2010年09月22日

覇権の移動の可能性

 暇なわけではないのですが、月曜日はぐったりした状態でディスカバリーチャンネルのマヤ暦の話を見ていて、噴き出しそうになりました。下品な表現になりますが似非科学批判というのも、ある程度を超えると飯のタネになるんだなあと。太陽フレアにポールシフト、小惑星の激突など次々に仮説が出されて映像化され、科学者という肩書をもった人たちが否定していく。30分ぐらいすると、滅亡慣れしてしまうので、まあ番組の意図どおりに見ていたことになるのでしょう。50分ぐらいの番組でしたが、見終わって飽きてしまったので、速攻でHDDから消しました。この種の終末論は手を変え品を変えて出てくるのでしょうし、材料には困らないのでしょう。

 より現実的な脅威は、私たち自身であって、天文学的なスケールでは確かに小さな出来事であっても、私たちの運命を左右する。言葉遊びのようなものですが、「ポールシフト」から連想したのが、地磁気の変化と比較すれば、はるかに短期間で生じうる「覇権の移動」でした。中国の軍事的脅威の本質についてほとんど目にしないのがかえって鬱の原因なんだなあと。経済について初歩的な理解があれば、中国のGDPが日本のそれを上回ったということ自体にあまり意味がないということになりましょう。問題は、増える国内の富をどのように配分するのかという点になる。日本という国は変わっていて、戦後は臆病になって経済成長の果実をさらなる経済成長へと注ぎ込んだものの、それが例外的な事例だという自覚が日本人自身にない。むしろ、中国のようにアメリカの覇権に挑戦してやろうという方が普通なのかもしれない。そのような感覚をもった話が本当に少ないので、「中国脅威論」を読むたびにかえって憂鬱になるという状態でした。『世界の論調批評』の「米太平洋軍司令部における対中警戒論 」(2010年9月1日)という記事は、抑鬱の原因の本質を描写しているので、気分が軽くならないにしても、鬱のありかがわかる、そんな記事でしょうか。

 引用されているMichael Auslinの記事は、"China: The View from Hawaii"というタイトルで National Review Onlineに2010年9月1日に掲載されました。はっきり言って、想像以上に米軍の抑止力の低下は悲観的な気分にさせます。オースリンの記事は定期的に読んではいますが、最も重要な記事の一つを読み落としているので、『世界の論調批評』は助かります。ただ、9月の上旬は、体力的にもどうかなりそうでしたので、その時点で読んでいたら、体力と気力が追いつかなかったでしょう。

 オースリン自身がこの記事を一行で要約するならという感じで、"In Hawaii, the benign view of China often expressed in Washington political circles is all but absent. "と述べています。ハワイでは、ワシントンの政治サークルで表明される優雅な中国への見方は存在しない。中国の戦力に関する分析はありませんが、次の描写は重たいものがあります。

  Unfortunately, Washington, D.C., has become a growing obstacle to Pacific Command's ability to do its job. While Pacific Command's leaders publicly assert that they will continue to fulfill their mission, everyone looking at the issue knows that shrinking budgets, fewer ships in the Navy, and an aging Air Force will put severe stress on the force, diminishing its effectiveness. Shipbuilding plans show shortfalls in submarines, destroyers, and other surface ships over the next 30 years. Already, steaming time and flight hours are down, although officials avoid providing specifics. All of this cuts at the heart of operations in Pacific Command's 100-million-square-mile area of responsibility, stretching from the West Coast of the United States to the Indian Ocean, and containing half the world's population and 36 separate countries, including four of the most populous and powerful (China, India, Russia, and the U.S. itself).

 不幸なことに、ワシントンは太平洋司令部が任務を遂行する能力に対する障害物となってきた。太平洋司令部の指導者たちは、公的には任務を遂行できると強く主張してきたが、彼らはみな予算の縮小、海軍における艦船の減少、空軍の老朽化によって軍に負荷がかかり、有効性を減じることを理解している。造船計画は潜水艦や駆逐艦、その他の水上艦が次の30年にわたって不足することを示している。高官は詳細を示すことを避けているが、既に航行時間と飛行時間は減少している。この削減されている作戦行動は太平洋司令部の心臓部である。太平洋司令部は、アメリカの西海岸からインド洋にまで広がる100万平方マイルにおよぶ地域に責任をもち、人口が多く、活力のある4つの国(中国、インド、ロシア、アメリカ)を含む世界の人口半分と36の独立した国を含む。


 最後の一文は意訳というよりも、苦し紛れの雑な訳ですが、なんとも重苦しい気分になる描写です。もはや、現状維持は現状維持ではなくなることを実感します。アメリカの海上覇権は、経済的停滞による財政の逼迫、そして、ブッシュ政権下のイラク戦争、それに続くオバマ政権のアフガニスタン戦争で増強どころか、メンテナンスすら支障をきたしているのが現状でしょう。他の部分では太平洋の島嶼国家に中国が浸透してきており、アメリカの海上覇権に対して、中国がこれを覆そうとしているのが現状だと思います。

  While a number of administration officials--such as Assistant Secretary of State for East Asia and the Pacific Kurt Campbell and Assistant Secretary of Defense for Asian and Pacific Security Affairs Chip Gregson--seem to fully share Pacific Command's views on the threat posed by China's growing naval and air capabilities, diplomatic heft, and economic influence, the reality is they will increasingly be hamstrung on the security side by budget caps imposed by Secretary of Defense Robert Gates. Adding fuel to the fire, Rep. Barney Frank (D., Mass.) and Sen. Kay Bailey Hutchison (R., Tex.) have recently been questioning why the U.S. continues to base troops in Japan. Such comments only confirm the fears of those working in Hawaii that people on the mainland (including national leaders) don't understand how important it is to remain present in the region. To a degree little appreciated in Washington, every U.S. pronouncement and action undergoes extremely close scrutiny by Asian leaders and analysts, who seek to read the tea leaves regarding America's credibility and intentions.


 キャンベル国務次官補やグレッグソン国防次官補は太平洋司令部と認識を共有しているものの、ゲーツ国防長官は予算に上限を設けているのが現実だと。さらに火に油を注ぐように、下院のBarney Frank議員(民主党 マサチューセッツ)や上院のKay Bailey Hutchison議員(共和党 テキサス)は、日本に米軍基地を駐留させておくことに疑義を呈しています。このような地域における米軍のプレゼンスを維持することの重要性を理解しない米本土における指導者を含む言動は、アジアのリーダーと分析家によってアメリカが信頼性と意図を保つのか、精査の対象になるだろうと警告しています。また、クリントン国務長官の演説は、南シナ海へのコミットを表明したものの、疑念が多く、黄海上での演習に関して「二歩前進一歩後退」という印象をアジア諸国に与え、アメリカがアジアにおけるバランサーの役割を果たすのか、疑念を与えているとも指摘しています。

 この予算の制約からくる、アメリカのアジア・太平洋地域における軍事的プレゼンスの低下は、中国にとって大きなチャンスになるでしょう。米中の軍事バランスの評価は私の手に余ります。少なくとも、現状では、予算の制約が大きいとはいえ、南シナ海においては東南アジア諸国がアメリカを頼りにすれば、全面的な対決を避けようとする傾向が中国にあることは、太平洋方面で米軍が苦しいやりくりを続けているとはいえ、優位が失われたことを意味しないと思います。また、オースリンが最後に述べているように、この地域へのコミットメントをアメリカが放棄する可能性も低いでしょう。

 他方、アメリカの経済成長率が停滞し、中国が以前ほどではないにしても、1980年代の日本程度の経済成長率を保てる体制に移行することができれば、追加的な軍事支出は中国がアメリカを凌駕するでしょう。日本を含むアジア諸国にアメリカの軍事的プレゼンスを補完することはできても代替することは事実上、不可能でしょうから、時期は、率直なところ、わかりませんが、米軍の抑止力の低下傾向に歯止めがかからない限り、南シナ海や東シナ海は実質的に中国の「内海」となるリスクが生じるでしょう。リスクが顕在化した場合、あえて国際的な非難を浴びる危険が存在する台湾の武力併合を行う必要もないでしょう。武力による威嚇を背景に台湾政府を屈服させればおしまいでしょう。

 また、アメリカの軍事予算がアフガニスタンに偏った状態を是正すべく、全体として緊縮傾向が続いた場合、短期的にはアジア諸国の軍拡を促す側面があるでしょうが、10年単位で見た場合、それが維持可能かどうかも疑問が残ります。南シナ海の場合、当面は海上覇権をめぐる衝突でしょうが、中国側には国境を接するミャンマーやラオス、ベトナムなどに陸上からアクセスすることが可能ですし、タイもアメリカと中国を天秤にかけて小国らしい外交を行うインセンティブがあります。アメリカと東南アジア諸国の関係は、「合従」となり、中国が力で押してきた場合、「連衡」が勝る可能性もあります。対中国という点では東南アジア諸国にある種の共通の利害関係があるとはいえますが、この地域で地域的集団安全保障を機能させるためにはアメリカが相当の利害調整を行うことが不可欠でしょう。中国からすれば、これらの国をすべて圧迫する必要はなく、中国寄りの国を引っ張り込めば、アメリカをハブとする集団的自衛は機能することはなく、アメリカにとっては常に個々の国の利害が自国の利害とかならずしも密接ではないのにもかかわらず、その国の安全にコミットしなければならないという問題に直面するでしょう。

 現在の中国の行動は、非常に近視眼的で東南アジア諸国の緩やかな連携を招き、韓国がアメリカへ傾斜する傾向を強めています。その根底には、やはりバランスオブパワーが自国に有利になりつつあるという認識があるのでしょう。日本を含むアジア諸国の役割がアメリカの補完的な役割を出ない以上、アメリカが軍縮を行う状態が続けば、アジア・太平洋地域における覇権の交代の可能性も無視できない事態が生じ、長期間にわたるかもしれません。中国が、より洗練された外交と軍事の組み合わせを行った場合、この地域からアメリカの影響力が大幅に低下し、経済面でも、第二次世界大戦後に確立した自由主義が後退し、アウタルキーの側面が強く出てくることにも留意が必要でしょう。このような状態に至れば、第一次世界大戦から第二次世界大戦をへて、アメリカが確立した自由主義と民主主義を基調とする国際秩序そのものが大きく変容することを意味するでしょう。


 この後、非常にタイトな財政状況で日本の防衛関係費を最悪でも現状維持、可能な限り増加させるロジックを考えたいのですが、非常に難しいです。社会保障関係費のうち、生活保護関連だけで2兆円を超えるというのは異常な感じですが、社会保障を「聖域化」している現在の予算編成は、私には異常な感じがしますが、防衛関係費を増額するための政治的な説得は非常に難しいと感じます。防衛関係費が抑制されてきたのは、決して民主党政権がはじめてではありません。しかし、9月の下旬になって時事が報道する前から、あれほどホストネーションサポートが事業仕分けにはなじまないと抵抗していた防衛省がなぜ、政策コンテストにかける決定をしたのかは謎です。予算確保の目途があると思いたいのですが、アメリカをはじめ、先進国では「大砲よりもバター」という流れが強まっている中で非常に危険なことをするものだと思います。

 あまりにも悲観的すぎるのかもしれませんが、中国が日本への領土的野心をさらに強めない限り、防衛費の増額は困難なのかもしれません。下記に引用するネヴィル・チェンバレンのミュンヘン会談後における対応すらできないのではないかとさえ不安に感じますが。現在のアジアにおけるバランスオブパワーの動揺は、18世紀後半、統一ドイツの出現とイギリスの相対的地位の低下と似ている側面がありますが、現在の民主主義国の場合、宥和主義の危険さと同時にその思わぬ「副産物」についても理解をしておいた方がよいのでしょう。

 逆説的だが、ミュンヘンはヒトラー戦略の流れにとって心理的な終幕となってしまった。彼は、それまではベルサイユ体制の不平等さについて民主主義諸国の罪悪感に訴えることが可能であったが、その後残された武器は野蛮な武力だけであり、いかに戦争を恐れる者であっても、脅迫に甘んじる限界があったからであった。
 このことは特にイギリスについて当てはまることであった。バード・ゴーデスベルクとミュンヘンでの交渉によって、ヒトラーはイギリスの善意の残りすべてを使いつくしてしまった。チェンバレンはロンドンに戻り、“我らの時代の平和”をもたらしたとする間抜けな声明を出したものの、二度と脅迫には屈すまいと決意し、大がかりな再軍備プログラムを打ち出していた。
 事実、チェンバレンのミュンヘン危機の際の対処は、後世言われているよりも複雑なものであった。ミュンヘン直後は、彼は大きな人気を博したが、その後はずっと、降伏したというイメージがつきまとってしまった。民主主義の世論は、失敗を決して許さない。たとえ失敗の原因が目先の彼らの期待を実現することであったとしても。チェンバレンの評価は、彼が“我らの時代の平和”など成し遂げていないということが明らかになるやいなや、失墜した。ヒトラーはすぐに戦争の新しい口実を見つけ、そうした事態に至ると、イギリス国民はチェンバレンに対して、イギリス国民が一致団結して再建した空軍力をもって難局を乗り切れるようになるための道筋をなんとかしてつけたことに対する功績さえ、認めないようになってしまった。
 後になれば、こうした宥和主義者のあさはかな決定を悪く言うことは簡単なことである。しかし、彼らのほとんどは、ヨーロッパの伝統的外交に対する一般に広まった幻滅感と心身の疲労感の中で、ウィルソン理想主義が生み出した新体制を実現することに熱心な人々だったのである。これ以前のイギリス首相で、チェンバレンがミュンヘン合意を正当化したようなやり方で、外交的合意の正当化をした者はいなかった。つまりチェンバレンは、あたかも外交というものを心理学の一科目に属するかのように扱い、ミュンヘン合意は「国際的な雰囲気を長い間害してきた疑念や敵意を拭い去った」として、正当化したのである。けれども、こうした見方はすべて、リアルポリティークやヨーロッパの歴史の遺構を理性と正義に訴えることで超越出来るとする、理想主義的な努力から生み出されるものであった(キッシンジャー『外交』上 1996年 日本経済新聞社 446−447頁)。
 
この記事へのコメント
 私は決して親中派ではありません。また、現在の中国政府の軍事、外交が東南アジア諸国の懸念を強めるものであることも存じております。

 しかし、一方で、「中国脅威論」もどうかなあという感じを抱いております。
 理由は簡単です。中国国民の間のナショナリズムが日本が小泉政権だったときよりも、随分とトーンダウンしてきているからです。

 そう判断する根拠は主に2つです。
 1つには、自国の経済成長に対する強い誇りと熱気、陶酔感、高揚感が、メディアからもWEB上の書き込みからも消えてきています。どこかしらけてきているのですね。
 2つには、またもや富裕層やエリート技術者の出国が増えていることです。

 こういうときには、政府が強硬姿勢でも、国民がばあっと燃え上がらないのではないでしょうか。国民が燃え上がらないと、大国でも軍事行動はしにくいものがあります。

 それに、キッシンジャーは、ヨーロッパ国際政治史については素晴らしい知識の持ち主ですが、それをベースに東アジアの分析をすると、判断を誤る可能性があると思われます。
 ヨーロッパで通用することが東アジアで通用するとは限りません。

 中国が東アジアで覇権を握るのも、アメリカの影響力が東アジアからなくなることも、どちらもまず考えられないのではないでしょうか。
 たとえ、どんなに中国の経済規模が大きくなって、中国の軍事近代化が進んで世界有数の軍事強国になったとしても、です。
 それだけの力が中国にあるとは思えません。

 さらには、アメリカの経済力が減退し、それによって、アメリカの内向き志向や軍事費削減が進んだとしても、アメリカの軍事力が中国に大きく後れをとったり、アメリカが東アジアから軍事力を撤退するなど、一体いつの時代になることか。

 そのため、日本国民がかつてのイギリス国民と同じ選択をすることもないでしょう。
 
 日本国民が平和ボケしているというより、そのような危機的状況は、現在の中国政府への中国国民の信頼度が低い状況では、発生しにくいのではないでしょうか。

 もちろん、この考えが、中国を警戒する方には、楽観的すぎる、世間知らずのお嬢さん的だと言われることはわかっています。

 文章能力がないために、目上の方に向かって失礼な表現をしているかもしれません。素人ゆえの誤った考えである可能性があることは、もちろん本人も自覚しております。
 御不興をかったようでしたら、申し訳ございません。
Posted by Alice at 2010年09月22日 22:12
>Alice様

「時の最果て」自体が匿名のブログでしかない以上、「目上」と「目下」という関係はありません。このあたりは気楽に考えて頂ければ、幸いです。

率直なところ、頂いたコメントの論点についてリプライするのは私の能力を超えます。また、体力的にも、「寝言」を書くのが精一杯ですので、このあたりは御理解頂ければと存じます。

長くなりましたので、別途、「寝言」にいたしました。まあ、この問題を深く考えるにはあまりに疲れております。とりあえず、こちらのリプライで申し上げておくことは、第1に、尖閣諸島をめぐる事件の中国国内世論の関係は私自身、これが実態だと強く確信できる情報がなく、わからないというのが正直なところです。第2に、「覇権の移動」という場合、中国がアメリカに対して軍事的優位に立つことを意味しないという点です。この点を説明すると長くなりますので、別の「寝言」にしました。第3に、この「寝言」は、憂鬱な気分で最悪のことを想定していますので、蓋然性の高いシナリオだと書いた本人も考えてはいないということです。

私自身が問題を難しく考えすぎているのかもしれませんが、すっきりお尋ねの点に明快にお答えできるほど、整理はできておりません。この点はご容赦ください。

「キッシンジャーは、ヨーロッパ国際政治史については素晴らしい知識の持ち主ですが、それをベースに東アジアの分析をする」

これはちと過大な評価ではと思いました。分析というにはあまりに粗い話ですので、キッシンジャーの影響が大であるのはそうかなと思いますが、引用部分は現代の民主主義国では決して珍しいことではないと思います。「バランス・オブ・パワー」というと難しいのですが、わたくしめの浅薄な理解では『左伝』の世界が西洋でもあったんだなあという感じ。トゥキュディデスと中国の古典は政治体制の相違なども考えながらもう一度、読み直したいと思います。
Posted by Hache at 2010年09月23日 23:18
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