2007年08月22日

東海地方の「旅」

 浜松も広くなったものだなあと感心してしまいました。長野県との県境まであと数kmというところまで友人に車で連れて行ってもらいました。思いっきり遅刻してしまったため、不興を買いましたが、おかげで夕方の涼しい時間を満喫しました。おそろしいことに、その数日後にフェーン現象もあって40度を超すという殺人的な事態になったようですが。もう少し早い時刻に到着していれば、川遊びもできたのにとちょっと残念でした。旧市内も暑いのは暑いのですが、カラッとしていて過ごしやすく、隠居する年まで生き延びちゃったら、浜松か静岡がベストかなと思ったりします。

 飲めば愚痴が多くなるのは、みんな年を食ったなあと思います。ある信用金庫に勤務している同窓生が「最近の新入社員はわからん」と言っていて、内容としては残業を嫌がるとか。こういう風景は、地方都市でも同じなんだなあと思いました。「この後来るのが、いよいよ本格派の『ゆとり世代』ですよ」と意地悪をすると、ぐはっとなっていました。考えたくもないでしょうね。学校はなにをしていると、幹事役の「先生」へ矛先が。

 なにをしているもなにも、教育改革の「受難者」のご様子。土曜日に授業がなくなって教えにくいし、部活動の顧問(本人は楽しんでいるご様子ですが)をしていると仕事は減らないしで、なにもいいことがない。おまけに、正確な名称は忘れましたが、安倍政権の「改革」のおかげで一年間の教育の到達目標を書けだの、くだらない作業が増える一方で現場では白けきっているようでした。保護者はといえば、学校の不祥事に関心が高く、これには先生もさすがに参っている様子。「正直、小学校はやばい人が少なくないようなんだけど、どうしてなんだろう?」と振ってくるので、酔った勢いで思わず「そういう素質を持った人が混じる確率が高いんじゃない」と答えると、向こうが真剣に考え込んでしまったので、まじめな話に「ネタレス」をしてしまって一瞬あせりました。それ以上に酔いが醒めそうになったのは、「それはいえてる」という返事でした。おいおい冗談だってばとはいえない雰囲気に。

 日の丸・君が代とか東京の問題を地方に押し付けるなという話題(昨年も書いたと思いますが、小・中・高と浜松市と静岡市で卒業しましたが、日の丸の掲揚と国歌斉唱は当たり前だったと思います。今でも変わらないようです)になってホッとする反面、なるほどと思いました。大都市圏と地方の格差といっても、大都市圏によっても差がありますし、地方と一括りにしても、浜松のような最近になって政令指定都市へなった地方部と、それどこれではないところでも差がありそうです。要は、国、あるいは中央が細かいところまで口を出して地方ごとの差異を無視してしまう(これはこれでやむをえない部分があるように思いますが)ために、「改革」するたびに疲弊してしまう。「格差」の議論がうるさいほど多いので隠れているように思いますが、国と地方の関係で明治維新以来の近代国家建設の過程では中央集権的になること自体はやむをえないと思いますが、国としての一体感が定着した段階では国と地方の関係を、あくまで行政のレベルですが、以前ほどタイトにする必要がなくなってくるのでしょう。通常の「地方分権」という場合、あるべき姿や理想像として語られることが多いように思いますが、現実には中央ですべてのルールを整備できなくなってきているという現実を反映しているだけではないかと思ったりします。まあ、酔っ払って考えたことなので、いい加減な話、じゃなかった「寝言」ですけれど。

 日は変わって、お墓参り。お盆のピークは避けたかったので(8月15日に靖国神社に行く人の気持ちがわからないのは、ひとえにゴミゴミしている時期になんでわざわざでかけるんだろうという不謹慎極まりない理由ですが。初詣なんて三が日にでかけるのは10年に一度で十分というぐらい人ごみが嫌いなので)、ちょっとだけ前倒しで粛々と手を合わせました。父上が車で迎えに来てくれたのですが、びっくりしたことに母上がいない。ありゃまあと思ったら、車に日よけがついていなくて真昼に乗るのが嫌だとか。確かに、言われてみると、駐車場の車のほとんどは日よけがついていました。実家から1時間以上かかるので、意外とこたえるのかも。どうも、もっと遅い時間にお参りをするらしい。ちゃんとお花を買ってきているので珍しく段取りがよいなあと思いましたが、お墓の前まで来て慌てて「線香を買ってくるのを忘れた」。ふだんは、いい加減なおっさんにしか見えないのですが、さすがにこういうときは神妙なもので慌てて買出しに。その間に私はお墓を清めてお花を供えるのですが、包みを開けてちとひいてしまいました。なんと値札がついていて、一束200円。祖父と祖母が悲しんでいるだろうなあとちと涙がこぼれそうに。こういうのは値段じゃない、気持ちだと言い聞かせるものの、あまりのせこさに母上に告げ口しようかと思いました。いつも、ケチだの紐が堅すぎるだの文句たらたらなんですが、ご本人も意外と堅い。

 父上がお線香を買ってきてお参りを済ませた後、他のお家のお墓に備えてある花を指さして「これは何の花?」と尋ねるとほおずきの花と答えるので、そんなことわかってますがなと思いつつ、うちのお供えにはなかったよねとじわじわと責めて、最後に「あれ、一束200円で計400円でしょ。お母さんに言ったら、どんな顔をするかな」といじめると、動揺しながら目線でそれは許してくれと訴えているので、武士の情けというところでしょうか。ありがたいことに名古屋駅まで送ってくれるというので、電車賃が浮きました。

 ちょっと驚いたのは、名古屋駅の近辺にトヨタの本社ビルが建設中でいろいろ説明してもらいました。父上はJRのビルよりちょっと高くて妙なところでプライドが高いとか細かいところにこだわりがあるようですが、個人的にはトヨタもそのうち三河の会社じゃなくなるのかなとこちらも「寝言」。事業内容は既に三河だけの会社ではないのですが、登記上の本社も名古屋に移るんでしょうか。1990年頃までは名古屋の「財界」ではトヨタは三河の会社として下に見る傾向があったように記憶しますが、本社機能が名古屋に移るというのは時代を感じます。これで東京に本社が移るとなると、トヨタも終わりかな、株も売り払おうかなという感じ。

 元々、東京で生まれた会社は別として、首都圏以外で大きくなった会社が東京に本社を移すと、強みがなくなる印象があります。例外も多いでしょうし、東京が日本で経済的にも活力がある都市であることは間違いがないのですが、うまく表現できませんが、地方で生まれた会社が東京に出ると、地方よりも様々な交流でえるものも大きいのでしょうが、その会社がもっている強みがなくなってしまう印象があります。他方で、東京に本社を移す頃には既に旬を過ぎているだけかも知れず、ああでもない、こうでもないという「寝言」をつぶやきながら、自宅に戻ったのでありました。

 以上、旬の過ぎたお盆のお話でした。
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2006年08月19日

遠州浜松の旅 ウォーキング編(2)

 自分でも意地という感じ。デブの「ぐったりウォーキング」後編です。



 犀ヶ崖は、ふと気がつくと、昔住んでいたところから歩いて10分程度のところです。ここから再び南へ下って第9ポイントの普済寺にゆくのですが、登りで257線沿いを歩いたので、今度は旧軽便線跡(奥山線)を下ることになります。ここで私は二つのミスをしました。第1に昼食をとらなかったこと。犀ヶ崖に到着したのが午後1時前後で出発したのが約20分後なのですが、この時点ではまだ元気いっぱいでした。朝食をたっぷりゆっくり頂いたこともあって空腹感はなかったのですが、ここで休憩を入れておくべきでした。第2に水分補給です。500mlのペットボトルを2本準備していたのですが、ここでもう一本、追加しておくべきでした。土曜日から一日あたり3時間ぐらいしか寝ていない日が続いていたので、肉体的な疲労に加えて判断力が完全に鈍っておりました。



 旧軽便線跡を歩きながら、ふと気がつくと、子供の頃に散々歩いた覚えが。自転車だったのかもしれません。木陰のおかげで上り以上に快適に散歩道を進んでゆきます。10分未満で約1.2??を歩いたのはいいのですが、勢いづいてゆきすぎてしまいました。国道257号線にでなくてはならないのですが、もたもたしているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまいます。分岐点の目印のラーメン屋を見つけたのはいいのですが、日差しが強烈で、喉がからからになっていました。お茶を飲もうとすると、体温より水温が上昇していて気もち悪い。Husaiji2浜松の夏は、気温がそれほど高くなく(最高でも31℃程度でしょうか)、湿度も低いのでカラッとしています。ここにぬかりがありました。だから、大丈夫というのが甘かった。日陰がほとんどない道を歩くと、すぐに喉が乾いてしまいます。地図上では300m程度のところですが、道に迷っていると普済寺までが長く感じました。 良くも悪くも、曹洞宗のお寺にありがちな、お墓がメインの場所でとりあえず写真をとりましたが、縁なき衆生は度し難し。そそくさと第10ポイントの西来院へ。



 西来院の説明は、「家康の正室、築山御前の廟所のある禅刹です」とあってわかりやすいといえば、わかりやすいです。参道を歩いているうちに、足の裏、とくに踵の辺りがひどく痛んでいるのに気がつきました。デブのウォーキングには欠かせないウェーブ入りの靴を履いていたのですが、それでも足の裏が痛い。不躾ながら、本道に入る前に参道で靴を脱いで軽くマッサージ。Tukiyamagozen 白い本堂(?)もきれいなのですが、お墓の中にある築山御前の月窟廟がお目当てです。廟所を訪れたところで築山御前が殺された「真相」がわかるわけではないのですが。いろいろ考えるところはありますが、平凡な家庭に生まれたことを感謝しつつ、拝礼して参りました。



 宗源院が第11ポイントなのですが、ここに到着した時点で既に2時を回っていました。Sougenin6時からごく内輪の飲み会があるし、このまま完走するかどうか、迷ってばかりで中をゆっくり見ている余裕がありませんでした。はてさてどうしたものか。蜆塚幼稚園の前を横切りながら、第12ポイントである浜松市立博物館に行ってみてから考えることに。このコースでは2番目に長い約1.5??ですが、疲労もあって20分近くかかりました。途中に海の星高校という学校があるのですが、私が住んでいた頃は確か女子高だったはず。建物を改装中でびっくりするぐらい、きれいな校舎が建っていたので思わず目にとまりました。好みは人それぞれですが(完全に腰が引けています)、私はどうも女子校という存在が好きになれないです(男子校は…。ノーコメント)。進学校でも名門でもどうもねえ。まあ、男女共学・公立ばかりですごしてきたので、偏見が入っているのは否定しませんが。



 浜松市立博物館については8月18日の記事で書きましたので、繰り返しません。Tachiarainoikeお約束の場所なので、これ以上、書くべきことがありません。実際には、ここで1時間近く展示を見ておりましたが。 後は太刀洗の池に到着してゴール(午後3時40分頃)。 医療センターでバスに乗り、駅まで楽な帰りでした。気が抜けたのか、ここで悲劇が待っていました。



 JR浜松駅の駅ビル「メイワン」の地下一階に成城石井が入っていてぶらぶらしていたら、うなぎ弁当が目に入りました。浜松で鰻丼とか鰻重とかお約束のものは食べないつもりでした。しかるに、おいしそうなうなぎ弁当を見ていたら、空腹もあって思わず…。お値段は安い方で980円。あ??あ、苦労して歩いたのに、また太るよ、これ。味の良し悪しは空腹でしたので、確信はありませんが、おいしかったです。



 「家康の散歩道」は、私にうなぎ弁当への誘惑を勝てない現実を悟らせてくれたのでした。



…。



 あんた、家康の評価はどうなったのって?そんな面倒なことは歴史家にでも任せて(神君でも、狸親父でもどうでもいいっす)、同窓生と弱い巨人をけなし、ドラゴンズ優勝を期待する方が楽しいじゃありませんか。8月15日を直前に控えて教育熱心な学校の先生になった同窓生が、A級戦犯だの、「東條英機の言葉」だの持ち出しても、誰も聞いちゃいねえ。巨人相手にさえ、負けなかったらいいというコンセンサスの前に靖国参拝の是非など吹き飛んでしまいます。阪神のとろさも言いたい放題だわね。3連戦の初戦を3??2で落として後はぐだぐだだろうと同窓生の一人が言っておりましたが、ここまでとは…。それにしても、球場で試合を見ないときは、テレビで対巨人戦を写しながら、実況中継は東海ラジオの犬飼アナ+権藤博(解説)で聞くというのが、由緒正しき30代の東海地方におけるドラゴンズファンの楽しみ方です(たぶん、過去形ですけどね)。かんべえ師匠、是非、上海馬券王先生にお伝えください。あと、落合の監督就任時のコメント(2003年10月12日)をもちだして優勝時に突っ込んだこと(2004年10月3日)は、心から反省していることも(賠償はお許しを)。



(追記)下線部を追加し、「証拠」となる上海馬券王先生のコメントをリンクいたしました。上海馬券王先生の潔い懺悔と往生際の悪さをお楽しみいただければ幸いです。さすがかんべえ師匠の盟友としか申し上げようがございません(2006年8月20日)。



 こんなくだらない日記を読んでいただいた読者の方に久々にお約束を捧げます。



ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。



おやすみなさい。

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2006年08月17日

遠州浜松の旅 ウォーキング編(1)

   まずは、くだらない小噺から。もう、5年近く前でしょうか。言葉遣い以外は、ほとんど実話です。



お役人:地方財政には頭を痛めておる。特に大阪はのお。
:それがしに妙案がござる。
お役人:ほお、申してみよ。
:おそれながら、大阪が最も栄えたのは徳川の時代でござる。当時、大坂は天領でござった。さすれば、まず大阪は自治を返上し、お代官を派遣してもらうのでござる。さらに、債務は国と一体化する代わりに税率をお代官の匙加減におまかせするのでござる。最初は、民も苦しむかもれぬが、行政能力のあるお代官ならば、大阪もいずれ繁栄しましょうぞ。
お役人:あのね、あんた。悪いけど、真面目なことを考えてくれる?



…失礼いたしました。最近、江戸時代の再検討を考えておりまして、幕府を開いた徳川家康の評価を考えております。そのつかみと申しましてはなんでありますが、JR東海「さわやかウォーキング」常設コースなるものの一つ、「浜松の歴史散策『家康の散歩道』を歩く」を「完走」いたしました(われながら強引な展開)。JR東海のHPで入手したPDFファイルには「浜松駅から距離/約8.5?? 所要時間約3時間」とあり、「楽勝じゃん」。これが、わが歩数計で夏場最高の記録を残す「死への旅」となるとは…。午前11時半頃出発。ゴール到達が3時40分頃。昼飯抜きで炎天下で約2万3千歩、約16??を歩く羽目になるとは…。冬に3万歩以上、歩いたこともありますが、今回は…。ぐだぐだはこれぐらいにして、デブの「ぐったりウォーキング」スタート。



 本文が長くかつ画像も入って重いので、続きにしておきました。クリックする際は、接続環境などにご注意ください。

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2006年08月16日

遠州浜松の旅 ドライブ編

 8月13日から15日まで浜松に参りました。結果的に苛酷な日程になたので、ヘロヘロでしが、本当に楽しい時間がすごせました。ちなみに、トラックバック・コメント設定は通常通りに戻しております。浜松の人は、「暑い、暑い」とこぼすのですが、カラッとした暑さで、遠州人の気質を現しているような心地よさ。中学の同窓生にはお世話になりました。K君、ありがとうございました。今回は、初日の遠州浜松ドライブ日記です。



 浜松駅前でおちあったって、「どこへ行きたい?」と聞かれて「三方原古戦場」、「銭取」、「小豆餅」と答えたら、友だちの目が点になっていました。明らかにお困りの様子。「これはまずい」と思ってお任せということに。とりあえず、母校を愛してやまないK君は中学校へ。Img_0027 よくみると、校門がしまっていてSOKが警備しているので、びっくり。変な人と間違われないように大人しく写真をとりました。私たちが在籍していた頃は、1学年10クラスを超えるマンモス校でしたが、いまでは4クラスか5クラスまで激減しているとのこと。往時は、スポーツでも進学でも市内の公立中学校では有力な学校でした。人数が多すぎて「図書廊下」なんていうとんでもない状態でしたが。Img_0025_1バレーボールの全国大会で優勝した記念碑が校門のそばに刻 んでありましたので、「チェックだ、チェック!」



 さて、母校から三方原古戦場に向かうのですが、K君も困惑した様子で、私もそれらしい地図を準備したおかなかったので、とりあえず、小豆餅方面へ。家康が武田信玄に散々に打ち破られて命からがらにげてゆくときに、ある茶屋で小豆餅を所望して食べている最中に追っ手が来て、家康は再び、慌てて敗走しました。ところが、代金を受け取っていない老婆が「食い逃げは許さぬ」とばかり、家康を追いかけ、銭を払わせたのが「銭取」という地名の由来だそうです。小学校ぐらいのときの社会(郷土史?)で覚えている話を裏をとらずに書いておりますので、記憶違いがあるかもしれません。子供のときは、「将来の征夷大将軍がp」と思いましたが、なかなかよくできた話です(まあ、事実かどうかは怪しいですが)。三方原方面に向かう途中で銭取のバス停を私が目ざとく見つけ、「止めて、止めて」と強引に車を止めてもらい、撮影しました。Zenitori2



 コンビニに寄って道路地図などを見ましたが、古戦場は見つからず、あとはK君にお任せ。都田から滝沢方面に向かって快適にドライブ。緑が大好きな私には最高のドライブでした。都田のあたりできれいに区画整備された企業団地、道路などが出現し、異質な風景でした。静岡市が第2次産業の就業者数の割合が30%強であるのにたいし、浜松市は40%。旧市街では製造業の街というイメージはありませんが、郊外にでると、なるほどです。豊田市の50%を超える状態にはおよびませんが、企業城下町というわけではないのに、産業集積が進んでいるのは、またの機会に考えてみたいものです。



 滝沢の展望台に到着すると、浜松の市街が眺望できてすがすがしい気分になりました。Takizawa1 写真ではわかりにくいのですが、駅方面にカメラを向けると、浜松のランドマークとなったアクトシティが遠くに見えます。K君の話では、滝沢の展望台は浜松のスポットの一つとのことで、夜景が美しいそうです。残念ながら、昼間の写真になりましたが、緑が大好きな私には昼間の方がありがたかったです。このような風景は、地方都市ならばある程度はどこにでもあるのかもしれませんが、市街地と工業地、人の手があまり入っていない森林という組み合わせは、なかなか、えがたい光景でした。Takizawa3 和歌山の九度山で似たような風景を見ましたが、さすがに市街地は少なく、工業地はほとんどありません。浜松の景色は私みたいな田舎者かつそこそこ都市的な街が好きな者には最高でした。



 帰りは浜名湖湖畔をドライブ。車中から撮影したので画像がぶれていて恐縮ですが、相変わらずの風景にホッとします。山に近いところで撮影したのでヨットとかがすくないのが残念です。Hamanako パルパルの観覧車「スカイフラワー」が今でも動いていたのは、ちょっとびっくりしました。写真の景色自体は風光明媚というほどではありませんが、市街から森林、そして湖畔というのはなかなか贅沢です。思わず、窓を開けて浜名湖周辺の空気を取り入れました。Hamanako1



 急ぎ足のドライブだったので、もう一箇所、行こうかとなったので北高を見たいというと、「こいつ、バカじゃない」という感じで苦笑されました。彼からすると、母校で散々見ているので、どうでもいいのでしょうけど、転勤で行きたい学校に行けなかった(落ちたわけではありませんよ)ので、ふっと気になります。Kitakou1 転勤のおかげで、受験するご縁すらなかったのが残念ですが、個人的には思い入れがあります。現実に進学した静岡の高校は、歴史が異常に古くて、大学進学当時に進学先の大学で百周年のお祝いをしておりましたが、高校は在学時に106周年を祝っていてたいした大学ではないなあと思いました。話がそれましたが、高校でも警備会社が入っているのはちょっとびっくり。Kitakou2 それにしても、私が浜松にいた頃と比べると、校舎が新しくなっていてちょっと残念でした。新しい校舎はきれいなのですが、古いものが姿を消してゆくのは少しだけ寂しさがあります。



 というわけで、1日目は快適かつ平穏なドライブ旅行を4時間以上、堪能いたしました。K君、本当にありがとう(恋がかなうといいね)。これが、まさか翌日の「惨劇」の序幕とは…。鈍い私は、帰ってから翌日の計画を練り、それが無謀であることに気がつかないまま、幸せな眠りについたのでした。「好事、魔多し」。そんな言葉を実感する地獄の旅が翌日に待っておりました。



Act_tower2  おまけ画像は、アクトタワーです(JR浜松駅南口方面から撮影)。地上45階、高さ212.77mの高層ビルで私は中に入りませんでしたが、JR浜松駅前は変化が激しく、大手百貨店が撤退する一方で地上を歩いて楽しむ雰囲気は残っています。それにしても、昨年、訪れたとはいえ、市町村合併といい、浦島太郎状態でした。



(追記)下線部を修正いたしました(2006年8月17日)。

posted by Hache at 03:05| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行・地域