2013年02月23日

気もち悪い人

 引越しの作業が本格的に始まりました。まずは、URの営業所で正式に契約を結びました。内覧を済ませていないので、「本当によろしいんですか?」と何度も確認されました。和室タイプの部屋を見たので、これが洋風になるんだったら、なおのこといいだろうと。適当に契約を結ぶタイプとみられたのか、最初は不安そうな対応をされました。まあ、普通の感覚ならそうでしょうねえ。手続きは思ったより時間がかかって、1時間を超えました。本当は、昨日済ませる予定でしたが、今日にしておいてよかったというところです。昨日は大切な集まりがありましたので、もし、契約を結びに行っていたら、大変でした。木曜日のことも書きたいのですが、正体がばれてしまうので、残念ながらカットです。

 家に帰って食事を済ませて、風呂(床が本当に汚いので嫌になります)、段ボールを見ながら、本の詰め込みぐらいは始めようかと。とりあえず、2階から4階に移った際に使った業者のダンボールで中身が残っているものを捨てて、今回の業者の箱に積み替えです。本を入れるには大きすぎるので、本当は私自身で用意できる段ボールを使いたいのですが、SサイズとMサイズ、それぞれ40箱にすべての荷物(家電製品を除く)という約束なので、仕方ないですね。経験ではこのサイズでは本を入れるには大きすぎると思いました。

 前の業者の段ボール箱をひっくり返していたら、高校の同窓会名簿が出てきました。さらに、修学旅行の文集が出てきて、ほおと。何を書いたのか、全く忘れてしまったのですが、自分の文章を読んで赤面しました。他の人が普通のことを書いているのに、いかにも背伸びをした、にきび面で賢しら顔の高校生という感じで、これは間違いなく、モテないですな。今となっては手遅れそのものですが、当時は、「○○君は字が下手ではなくて小さく書くから読みにくいだけだよ」とか、フォローしていてくれていた人の文章を読むと、実に素直で、ダメもとで告っておけばよかったと、しみじみ後悔します。実は、修学旅行に行ったのが2年生の世界史クラスで、3年生も同じクラスだったのですが、いつも私を立ててくれるので不思議だったのですが、「お前に気があると聞いた」と悪友が囁いてくれて、信用しない私がバカでした。中学校の同窓会に出ていて感じるのですが、表面的な観察かもしれないのですが、三つ子の魂百までだなあと。高校生ともなると、基礎となる性格は、もちろん、その後の体験によっては歪むこともあるかもしれないのですが、ほぼ変わらないだろうと。この年になると、昔のように、理想が高いとか、選り好みをしているとかすら言われなくなるのですが、本音は小心で、万が一、断られた時のダメージがでかいので、悶々と気持ちが消えるのを待っていることが少なくないです。まあ、性格的には浮気など、とてもとても恐ろしくてできないので、一生、一人でもよいのですが。

 それにしても、この性格が百歳まで続くと思うと、結婚どころか、友だちもできないのではと不安になります。さすがに恥ずかしいので、本文はここまでとさせて頂きます。しばらく、段ボール箱に眠るので、ガムテープで密閉する前に、嫌な自画像でも見て、根本の性格は気もち悪いままで治らないとしても、せめて人から避けられないように、社交性を身につけなくてはと、今更ながら感じます。あとは、尊厳死に関する麻生財務相の発言は共感しますね。だらだら延命されるぐらいなら、さっさと終了する権利ぐらい欲しいなと。

 URの契約書に物価など経済情勢の変化によって家賃が変化することがありますとあったので、取引主任者に「インフレとかを想定した話ですか?」と尋ねると、そうですとのこと。安倍政権で現実味を帯びてきましたねと笑顔だったので、思わず、笑い飛ばしてしまいました。安倍政権の経済政策は、「痛いの、痛いの、飛んでけ」というレベルですよと。あんなのが効いたらどうするかというと、世も末かと思うわけでもなく、外したと反省するわけでもなく、経済ってよくわからないねという感じになるだけでしょうかね。


 1987年の修学旅行文集からです。いきなり、和歌を引用しているのですが、どう見てもタイトルが「奈良」なので、完全に滑っていますね。強いて言えば、タイトルがシンプルなのと、一文が短いこと自体は悪くないかなと。内容はゲロ以下の(以下略)。日本の伝統も理解していないのが丸出しで、このあたりはさすがに今の年齢では厳しいなと。若いというのは怖いもの知らずだと実感します。

奈良


    ささなみの志賀の辛崎 幸くあれど 大宮人の 舟待ちかねつ

 奈良で印象に残っているのは薬師寺である。「凍れる音楽」と称される、古色蒼然とした東塔。数年前に建てられたばかりの金色に輝く西塔。どちらも単独でなら美しい。だが、二つ並べてしまうと、なんとも不調和である。友達は、西塔は悪趣味だと言っていたが、そうでもないと思う。東塔と並べてしまったのが良くなかった。生きのいい西塔を、体の弱った清楚な東塔と並べてしまうと、日本人ならどうしても東塔に同情してしまう。西塔にとっては不幸な話だ。東塔だって、千数百年前には、たぶん現在の西塔とほぼ同じ姿だったのだろうから。
 薬師寺は日本の建築、文化の宿命の象徴とも言える。現在の薬師寺は明治維新と仏教伝来という二つの出来事の産物だろうと思う。仏教は日本に来たものの、座るところがなかった。習慣としては残ったが、遂に伝統にはならなかった。明治維新はもっとひどい。あらゆる思想が雑然と存在するようになってしまった。もはや収拾しがたい事態にになってしまったのである。それは「木の文化」ともいえる日本文化の宿命だったように思う。
 パルテノン神殿はこれと全く対照的だ。美がこれほど裸形になっているのも珍しい。我々の文化がこのような骨格をもった西洋文化に圧倒されてしまったのは当然といえばそうかも知れぬ。薬師寺が石造りだったら、確かに壮麗に違いない。
 だが、西洋の文明もとうとう自己崩壊の兆候が顕われてきた。パルテノンが揺れているのである。日本人もそれに無関係ではありえない。薬師寺を出た後、足元がふらつくような妙な感じをもちながら馬子の墓に行った。露出した石に触れる。その石が非常に冷たいのに驚いた。途端に私の脚が落ち着くような気がした。


 中途半端な知識と知見めいたものをひけらかす、吐き気のする文章ですな。これを許容できる範囲に改造するのは無理ではないかと思うのですが、「○ね」と言われない程度にお化粧をしなくては。年を重ねるというのは悪いことばかりではなくて、基本的な性格は気もち悪いなという自覚ができる余裕ができます。だからといって、何の御利益もないのですが。ちょっとは世間様に遠慮をするようになります。

 しかし、高齢者のマナーは最悪ですね。歩きタバコだけで、今日は10人ほどみかけました。唖然としたのは、よほどお腹が空いているのか、電車の中でパンを食べている高齢者が真向かいに座って、となりも高齢者でなんだか活気がないだけではなく、うんざりするなあと。年金カットをいきなりというのは無理でしょうから、敬老の日と敬老パスの廃止ぐらいはやったらいいんじゃないかと。あと、体罰は将来のある若者ではなく、70過ぎても、公共交通機関でご飯を食べる非常識な高齢者にやってほしいですね。高齢者に対して躾が必要な時代に入ったなあとなんともやるせない気分になりました。 
posted by Hache at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 不幸せな寝言
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.sakura.ne.jp/tb/62811510
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック