2010年09月23日

覇権の移動の可能性(補論)

 簡単に言えば、私が前回書いたことは起きる確率は極めて低いけれども、起きてしまうと対応が難しいことをとりあげているということです。また、中国人の世論が仮に経済成長にもかかわらず実感がない(どこぞの島国の2007年あたりを思い起こしますが)としても、中国共産党の動向が問題であり、中共が仮に世論を無視できないとしても、経済成長の果実が実感できないことと、ナショナリズムが希薄なことは一致しないでしょう。とりわけ領土問題の場合(日本政府の立場は尖閣諸島には領土問題そのものが存在しないという立場であり、これを私も支持しますが)、経済とは別の次元で捉えておいた方が無難だと思います。アジアにおいてアメリカが行動の自由をえているのは、中米とは異なって、アジア諸国と領土問題を抱えていないという要素を無視できないからです。

 私自身は国際関係論や国際政治学の専門家ではないので、言葉遣いが相当に乱暴です。たとえば、「バランス・オブ・パワー」にしても、単に「力関係」という平易な言葉に置き換えても問題がない程度です。また、「覇権」という表現も、専門的な文脈からはかなり外れた意味で使っております。曖昧な意味でしかありませんが、あえて定義するなら既存の秩序を最終的に担保する外交的能力・軍事力・経済的資源を有し、担保する意思をもった国家という程度です。そうした点からすれば、中国とインドというパワーを包含していない、極東からインド洋におけるアメリカの覇権は、現状からして不完全ともいえると思います。言葉遊びのように響くかもしれませんが、国際関係を素人的に考える場合にも、なかなか難しい部分があります。それほど私自身が描写の際に用いている用語を整理できていないということです。

 本文中でも今回の対象は中国の「軍事的脅威」に限定しております。というのは、米中関係全体でいえば、オバマ政権の主たる関心は為替レートであり、経済問題というよりも貿易不均衡にあまりに偏っています。自国の状態を見るにつけ、他国の心配をしている場合じゃないなと思うのですが、『外交』から引用した部分はオバマ政権に対する見方だと思って頂ければと思います。先ほども、ワシントンポストが配信した"'Exhausted' Obama questioner has her headline moments"(参考)と"Two of Obama's closest advisers among those likely to leave in White House shuffle"(参考)という二つの記事を読みながら、日米でどうしようもない政権がまだ2年以上も続くのかと憂鬱になりました。今回の「寝言」でとりあげているのはもっと長期的なことですから、目先のことは忘れるべきでしょうが、私自身がそういう気分から自由ではないことは率直に申し上げておきます。しばらくの間、少なくとも時事問題では「寝言」を呟く気分ではないです。気分ですから、変わるときは変わってしまうものですが。

 中国脅威論に私が違和感を覚えるのはどちらかといえば、政策レベルです。簡単に言えば、冷戦期に軍拡競争で旧ソ連が耐えきれずに崩壊した「二匹目のドジョウ」を狙うのは危なっかしいということです。緊縮財政が主流のヨーロッパと異なってアメリカでは財政政策は拡張的ではありますが、軍事予算はアフガニスタンへの増派もあって、アジア太平洋地域への予算が抑制的になっています。率直なところ、オースリンの記事を読んで、ここまで窮乏しているのかと驚きました。

 ちなみに、"Military and Security Developments Involving the People’s Republic of China 2010"(参考)では台湾海峡危機に際して米軍を含む第三者による介入を排除すべくanti-access"(アクセス拒否) と"area denial"(エリア拒否)の能力を向上させていることが指摘されています。まず、サイバー空間を含めて人民解放軍が米軍に対して情報での優位を確立しようとしていることがあらためて指摘されています。それとともに、西太平洋における"anti-access"(アクセス拒否) と"area denial"(エリア拒否)の能力として、(1)対艦弾道ミサイル、(2)ディーゼルおよび原子力潜水艦、(3)ミサイル駆逐艦、(4)空対艦ミサイルを運用可能な攻撃機の配備などを挙げています。同報告書では、人民解放軍海軍の水上艦が台湾海峡を超えて、いわゆる「第2列島線」(the second island chain)へ進出する能力を2009年に誇示したと述べています。核戦力や宇宙における戦力、戦力投影能力(ロシア、中央アジア、インド、南アジアなどの地域への人民解放軍の前方展開能力)なども拡大していると指摘しています。

 米中の軍事バランスを考える場合、中国がある軍事的アクションを起こした際に、米軍がそのアクションが見合わないほどの打撃を与えることが基本です。抑止自体は、素人的には、(1)やられたらやり返すだけの実力、(2)やられたらやり返すという意思、(3)報復があると相手が確信し、相手が確信していることを抑止する側も理解している(合理性)などの要素から成り立っていると理解しております。中国が米国本土を攻撃するケースは無視してよいでしょうから、アメリカが日本や韓国などと盟約している拡大抑止を中国が拒否できるかどうかが問題でしょう。中国脅威論の多くは、中国が米軍の拡大抑止を拒否する能力をつける可能性を重視しています。現時点では、人民解放軍に米軍の抑止力を拒否する能力はないでしょう。ただし、中国の軍拡は速度と規模の点で異質であり、アメリカを中心とする先進国の経済成長率が低下する一方で、中国の経済成長率が相対的に高い状態が続いた場合、中国が軍拡を続ける一方でアメリカが現状維持がやっとならば、拡大抑止を拒否することが可能になる確率をゼロとみなすのも危険があります。また、中国の軍拡が非常に不透明な形で進んでいることも、拡大抑止の信頼性に影響を与えます。拡大抑止の対象となる国がひょっとしたらアメリカがいざというときに助けに来てくれないかもしれないという疑念をもつだけで、利害計算が複雑になります。

 なお、国際関係論の分野では「同盟のジレンマ」という「囚人のジレンマ」と同じく、協調解が非協調解よりも個々のプレイヤーにとっても全体としても利得が大きいのにもかかわらず、非協調解を選んでしまうインセンティブが存在する状況が分析されています。裏切りのインセンティブとして見捨てられる恐怖と戦争に巻き込まれる恐怖がありますが、日米関係や日韓関係のように、実質的にはシュタッケルベルグ均衡と類似した形で、リーダーとフォロワーが固定化されているケースを専門的にはどのように扱っているかがわかりませんので省きます。

 問題となるのは、拡大抑止の対象となる国が見捨てられるかもしれないという疑念を抱く事態が、中国の追加的な軍事支出に対して、米国の追加的軍事支出(軍縮の場合はマイナス)がどの程度の水準にまで落ち込んだら生じるのかという点です。おそらくですが、現実的な政策的インプリケーションを与えるほど、強い値が理論的に定まらないのではと思います。簡単に言えば、仮に数理化できたとしても、下限と上限の幅が数千億ドル単位になってしまえば、政策決定者の嘲笑の的になるでしょう。他方、私自身の立場には不利ですが、レーガン政権におけるSDI構想やそれ以外の分野も含めた軍拡はソ連からすれば合理的な意思決定を超えており、訳がわからないまま軍拡に追従してみたものの、それが自国の制約を超えていると気がついたときには、既に時遅しであったという解釈も成り立ちうるのでしょう。私自身は、現在の先進国における経済成長率の低下が一時的なものではなく、長期的な現象であり、アメリカの国力をもってしても長期(20年ないし30年)の軍拡を、主導権を握りながら実行できるかどうかには懐疑的ですが。

 非常に回りくどくなりましたが、オースリンの論考は、オバマ政権は南シナ海などで東南アジア諸国の安全にコミットしているものの、裏付けとなる軍事力、とりわけ中核となる空母打撃群が財政的な裏付けが不十分であり、見捨てられる恐怖を東南アジア諸国に与える可能性があるという点を指摘していると思います。もし、アメリカのコミットメントがクレディブルではないと東南アジア諸国が感じた場合、中国の影響力が非常に強くなるリスクがあります。また、この場合の「覇権の移動」というのは、中国の軍事力が総合的にアメリカに優位に立つことを意味しません。アメリカの提供する拡大抑止に対して同盟国から疑義が生ずればよいのです。ただし、「アジア太平洋の地域安全保障アーキテクチャ ―地域安全保障の重層的構造―」(参考)を読んで考えが変わるかもしれません。


 話がずいぶんと長くなりましたが、アメリカに見捨てられるかもしれないという疑念が同盟関係において裏切るほど強いインセンティブを与えていなくても、中国の軍拡は、当然、周辺諸国へ警戒心を与え、軍拡に対抗して軍拡を行うインセンティブを与えるでしょう。ところが、日本だけはアジア諸国の中で防衛関係費が名目値ではありますが、この10年間以上、ほとんど増えていない例外的な国です。平成11年度の補正後予算における防衛関係費が4兆9,154億2,197万1千円、平成21年度の補正後予算で4兆8,197億3,290万6千円と物価下落の影響は無視していますが、5兆円を超えない水準でほぼ横ばいと言ってよい状態です((参考)「財政統計(予算決算等データ)」第19表(2))。このことは、中国の軍拡に対して、日本政府が非常に鈍感であったことを示しているといってよいと思います。ただし、それはただちに、「平和ボケ」と揶揄する問題ではないでしょう。

 第1に、1980年代にF-15をはじめ、対潜哨戒機からAWACSを揃え、その後もこの予算でもイージス艦を建造するなど正面装備に限れば、中国に対して優位であったことがあると思います。第2に、クリントン政権下の日米包括経済協議などほとんどアメリカが日本を叩いている最中でさえ、「自主防衛」を目指さなかったことは、悪く言えば「対米従属」、よく言えば同盟の信頼性を疑うことがなかったことを意味するのでしょう。

後者の点から見れば、鳩山政権はいかに異常な政権であったかということです。オバマ政権は、少なくとも、自ら日米関係を悪化させるような政策を提起したことはなかったと思います。しかるに、鳩山政権下では一方で普天間飛行場の移設問題に象徴されるように、日米同盟の信頼性に日本側ではなくアメリカ側に疑義を与えてもやむをえない行動をとる一方で、自国の防衛に関しては、控え目に言っても強化する傾向もありませんでした。簡単に言えば、防衛に無頓着な政権が8か月も続いたということでしょう。その後の世論の動向を見れば、かならずしも世論そのものが「平和ボケ」をしていたというのとは異なると思います。よく言えば、防衛関係費から見れば日米同盟を信頼する状態であるのにもかかわらず、同時に日米同盟の最低限の双務性である基地提供の信頼性を傷つけるシグナルを出していたわけで、内にいても異常な感じでしたが、外から見れば、訳がわからないというのが正直なところではないでしょうか(韓国人には最初は大丈夫でしょうかと尋ねられましたが、最後の方はまだ決着しないのですかと叱られる始末)。

 そんなわけで、尖閣諸島の問題も大切ですが、防衛関係費の増額も期待できない現状では、普天間問題そのものを次の10年間をかけても解決できるかどうかも怪しく、完全に手詰まり。不謹慎ですが、将棋なら投了もやむなしというところですが、現実世界では投了してリセットというわけにもゆかない。正直なところ、仕事でお金がもらえるわけでもないので、前回の「寝言」を書き終えて第58期王座戦五番勝負第2局を見ていてたら、結果はちょっと残念でしたが、嫌なことをすっかり忘れました。この問題を、「寝言」とはいえ、あんまり考えるほど体力と気力が回復していないのでご容赦のほどを。
この記事へのコメント
 御丁寧な御返事ありがとうございます。
 私はどうやら、Hache様の意図を読み違えていたようです。Hache様は私が勘違いしたほどアメリカの軍事力を過小評価していたわけではないようです。申し訳ありません。

 ただ、私は、もう少し中国の国力増大について懐疑的です。以前Hache様が書かれていたように、万が一中国が安定的に民主政権に移行するようでしたら、話は別になりますが、それはかなり低い確率になるでしょう。国内がバラバラなままでは、いくら軍事近代化を進めたところで、アメリカと比較して・・・比較するアメリカに失礼かもしれません。

 また、私は現在の日本とアメリカの政権間のつながりは絶望的に見ていますが、日本とアメリカ全体のつながりについては、かなり楽観的です。もう日本とアメリカのつながりは、一時的な政権間のつながりだけに左右されるようなやわなものではないのではないでしょうか。
 自民党は野党になっても解党したわけではなく、パイプをもっている党員のパイプはそのままです。
 また、民間のつながりも無視できない規模と強さを持っています。

 それに、オバマ政権は、(あるいは将来のどのアメリカの政権でも、)いざとなれば、しっかり日本や東南アジアに配慮してくれるでしょう。アメリカが、日本や東南アジアを見捨てることは、確率的にかなり低いのではないでしょうか。なぜなら、日本や東南アジアを見捨てないでつながりを保持することが、アメリカ自身の国益になるからです。

 そうは申し上げても、日本の政権はおっしゃるとおり、全くひどいですね。この件に関しては全く同意申し上げます。

 つたない素人の考えに御付き合いいただき、感謝申し上げます。どうもありがとうございました。 
Posted by Alice at 2010年09月24日 18:43
>Alice様

一つ肝心のことを書き落していましたが、中国側の戦略をアメリカ側の公式文書や報道から間接的に観察する限り、米軍と正面から戦闘で勝利することではなく、米軍が同盟国ないし友好国に対して応援するのをためらわせることに主眼があると思います。米軍と同等の軍備をもちたいという願望はあるのかもしれませんが、中国の国力では無理だということぐらいは理解しているでしょう。理解していなかったら、大変かといえば、仮に、中国が財政黒字から財政赤字に転落した際、米国債のように中国の国債を信用して買う投資家は、国内では日本のようにホームバイアスはほとんどないでしょうし、アメリカのように海外でやはり信用をえるというのは気が遠くなるほどの時間がかかるでしょう。中国の軍拡は深刻な懸念ではありますが、上限もある程度は見えている部分もあります。ただし、アクセス拒否やエリア拒否の能力向上を軽侮するのは危険だというところでしょうか。

蛇足ですが、東南アジア諸国といえども、アメリカに100%確実なコミットメントを求めているわけではないと思います。彼らを小突きまわしたら、米軍がでてくるかもしれないというだけで、中国の行動にはためらいが生じます。素人の理解ですから、私自身、あまり信用していませんが、今日の抑止を考える場合、ベースとなる実力、あるいは戦力を軽視すべきではありませんが、合理性の部分が非常に大きいと思います。その意味で、神保先生のように、地域安全保障を同盟を補完するものとしてデザインするというのは、まだ完成しているわけではありませんが、アジア・太平洋地域において19世紀から20世紀半ばのヨーロッパ、20世紀後半の「冷戦」とは異なる秩序を構想するという点で共感を覚えるところが大です。

体調がすぐれないので、他にも書きたいことはございますが、また気軽にお越し頂ければ、幸いです。
Posted by Hache at 2010年09月24日 23:21
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