2010年10月20日

2010年半ば時点でドルの代わりになる通貨はない(「『グランドデザイン』のない国際経済」現状編)

 『週刊ダイヤモンド』のインタビュー連載は「デフレ日本長期低迷の検証」ですから、日本国内の問題限定であることに異議を唱えた私は、ちと空気が読めないというより、日本語が不自由なようです。第5回は岩本康志氏で、この連載でもっとも共感するところが多かったです。「前回のデフレ」と「今回のデフレ」はやや図式的な印象もありますが、今回は日本の金融機関が不良債権問題をあまり抱えていないという相違は事実でしょう。他方、「今回のデフレ」で気になるのは、不良債権問題を抱えていないのにもかかわらず、金融仲介機能が低下していることでしょうか。やはり、世界経済の落ち込みと外需の急激な減少による実体経済への影響は、むしろ「今回のデフレ」の深刻さを示しているのかもしれません。

 このインタビューを読みながら、そうしてみると、今回の金融危機は、欧米の金融機関にとっては深い傷を負わせたのだろうと。一時期は、アメリカの金融機関の業績回復とボーナスの異常な高さが叩かれましたが、"foreclosure"の凍結などによる混乱は、金融市場の再構築が、私が当初、考えていたよりも、はるかに時間がかかることを実感させます。根幹にあるモーゲージの問題、それを原資産とする金融商品など、単純化をすれば、1990年代の地価のバブルと似ているとはいえ、複雑な金融システムを再構築するのは容易ではないとあらためて思います。

 そんなわけで、今後、国際経済、とりわけ国際的な通貨制度がどのように変容していくのかを予想するのは私の手に余ります。とりあえず現状を確かめようという安直な発想にもとづいて、簡単なデータを見てみました。まず、外国為替における各通貨の比率はBISの"Triennial Central Bank Survey of Foreign Exchange and Derivatives Market Activity in April 2010"(参考)から入手できます。PDFファイルの表3を見ると、ドルの比率は2001年の約45%から2010年には約42.5%に低下していますが、非常に緩やかなペースです。ユーロが2001年には約19%でしたが、2010年に約19.6%に増加した程度です。元もほとんど無視できる状態。カナダドルやオーストラリアドルが無視できない程度に比率を上昇させていますが、ドルを補完するというほどではありません。やはりドルを補完する通貨はユーロが第1候補ですが、ユーロ圏の脆弱性が解消されたわけではなく、ドルの補完役としても、荷が重いのが現状でしょう。わが日本円の地位低下は目を覆わんばかりです。そうはいっても、2010年には10%近くまで比率が上昇しています。円高といっても、つまるところドル安基調で安全資産の一つとして(日本人からするとピンとこないのですが)円が買われているのが実情なのでしょうが(諭吉様不足で苦しんでいる私にはいくらあってもありがたいのも否定はできませんが)。

 外貨準備を主要通貨別の構成を示したのが下の表です。

表 外貨準備の通貨別構成



      2006年第一四半期   2010年第二四半期

(世界全体)

総額        2,937,019      4,719,498

米ドル        66.5% 62.1%
ポンド 3.9% 4.2%
スイス・フラン 0.2% 0.1%
円 3.3% 3.3%
ユーロ 21.6% 26.5%
その他 1.5% 3.3%

(先進国)

総額 1,836,414 2,565,229

米ドル 69.1% 65.2%
ポンド 2.8% 2.5%
円 4.6% 4.1%
スイス・フラン 0.2% 0.2%
ユーロ 21.5% 24.9%
その他 1.6% 3.1%

(新興国)

総額 1,100,604 2,154,270

米ドル 62.2% 58.4%
ポンド 5.7% 6.2%
円 1.0% 2.3%
スイス・フラン 0.06% 0.04%
ユーロ 29.4% 28.3%
その他 1.4% 4.5%


(出所)IMF, "Currency Composition of Official Foreign Exchange Reserves"(参考).

 総額の単位は百万ドルです。2006年と比較をしておりますが、金融危機が囁かれるようになった2007年の直前を選んだというところです。驚くのは世界経済が拡張期にあった2006年の外貨準備が2兆9,370億19百万ドルであったのが、金融危機を挟んでも、4兆7,194億98100万ドルと大幅に伸びていることです。もっとも、増加率でみれば、2000年から2005年の期間には倍以上に増加してはいるのですが。とりわけ、新興国の外貨準備は1兆1,006億4100万ドルから2兆1,542億70百万ドルへ2倍近くにまでに拡大しました。ただし、2010年第1四半期の新興国の外貨準備は2兆1,667億56百万ドルにのぼっており、第2四半期で減少していることにも注意が必要なのででしょう。外国為替という、いわば国際的な決済手段としては米ドルの比率は4割を超えるぐらいですが、外貨準備のように貯蔵手段としては米ドルのみでも世界全体の6割を超えます。これにユーロを加えると、外貨準備の9割近くを米ドルとユーロが占めているのが現状です。米ドルの比率が4%程度、低下していますが、ユーロがその大半をカバーしています(2006年は合計で97%ですので誤差が利いている可能性が高いです)。世界全体でみた場合、現状では金融危機によってドルの地位が大きく後退したわけではありません。

 外貨準備の増加が著しい新興国では、金融危機の前から、米ドルの比率が先進国と比較してやや低いことにも留意が必要でしょう。現状では、先進国よりも米ドルとユーロの比率が低く、その他の伸びが、若干ではありますが、大きくなっています。国際経済の多極化とともに、ドルの地位が数十年かけて低下していく可能性も無視できません。短期的な金融ショックやドルの減価よりも、国際経済の多極化というはるかに長期的な現象が、現行の国際通貨制度を変容させていくのでしょう。ただし、中国など新興国の金融政策は原始的であり、とても現代の複雑な国際経済における決済手段や貯蔵手段として自国通貨を流通させるためにはあまりの多くの制度改革が必要でしょう。ブラジルの事情はまったくといってよいほどわからないのですが、中国やロシアは旧共産圏であり、インドも社会主義的な経済運営を行っていた時期がありました。中国やインドの経済規模が拡大しても、複雑な市場経済をマネージするにはあまりに歴史が浅く、経済の側面に限定すれば、欧米の地位にとって代わることは、百年単位ならばともかく、私が生きている間には起きないのかもしれません。


 月曜日にMark ThomaのEconomist Viewで"Mary Daly of the SF Fed: We are at Risk of a Long period of Sustained Disinflation"という記事をグーグルのリーダーで読み込んで、あるグラフを見て目が点になりました。早速、政策決定者の悪口を言うのが大好きなクルーグマン先生が"Just Call Him Bernanke-sama"という記事でThomaの日米消費者物価指数の推移を表すグラフを転載しました。ドルはアメリカ国内では価値が高すぎ、海外では低すぎる。実に厄介な時期を迎えました。

 「デカップリング」の議論は、新興国の台頭も先進国との相互依存があってこそという点をあまりに軽視していたので、かなり厳しい評価をしましたが、現象面だけを取り出せば、先進国ではマイルド・デフレ、新興国ではインフレと異なる状況も存在します。クルーグマン先生はバーナンキに手厳しいようですが(以前は、"Bernanke-san"だったのが、いつだったのかは性格には覚えていないのですが"Bernanke-sama"と「格上げ」された模様)、どうもオバマ政権の金融市場安定化策は甘く、金融規制強化は時期尚早だったのではと思います。株式市場の回復によってアメリカの金融機関の収益は急速に回復しましたが、地価の下落は、1990年代の日本ほどではないとはいえ、ボディーブローのように効いてきています。資産価格の下落が物価上昇率に直ちに影響を与えるわけではないのでしょうが、アメリカ国内では経済的な停滞が続くのでしょう。他方、それに応じて採用されている金融緩和は他国からすればドルの減価を招く。これが、1年や2年程度の減少であれば、いわゆる「ドル本位制」を揺るがすほどのことではないと思います。しかし、オバマ政権の最初の1年半の手順前後は、はるかに長期にわたって響くリスクもあり、私自身は、ドルの地位が堕ちるのは数十年近くかかると考えておりますが、それを速めることになるのかもしれません。
この記事へのコメント
分かりやすいデータで参考になりました。
通過のシェアはそもそも急激に変動する類のものではないので、数字だけ見たら小さな変化でも実体経済の活力はかなり違ってくるという印象です。

ところでPDFファイルの表3ですが、ここでは合計200%なので2で割って論評されていますが、元々のデータの方がドルのハブ的な役割を良く表していてすっきりしていると思いました。ユーロが円や豪州ドルあたりとどうしても疎遠になってしまう現状が、代替選択肢のない原因かなと。
またこれを見ると、ポンドは限界があるとは言えそれでも健闘しているように見えますし、豪州ドルとカナダドルの伸長は(想像はついていたとはいえ)目に付きますね。

外貨準備ですが、リーマンショックなどあったとはいえ、魅力的な資産はやはりドルを必要とする、というのが原因の一つではありましょう。金利に飢えている現代金融のの現状からすると新興国への投資は割合が下がることはないでしょうけど、近未来においては安定的な価値を資産に認める人がより多いのは間違いないでしょうし、成熟経済に至るメンバーがどうなるかというのに興味がありますね。そういう意味では、真の勝者は豪州みたいな立場の国に落ち着くという未来もあるかもしれません。人口トレンドも有利ですしね。
Posted by カワセミ at 2010年10月22日 21:54
>カワセミ様

興味深いご指摘を頂き、ありがとうございます。小峰隆夫他著『データで斬る世界不況』のグラフ(210−211頁)と比較して考える予定でしたが、バタバタしてしまったので、そこまで手が回らずにとりあえず、反映させておきました。表4まで触れることもなかったので、外国為替の取引高はそのまま200%で表示した方がよかったかもしれません。

外国為替が金融危機後も、日平均で4兆弱ドルも取引されているのは驚きです。やはり、非金融機関の取引が増加しており、危機の後にも、投機的性格が強まっていることを示していると思います。ドルとユーロの比較は、表4の方が明確だと思いますが、ご指摘の通り、ユーロ−豪ドル、ユーロ−カナダドルの取引は非常に小さいあたりが、ドルの「ハブ」としての性格をよく表していると思います。他方、ユーロ−円やユーロ−その他の取引は増加しており、ユーロ−円の取引高がユーロ−ポンドを超えているのは意外な感じです。他方、ポンドそのものの取引や外貨準備に占めるシェアが振るわないことと対照的に、表5が示すように、イギリスにおける為替取引がアメリカの倍を超えるなど、為替市場としての魅力というのは、10年や20年では変化しないものだという感覚をもちます。外国為替の取引高だけでは危うい部分もありますが、金融市場における英米の地位というのは、単に通貨別シェアで図ることができないと思います。自国通貨以外の取引も英米に集中するということは、両国に通貨に関する情報が集積するということでもあります。

確かに、ユーロ−豪ドル、ユーロ−カナダドルの取引高は表4を見ると、米ドルとの取引高を考えると、未発達だという印象です。オーストラリアの金融規制がよくわからないので、オーストラリアが「真の勝者」となるのかどうかはわからないのですが、日本人が思っているほど、円の使い勝手が悪いわけではないとも思います。中国の元は、通貨バスケットとの、一種のスネーク制度を採用しているという点を無視しても、取引を制限している点で、ドルの地位を脅かすまでには気の遠くなるような時間がかかるのだろうと思います。

今後、ドルの地位低下が進んでも、かなり緩やかなものになると思います。繰り返しになりますが、やはり外国為替に限定しても、場としての英米の地位が10年や20年程度では急速に没落することはなかろうと。ドル、ユーロ、円、ポンドの協調体制が望ましいとは思います。その意味でG-7が古くなったという議論が支配的ではありますが、私自身は懐疑的に見ております。

Posted by Hache at 2010年10月23日 08:46
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