2012年01月04日

チャーチルの民主主義との距離感

 特に、新年を迎えるという感覚もなく、ニューイヤーコンサートは飽きてきたのでスルーしました。食べ物ぐらい新年らしくとおせち料理を注文して食べましたが、薄味だったので、おいしかったです。雑煮は余った餅の処理に困るので、こちらは無理かなと。バカ正直に書くと、嫁がいなくて寂しいと思ったことはないのですが、飯に関しては一人よりも二人の方がいろいろな意味で安く済むなあと。高校時代にふられた女性が理想の男性は「空気みたいな人」と言っていましたが、なるほど言いえて妙だなあと20代後半になってから気がつきました。冷静に自分の性癖を考えれば、価値観の上で、妙な表現ではありますが、恋愛よりも自由が上位に来るので、どうしようもないです。モーツァルトを聴くときに、そばに人がいても構わないのですが、気配は消してほしいというぐらい身勝手なので、本質的に家庭を形成する能力を欠いているのでしょう。

 そんなわけで、年賀状が届いてから、あらま、今年は出さないつもりだったけれどどうしましょと頭を抱える無計画さに困っております。自分でも器のあまりの小ささに頭を抱えるのですが、郵便配達人が乱暴だというだけで、ドル箱の年賀状を止めてやろうと。ふりさけみれば、禁煙が続いているのも小宮山厚労相に本当は感謝しなくてはならないのでしょう。こんな見た目も声も気もち悪い、キチ○イが大臣になる時代に、タバコを吸うなんて文字通り緩慢な自殺だと、薄々は思ってはいても、熱湯を浴びせられれば、人間、やればできるものだと妙なところで感心したりします。

 要は、だらだらと年末年始(実際には家でちょこまかと作業はしていたのですが)を過ごしながら、この国の民主主義はどうなるんでしょうねえと。そういえば、チャーチルが、聞き捨てならないことを言っていたなあと、調べたいのですが、ネットぐらいしかなく、グーグルの英語版で"Churchill democracy worst"とか確かそんな程度のキーワードを入れたところ、英語版のWikipediaに1947年11月の下院でのチャーチルの演説が引用されていて、このサイトにリンクが貼ってありました。私の英語力では訳すのが厳しいのですが、なかなか味わいのある演説だなあと。西洋流のデモクラシーが大衆の相違によるチェックあるいは修正なしでは成り立たないことを大上段から振りかざしてきて、次のあたりはさすがだなあと。

  Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of Government except all those other forms that have been tried from time to time; but there is the broad feeling in our country that the people should rule, continuously rule, and that public opinion, expressed by all constitutional means, should shape, guide, and control the actions of Ministers who are their servants and not their masters.

 この罪深く、災厄の世界では数多くの政治体制が試されましたし、今後も試されるでしょう。民主主義は、全きものでもなければ全知全能でもありません。実際のところ、それまで、何度か試された政治体制を除けば、民主主義は最悪の政治体制だといわれてきました。けれでも、わが国では次のような感覚が幅広く存在します。大衆が統治するはずであり、引き続き統治し、憲法上の手段によって表現された世論が形成され、大衆への奉仕者であって主人ではない大臣の行動を導き、統制するのが当然であると。


 アトリーが時代遅れの親父がなんか言ってるわととったのかはわかりませんが、根っからのイギリス人であったチャーチルは巧みに英国の議院内閣制の本質を、政府を問いただす、やり取りの中で鋭くえぐりだしたのでしょう。なんといっても、1945年のポツダム会談を挟んで、チャーチルはまさに世論によって打ちのめされ、自ら率いる保守党は惨敗しました。そのことを織り込んでアトリーとの引き継ぎを間断なく進めたチャーチルがこの演説をすること自体、彼がイギリスの議会制民主主義の精神を体現していたことをよく示していると思います。「民主主義は最悪の政治体制である。他の試された政治体制を除けば」と訳した方が調子が良いのですが、演説調にしたかったので、ちょっとぎこちない訳になっています。全体として意訳が度を越している気もしますが。

 「民主主義は最悪の政治体制である。他の試みられた政治体制を除けば」と訳すと、なんとなく、普遍的に民主主義についてチャーチルが語ったようにもとれますが、自らを打ちのめした世論を肯定し、説得するために、イギリスの議会制民主主義と議院内閣制の本領を語っているあたりが印象的です。ここで、大衆というのは気分で動く、気まぐれなものだという「寝言」があったら、「時の最果て」の中の人としては最高ですね。なにしろ、私自身が気分屋で、今日思ったことと逆のことを明日やる、なんの計画性も信念も信条もない、大衆の一人でしかありませんから。話が脱線しましたが、チャーチルが、まさに気分しだいの大衆に苦汁をなめさせられながら、この言を吐いたということそのものが、彼がイギリス人気質を代表していたことを示しているのでしょう。同時に、イギリスの貴族的精神が議会制民主主義の形成に合致していたことを示す最後の機会だったのかもしれません。


 私自身は、政治学は門外漢ですし、ましてイギリスの政治史に詳しいわけではないので、チャーチルの演説の深みを10分の1も理解していないでしょう。また、チャーチルの言葉を日本人が共有しているとも、共有すべしとも思いません。日本におけるデモクラシーは高々、百年程度であり、その間、自滅を招く失敗を招いています。強いて言えば、戦前の混乱があって、議会制民主主義を形骸化させることが危険であることは広範囲に共有されており、民族的な衰退期にあって、他の政体を試そうとするほどの稚気はほとんど残っていないだろうと。閉塞感と言ってしまえばそれまでですが、議会制民主主義の枠を壊すほどでもないというところでしょう。私自身、菅ぐらいまでは肩書をつけていましたが、今は「豚」(食料として私の口に入る豚さんには感謝しておりますが)と呼ぶ程度で我慢ができますし。

 他方、日本におけるデモクラシーは、明治の受容期からやや頭でっかちだったことは今でも大きいのかなと。雑に日本の政治を眺めると、欧米流の民主主義への憧れとそれへの幻滅で揺れ動いてきました。この20年間の政治改革騒動も英米流の2大政党制への憧れと輸入をはかり、見事に幻滅を招いています。

 先ほどのチャーチルの演説ではあえて触れませんでしたが、あの演説では、内閣の構成員がリーダーシップを発揮することは当然の前提になっているのでしょう。対して、日本では例外も決して存在しないわけではないのですが、この10年程度では小泉純一郎氏がリーダーだった時期を除いて、リーダーシップに乏しい人たちがリーダーシップの発揮を要求される不幸な時期が続いていると思います(およそ政治的リーダーシップに欠ける麻生氏が不況対策の名の下、小泉氏が歳出削減を徹底し、曲がりなりにも後継者たちが守った財政再建をぶち壊しにし、現在のバカ予算にいたっていることが象徴的でしょう)。なにも、(どうせそんな人は稀なのですから)強いリーダーシップを要求する政治制度を導入し、定着させる必要はないのではと思うぐらいです。海外を参考にすること自体を否定するつもりはありませんが、日本人の気質を自ら理解し、身の丈に合った政治制度を築く努力がなければ、議会制民主主義は形式的には維持できても、至る所で意思決定が遅れ、国民生活に悪影響が出るばかりでしょう。

 専門家の知恵を、政治家の意思決定には役立つのなら、反映させること自体には反対ではありません。ただし、最近の専門家を自称する人たちには、政策について発言するときに、意思決定を実際に行うのは「大衆への奉仕者」という感覚が欠落しているのではないかと。この点に関しては、思い込みの激しい政治家と視野の狭い専門家というのは共通することが多いと思います。
この記事へのコメント
明けましておめでとうございます。

時々立ち寄らせていただくだけで最近はさしたる事も書いていないのですが、少し。

日本の民主政治に関しては、選挙による政権交代が無かったのが悪影響を及ぼしていて、勘所を掴むのに時間がかかるという印象があります。後数回の衆院選が必要という見解は今でも同じです。ただし民主主義における中期的課題として本当に大きいのは高齢化問題でしょう。
今でもシルバー・デモクラットという形で高齢者向けの施策が優先される問題は日本のみならず世界的にあります。ただ現時点では次世代の配慮が消え失せたわけではない状況ですが、今後未婚者が多い団塊ジュニア世代の高齢化に伴って発生する問題は今より数段深刻になろうかと思います。
この政治的混乱の中で、一定程度それを抑制するシステムを組み込んでいかねばならないのですが、正直容易なことでは無く、ちょっと展望が見えないですね。

ニューイヤーコンサートですが、今年はサントリーホールでやってるのを2日に聴きに行きました。安価なステージ裏の席でしたけどもこちらに座した事は無くステージとの距離の近さもあってなかなか面白い経験でした。ただ音響的にはやはり不利で、ヴァイオリンのちょうど裏側に当たる正面から左後ろよりは右後ろの方がまだ良かったかなと。

そういえばヒラリー・ハーンは今年も来日するようです。昨年はキャンセルと相成ったので何とか行きたいところです。
他の目当てだと、アリス=紗良・オットも来日するのでこれも何とか聴きに行こうと。CDは大方買い揃えましたが・・・・この2人だけは私の中では特別扱いになっています。

新年の挨拶にはなっておりませんが、今年も宜しくお願いします。
Posted by カワセミ at 2012年01月04日 23:28
>>カワセミ様

謹んで新年のお慶びを申し上げます。本年も、御指導を賜りますよう、お願い申し上げます。例によって、長くなりそうでしたので、リプライの方は、独立した「寝言」にいたしました。コメントを気楽に頂ければ、幸いです。

寒さが身に染みる折、御自愛ください。

Posted by Hache at 2012年01月05日 21:52
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