2010年10月13日

弱りつつある「見えざる手」を「見える手」でいかに補完するか?

 カワセミさんへのリプライを書いておりましたら、長くなってしまいました。論点整理が下手なことに恥じ入るばかりです。

 温かいお言葉、ありがとうございます。とりあえず、歯も含めてわかっている疾患はほぼ治っています。ただ、9月の血液検査の結果を火曜日の診察で知りましたが、白血球数が高い状態が8月頃から続いており、ちょっと微妙な感じです。夏の暑さのダメージから体はだいぶ回復しましたが、ここ数日は頭の方がよろしくないようです。

 コンピュータ将棋そのものには詳しくないのですが、カワセミさんのコメントを拝読してから、検索したら4Gamerで棋譜が出てきました。見た印象は、今回は4つのエンジンの合議制とのことですが、角交換から振り飛車を選択するなど、プロ棋士の対戦データを相当、データベースで読み込んでいる印象がありました。私の印象では、エンジンの読みを外そうとして(例えば25手目の▲9八香や27手目の▲7七角)、清水市代女流王将が序盤から守りが薄い形にしてしまった印象です。

 マイコミジャーナルの解説では、あからの66手目の△5七角が意外な手とあって、▲同銀だと△5五角から王手飛車が見えていますから、とれないようにも見えます。控室のプロ棋士も見えない手だったとのことですから、王手飛車をかけても大したことがなく、私の棋力不足なのかもしれませんが。第59期王将戦第6局でもプロ棋士が気がつかない手順(実戦例があるので新手ではないようですが)をGPS将棋が示しているので、カワセミさんがご指摘の通り、全パターンを読むという評価関数なら、開発者の棋力とは関係なく、性能が向上するので、男性の棋士が敗れる日もそう遠くないのかもしれません。

 Google Booksはよくわからないのですが、「アルゴリズムで形勢判断して手を捨てるのではなく、全てのパターンを力業で処理する方がいいというような方向性」というのは、市場機構をコンピュータで再現しているような印象をもちます。市場機構の本質的な特徴は、人格的な「見える手」による調整よりも、非人格的な「見えざる手」による調整ですから。他方、コンピュータの場合はわからないのですが、このような非人格的な調整が理想的に機能する条件も限られていることは60年近く前から知られていたことではあります。金融危機後の世界は、確かに多くの不確実性を抱えていますが、市場経済を分析する人たちの主たる関心は、非人格的な市場機構のはたらきを人格的な調整によっていかに補完するのかという点に多くが割かれてきたことも事実です。

 「デフレ」の現状認識については、『週刊ダイヤモンド』2010年10月9日号(118頁−120頁)に掲載された齋藤誠先生のインタビューが私には説得的な印象を与えます(120頁の政府の役割は疑問だと思いますが)。通常、デフレは消費者物価指数の動きから判断しますが、「リフレ派」と称する人たちはGDPデフレータをもちだします。この時点でかなり恣意的な印象をもちますが、なぜ、財貨やサービスの価格の変動、それもマイルドな変化でしかありませんが、にこだわるのかが率直なところ、理解できません。

 2002年から2007年の景気回復期には、株価や地価など資産価格の下落が2003年から2005年頃に漸く歯止めがかかり、回復傾向に向かいましたが、地価の場合、主として三大都市圏であり、ある程度、「面」として資産価格の上昇が見られたのは、首都圏というよりも東京都市圏のみです。財貨やサービスなどフローの動きがどうでもいいとはいいませんが、不良債権問題が解決した後も、資産価格の上昇については日本国内でもかなりの差があります。「格差」にしても、主として所得格差ばかりが問題になりますが、不動産などの資産をもっている家計では労働を供給するインセンティブが弱いでしょう。資産市場と実体経済の関係については、私自身、整理できていないのですが、これらを無視した議論はあまりに乱暴だと思います。また、「デフレ回避」で実行されている非伝統的な金融政策に関しても、「リフレ派」の評価はひどく辛い印象があります。あの人たちは本質的に、政府と中央銀行が適切な処置を行っていないと主張しますが、裏を返せば、政府と中央銀行の政策で安定成長が見込めるかのような主張をする点で今日の経済について過度に楽観的な期待をしている印象をもっています。

 「高齢化社会とグローバル化が進んだ成熟社会」への対応と物価が上昇すれば、すべてがうまくいくという立場とはあまり関係がないと思います。既に触れましたが、市場経済の分析を仕事にしている人たちの関心は、50年近く前から非人格的な市場機構と「人為的な調整」の望ましい関係にあったと思います。もちろん、ご指摘の通り、この15年間ぐらいで直面している課題は、先進国にとっても新しい問題でしょう。むしろ、問題は、後者の「グローバル化」への対応が日本のみならず、国際経済の安定性を担保してきたアメリカでも、いわば「グローバル化」の重みに耐えかねていることでしょう。以前、漠然としたことを「『グランドデザイン』のない国際経済」という「寝言」に書きましたが、経済に関する国際協調を維持するためには強力なリーダーシップが必要であるにもかかわらず、3年近くを経過しても、そのようなリーダーシップが機能していないのが現状だと思います。

 高齢化については、現在の民主党政権のひ弱さが幸いするのかもしれません。役所のロボットになって、医療保険における負担増や年金のカットなどを実施すれば、国民生活にはダメージしか与えていない政権ではありますが、それなりに成果が残るのではとすら思います。いまの高齢者には申し訳ないのですが、彼らの生活を支えるためには、彼らが現役時代に蓄えてきた原資では全く足りません。この問題をまともに説得しようとすると、ほとんど不可能に近いので、首が変わろうが無能な政権を官僚主導で3年かけてすりつぶしながら実行するには意外と好機かなとも思ったりします。

 やはり気になるのは、プロテクション・レントの増大でしょうか。中国の脅威も対応しなければなりませんが、日之出郵船の乗っ取りなど、対応すべき問題が拡散する傾向にあります。アメリカの覇権が、一時的なのか永続的なのかはおいて、後退すれば、各国の負担が増加するでしょう。とりわけ、日本は「バターか大砲か」ではなく、民需における資源配分のみに注意を払って、「バターか大砲か」という問題は事実上、昔の「GNP1%枠」などほとんど問わずに避けてきました。カワセミさんの「人為的な調整」から離れてしまい、恐縮ですが、実は、これから日本社会が直面するのは、経済成長率の鈍化や人口の高齢化などによって資源(ヒト・モノ・カネ)の制約がタイトになっていくのにもかかわらず、広い意味での防衛に割かなければならない資源が拡大することでしょう。もちろん、単に予算の問題だけではなく運用の問題も大きいでしょう。ただし、繁栄の基礎となる安全保障の問題こそが、市場では解がえられない、最も慎重かつ効果的な「見える手」が要求される分野だと思います。


 これはまったくの余談です。不謹慎ですが、9月24日の中国漁船の船長釈放後、職場で菅内閣の支持率の予想をしていました。大勢は、大幅に下がるだろうという意見でしたが、私自身はたいしたことはないだろうと。変な奴だと思われたようですが、内心では自民党の政権復帰を望んでいる人が周囲でも見当たらず、空き菅をポイ捨てしたところで、代わりが見当たらないから、下げてもたいしたことがないだろうと。びっくりしたのは、私も、あのタイミングでの船長の釈放には釈然としませんでしたが、内閣支持率が半分ぐらいになると考えている人もいて、それはないだろうというのでお昼ご飯ならという感じでした。各種世論調査が出て、まあ、こんなもんでしょうというところで、お昼ごはんの請求はしていませんが。

 それにしても、某巨大掲示板ではノーベル平和賞がらみでノルウェー株が急騰していますが、報道を見ると、日本が異常なのであって、ノルウェーは人権については譲歩しない態度を鮮明にしながら、相互利益に関しては門戸を開くというごく自然な姿勢だなという印象です。ASEMで東シナ海では領土問題は存在しないという日本政府の立場を東南アジア諸国に指示してもらおうとしたようですが、日本が勝手に最悪のタイミングでへたれて、北東の島国というのはエゴイスティックで夢想的だという印象を与えただけなのでしょう。愚か者を権力者につけるということがいかに馬鹿げていて、危険なことを大多数の人が骨身にしみて理解するまでは、現状もやむなしというところでしょうか。
posted by Hache at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
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