2008年01月21日

「カネ」から見る日本の政党の「衰退」

 政治的リーダーについて考えるはずでしたが、議会制民主主義で政党政治の下では政党がその担い手を養成する最も重要な機関であるというあまりに当たり前の結論に私自身が脱力してしまいました。書き始めた頃は深く掘り下げるはずでしたが、準備と分析が甘い私ではこのあたりが妥当なところでしょうか。ただ、戦前の政党政治の衰退は、政党間の党争から説明されている場合が多い印象がありますが、そんなものはほとんどの民主政につきもので、政治的リーダーが「独断」にせよ、「調整」にせよ、リーダーシップを発揮できるかどうかが肝心だと思います。

もちろん、コンセンサス形成に失敗すれば、政治が機能麻痺に陥り、重大な決定ができなかったり、逆に致命的な決定をする危険もあるのでしょう。戦前の場合、「暴支膺懲」という世論を抑えることができず、一歩一歩、英米の覇権に挑戦するという軍部の動きを抑制することができませんでした。それが、党争に明け暮れた政党の衰退として見ること自体は間違ってはいないのでしょうが、問題は党争のプロセスで強力な政治的指導者を生み出すことができなかった政党の「活力」だと思います。現在の国内政治に悲観的な見方をする方が圧倒的に多く、私自身も同様ですが、問題は今後、与野党問わず、強力な政治的リーダーシップを発揮する人物を継続して排出できるかどうかだと思います。民主政は強力なリーダーシップによって補完されなければ持続することができないというのは、古代のアテネから現代のアメリカまで大雑把でも「散策」すれば自明ではあります。肝要な点はこの国の場合、戦前から戦後まで政党が政治的リーダーを養成するメカニズムを欠いていたのではないかという「寝言」です。

 今回は、そのようなリーダーを育成する政党を財政、あるいはより素朴に「カネ」の面からざっと見てみましょう。ただし、いわゆる「政治とカネ」で問題となる政治資金規正法がらみの話は無視して、政党の「活力」を政党の収支から簡単に考えて見ましょうというわけです。下記の表は、総務省の「報道資料」(平成19年9月)の平成19年9月14日付の「平成18年分政治資金収支報告の概要」、「平成18年分政党交付金使途等報告の概要」から作成しました。なお、政党交付金は一般には「政党助成金」と呼ばれています。また、総務省の資料では政党交付金の合計は317億22百万円となっておりますが、下記の表では各政党の政党交付金を単純に合計しているので、百万円ほど多くなっています。平成18年は国政選挙をはじめ、大型の選挙がなかった年であることも付記しておきます。


平成18年の政党の収支と政党交付金

				(単位:百万円 %)
  収 入 支 出 政党交付金 交付金の比率
日本共産党 28,197 27,132  0 0.0%
自由民主党 26,161 20,229 16,847 64.4%
公明党 14,439 13,981 2,859 19.8%
民主党 12,502 7,359 10,479 83.8%
社会民主党 1,955 1,443 1,006 51.5%
国民新党 439 391 267 60.8%
新党日本 176 127 160 90.9%
自由連合 131 131 105 80.2%
計 31,723

(出所)総務省「平成18年分政治資金収支報告の概要」(2007年)
    総務省「平成18年分政党交付金使途等報告の概要」(2007年)

 この表を作成して驚きましたが、共産党を除くと、民主党は8割以上、自民党でさえ収入の3分の2近くを税に依存していることになります。「平成18年分政治資金収支報告の概要」によると、政党別のデータがないのが残念ですが、同年の「寄附収入」が約220億円、「政治資金パーティーの対価に係る収入」が約127億円となっており、合計でかろうじて政党交付金の合計を上回っているのが現状です。ちなみに、「事業収入」は約475億円と最大の項目ですが、共産党の収入が大きく利いている可能性があるので排除しました。なお、政党交付金は支出額から算出しているので、収入との比較は適切ではない可能性があります。また、各政党の収入に政党交付金がどのように繰り入れられているかも不明ですので、あくまで粗いデータであることにご注意ください。

 簡単な分析ですが、民主党が収入の約8割強を政党交付金に依存していることは、同党が現状では支持者を中心とする自発的な献金によって政治活動を行うことができない状態であることを示していると思います。いくら政治活動にカネがかかるとはいえ、それに見あう収入を自ら獲得できないという状態では、政治的リーダーを輩出するのは困難なように見えます。もちろん、カネを多く集めることがリーダーシップのすべてではありませんが、有権者に対して魅力的な提案を行い、活動に見あう収入を確保する能力がないという点では、リーダーシップの発揮を期待するのは困難だと思います。この状態が改善されなければ、政権を担ったことがないという点を割り引いても、将来的に政治的リーダーを育成することを期待することは無理があると思います。

 民主党以上に深刻だと感じるのは、自民党の収入の3分の2近くが政党交付金に相当するという結果です。現下の自民党は、私などが言うまでもなく、「結党以来の危機」なのでしょうが、政党の財政という点から見ると、政権与党ですら、有権者から活動にふさわしい資金を集めることができないという惨状を示していると思います。本来なら時系列でこの比率を調べたいのですが、自民党の収入の約6割程度は政党交付金に依存しているという状態は、この数年で変化がないようです。政党交付金が導入されたときの論点の一つは、有権者が政党への寄附を行うことが少ないということだったと記憶しておりますが、政党交付金が定着することは政党に自発的に寄附その他の形で有権者から活動に必要な資金を供給するよう説得するインセンティブを殺いでいるのではないかという危惧を抱きます。

 日本人のボランティア精神、あるいは公への奉仕という精神が弱いという指摘はある程度まで正しいのでしょう。しかしながら、この国の憲法で明確に定められた唯一といってもよい「エリート」である国会議員・地方議員が活動に必要な資金すら自前で確保できないという現状は、単に日本人の意識が低いという問題ではなく、それをリードする側の力のひ弱さを感じさせます。現状では、政治的リーダーを育成する機関として政党しかないのにもかかわらず、期待ができないのは、収支の面から見ても、「マネジメント」とリーダーシップの発揮をまったくといってよいほど感じないからです。

 アメリカ大統領選挙は「金権選挙」といってもよいほど、莫大な金額が支出されます。その善悪是非はおいて、この国の政党が政治的リーダーの養成機関となる主要な前提は、政治活動に必要な資金の大半を自ら賄うことだと思います。政党助成金が憲法違反かどうかとか廃止すしべきかどうかというのは、いかれた「外道」にはとるに足らない問題だと映ります。問題は、法律にいくら公共心や公の精神を書き込んだところで、その精神を喚起するはずの「エリート」の集まりである政党自身がまるで貢献できていないという現状だと考えます。
posted by Hache at 07:56| Comment(2) | TrackBack(0) | まじめな?寝言
この記事へのコメント
"議会制民主主義で政党政治の下では政党がその担い手を養成する最も重要な機関"であるならば、政治活動に必要な資金の大半を税金で賄っていいんじゃないでしょうか?

公共事業の政治家の口利きで約1%(10%だったかも?)が献金という形でバックされるというのを何かの本で読んだ覚えがあります。また特定の企業・団体から大口の献金をされれば見返りとして(国民大多数の利益ではなく)一部少数の利益に国政が流れます。

自分は政党交付金を(ついでに議員の給料も)倍にして透明化し、そのかわり献金を廃止したほうがいいと思います。
Posted by asa at 2008年01月21日 22:12
>asa様

今回の「寝言」で問題としたのは、政党(共産党を除く)が支出に見合う収入を自ら獲得することができていないという事実です。ですから、この「寝言」では、「政治とカネ」のあるべき姿を考えているのではなく、日本を代表する政党が自らの活動に必要な資金の大部分を政党交付金に依存していますよねという事実が事実として確実かどうかという点が第一の問題です。

次に問題になるのが、それは有権者の政治参加の弱さとして解釈されることが多いけれども、裏を返していえば、政党が政治への積極的な参画を促すような努力をしていますかということです。露骨に言えば、今回のデータは政党が政治的リーダーシップを発揮しているという裏づけにはほど遠く、期待されている役割を果たしていないのではないかという問題意識にすぎないのです。ですから、政党交付金を廃止すべきという主張も、維持すべきだという主張とも関係なく、「政治とカネ」であまり議論されない点を(私の印象にすぎませんが)、粗っぽいですが、点描しただけです。
Posted by Hache at 2008年01月21日 23:09
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