2011年01月08日

ドービル協定の破壊力 ユーロ圏の憂鬱

 昨年末に、リーダーが読み込んだWall Street Journalが2010年12月27日付で配信したCharles Forelle, David Gauthier-Villars, Brian Blackstone and David Enrichの"As Ireland Flails, Europe Lurches Across the Rubicon"という記事を読んで、憂鬱になりました。年が明けて1月6日付でCalculated Riskは"EU Proposes Bank Failure Plan, European Bond Spreads Increase"というエントリーをアップしました。グラフがあまりに雄弁で言葉を失いました。昨年も2月ですが、「ヨーロッパを変貌させた「ギリシアの悲劇」 "The Greek Tragedy That Changed Europe"」という「寝言」を書いておりましたが、メモをつくるだけでぐったりしました。今回は、なんともいえない沈痛な気分です。"As Ireland Flails, Europe Lurches Across the Rubicon"は政治プロセスの描写が中心の記事ですが、今回もメモで終わらせる予定です。ユーロ圏の人々になにを語ることがあるのか、言葉すら出てこないというのが率直なところです。

 メモでも作ろうかと思っておりましたが、もたもたしている間に、日本版にが出ていました。実は、日本語版はほとんど読まず、"Deauville pact"を「ドービル協定」と訳すのか、「ドービル条約」と訳すのか迷っていたところ(元旦には「ドービル」と「協定」で検索してもこれという記事はありませんでした)、「ドービル協定」で検索したら、ヒットしたというだけの話です。Calculated Riskの簡潔なグラフは、2013年から債務不履行に直面したユーロ圏諸国の債券の損失を投資家に負担させるという、ドービル協定の「破壊力」を如実に示しています。また、私自身がユーロのしくみに詳しくないため、ECBがアイルランドの銀行に融資した830億ユーロの、一部でも、返済ができなくなった場合、どのように負担するルールがあるのかが不明です。

 「なんだかややこしいユーロ圏」という「寝言」ではこんなことを書きました。パッと報道を追ったときに、感じた素朴な実感でしかないのですが。

交渉のアクターは、ファンロンパイEU大統領、バローゾ欧州委員会委員長、サルコジ仏大統領、メルケル独首相、トリシェECB総裁、パパンドレウ・ギリシャ首相と多いですなあ。EUをバカにするわけではないのですが、交渉に関わるアクターが増えるだけで厄介な気もしますが。


 ナイーブすぎる感覚でしょうが、政治的合意をえるときに、利害が相反するアクターの数が多いというのは不幸なことでしょう。日本の知識人がバカだから不良債権問題を10年間も解決できず、ヨーロッパの知識人は良質だからなんとかなると思える方は幸せでしょう。おそらく、アジア通貨危機の前の住専問題ですら、どれほど政治的説得で苦労したのかということもお忘れの御様子で、歴史はおろか、経験からすら学習しない方が幸せなのでしょう。WSJの記事は、危機によってユーロ圏の絆が深まった側面を強調するトーンになっていますが、債務危機に陥った国を救済するために、政治同盟を強化することをドイツの政治家が自国民に説得することがどれほど困難なことか。また、説得される側からしても、仮に頭でわかったとしても、消極的にですら、支持するのは非常に難しいと思います。

 「寝言」というよりも妄言の域ですが、より根本的な問題として経済的相互依存を基礎に国家が形成できるのかということがあるのでしょう。まったく例外がないとはいえないのですが、近代国家に限らず、国家の本質は、その領域内で、軍事力を中核にして強制力を独占していることだと考える古臭い人間ですので、もう一度、欧州大戦でもやるバカが出てこない限り、ヨーロッパの政治的再編というのは非常に困難だと考えております。李克強の欧州訪問に関しては、Wall Street Journalが2011年1月7日付で配信したMarcus Walker and Jason Deaneuの"Aims to Seal Deal With Beijing"という記事が主として外貨準備の価値保全など中国の経済的利益から説明しています。外交に練達した人物であれば、ある交渉を経済的利益のみから行わないのでしょう。70年近く大国間戦争がないという状況が生み出した先進国に住む人たちの幻想が覚めないことを願わずにはいられませんが(結婚と同じく幻想から覚めない方が幸せなことが多い)、幻想を打ち破るとすれば、それはやはり中国なのでしょう。


 カレンダーを元旦に掛け替えたぐらいで、なにかが変わったという実感がまったくありません。2010年の年初から、リーマン・ブラザーズの破綻は、序幕にすぎなかったのだなあという実感が強くなっています。2010年の2月15日の「寝言」は、気合を入れて書いた割には日本語がおかしくて読み返すと気恥ずかしいのですが、どこで底が見えるかもわからない、迷いの下り坂を迎えたという実感から逃れるのが難しいです。

 現状では、最も蓋然性の高いシナリオですが、それは最悪だというところでしょうか。ギリシャ問題はギリシャに留まらず、ユーロが不安定になれば、あらゆる国が厳しい査定にさらされる。「時の最果て」としましては、金融危機と実体経済の悪化の相乗作用はいよいよ第2段階に突入したという「寝言」が浮かびます。


 若い世代の人たちには時代を恨む傾向があるようですが、なんの救いにもならない「寝言」を述べるならば、戦争がないだけマシというところでしょう。アメリカ経済が指数以上に疲弊している感がありますが、アメリカの軍事力による抑止はまだ破られる状況にまで追い込まれてはいません。他方、ユーロ圏の動揺は、中国に抑止を破るための技術へのアクセスの機会を与えるとともに、ユーロ圏の道義的な抵抗を麻痺させる効果をもつでしょう。ギリシャに続くアイルランドの危機は、それ自体、経済危機として用心深い対応を必要とするのでしょうが、より長期的には、アメリカの覇権を覆そうとする勢力を強める方向へ作用することへの、はるかに用心深い観察が必要だと感じます。

衣食足りて礼節を知る。

貧すれば鈍す。

(若い世代へ)

君子固より窮す。小人窮すれば斯に濫す。
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/42446417
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック