2007年10月26日

客観と私心

 不精な私は日記など書かないのですが、ブログなるものを書いていると、自分が書いたものが積み重なってきて、「まあ、この程度ですね」と自分で自分をからかいたくなる気分があります。以下は、他人が読むことを前提にした体裁にしておりますが、自分の内面に関する「寝言」です。読者の方々に私の内面を知っていただきたいというより、読者という他者を設定することで自分自身を見てゆきたいという利己的極まりないことですので、読者の方に読んでいただきたいという欲はないので、ご容赦ください。


 記憶というのは、不思議なものです。記憶というのは、「私」なるものの始原でしょうか。私が最も幼いときの記憶は、建設中の団地でした。両親によると、転居する予定の建設中の団地で、1歳を過ぎた頃ではないかと。そんなことが記憶に残っているとは変な話だなあと首を傾げていました。私の記憶ではクレーンが動いており、鉄筋が剥き出しになっていた建設中の状態でした。建物を見晴らすことができる丘のようなところから見ているところまで現在でも頭の中で記憶が蘇ります。不思議なことに、この風景には色がない。すべてがモノトーンで、それでいて風景そのものは妙に生々しく、不思議なものです。

 ふと振り返ると、変な子どもでして、以前、こんなことを書きましたが、25歳あたりから、自分の中に自分という名の他人がいるらしいということに気がつきました。自分でも精神に異常をきたしていたのではないかと思うほど、青白い森に迷い込み、出口がいつになったら見つかるのかという幻覚を見ました。正確に言えば、幻覚ではなく、目を閉じると、そのような光景が広がっていました。さらに奇妙なことに、団地の記憶とは異なった、外部からの刺激による記憶ではないのにもかかわらず、まるで生まれる前からあったような奇妙な感覚の「記憶」でした。あるとき、森の中に古い椅子があり、近づくと不思議な声がしました。「その椅子は、お前が座るところだ。しかし、既に別の者が座ることになっている。その者に嫉妬してはならない」という声が外からではなく、内から響きました。

 ある日の惜別以来、すべてを忘れて仕事にすべてを捧げていました。女性から別れを告げられたり立ち去られたことは幾度となることはありましたが、自分から別れを告げるのはおそらく最初で最後の経験でしょう。それは同時に自分との別れでもありました。価値観の根底において同一のなにかがあることを感じていましたが、それを捨てなければ、さらに深いところには行けない感覚がありました。それまで私が最も大切にしていた私自身を殺すような感覚でした。それ以来、幻覚が幾度となく襲ってきました。

 幻覚をすべて覚えているわけではありませんが、最後に扉が閉まり、世界から追い出されました。そして、なにも変わりませんでした。それまでの内面の「動力」が変わったこと以外は。しかし、そのときには変化の意味がわかりませんでした。「寝言」を書いている動機の根底には、その変化の意味を知るということがあるのかもしれません。世の中のことをあれこれと書いているうちに、客観というものが、私という主観の外にある他物ではなく、私心そのものであることにようやく気づき始めてきたというのが、率直な実感です。「寝言@時の最果て」を自分で読み返すことはあまりないのですが、書きながら、ある日、訣別した自分から何が変わったのかが少しずつわかってきました。以前は、客観は私の外にあり、外からひたむきに迫ってゆく対象でした。客観というのは自分の外にある私とは別のものでした。国際情勢でも戦争でも日常のちょっとしたことでも同じです。「寝言」を書きながら、少しずつ、客観的にことがらを描写することは、即ち、自分自身を描写することにならないことに気がつきました。正確には、それが私の宿命であろうと。客観を求めてやまない欲望は、実は自分自身を求めていることなのだろうと。そして、客観という名の私心と、私心という名の客観は一致することなく、そして一致することを求めてやまないことに気がつきます。

 さらにいえば、両者を区別することにいかほどの意味があるのだろうと。客観と私心とわけたところで、その区別が確かなものであるという保証などどこにもありません。なにがしかの「事実」を描写しようとしたところで、それが私心と切り離された「客観」であるという保証はありません。以前、私は物事を透明にするために私心を捨てるよう、努めてきました。「寝言」を書いていて思うのは、それ自体が作為的な私心にすぎず、客観は私心の外にあり私の意思を越えているという意味で確実であると同時に、内にある不確かなものである。同時に、客観は私心の外にある私の意思を越えていると言う意味で曖昧な不確かなものであると同時に、内にあるがゆえに確実なものである。そのような支離滅裂な感覚を抱いております。
posted by Hache at 04:10| Comment(2) | TrackBack(0) | 気分しだいの寝言
この記事へのコメント
タイトルを見て「・・・罠か?」と思い、「こんなこと」のリンクを見てそれを確信しましたが、利己的に罠に嵌められてみましょう。

このような、おそらく他人には理解されづらい感覚も、これだけ言葉を尽くされるとなんとなーく解って来るような気になります。よく言えば、「やっぱり言葉そのものが哲学なんだなあ」という感想ですが、悪く言えば(ひとつ間違えば)「長文にした言葉遊びじゃねえか」ということにもなりかねない、そんな危うさを秘めておられるのではないかと。
まあ、そういうところが私にとってはたいへん魅力的でございまして、支離滅裂なるがゆえの「時の最果て」に迷い込むことを躊躇わせないのです。
しかし、僭越ながらひとつだけ難癖をつけさせていただきますと、客観と私心が永遠に交わらないことを「私の宿命」とまで表現されるのは、ちと大袈裟なんじゃあございませんでしょうか(笑)。ひょっとしたら、それは誰にでも共通の普遍的なものかもしれませんし、あるいは「時の最果て」ならではの現象かもしれませんが、いずれにしても「生まれながらにしての運命」なんて・・・。

以上、私も「この程度」でございますので、コメントも「寝言」ということで。
Posted by ・・・みたいな。 at 2007年10月26日 18:36
>…みたいな。様

コメントを賜り、恐縮しております。前回も、迷ったのですが、非公開にしようか、公開しても、コメント欄はなしにしようかと思っておりました。

そういう状態でしたので、本文の方も、書いているうちに何が喉につかえているのかがわからなくなり、訳のわからない文章にコメントをいただくというのは、心苦しい限りです。考えるということ自体を自分自身で描写したらどうなるのだろうという執拗な「我執」があり、この「我執」はどうにもならないなあという諦めみたいなものでしょうか。

蛇足ですが、分権的社会についてあれこれ書いてきましたが、どうもすっきりしない。この記事を書き終えてから、そんなどうでもよいことばかり考えておりましたが、ふと思ったのは、一番、簡単な、誰か一人の思い通りにはならない社会だという話をついつい忘れてしまうということでしょうか。このあたりの呼吸は難しく、すべてを思い通りにしようと欲すればニヒリズムに陥るしかなく、思い通りにゆかないことを的確すぎるぐらいに理解してしまうと極端なペシミズムに案ずるよりほかない。そういう「現実」と誰しも、付き合い方は人の数だけあるとはいえ、お付き合いしながら死んでゆくわけですが、当たり前すぎて普通の方が書くのを躊躇うであろうことをあえて書いてしまおうというのが「時の最果て」のスタンスなのかもしれないとも思ったりします。
Posted by Hache at 2007年10月27日 23:22
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