2010年12月28日

長かった2010年

 年末の雑談モードです。35歳を過ぎたあたりから、もう一年の終わりか、速いなあという年ばかりでしたが、今年はとてつもなく長く感じました。歯の治療をしていたことも大きいのでしょうが、時間がたたないと解決しない問題が多く、基本的には私の力量不足が原因ですが、これまで以上に時間がことを解決するという類の問題が多かったように思います。「なまもの」を書くことが増えたことも大きく、11月ぐらいから時事ネタは書くのが難しくなりました。たいした中身はなく、多くはワシントン・ポストの記事を訳しているだけなのですが、私の力量不足が大きく、「寝言」とはいえ、自分自身が納得するためには睡眠時間をかなり削らざるをえませんでした。同時に、晩秋以降、組織内部の機微にかかわる仕事の比率が上がったために、必要以上に神経質になってやや病的な精神状態が続いていたようにも思います。タフさがないのにもかかわらず、人生裏街道を歩いている中年男というのが自己評価になりますでしょうか。

 他方で、海外の報道を見る時間が増えたことが大きいのでしょうが、金融危機後の世界を見て回りたいという欲求もあります。小学生時代に「石橋を叩いて壊す」と担任の教師に評さた性格はやはりどこかで今でも残っていて、金融危機が収束したかという問いには慎重になります。ショートステイでは物見遊山と変わらない一方、一年間を海外で過ごすにはまだ健康に不安が残る状態なので、来年は本格的に海外へ出る準備にあてられればなあと思います。やはり北米が望ましいのですが、厳しいかもしれません。他方、職場のアメリカ人と会話をしていると、語学力は絶望的なのですが、彼らの楽天さや開放性に接すると、私はやはり島国の人間なのだなあと感じます。要するに、細かいんですね。私でさえも。これを直そうという気概はないのですし、他方で、それを自己主張しようという気概もないので、傷ついたアメリカがどのように復元力を回復していくのか、断片的な話に留まるとは思うのですが、なにか見守りたい気分にもなります。あまりブログのようにインターネットで公開されている場で書くことではないのですが、クラシックの趣味からすると、やはりヨーロッパを20年ぶりぐらいに訪ねたいという気分もあるのですが。

 まだ、年内に「寝言」を呟く(ツイッターは短すぎるので私には無理でタイムラインを眺めているだけですが)かもしれませんが、思った以上に仕事で必要な計算が厳しいので、これが年内最後の「寝言」になるかもしれません。老眼様とカワセミ様からコメントを賜り、このような対話が成り立つことはやはり嬉しいものだと思います。年末ですので、ご覧になる方も少ないでしょうが、鄙びた「時の最果て」にお越し頂いた方々に捧げます。

ここは「時の最果て」。すべては「寝言」。

よいお年を!


 このブログには大御所が作詞して下さったテーマソング「時の最果てへ」があります。「下も見えない」という一句に「時の最果て」の最大の特徴が要約されていて、思わず本人が受けてしまいました。

 「寝言@時の最果て」というブログ名は、クロノトリガーというゲームに由来します。プロフィールにも貼り付けておりますが、再度貼り付けておきます。




 最近はゲームの類をまったくしなくなりましたが、SFCは音質がよいですね。クロノトリガーでは、「サラのテーマ(Schala's Theme)」という曲が好きです。30歳を過ぎたあたりから過去を振り返らなくなったのですが、ふと古い傷が疼くような感覚があります。1994年に戻って、まったく反対の決断を下していたら……と詮なきことを考えてしまいます。自分自身の一部のに等しい決断を選んだために、えたものも大きいのですが、存在自体を求められるという機会を失ったことは別の人生を選んだに等しいなあと。どちらがよかったのかという比較は、仮に異なる経路を両方とも経験したとしても、できないだろうと思います。思いはめぐって、今の時点に戻ると、人間は一度きりという振り出しに戻ります。なんとなくですが、私自身の価値観はあまり個人主義的で利他的な側面に関する感受性が鈍いため、社会を考える立脚点として危ういのだろうという感覚があります。他方、いまさら存在自体を求められる事態そのものを欲したところで、たまたまの要素が大きいだけにムダでしょう。そういう危うい、欠陥だらけの価値観とくたばるまで付き合っていくしかないだろうというのが最近の実感です。

posted by Hache at 11:00| ごあいさつ