2011年10月15日

らしくない「寝言」

 久しぶりに、朝刊なるものを読みました。それも、この数年、手にとったことがない『毎日』でしたが。被災地の生徒が他の都道府県の学校に通っているという記事ですが、数字を忘れてみていると、被災地に「平常」が戻るのはいつなのだろうかと言葉にならない感情を抑えることが難しく、いかれた「外道」としては気恥ずかしいのですが、胸が痛くなります。

 朝刊を朝に読むと、一日が憂鬱になることは『日経』が教えてくれたので、たまに読むときも、夕方以降で夕刊がメインなのですが、それでも気が重くなります。福島県から県外へ移った生徒数が1万3千人を超えているというだけで、コミュニティの再生が可能なのだろうかと。東京電力福島第一原子力発電所の事故を乗越えるのは、放射性物質による汚染が基本にあるとはいえ、共同体の維持を困難にするという点で、やはり罪深いものだと思ったりします。

 瓦礫の処理は主としてネットで配信されている記事を見ておりますが、主として放射性物質が含まれているという点で受け入れる側の自治体にもためらいがあることが強調されているようです。現実問題としては、放射性物質の問題を抜きにしても、小金井市のように他の自治体にゴミ処理を依存するというのは極端でしょうが、既にゴミ処理能力自体が限界に達しつつあり、受け入れるのが難しいという事情もあるということは、地方版には掲載されているのですが、全国レベルの記事ではあまり重視されないようです。復興妄想なんとか会議とかいう有識者会議では、瓦礫でメモリアルをつくるとかのんきなことを議論していたようですが、国レベルで現実的な方向性が打ち出されることがないまま、被災地の自治体と瓦礫を受け入れる自治体の交渉に任されている現状は、薄ら寒い感覚しか覚えないです。もっとも、この問題をきちんと調べたわけではないので、国の果たしている役割を過小評価しているのかもしれませんが。現状では、福島県のみならず、除染作業を強いられている被災地の自治体の負担があまりに重いように感じます。

 久しぶりにテレビのニュースを見ましたが、電力会社の報告書に第三者委員会なるものの見解が一部、反映されていないというだけでガミガミ言うのが中央政府の仕事なんだなあと。世間様より、中央政府への信頼感が高い方だと思っておりましたが、単に民主党中心の政権と言うだけではなく、この状態が続けば、中央政府そのものへの信頼を失う感じです。他方、地方政府が中央政府の、内政に関する機能を代替するには金銭的な問題だけではなく、人的資源の面でも大きく制約されている事態になんともいえない寒気を覚えます。


 まったく話題が変わって恐縮ですが、『短歌行』を読んだのは高校時代でした。三国志にはまった直接のきっかけは、光栄(当時)のゲームでしたが、当時は『信長の野望』には配下武将がなく、『三國志』には配下武将がいたので、当初は吉川英治氏の小説などから人物を知ろうとしていましたが、どうでもいいことには熱中してしまう性質なので、図書館にあった本を片っ端から読んでいて、曹操という人物は残虐さとともに、人物のスケールが違うなあと感じました。高校時代にお世話になった国語の先生が変わった方で、ご本人は『源氏物語』を大学で専攻されたそうですが、君はヴィトゲンシュタインを読みなさいとか言われて、わからないまま『論理哲学論考』を読み、次はポパーを読みなさいとか言われて、今、思い出しても不思議な人でした。曹操の詩を読みたいと言ったら、翌日には自宅の書籍からコピーを作ってくれていて、本当に感謝しました。その後、怠けていたので、詩の題名などは忘れてしまいましたが、内面の弱さをストレートに表現していたり、英雄的気概を表現していたりと、カエサルの『ガリア戦記』とは対極的ですが、なんとなく弱気になっているときに静かに酒を呑んでみたいなあなんて妄想したりしたことを思い出します。その気はないので、「ぎゅっとしてもらってもいいですか?」とは思わないのですが(おまけの部分は「アサミンゴスP」を聞きながら「寝言」を書くというすちゃらかな状態です)。

 既に、古代中国とは異なった意味で「乱世」に入ったなあという感じですが、曹操のような気概もなく、確実なものがない時代に、昔の、もっと厳しい時代に関心が向くというところでしょうか。曹操の愛情は、主として民ではなく、労苦をともにした将や兵卒に向かっていたと記憶しております。このあたりが凡庸な人物と統一こそできなかったとはいえ、時代を代表する人物の差なのでしょうね。他方、気がつくと、地域の絆が薄まり、勤務先がメインになっている地方都市に住んでいると、こんな時代を乗り切れるのだろうかと。話があちこちに飛びますが、東北地方太平洋沖地震以来、防災の話がやたらと増えてはいますが、地域の絆が強い地域ですら被災後は容易ではなく、絆自体が弱くなるというのは複雑な気分です。

 それにしても、珍しく飲み会の幹事をすることになったのですが、女性の方が積極的で男性が消極的というのは驚きでした。女性が私目当てにくるとも思えず、女性が多いですよと言っても反応が鈍い人たちを見ながら、世の中の変化についていけないなあというのんきな「寝言」で重苦しい話をいったん終えます。
posted by Hache at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
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