影響力がはるかに大きい方がこれではまずいのではと。

 大きな声では言えないのですが、「危機だ」、「難局だ」と叫んでいる人たちほど、実は、「私心」が強いではないかと。「老いの坂」を迎えなくても、外交や安全保障、経済で近視眼的に成果を出すのは難しい。直面する問題を一つ一つ片付けていくなかで、結果的に「グランドデザイン」が見えてくる。いや、そのような形で「グランドデザイン」が見えてくるのは比較的、社会が安定している状況でしょう。私が羽生名人に将棋を指して頂ける機会があるのなら、こう指そうという「私心」を忘れて、教えて頂くことになるのでしょう。「私心」というのは完全に捨てることはできないから、忘れたことにするしかない。言論人の誠意を疑うわけではないのですが、「危機の時代にはこうすべきである」という類の言論を読むと、それも「私心」ではないかと感じます。「私心」が公益に結びつくのは幸せな時代だ。そうではないことに、指導層が気がつくまでには、気が遠くなるほどの時間がかかるとため息がでます。時間がかかっても、気がついてくれればまだよいのですが。
posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
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