2007年09月22日

集団安全保障と自衛権

 総裁選は盛り上がりに欠け、新政権発足後の「テロ対策特別措置法」の延長、あるいは新法の制定など、新政権が政策課題へどのように取り組んでゆくかに、関心が集まっています。雪斎先生にも保守系雑誌から執筆依頼が舞い込んだと言うあたりで、「テロとの戦い」にどのように取り組んでゆくのかということが、今後の新政権と参議院で第1党となった民主党にも問われてゆくこと象徴していると思います。雪斎先生には、「陰険」ではなく、「端麗」ではあっても、やはり「非道」雪斎の名に恥じぬ切れ味を期待しております。

 本題に入る前に、『溜池通信』の「由緒正しい」読み方ですが、金曜日の晩には、「休刊日」以外には、『溜池通信』が更新されます。『溜池通信』トップページでは、「Diary」(「不規則発言」)と「Report」(『溜池通信』本誌)へのリンクが貼られていて、つい、「Report」をクリックしたくなるところですが、一呼吸をおいて、ちょっと下のほうに「口上」や「溜池通信」、「かんべえの不規則発言」などのコーナーへのリンクがあります。「溜池通信」のリンクをクリックすると、「ちょっとした能書き」が『溜池通信』とともに更新されています。神宮で打ちのめされ、「フフン」が優勢で激萎えの心境を味わいましょう。「極悪」ではありますが、ファンの麻生さんをこれまたファンである「阪神」(あるいは勝ってほしい球団)へ、嫌いな(あるいは負けてほしい)福田さんをやはり小憎たらしい「中日」へ喩えるあたり、非常にわかりやすく、感情表現がストレートな方であることをうかがわせます(「「必死だなw」とも申しますが)。麻生ファンでなおかつ中日ファンの方の存在は無視されていて、現実政治をまじめに検討している際にはこのあたりで「極悪」らしい徹底した配慮をされるのですが、今回は、「なりふりかまってられるか!」というところでしょうか。いずれにせよ、「テロ対策特別措置法」あるいは新法に関する検討は、ペナントでかんべえさんが望む結果に終わる、あるいは絶望するまで待つしかないのでしょうか。

 今回の「本題」は、「テロとの戦い」そのものではありません。タイトルの通り、「集団安全保障と自衛権」の問題です。「テロとの戦い」に無関心どころか、強い関心を抱いておりますが、その背景にはこの問題があり、今後の国会論戦の行く末以上に、今後のこの国の外交・安全保障政策を考える上で、メインとなるのかは疑問ですが、補助線の、主要な一つではあると考えております。「テロとの戦い」に関する記事を読みたい方には失望を招くでしょうが、私自身の関心は、直近の現実政治から一歩、離れて、抽象的とはいえ、両者の関係を私なりに整理することにあります。

 結論を言ってしまえば、まず、集団安全保障が理想的に機能するには、その前提があまりに厳しく、例外的な状況でしかありえないでしょう。他方で、国際連合憲章は、戦争を「違法化」し、例外として自衛権の行使を認めています。国連を重視する立場からしても、自衛権の行使は否定することができない「固有の権利」であることは、憲章51条で明確でしょう。まず、国連憲章という枠内でも、集団安全保障体制から「固有の権利」としての自衛権とその行使は排除されていないというのが、この小論の第1の結論です。

 第2の結論は、集団安全保障と自衛権の関係は、代替的でもありうるし、補完的でもありうるということです。米ソ対立、あるいは冷戦の時期には、集団安全保障体制は機能せず、そのことをもって集団安全保障と自衛権、あるいはNATOに代表される地域的集団安全保障や日米安全保障条約に代表される同盟などは集団安全保障とは相容れないという見方が今でも根強いようです。この見方は、真実の一部を反映しているのでしょうが、あまりに一面的でしょう。両者の関係は、単純な二律背反ではなく、状況によって代替的でもありうるし、補完的でもありうるというのが私の考えです。この点は、以下の「退屈な作業」で寄り道をしながら考えてゆきます。

 本来ならば、以上の分析を踏まえて、集団的自衛権に関する政府解釈を変更することが望ましいということが第3の結論ですが、ここは、今回は省きます。この点については、これまで何度も繰り返し論じてきましたが、別のアプローチを模索中で、まだ、明確なプロセスを示す状態には至っておりません。ただし、今回の検討を行っても、これまでの私の主張、あるいは「イデオロギー」を変える必要を感じておりません。

 今回、取り上げるのは、次の二冊の著作です。まず、第一は、ジョゼフ・S. ナイ・ジュニア著/田中明彦・村田晃嗣訳『国際紛争――理論と歴史〔原書第6版〕』(2007年 有斐閣)です。国際政治学、あるいは国際関係論の入門書としてあまりに有名ですが、いきなり専門用語が説明抜きで登場する専門書は、門外漢には「猫に小判」です。素人なら素人らしく、入門書でまず基本を抑えましょうというわけです。以下では、ナイ[2007]と表記いたします。

 もう「一冊」(上巻と下巻に分かれておりますので、物理的には二冊ですが)は、ヘンリー・A・キッシンジャー著/岡崎久彦監訳『外交』(日本経済新聞社 1996年)です。こちらは何度も、「時の最果て」で引用しておりますが、今回のテーマに関しても、鋭い洞察を各所で示しており、上巻・下巻ともに私の粗略な扱いのせいでボロボロになっていますが、内容の鮮度は現在でも落ちていないと思います。以下では本書をキッシンジャー[1996]と表記します。

 両者の違いを、あえて素人が図式的に描けば、ナイがソフトパワー重視であるのに対し、キッシンジャーが古典的なリアリストであるというあたりでしょう。ただし、以下の検討を通して、ハードパワーが中心となる領域では、両者の違いは氷炭相いれずというほど、大きな見解の相違がないことも実感します。イラク戦争の評価は、両者で異なりますが、今回のねらいは、イラク戦争の評価さえも無視して、あえて、両者の共通点を、あまりに「ベタな」著作から読みとってゆこうということです。長いので、「本論」は、お暇な方のみ、クリックなさってください。




 キッシンジャー[1996]では、キッシンジャーのゼミでは”historical perspective”を論じれば、「A」がもらえたという逸話を地でゆくがごとく、『外交』の本質を欧米の外交史から洞察するアプローチをとっています。ナイ[2007]はそこまで極端ではありませんが、第1章から第5章までは歴史と理論、そして「反実仮想」を用いて、読者に国際紛争、あるいはより広く国際政治を考える基本的なアプローチを、読者ともに考えるように叙述が進んでゆきます。両者の書評を行うことが目的ではありませんが、個人、そして社会を対象とする分野では理論と歴史の双方を知らなくては盲目であることを実感します。両者のアプローチは、多くの点で異なりますが、本論からずれてしまいますので、まず、ナイ[2007]の第4章「集団安全保障の挫折と第二次世界大戦」の叙述を参考にしましょう。あとでキッシンジャー[1996]の叙述も検討しますが、今日の集団安全保障の起源は、第一次世界大戦後のヴェルサイユ体制と国際連盟にあることは、少なくとも私どもの高校の教科書でも確立しておりました。まず、国際連盟とウィルソンのアプローチに関するナイの叙述を読んでみましょう。

(引用1)

 ウィルソンを夢想家だと批判するものもあったが、彼は国際安全保障を組織化することは世界政治への実際的なアプローチたりうると信じていた。彼は単なる紙の上の協定や条約では十分ではないと知っていたのである。具体的な協定とルールを実施するには、それなりの組織とルールが必要であった。だからこそ、ウィルソンは国際連盟というアイディアに、それほど重きを置いたのである。道義的な力は重要だが、それを支えるには軍事力が必要である。安全保障では集団で責任を負わなければならない。もし非侵略国家が結束すれば、力の優越は、善き者の側にある、とウィルソンは信じた。非侵略国家が侵略者に対して連合を結成することで、国際安全保障は集団責任となる。平和は不可分である(111頁)。

 この国では、ナイを「リベラル」と評する向きもありますが、ウィルソンの構想を単純に「理想主義」として決め付けないナイらしい、行き届いた分析です。軍事力の裏づけを欠いた「道義的な力」は無力であることをウィルソンは理解していました。今日、この国の一部論壇で主張されている「国連中心主義」ともいうべき発想の少なからぬ部分は、現実の紛争に際して、軍事力の行使はおろか、制裁にすら及び腰であることを考えると、ウィルソンですら、現代のこの国では「リアリスト」であったとすら、読めます。他方で、この叙述は、集団安全保障が、「侵略」という事態に対して、侵略者に対する、ある種の「同盟」を想定していることを示唆しています。この点をナイは見事に描写しています。

(引用2)

 どうすれば、国家はこのような集団安全保障の新しいシステムを構築できるのか?第1に、侵略は不法かつ無法な攻撃戦争と規定される。第2に、侵略の試みに対しては、すべての非侵略国家による連合が結成され、これを抑止する。もしすべての国々が、世界中のどこでも被害にあったどんな国でも援助すると誓約すれば、非侵略勢力の側に力の優越が生ずるからである。第3に、もし抑止が破綻し侵略が起こったら、すべての国々は侵略を行った国を罰すると同意する。この集団安全保障の原則は、諸国家が強力な連合を結成するということで侵略を抑止し、もし抑止が破綻すれば武力行使も辞さないという点で、バランス・オブ・パワーの政治とある種の近似性があった(111頁)。

 キッシンジャー[1996]では、対照的な捉え方をしておりますが、集団安全保障の原則は「バランス・オブ・パワーの政治とある種の近似性をもっていた」という表現は、集団安全保障が古典的な同盟に代表されるバランス・オブ・パワーを代替する国際秩序として構想されたとはいえ、集団安全保障体制がバランス・オブ・パワーと似た、いわば「力学」を内包していたという指摘は、鋭い部分です。それでは、集団安全保障とバランス・オブ・パワーはどのような点で異なるのか。ナイは、次のように描写しています。

(引用3)

 しかし、集団安全保障とバランス・オブ・パワーのアプローチの間には、3つの重要な相違があった。第1に、集団安全保障での焦点は、国家の能力ではなく、その攻撃的政策にあった。バランス・オブ・パワーの政治では、あまりに強力なりつつあるいかなる国に対しても同盟が形成されるのであり、この点で対照的であった。つまり、焦点は国家の能力にあったのである。第2に、事前に連合の組まれるバランス・オブ・パワー・システムとは異なり、集団安全保障システムでは、連合をあらかじめ決することはできない。というのも、どの国が侵略者かは定かではないからである。しかし、ひとたび侵略が起これば、すべての国が侵略者に対して結集する。第3に、集団安全保障は、グローバルかつ普遍的に構想されており、中立やただ乗りは認められていなかった。もしあまりに多くの国が中立を選べば、正義の同盟は弱く映り、侵略者を抑止したり罰したりする能力が失われるかもしれなかったのである(111−112頁)。

 古典的な同盟が、潜在的な敵国、あるいは「仮想敵国」を明示しないものの、特定の勢力に対して共通の利害関係をもつ複数の国の「絆」であることは自明ですが、ナイは、「教科書」とはいえ、より踏み込んだ分析を行っています。集団安全保障で問題になるのは、攻撃的な政策であるという指摘は、核心部分でしょう。古典的な同盟が、「クロー覚書」が端的に示すように、能力から「攻撃的な政策」を切り離さない、あるいは極論すれば、ある国の「平和的台頭」ですら、能力という点では勢力均衡を崩しかねない脅威として認識されます。より端的に言えば、古典的な同盟で問題となるのは、「意図」ではなく、「能力」だということになります。ナイの叙述から飛躍しますが、集団安全保障という構想は、理想的に機能すれば、勢力均衡を崩しかねない勢力の台頭を国際秩序への挑戦的な政策へと転ずることを抑止し、包摂する可能性をもっていたともいえるでしょう。そして、国際秩序の正統性は、「正義の同盟」という表現が象徴するように、圧倒的多数の「非侵略国家」による連合そのものが担保する体制です。これらは、私にはあまりに理想的に映りますが、冷戦が西側陣営の勝利に終わった今日では、(後の叙述ではナイ自身が集団安全保障に関する否定的見解を述べていますが)戦間期以上に、少なくとも、自由主義諸国の行動を考察する上で、無視できない制約となっていると思います。

 この後のナイの叙述は、初期の国際連盟や満州事変での対応の失敗、エチオピア(アビシニア)侵略など国際連盟が機能不全に陥ってゆくプロセスを描写しています。それぞれ、興味深い洞察が散りばめられていますが、この小論では、国際連盟の失敗と第二次世界大戦へ至るプロセスを検討することは目的の範囲外ですので、省略いたします。

 ここで、戦間期における集団安全保障に関するナイの考察から、私が重要だと思う点を簡潔に整理しましょう。

(1)集団安全保障は、古典的なバランス・オブ・パワー(勢力均衡)とは対照的な国際秩序を担保するシステムとして構想されたが、このシステムが機能するためには古典的なバランス・オブ・パワーと近似した「力学」を内包していた。抑止の効果、抑止が破られた際の「同盟」という点では、単純に集団安全保障を古典的な勢力均衡を代替するものと捉えるのは一面的である。

(2)古典的な同盟は、台頭する勢力の能力を重視し、「平和的台頭」と「現状打破」との区別を重視しない。他方で、集団安全保障では、能力ではなく、政策を重視し、「非侵略国家」の「正義の同盟」によって、政策を変化させうるという柔軟性があると想定されている。

(3)集団安全保障は、道義、あるいは理想主義の代表として肯定的にも、否定的にも評価されるが、その核心は、集団安全保障という枠内で「グローバルかつ普遍的」な同盟が「非侵略勢力」によって形成されることが道義的な力を与えることにあった。

 それでは、ナイは現代における集団安全保障をどのように評価しているのでしょうか。乱暴ですが、第4章から一気に第6章「介入、制度、地域・エスニック紛争」でナイは慎重な留保をつけながらも、明快な判断をしています。まず、集団安全保障が機能した例としてナイがとりあげている湾岸危機に関する叙述を引用します。

(引用4)

 1990年のイラクによるクウェート侵攻は、冷戦後最初の危機であった。ソ連と中国が拒否権を使わなかったため、国連の集団安全保障がこの40年間で初めて使われた。この集団安全保障の復活には、3つの理由があった。第1に、イラクは全く驚くほど明白な侵略を行った。1930年代のそれとあまりに似ていたので、1930年代の集団安全保障の失敗の事例が指導者の頭に蘇ったのである。第2の理由としては、もしこのような明白なケースで国連の集団安全保障が失敗するのであれば、冷戦後の秩序形成の原則としては成り立たない、という感触が広まったことがある。第3に、国連に加盟する小国の多くが国連の行動を支持したことである。多くの小国は、〔クウェートのように〕脆弱で、脱植民地化の後も論争の絶えない国境をかかえていたからである。サダム・フセインがクウェート侵攻を正当化した論理は、他の小国を脅かすものであったのである。国際連盟でハイチの代表が行った発言は先に引用したが〔120頁〕、これは言い換えれば、クウェートの二の舞にはだれもなりたくなかったのである(219頁)。

 後に、キッシンジャーの描写を見ますが、ここで注目すべき点は、ナイが「第3の理由」として挙げている、小国の生存です。「日英同盟の形成にみる偶然と必然(6)」では、クロー覚書をニコルソン『外交』(東京大学出版会 1968年)より孫引きしました。あらためて、引用しましょう。

(引用5)

(前略)エア・クロウ卿は、もしこの海上の覇権が強引に推し進められるならば、それは全世界に憤怒と猜疑の念を惹き起こすことになるだろうと論じている。したがってそれは、できるだけ他国に恩恵を与えるように、そしてできるだけ他国を挑発しないように行使されなければならない。それは「他の大多数の諸国の基本的死活的利益と一致せしめられ」なければならない。
 では、これらの基本的利益とは何であろうか。第一には独立であり、第二は貿易であった。したがって、イギリスの政策は門戸開放を維持し、同時に、「小国の独立に直接的積極的関心」を示すものでなければならない。かくして、イギリスは、自らを、「小国の独立を脅かすすべての国にたいしてはおのずからなる敵国」とみなさなければならない。この点、「勢力均衡(原文では"Balance of Power":引用者)」の理論は、イギリスにとっては独特の形態をとることとなった。つまり、それはイギリスが「いついかなるときでも、最強の一国家あるいは国家群の政治的独裁に反対」しなければならないことを意味した。この反対は、イギリスにとって「一つの自然法である」とエア・クロウ卿はのべている」(128−129頁)。


 ここでは、赤裸々なまでに、イギリスの海上覇権と勢力均衡がイギリスの国益という点から説明されています。イギリスがなぜ小国の独立に深く関与したのかという点についても、「エア・クロウ卿は、もしこの海上の覇権が強引に推し進められるならば、それは全世界に憤怒と猜疑の念を惹き起こすことになるだろうと論じている。したがってそれは、できるだけ他国に恩恵を与えるように、そしてできるだけ他国を挑発しないように行使されなければならない。それは『他の大多数の諸国の基本的死活的利益と一致せしめられ』なければならない」とイギリスの国益から明快な説明が行われています。

 集団安全保障は、特定の国あるいは国々の利害を代表するものではありません。イギリスの勢力均衡とは対照的に、同義的な側面が国際関係における利害関係者の打算を上回るものでしょう。しかし、結果として、ナイが、集団安全保障が機能したと評価する湾岸危機でさえ、結果的に勢力均衡と同様の側面があることが、叙述の意図から離れて、理解できます。国際秩序(ナイ[2007]では世界秩序という表現が用いられていますが)というのは、それが勢力均衡という「原則」にもとづこうが、集団安全保障という「原則」にもとづこうが、ある種の「力学」によって結果的に同様の機能・成果をもたらすという共通点があることを示唆していると考えます。

 他方で、現代において国連の集団安全保障が国際秩序、あるいは世界秩序の基礎となるのかという点に関して、湾岸危機での評価にもかかわらず、ナイの評価は極めて否定的です。

(引用6)

 それでは、国連の集団安全保障は新しい世界秩序の基礎になりうるのであろうか?ほとんどそうはならないというのが答えである。たとえば、国連安保理の常任理事国は、1999年のコソヴォやイラクでの戦争を承認することに同意できなかった。つまり、いくつも重要な問題がある。第1に、国連システムは、明白な侵略があった時に最もよく機能する。これを内戦に当てはめることは、はるかに困難なのである。第2に、集団安全保障は、拒否権が行使されない時にのみ機能する。したがって、もしアメリカとロシア、中国、イギリス、フランスが合意できなければ、集団安全保障は再び骨抜きになってしまうであろう。いずれにせよ、1945年に国連ができた時から、集団安全保障は安保理で拒否権を持つ5大国に適用されないよう設定されていたことを忘れてはならない。第3に、集団安全保障は、加盟国が必要な財政的・軍事的な資源を提供してはじめて機能する。したがって、巨大な軍事力を保持する国家が貢献しなければ、集団安全保障が機能するとは考えにくいのである。集団安全保障は1930年代にみじめな失敗を喫し、冷戦中は棚ざらしにされたが、ラザロ〔Lazarus. イエスが死から蘇らせた男、ヨハネ福音書11〕のように、1990年にペルシャ湾から死から蘇った。しかし、これは小さな奇跡にすぎない。第9章で見るように、集団安全保障は冷戦後の世界秩序が必要とするもののほんの一部にしかすぎないからである(221−222頁)。


 引用したナイの叙述は、やや陳腐なものから、彼が考える世界秩序(やや散漫な印象をもっておりますが)という点からも含めて、集団安全保障が国際秩序の基礎となりえない理由を多角的に捉えています。この点に関しては、キッシンジャー[1996]の叙述とは対照的な点も含んでいます。この点は後で確認しましょう。

 いずれにせよ、ナイは集団安全保障に過度の幻想を抱くことを戒めています。それでは、これまであまり明確に触れてこなかった、国連の集団安全保障と自衛権の関係をナイはどのように捉えているのでしょうか。全体の叙述を通しても、国連憲章51条に「固有の権利」として「個別又は集団的自衛権」が明記されたことで、集団安全保障が機能しなくなったかのような記述は皆無です。実に淡々と、ナイは次のように述べています。

(引用7)

 すでに検討したように、第一次世界大戦後にできた国際連盟は、諸国家が連合することで侵略国を抑止し懲罰しようとした試みであった。ウッドロー・ウィルソンや彼と同様の見方をした人々からすれば、第一次世界大戦はバランス・オブ・パワーによって偶発的に引き起こされた不必要な戦争であり、そのような戦争は、すべての国家による集団安全保障のための同盟によって防止されるはずであった。国際連盟が事後に第一次世界大戦を防ごうとして作り出された組織だとすれば、国際連合は、第二次世界大戦を防ごうとして1943年から1945年〔つまり、大戦勃発後〕に企画された組織だと言えよう。1945年にサンフランシスコに集まった49ヵ国は、国際連盟の欠陥を修正するための改善案を含む憲章に署名したのである。19世紀のバランス・オブ・パワーのシステムとは異なり、国連憲章に署名したすべての国家にとって、攻撃のために武力を使うことは、今や違法となったのである。3つの例外があった。いかなる武力行使も、自衛のためか、集団自衛のためか、あるいは集団安全保障のためでなければならなくなったのである(215頁)。

 ここでは、集団安全保障と自衛権の行使の関係は明確にはされていません。他方で、戦争の違法化の例外として集団安全保障とならんで、「自衛のため」の武力行使と「集団自衛」の武力行使が列挙されていることは興味深く感じます。国連憲章の枠内でも、自衛権の存在とその行使が認められているという自明のことだけでなく、自衛権の行使が集団安全保障の根底を覆すかのような記述ではないということです。他方で、自衛権の行使が集団安全保障体制を補完するかのような記述もありません。全体を通しても、この点に関するナイの考えを読みとることは難しく、国連平和維持活動についても、集団安全保障ではないと明確に否定していることから(216−219頁)、集団安全保障という枠組みを否定はしないけれども、それは国際秩序を担保する要素の一つではあっても、主として実現可能性という点からナイの評価は高くないということでしょう。

 ナイは、この国だけなのか、世界的にも一般的なのかは私の認識の範囲を超えますが、いわゆる「ソフトパワー」重視の研究者として知られています。他方で、ナイ[2007]は、大国間のみならず国際紛争全般の抑止と抑止が破られた後の行動という点で、視野の広い論点を提起しています。ここではナイの著作の一部をかじったにすぎませんが、ハードパワー、とりわけ大国のハードパワーに関する彼の分析は、彼の意図から乖離しているのかもしれませんが、集団安全保障が古典的な勢力均衡を否定するものではないことを示していると考えます。

 キッシンジャーは対照的に集団安全保障と古典的な勢力均衡は全く正反対の「原理」にもとづいていると主張しています。次に、キッシンジャー[1996]の叙述を検討しましょう。

(引用8)

平和の維持は、もはや伝統的な力の計算から出てくるものではなく、治安を維持する機構により支持された、世界規模のコンセンサスから出てくるものである。大体において民主主義的な諸国の世界的集合体が、「平和の保証人」(原文では縦書き引用符を用いているが、文字化けするため、使用を避けた:引用者)として行動し、古いバランス・オブ・パワーおよび同盟のシステムにとって代わるであろう(上巻 54頁)。

 ウィルソンの「力の共同体」、現代的には集団安全保障の理念と原則を端的に表現した叙述です。これから彼の叙述を追ってゆきますが、著作のはじめの方で、端的にアメリカ外交の特徴を示しています。ナイ[2007]が非常に多角的に国際紛争を論じているのと対照的に、キッシンジャーは大国間の協調と対立という古典的な立場から、アメリカの理想主義を批判的に分析し、「善意」というアメリカ外交の「ナイーブ」さを見事に摘出しています。

(引用9)

(前略)三世代もの間、批評家たちはウィルソンの分析と結論を猛烈に批判して来た。それなのに、依然としてその間中、ウィルソンの原則はアメリカ外交政策の考え方の根幹として残っていたのである。
 それでもなお、ウィルソンが力と原理を混合したことは、何十年にもわたり、アメリカの善意がその原則とその必要性とを調和させようと試みるたびに、考え方の混乱を招いているのである。集団安全保障の基本的前提は、すべての国は安全に対するあらゆる脅威を同じ見解でとらえ、なおかつ、それに対抗するのに同じ危険を冒す用意があることであった。そのようなことは、今まで実際には全く起こらなかったというだけでなく、国際連盟および国際連合の両方の歴史の中で、起こるように運命づけられてもいなかった。ただ、脅威が本当に圧倒的であり、そして本当にすべての、あるいは大部分の社会に影響を与える時のみ、そのようなコンセンサスが可能なのである。それは、二つの世界大戦の間、そして地域によっては冷戦の間において可能であった。しかし、大部分を占める実例では――そして、特に解決困難なもののほとんどすべてにおいては――世界の国々は、何が脅威か、あるいは各国がどこまで犠牲を払ってよいかについて合意を得ることが難しかった。これには一九三五年のアビシニアに対するイタリアの侵略から、一九九二年のボスニア危機まであてはまる。そして、何か具体的な目標を達成するためか、あるいは、不公正と思われるものを正すということになると、世界的コンセンサスを得るのはさらに困難なことが証明された。皮肉なことに、冷戦後の世界においては思想上または軍事上の圧倒的な脅威はなく、それ以前のどんな時代よりも、民主主義に対して口先の支持が行われているにもかかわらず、コンセンサスを得ることの困難さはただ増しただけであった(上巻 55頁)。

 この小論では、「テロ対策特別措置法」そのものの論議は控えますが、「民主主義に対して口先の支持が行われているにもかかわらず、コンセンサスを得ることの困難さはただ増しただけであった」という指摘は、この国の「憲法上の制約」という、いわば国際秩序へのただ乗りの口実を念頭においたものではないでしょうが、非常に厳しく、犀利な洞察だと思います。この国には、アメリカのように国際秩序を擁護する強靭な意図もなく、またその能力も不十分である以上、「憲法上の制約」なるものは、国際秩序への「フリーライダー」として振舞う口実としてしか映らないでしょう。それが、国連決議という「お題目」に変化したとてたいして変わりますまい。

 キッシンジャーの叙述からあまりに離れてしまいましたが、ナイの慎重な分析や留保と比較すると、あまりにクリアカットで、付け加えることが思い浮かばないのです。集団安全保障がなぜ機能しないかという点について、ナイよりもあまりにコンセプチュアルな印象はありますが、より本質的な分析をしています。核心部分を第10章「戦勝国のジレンマ」で見てみましょう。

(引用10)

 アメリカ的な言葉の用法に従えば、(NATOのように)アメリカが参加した同盟は、一般的に集団安全保障のための道具であると見なされた。しかし、これは集団安全保障という用語がもともと意味していたことではない。なぜならば、本質において、集団安全保障の概念と同盟の概念は一八〇度反対のものだからである。伝統的な同盟は特定の脅威に対するものであり、それぞれ国益を共有するかあるいは共通の安全保障上の懸念を有することによって関係づけられた特定の国家間の義務を正確に定義づけるものであった。これに対して、集団安全保障は理論上、どの国によってなされようが、またそれがどの国に向けられたものであろうが、平和に対するいかなる脅威にも対抗するためにつくられるものである。同盟はいつも特定の潜在的敵国を仮定しているのに対して、集団安全保障は国際法を一般的に守るものであり、それはちょうど国内で司法制度が刑法を支えているのと同じように、特定の犯人を想定しているわけではないのである。同盟においては、開戦理由は同盟国の国益あるいは安全に対する攻撃であった。集団安全保障の開戦理由は、世界のすべての国民が共通の利益を有しているとされる紛争の「平和的」解決の原則の侵害である。それゆえ、必要な軍事力はその都度その都度、平和維持に共通の関心を有する国家群から集めなければならないのである。
 同盟の目的は、その都度の国益の分析による場合よりも、予測がしやすく、かつ正確な義務をつくり出すことである。集団安全保障はそれと全く逆の働きをする。集団安全保障はその諸原則の適用を、ある特定の状況が生じた時の解釈に任せており、それゆえ、意図しているわけではないがその時のムード、したがって個々の国家のその時の意思に大きな比重を与えることになるのである。
 集団安全保障というものが安全のために役立つのは、次のような場合のみである。すなわち、すべての国々、あるいは少なくとも集団防衛に関係しているすべての国々が、それぞれ特定の問題について有している国益の相違にもかかわらず脅威の性格についてほぼ同じような認識を共有し、その都度その都度の善悪正邪の判断によって、武力の使用あるいは制裁の適用の準備をした場合である。これら条件が満たされた場合にのみ、世界組織は制裁を考えたり、国際問題の仲裁者として行動出来るのである。これが、戦争も終わりに近づいた一九一八年九月にウィルソンが集団安全保障の役割として考えていたことであった(上巻348−349頁)。


 まず、引用の冒頭部分では、アメリカでは集団安全保障の概念と同盟の概念が混乱していることが指摘されています。このような混乱は、この国では「高度な」混乱でしょう。20年前には日米安保体制という用語が主流で、日米同盟という表現は皆無だったと言ってよいでしょう。私が学生時代には、日米同盟にそれなりに理解があるかのような発言をする方(教官であったり、先輩であったりしますが)でも、「国連による集団安全保障が理想だけれども」という枕詞があって、やむなく安保条約で保険をかけているのだという説明が大半でした。同盟という言葉を使うこと自体が「タブー」であった時代が長かったこの国では、このような、ある種の「誤用」は冷戦下では少なかったように思います。しかし、ポスト冷戦の時代では、NATOと日米同盟が対比されるときに、NATOが地域的集団安全保障であるのに対し、日米同盟が二国間の同盟であることが強調され、なかには意図的に読者を混乱に導くような論説も目立ちました。(引用2)で示したナイの集団安全保障の捉え方と、(引用10)で示したキッシンジャーのそれは同工異曲の側面があります。ナイは(引用1)で示したように、ウィルソンを「夢想家」として批判する傾向に釘を刺した上で、集団安全保障の本質を示しています。

 また、そこで示されているのは、集団安全保障が機能するためには、古典的な同盟が「非侵略勢力」によって結成されなければならないという前提も示されています。出版の順序から行けば、キッシンジャー[1996]が先ですが、キッシンジャーはさらに進んで集団安全保障が機能するための条件をナイよりも明確に提示しています。また、「集団安全保障はその諸原則の適用を、ある特定の状況が生じた時の解釈に任せており、それゆえ、意図しているわけではないがその時のムード、したがって個々の国家のその時の意思に大きな比重を与えることになるのである」という指摘は、とりわけ民主主義国家においてはその時々の世論によって安全保障政策が大きくブレてしまい、予測不可能な事態を招くリスクを的確に指摘していると思います。まさに、第2次世界大戦とそこに至るプロセスではでは、欧米諸国とこの国が後悔してもしきれない経験をしたのでした。やや感情が先走っているので、キッシンジャーの冷徹な叙述に戻りましょう。

(引用11)

 最終的には、集団安全保障はその主要な前提――すなわちすべての国家がある侵略行為に抵抗するという同一の関心を有し、それに反対するため一致団結して危険を冒す用意がある――のもつ弱点に足をとられてしまうのである。経験は、そうした前提が誤りであることを示している。主要国をまき込んだいかなる侵略行為も、いまだ集団安全保障の原則が適用されることによって阻止されたということはない。それは世界共同体がある行為を侵略として認定することを拒否したか、あるいは適当な制裁についての合意が出来なかったからであった。そして制裁が適用された場合も、それは最小限の共通基準を反映したものにすぎず、あまり効果的でないことが多く、善をなすことよりも害をなすことが多かった(上巻 350−351頁)。

 この叙述の後に、ナイの叙述と異なる点もありますが、満州事変とアビシニア侵略が取り上げられています。解釈を加える必要を感じないぐらい、的確な指摘だと思います。戦間期の国際連盟の「失敗」は、現代では生じることはないでしょう。ここではこれらの事例については割愛いたします。ナイの叙述のうち、(引用1)から(引用3)はキッシンジャーほど犀利に集団安全保障が機能しない理由を明確に述べておらず、引用部分に続く記述では、はるかに多くの留保を行っています。他方で、キッシンジャーの叙述は明快すぎるほどであり、集団安全保障という理念を信じる人には満足を与えるが、利害で動く国家にはどの国も安全ではないという状態を生み出したことが、叙述の中から浮かび上がってきます。

 ただし、この小論の目的は、ナイとキッシンジャーのアプローチの違いを説明せよというような問いに答えることが目的ではありません。キッシンジャーの叙述では、集団安全保障と同盟は正反対の概念です。ここで注意しなければならないのは、キッシンジャーの叙述の目的は、アメリカにおける概念の混乱を整理するとともに、戦間期のように同盟を集団安全保障で代替することの危険を指摘することだという点です。ナイは(引用6)で示したように、現代でも集団安全保障は「世界秩序」の基礎たりえないと断言しています。彼がその理由としてあげていることはキッシンジャーが指摘した同盟と集団安全保障の根本的な相違ではなく、より現実政治における集団安全保障の機能不全です。他方で、ナイは、キッシンジャーにはない指摘もしています。それは、(引用2)で述べられている、集団安全保障が同盟よりもはるかに広い範囲とはいえ、侵略勢力に対する非侵略勢力の「同盟」という指摘です。もちろん、(引用3)でナイは、キッシンジャーほど断定はしていませんが、このような「同盟」が機能しない可能性を間接的に示唆しています。

 やや回り道をしましたが、集団安全保障が機能する前提はあまりに厳しく、キッシンジャーにしたがえば、侵略行為に対して利害に濃淡のある多様な主権国家が同盟のように侵略勢力に対して「侵略勢力」として認定し、制裁や軍事的措置をとる合意を事後的に形成するのは事実上、不可能に近いということです。

 他方、集団安全保障が機能したとナイが見なしている湾岸戦争では、19世紀のバランス・オブ・パワー(実態はイギリスの覇権)と似たような機能と結果を果たしています。紛争の抑止、そして抑止が破られた後の対応という点では、集団安全保障と同盟は、同盟の性格にもよりますが、似たような機能を果たす面があります。同時に、ナイも認めるように、集団安全保障は国際秩序の基礎たりえない。あえて飛躍すれば、集団安全保障は、同盟を代替するものではないということでしょう。

 ナイが湾岸戦争を集団安全保障が例外的に機能した事例としてとり上げているのと対照的にキッシンジャーは、より冷徹な評価をしています。簡単に見ておきましょう。

(引用12)

 (前略)国連は外交官達に便利な会合の場所を提供し、またアイデアの交換のための有益な場となっているが、戦争の防止と侵略行為に対する集団的抵抗という集団安全保障の基本的な前提を満たすことには失敗したのであった。
 このことは、冷戦後の国連についても言えることであった。一九九一年の湾岸戦争では、国連は確かにアメリカの行動を承認したが、イラクの侵略に対する抵抗は、集団安全保障の原則の適用によって組織されたわけではなかった。国際的なコンセンサスが出来る以前に、アメリカは一方的に大規模な遠征軍を派遣したのである。他の国々は、実際はアメリカが計画したことに参加することによってのみ、アメリカの行動に影響をおよぼすことが出来たのである。拒否権を使われる危険も避けようがなかった。しかし、ソ連邦と中国の国内の激変は、国連安全保障理事会の常任理事国である両国に、アメリカの善意を支持しようと考える動機を与えた。湾岸戦争では、集団安全保障はアメリカのリーダーシップにとって代わるためではなく、それを正当化するために発動されたのである(上巻 351−352頁)。


 キッシンジャーも湾岸戦争において集団安全保障が「発動」されたことを否定しておりませんが、評価を見れば明らかなように、アメリカの「リーダーシップ」を代替するのではなく、補完したにすぎないという評価です。露悪的にすら感じる叙述ですが、集団安全保障は、その発案者たちが考えたように同盟などによる勢力均衡や超大国の覇権などの、いわば「旧秩序」を代替するものではなく、理想的に機能したとしても、「旧秩序」の弊害を抑制し補完するのがやっとであるということでしょう。

 以上、キッシンジャーの視点から集団安全保障の脆弱さと性格を見てきましたが、彼の指摘は、ありきたりな「国連中心主義」(最悪の場合、「国連幻想」)批判とは一線を画しています。上巻で、イギリスがアメリカの恒常的なコミットメントを引き出す、いわば便法としてもちだした国際連盟の基本的な発想が、アメリカ外交の根底にあるという指摘をしています。

(引用13)

 韓国に対する攻撃は、共産主義が独立国家を征服するために政府の転覆工作以上のことを行ったこと、そして今後は武力による侵略および戦争を行うであろうことを、疑問の余地がないまでに明らかにした。共産主義は国連の安全保障理事会が国際平和と安全保障を維持するために出した諸命令に挑戦しているのである。


 トルーマンは韓国への介入を弁護するために説得力のある地政学的議論を行うことが出来たにもかかわらず、アメリカ国民の前ではアメリカの価値観に根ざした議論を行い、アメリカの国益の観点からでなく普遍的な原則の擁護の観点から介入を説明した「国際関係が武力の支配に戻ってしまうことは将来に影響を及ぼす結果となってしまうであろう。アメリカは法の支配を支持し続ける」。二つの世界大戦の時期から一九六五年のベトナム介入のエスカレーション、そして一九九一年の湾岸戦争に至るまで、軍事力を使用する際に、国益ではなく原則を、力ではなく法をアメリカは守っているのだということが、自国の正当性を確保する原理を構成する、ほとんど神聖ともいえる教義なのであった(下巻 46−47頁)。
 
 アメリカの理想主義は、しばしば「建前」であり、「いちじくの葉」と誤解されることが少なくないようです。事実、アメリカが理想主義、キッシンジャーの表現を借りれば「自国の国益ではなく原則を、力ではなく法をアメリカは守っているのだ」という表現と裏腹に、アメリカの実際の行動は自国の国益と合致することも少なくありません。忘れてはならないのは、キッシンジャーの叙述は、アメリカの外交・安全保障政策を理想主義という点から正当化することではなく、理想主義的な「神聖ともいえる教義」が、他国から見ても理解しがたいだけでなく、時には自国の国益を逸脱して深刻な亀裂を自国の社会内部で生じさせてしまうという点に力点があることです。キッシンジャーは、彼がアメリカ外交の力の源でもあり、同時に欠陥でもあるアメリカのウィルソン主義の克服を願っているのでしょう。他方で、イラク戦争で「現実主義と理想主義の奇妙なハイブリッド」(彼ら特有のレトリックを除けば、発想自体はアメリカ外交の異端というのは的外れな印象があります)と形容された、いわゆる「ネオコン」が影響力をもったかのように見えたことは、アメリカの理想主義的な傾向が克服される可能性は、現時点では低いのでしょう。海外からはそれがいかに「偽善的」と映ろうとも、アメリカはお構いなく、行動するでしょう。

 集団安全保障と同盟は二律背反なのか、あるいは代替的なのか、補完的なのかという自ら設定した問題に明確な「解答」はありません。また、ナイ[2007]やキッシンジャー[1996]はすぐれた著作であるとはいえ、この二つの著作から結論を得ようとするのは、やはり危険でしょう。ただし、両者の著作から次のような共通点や相違点を見出すことは出来るでしょう。

(1)同盟が特定の脅威に対し、利害を共通する勢力があらかじめ行動を取り決めるのに対し、集団安全保障は参加国すべてが侵略勢力に対し、事後的に「非侵略勢力」が結集し、懲罰を加える。手段安全保障は、参加国すべての利害が共通していることを保障しておらず、侵略勢力に対する「連合」が常に形成されるとは限らないという点で実効性に乏しいが、抑止と抑止の破綻後の行動に関しては同盟と共通する点もある。

(2)同盟の場合、同盟を締結した国どうしの義務が明確になり、状況、あるいは民主主義国ではその時々の世論に流されず、締結国の行動を透明にする効果がある。他方、この小論では触れなかったが、同盟によってバランス・オブ・パワーを基礎とした国際関係が硬直する場合もあり、悲劇的な事例としては第一次世界大戦が、ある程度の安定性をもって秩序を形成した例として20世紀後半のいわゆる「冷戦体制」が挙げられる。対照的に、集団安全保障は、事前に参加国の行動を拘束しないという点で同盟よりもはるかに幅広い国々を巻き込んで秩序を形成する可能性があるが、現実には、利害を異にする諸国が侵略行為に対し、団結できる保障はない。明確な利害の共通がなく、事後的な「連合」が、とりわけ民主主義国のそのときどきの世論を無視できない以上、結成される可能性が低いからである。

(3)ただし、集団安全保障には同盟以上に自らの安全を独力で確保することが困難であり、なおかつ大国(小国への侵略を抑止し、侵略が顕在化したときに排除するだけの実力をもった国)との同盟を結ぶことができない小国にはある程度の魅力がある。集団安全保障が同盟などによるバランス・オブ・パワーにとって代わるというのは夢想的ではあるが、大国との同盟を結ぶことができない勢力にとっては、確実ではないけれども、自国の安全を確実にするための一助とはなるだろう。

 集団安全保障に関する議論が長くなってしまいましたが、自衛権に関しては(引用7)のナイの素っ気ない叙述に示されているように、国際連合憲章という戦争の違法化を徹底した枠の中でも、集団安全保障とならぶ、例外として認められています。集団的自衛権の行使に関する政府解釈の変更を求める方の主張には集団安全保障と自衛権が補完関係にあることを指摘が含まれていることが少なくありません。この小論では、集団安全保障が自衛権を代替するものではないことを確認しただけです。両者の関係は、代替的なのか補完的なのか、原理原則から明確に峻別することは困難でしょう。

 タイトルでは「集団安全保障と自衛権」となっていますが、この小論では集団安全保障と同盟の関係に多くを割いています。自衛権は多くの場合、同盟における義務の履行と結びついていることが大だというのが理由です。なお、国連の集団安全保障以外の活動でも、自衛権の行使が必要となる局面が生じます。国際紛争全体に視野を広げれば、むしろ、今後、問題になってくるのはこちらかもしれません。この点も、今後、検討すべき課題ですが、この国の生存の根幹に関わるという点で、集団安全保障と同盟の関係について、「寝言」を書きました。

 以上の考察から、「テロとの戦い」に関する示唆を述べるのはためらいがあります。あえて申すなら、「憲法上の制約」(集団的自衛権に制約を課すだけでなく、海外での「武力行使」を禁ずる)を「国連決議」にすりかえたところで、事態が改善するわけではなく、現在、「テロとの戦い」で先進国のみならず小国も自国の国益から参加していることを鑑みれば、日本が活動を継続する、あるいは形を変えて活動を行うにせよ、「国連決議」が必要であるというのは、国内事情から国連を利用しようとする最悪の利己的な行為としか、他国には映らないでしょう。仮に、そのような行為が容認されたとしても、より高いリスクとコストを負わなくては、多くの国がこの国に国際秩序を擁護する意思があるのかどうか、猜疑の眼で見るだけでしょう。遺憾ながら、国内政治で行われている議論は、集団安全保障と自衛権の関係を整理するまでもなく、あまりに利己的でリスクを負わずに自国の安全のみを追求する、戦後の悪しき流れがさらに悪化しているように私には映ります。この小論は、そのような「永田町の政治」が終わった後の話を展望したものです。残念ながら、今日の状況では、私の考えは、「永田町」の現状からすると、あまりに「理想主義的」であると思わざるをえません。希望は捨てませんが、現状では多くを期待しない方が精神衛生にはよろしいのでしょう。お約束どおりの脱力系の「寝言」になってしまいました。
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