2008年03月02日

嘔吐

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:久しぶりに来たような気がするぞ。それにしても相変わらずだな。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:ずいぶん間があいたが、あのデブは大丈夫か?
ハッシュ:ほお?
ボッシュ:胃が悪いようじゃが。
ハッシュ:とりあえず、生存を確認しようか。大丈夫じゃ、生きておる。
ボッシュ:……おぬし、薄情じゃな。胃を壊したようじゃが。
ハッシュ:どれどれ、面倒だが記憶をたどるか。……見るんじゃなかったな。
ボッシュ:なにごとじゃ?
ハッシュ:おぬしに念を送るぞ。
ボッシュ:こ、これは……。
ハッシュ:ご覧の通りだ。
ボッシュ:ワシも吐いたことはあるが、これは珍しいな。具がまるでない。
ハッシュ:あのデブの頭の中みたいなものじゃ。
ボッシュ:……さりげなくむごいことを言っておる。まあ、とりあえず養生することじゃな。
ハッシュ:なに、放っておけば治る。
ボッシュ:いよいよもって薄情じゃ。いろいろ話したいことがあったが、あんなものを見ると、気力がなくなってしまった。早いが、そろそろお暇じゃな。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。

 一応でも心配していただけるとありがたいのですが、どうやら胃酸過多の強烈な症状だったようで。土曜日にお腹が空いてどうしようもなくなって、鰹のたたきから始まってデザートは最高の贅沢の一つであるヨーグルトに生の果物(イチゴやキウイなど)を混ぜたものなど食べたいものばかり食べたら、胃痛まで治まっちゃいました。邪道そのものですが、いろいろ心労もあって食べていなかったら、胃が過剰に反応しちゃったようです。

 それにしても、『三國志[』のおかげで君主の辛さをしみじみ感じました。身分が「一般」の間は「無視」されても、なんか嫌な奴で済むのですが、君主ともなると一つ間違えると軍団の崩壊にもつながりかねず、口を利きたくないのとも会話をしなくてはなりません。ゲームでさえ、トップは辛いなあという感じです。ましてリアルでは務まりそうにないです。

 軍師はといえば、君主よりも気が楽ですが、判断を間違えると、これまた、致命的だったりすると怖いものがあります。ちょっとだけ「第一次北伐」シナリオで姜維でプレイしてみましたが、これはさすがに。またたくまに漢中の周囲が切りとられて、あるとき武都の魏軍の兵糧が信じられないことにゼロになっていて、機敏に攻撃を進言して孔明も「名案だ」と同意するので、攻め込んだところ、今度は漢中に輸送も応援もない状態で一年後に魏にとられて武都で孤立してしまいました(孔明の戦略とはいえ、北伐には疑問を感じるのですが。孔明といえども、自分が健在なうちにという焦りがあったのか)。トップもサブも面倒なので一生、ただの人で終わることを願っております。

へっ、願う必要がない?

……これは失礼をば。

 それにしても、この国のような風土では戦略という発想は育ちにくいのかしれないと感じております。端的にいえば、戦略というのは「理(ことわり」の世界であってそこに情の入る余地などないのですが、「理」の世界というのは虚構であって、それに耐えうる人格を意識的に育てないとダメなのでしょう。うまく表現できませんが、例外的に傑出した人物が登場することはあるものの、日常で虚構の世界になじむこと自体を拒否する傾向が強く、また、虚構にすぎないことを自覚している方も少なく、この国だけではないのでしょうが、難しいことを実感します。これまた難しいのですが、虚構にも適切か否かがあるのですが、自分の虚構が適切だったということを強く主張したい方には無理だろうなと。適切であったか否かは他者に委ねるほかなく、そのような心得すらない方が戦略を論じるのは、傍観者的には寒気を覚えます。一傍観者としてはそんな感覚をもっていおります。基本的にペシミストなのかもしれませんが、外れてほしいことを考えるのが趣味だったりします。

 一例を挙げれば、「この国が間違えるとしたら」ということを胃が痛い状態のときに考えておりましたが、端的に書いてしまえば、アメリカの影響力が世界的に低下したとこの国の人たちが感じるようになったときではないかと。こちらでは台湾が中国に飲み込まれるリスクについて、こちらではNATOの亀裂が指摘されていて、次期米大統領の手腕にもよるのでしょうが、金融危機を無視しても、この10年ぐらい、この国が間違える戦略的環境が出現する可能性が否定できない程度にありそうです。私みたいなザルの脳で考えれば、戦前の最大の失敗は英米世界と距離があっても生き残れるという判断であり、それが「頓死」の確率を高めたと見えるわけで、人は同じ間違いを繰り返すものです。そこに慨嘆も皮肉も入る余地はありません。

 強いて戦後特有の問題を挙げれば、『孫子』の冒頭部分が読めなくなったことでしょうか。「孫子曰く、兵とは国家の大事なり、死生の地、存亡の道、察せざるべからざるなり」。敗戦で反省するのは個人の自由でしょうが、「兵」について考えなくなるという習慣までついてしまったようです。『孫子』が最も肝要な点として第一に挙げているのが、「道」、すなわち「道とは、民をして上と意を同じうし、これと死すべくこれと生くべくして、危わざらしめむなり」という統治の根幹です。民主主義には救いようのないムダも多いと思いますが、国家の根幹が座っていれば、尋常ではない強靭さももっていると思います。残念ながら、根幹を据える試みは、その試みのあり方にも不適切な部分が少なくなかったことも問題がありますが、挫折して終わっています。根幹が座っていない国家がなぜ生き残ってきたのかといえば、寛大で強大な「保護国」の存在のおかげでしょう。

 「保護国」の力が相対的に低下するのも危険ですが、それを侮ることは「保護」される国にとっては致命的になりかねません。こんな「現状」(率直なところ、現政権には失望していますが、野党には絶望感を覚えます)を読んでしまうと、再び嘔吐してしまいそうですが、根っこが据わっていない状態でも、侮ることがなければ、しぶとく根幹を据える試みもできるでしょう。そうでない場合、根っこが腐ったまま、滅ぶことは歴史を見ずとも自明だと感じます。

2007年12月24日

無限に広がる合理性 そして反発

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:久しぶりだが、相変わらずだなあ。それにしても、よく寝ておる。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:いつ来ても、変わらぬ景色、変わらぬセリフ。感動するぞ。
ハッシュ:……なぜ感動するんじゃ?
ボッシュ:……皮肉の通じない御仁じゃ。何度、来てもだな、おぬしが寝ていて、ワシがしゃべると、目を覚まして、「なんじゃ。また、おぬしか」で始まる。これだけ同じ状態を見てしまうと、おぬしがふだんと違うことをしゃべる方が怖いぐらいじゃ。久しぶりだがな。
ハッシュ:久しぶり?
ボッシュ:10月だったかな。それ以来のはずじゃ。
ハッシュ:よくわからぬが、間が空いていたということかね?
ボッシュ:あのデブは間が抜けておるが、こちらは間が空いたというわけじゃ。
ハッシュ:そういえば、この前は海外に行くとか言っておったではないか?
ボッシュ:もう店はワシがいなくても回るし、ワシができることといえば、ガルディアのワインの確保ぐらいじゃな。ココにとばされる前には見ておらなかったところも見てきたし、満足じゃな。今日は、クリスマス・イブとやらで店も貸切なんだが、ワシも飲まされるので、逃げてきたというところじゃ。それにしても、年をとると、酒がこたえる。ところで、あのデブはどうじゃ?
ハッシュ:まあ、相変わらずというところかな。ない頭をひねってはああでもない、こうでもないとまるで進歩がない。考えても、あのデブの頭で考えることなど「寝言」にすぎんのだから、やめてしまえばよいのにとも思うが、執念だけはあるようじゃ。
ボッシュ:たいてい無意味なだけだと思うが。それにしても、なにをそう思いつめておるんじゃ?なぜ痩せないのかとかなぜもてないとか考えてもムダだな。それはそれ、運命と思うに限る。
ハッシュ:それが言いにくいんじゃが、そういう自分のためのことを考えればよいのに、どうもそうではないから変なデブじゃ。この前も、少しだけ記憶をたどったら、経済がどうたらこうたらで頭が一杯だったな。
ボッシュ:……。あのデブはじゃな。人様のお金の心配をする前に、自分の預金通帳の残高の寂しさを心配するのが先というものじゃ。あるいは、あのデブが息をするたびに二酸化炭素を吐き出す。環境破壊そのものじゃ。それに見合うぐらいの仕事をしておれば、まあ、生き続けてもよい。
ハッシュ:これは笑ってはかわいそうだが、自分の考えが正しいということを保証するのはなんだろうと考えが進まないらしい。だいたい、あのデブが生きているということ自体、なにかの間違いだということまで考えが至らないようじゃな。
ボッシュ:……。ワシもひどいことを言っておるが、そこまでは言っておらぬぞ。
ハッシュ:今年の始まりにもあのデブに考えさせようとしたんだが、どうもダメだな。あのデブが生きておること自体が悪い冗談じゃ。あのデブがくしゃくしゃとピザを平らげている間にも、飢えで死んでゆく者がおる。時の最果てにおるワシですら、簡単に気づくことにまるで鈍感じゃ。
ボッシュ:今日は、ワシの役をおぬしがしておるような気がするな。それにしても、自分の考えが正しいかどうかを考えること自体が事実であることを保証するものなど何もあるまいに。あのデブの脳内で起きていることが事実であることを保証するものなど誰もおらぬ。
ハッシュ:……。言いにくいんじゃが、ワシは追体験とはいえ、あのデブの考えを見ることができる。もっといえば、あのデブだけではなく、おぬしの考えも含めて、ココに来たことのある客人全てのな。
ボッシュ:ということは、おぬしはワシたちの神ということか?この手の話を神抜きで進めようとすると、気が狂うか、話をごまかすか、逃げるか、居直るか、どれでもよいが、なかなかに難しい。
ハッシュ:いや、ワシが客人の考えを追体験できると思い込んでいるだけで、疑い出せばキリがない。こういう問いの答えなど人の数だけ合ってよいのだが、そうもゆかぬというところが悩ましい。
ボッシュ:ワシには訳がわからんのじゃが。人の数だけあるというのではダメかね?
ハッシュ:人の数だけあるということを保証するのは何じゃという問題があって、あまり問い詰めない方がよいのじゃが。特にあのデブはな。あのデブは「個人主義」と呼んでおるだが、実に底の浅いことしか考えておらぬ。まあ、ないなりに頭を使うこと自体は金もかからぬし、趣味としては安上がりじゃ。
ボッシュ:ワシにはようわからんのじゃが、あのデブに考えてもらうとするか。はあ、そろそろ戻って、残り物を少しだけ頂くことにしようかのお。それでは、お暇じゃ。
ハッシュ:また、おいで。

 珍しく静かな話ですな。書記係としてはもう少し短くしていただけると、助かるのですが。クリスマスというのは、一人暮らしをするようになってから特別な日ではなくなりました。年齢を考えると、プレゼントに悩んでいなくてはならないのですが。

 そんなわけで、今日はデカルトの『方法序説』とハイエクの『隷属への道』をボーっと読んでおりました。ハイエクの方は、西山千明氏による訳(春秋社 1992年)ですが、悩ましい文章があります。

 誰も、すべてを包括する価値尺度を持つことができない、つまり、入手可能な資源を競って求めようとしている、人々の無限なまでに多様なニーズを、完全に把握し、それぞれに価値づけを与えることは、どんな人間にもできない、と指摘するだけでは不十分であろう。また、今問題にしていることに関するかぎり、その個人が実現しようとしている目的が満たすのは、自分だけのニーズなのか、身近な人々のニーズなのか、あるいはもっと一般的な人々のニーズなのか、ということ――も、さして重要なことではない。
 きわめて重要なことは、どんな人間であろうが、限られた分野以上のことを調査することや、ある一定の数以上のニーズがどれだけの緊急性を持っているかを考慮することは、不可能であるという、基本的な事実である。自分の物質的な必要にしか関心のない人であれ、すべての人間の福祉に熱い関心をもっている人であれ、考慮できる目的の数は、全人類のニーズ全体に比べれば、きわめて微小な一部にすぎないのである。
 まさにこのことこそ、個人主義の全哲学がよって立つところの、基本的な事実である。個人主義哲学は、通常言われているように、「人間は利己的でありまたそうあらねばならぬ」ということを前提としているのではなく、一つの議論の余地のない事実から出発するのである。それは、人間の想像力には限界があり、自身の価値尺度に収めうるのは社会の多様なニーズ全体の一部分にすぎないということである。また、厳密に言えば、価値尺度は各個人の心の中にしか存在しないから、常に部分的なものであり、それぞれの尺度は、決して同じではありえず、しばしば衝突しあうものとなる、ということである。だからこそ個人主義者は、ある範囲内で個人は、他者のではなく自分自身の価値観や好みに従うことが許されるべきであり、その範囲内では、自身の目的体系が至高であって、いかなる他者の指図の対象ともされるべきでない、と結論するのである。個人主義者の立場の本質を形成しているものは、このように各個人こそが自分の目的に対する究極的審判者であるとする認識であり、各個人はできるかぎり自身の考えによって自身の行動を左右していくべきだという信念である(前掲書 73−74頁)。


 おごり高ぶっているように響くかもしれませんが、最初に読んだときにあまり目新しく感じませんでした。あまり深い意味はないのですが、デカルトを読みながら、あらためて自分がちゃらんぽらんな人間であることを深く自覚します。「私は考える、それ故に私は有る」(落合太郎訳、岩波文庫、46頁)という背後に広がっている世界のなんと広いこと。そして、無限を志向する合理主義と合理主義の「傲慢」への反発としてのハイエク流の個人主義が私の中で雑然と存在していることを感じます。

 この「雑居」が好ましいとは思えないのですが、少しだけ自分の時間をとることができるようになりましたので、ちょっとだけ寄り道をしてとても一生かかっても、どれほどの「世界」を見ることができるのか。私にとってはデカルトが「旧友」であり、ハイエクは、あくまで『隷属への道』程度ですが、大人になってからの「お友だち」ですが、両者の折り合いは、私にはあまりに難しく感じます。本当は私なりの「流儀」を確立したいものですが、「雑居」のまま終わるのかもしれないと「世界」の広さに呆然とした一日でした。

2007年10月28日

「生きること」と価値

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:それにしても、いつ来ても、ここまでかわらぬとは…。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:ワシもとしかのお。おぬしの言葉を聞くとホッとするようになってしまった。なんだか、ここに来ると、すべてが夢のようじゃな。
ハッシュ:まあ、生きていること自体が夢のようなものじゃ。たいていは、終わる頃になっても夢を見たままじゃな。ワシもおぬしもな。
ボッシュ:ワシの一生も、夢か寝言のようなものというわけか。
ハッシュ:そう達観することもあるまい?一瞬、一瞬を真剣に紡いでおるだけで、それ自体が価値じゃ。
ボッシュ:そうすると、生きておること自体が価値ということか?
ハッシュ:…。言いにくいが、おぬしらしくないぞ。生きておること自体が価値だということにしなければ、無価値でも実は同じじゃが、いちいち生きておることの意味を考えねばならぬ。生きる前に意味を問うなど無意味じゃ。生きながら問うたところで、生きているということ以外になにも残らぬ。なにかあったのかね?
ボッシュ:ジパングの老人や若者と話をしていると、ワシにもわからなくなることがある。老いた者も若い者もよその国と比べれば、たいそうよい生活じゃ。にもかかわらず、不平不満が絶えぬ。もちろん、うまくいっていないところを手直しするのはいつの時代であれ、どこであれ必要なことだろう。しかるに、何を不満に思っているかさえ、ワシには皆目見当が付かぬ。ワシはよそ者ゆえ、年金などには縁がない。幸いじゃが、店長がへまさえしなければ、食うに困ることがないゆえ、薄情なだけかも知れぬ。老いた者はもらえる額が少ないとこぼし、若い者はもらえるかどうか不安だらけじゃ。そして不平不満の解決策なるものを聞いていると、あれこれ理屈はこねるが、「ワシは困っている。お前にはカネがある。だから、よこせ」といっているようにしか聞こえぬ。老いた者がもらえるカネが少なければ困るのはまだわかる。働く機会も少ないし、カネをえるのが難しいからのお。若い者は論外じゃな。いずれにせよ、人様からお金をいただくのに、とても説得できる相談ではない。
ハッシュ:おぬしも、店で苦労しておるようじゃのお。
ボッシュ:店でこんな話をされたら、お断りじゃな。こういう御仁はどんな料理を出しても、どんな酒を出しても楽しむということを知らぬ。食事を楽しむというのは、生きる上で最も大切な話の一つじゃ。
ハッシュ:武器から料理へ作るものは変わっても、相変わらず命の賢者様らしいのお。
ボッシュ:ところで、おぬしは食事をするようには見えぬ。いつも、ここで居眠りをしているだけじゃ。楽しみがあるようには思えぬのじゃが?
ハッシュ:ここにいると、「とき」と対話をすることができる。もちろん、意地悪な神様がワシにそのような夢を見させているのかも知れぬ。夢であれなんであれ、楽しみが尽きることはない。
ボッシュ:ふと、思うのじゃが、ガルディアではジパングの人たちは勤勉さで有名でもあり、悪名も高かった。働くこと自体が苦しくとも楽しいと感じるのは、外から見れば奇妙ではあるが、どこかで尊敬に値する感覚があったのだ。ただ、町の集まりに出てみると、そのような人たちは思ったほど多いわけではないようじゃ。他方で、店に来る客人の話を聞いていると、ワシにはとうていできそうもないが実に忙しい様子なのに、そんな雰囲気もない。不思議な話じゃ。
ハッシュ:おぬしの観察が正しいのかは別として、あのデブに話してもらおうかのお。
ボッシュ:あのデブは極楽トンボゆえ、まともな話は期待できそうにないが、ちょっとはまじめなことを考えるのにはちょうどよい話じゃな。まあ、好きにしたらよい。ワシは、海外に用があるから、しばらくお休みじゃ。そろそろ、お暇じゃな。
ハッシュ:それは、それは。また、おいで。

 ……。上海馬券王先生をからかっていた祟りでしょうか、私の苦手な話を振られてしまいました。賢者様たちには申し訳ありませんが、身近な話でまいりましょうか。

 この数ヶ月、慌しいあまり、床屋にも行かない状態でしたが、あまりの不精さにただでさえひどい顔がいっそうひどいので、閉店間際にギリギリセーフ。床屋のお兄ちゃんが「最近は、(理髪関係の)専門学校に大学生が来るんですよ」と言うので、さもありなんという感じ。私の知り合いの営業マンなどは逆FA宣言をして「君の仕事は10億単位だからもっと若い人もつけようか?」と上司に「援軍」を送るありがたいお達しに、「役立たずを送られても、能率が落ちるだけですから、真っ平御免です」と答えたとのこと。格差がどうたらこうたらという話が絶えませんが、高等教育への進学率が52.3%と高い水準で(文部科学省「教育指標の国際比較」)、理科系のように専門性が高い分野は別として余計なことばかりできる期間が長くなり、あまり生産的ではない印象もあります。生きる前に価値を問うような人が増えれば、国もおしまい。もっとも、韓国のように90%を超えるとなると、余計なお世話でしょうが、人を育てる私的・社会的な費用が非常に重くなり、大変だろうなと思いますね。

 年金の話はわかりませんが、高齢者の方々が「第二の人生」にどのような意義を見出されてゆくのかは、私の想像のおよぶところではありませんが、生きていることそのものが価値であるという発想が難しくなっている時代なのかもしれません。両親を見ていると、とても自明のこととは言えそうにありません。そういうことにしておくというのが日本人の知恵ではあるのですが、なかなか難しい時代です。

 仕事柄、「事実」から「価値」を峻別することに注意を払わざるをえませんが、言われてみれば、実際の人間では渾然一体となっているのが自然で、両者をいちいち区別していては、生きること自体が苦痛になるのでしょう。話が飛躍しますが、分権的社会というのは人の数だけ「価値」を認めるようなもので、私自身はこのような社会のありように満足しておりますが、「思い通りにならない現実」そのものを否定したい衝動に駆られる方が無視できない程度にもいるようです。分権化が進めば進むほど、個人が全体に及ぼす力は小さくなり、「理想」でもって社会を改造しようとすることは困難になるのでしょう。もっと言えば、理想そのものが卑小になってゆく。「思い通りならない現実」というのは他者性から生まれると考えがちですが、実は、相互作用の中でしか生きてゆくことができない現代人のありようそのものだというのが、「時の最果て」のスタンスです。

2007年09月23日

リーダーの育て方(後編)

(@時の最果て)

ボッシュ:ふう。あまりに急な展開でびっくりしたわい。あんまり大したものがなかったが、ラファエル総帥の歓迎会じゃな。
ラファエル:すみません。お気遣いを頂いたようで。おや、このワインは、地中海周辺とは違いますね。
ボッシュ:時代も違うことも大きいが、最近は南米、昔の新大陸でもワインがとれるんじゃ。
ラファエル:……なるほど。びっくりですね。
ハッシュ:ところで、おぬしはあのデブとどうして知り合ったんじゃ?あのデブにあまり関わらない方がよいと思うんじゃが。
ラファエル:前も少しお話しましたが、Hacheさんは私たちの商会を七つの海で交易だけでなく、探検から海賊の取締りまで行えるようにした影の功労者なんです。あえていえば、影の総帥というところでしょうか。以前、リスボンに遊びに来てくれたので、ずいぶん話し込んでしまいましたが。
ハッシュ:……影の総帥か。あのデブにそんな才覚があるとは思えないんじゃが。
ラファエル:なんでも、パソコンという機械で私たちを導いていたようです。
ハッシュ:まさかと思うが……。ところで、おぬしが総帥ということはリーダーそのものじゃな。
ボッシュ:なるほど。ワシらでは話が行き詰まっていたゆえ、ここは手助けを頼むには絶好じゃな。
ラファエル:……はあ。
ハッシュ:あのデブがリーダーの育て方についてワシたちに語れと無理難題を押し付けたんじゃ。おぬしが来るまであれこれ話しておったんじゃが、どうも見通しが悪い。ワシたちは古代王国では「賢者」などと呼ばれておったが、実態は好きなことをやっていただけなんじゃ。ところが、あのデブが何を勘違いしたのか、ワシたちが指導者育成にも関わっていたように思い込んでおってのお。実際とは違っていて、参ったんじゃ。
ラファエル:私だって同じですよ。海の向こうがどうなっているんだろうと思って旅にでただけですから。
ボッシュ:ラファエルさんの商会は、どのぐらいの規模かね?仕事に携わっている人数や事業内容など、もう少し詳しい話を教えてもらえんかね。
ラファエル:そうですねえ。海での活動だけでゆきますと、それぞれの海域で活動している提督は7人。予備役になっている人を含めると、10人ちょっとです。私は、船乗りからは引退しましたが。メインの事業はやはり交易です。今に至るまでは他の商会や他国の軍とも戦闘を行いましたが、今ではカストール商会が全世界の海を通した交易を事実上、独占しています。海賊もほとんどがおとなしくなりましたし。交易に携わっている人数からすると、提督以下、水夫や交易所での取引の従事者などを含めると、ざっと1万人前後でしょうか。交易からえられる収益の大半は、交易に再び回しますが、最近は航海で犠牲になった水夫への慰霊や世界中から集めた文書の研究へも相当、お金を投じております。
ボッシュ:……。ワシの店とは桁違いじゃな。
ハッシュ:いよいよ、リーダーにふさわしいな。本題とはそれるが、現役時代のおぬしが、仲間をまとめる上で一番、心を砕いたことは何かね?
ラファエル:……。むずかしいお話ですね。最初は、気心の知れた仲間だけでしたから、統率というのはあまり考えませんでした。航海も、最初はほとんどが沿岸をたどって行くだけでしたから、安全でしたし。ただ、途中から仲間が増えて、他勢力と戦うようになると、統率を意識していたかもしれません。遠洋航海も増えると、水夫の不満も増えますし、仲間も疲れてきますから。
ハッシュ:そのとき、どんな心構えだったんじゃ?
ラファエル:私がいい加減なだけですが、とにかく寝てリラックスすることに専念していました。
ハッシュ:寝る?
ボッシュ:これを聞いたら、あのデブが喜ぶぞ。
ラファエル:……。私が疲れた顔をしていると、仲間は気を遣いすぎますし、水夫の士気が下がります。かといって、私は疲れているときに虚勢をはるタイプでもないので、船ですから限界もありますが、みんなに疲れた表情を見せることだけは避けようと。それに戦闘となると、斬込隊長が一騎討ちをするのですが、万が一、敗れると私の出番になりますから、体力が第一で次に気力でしょうか。当たり前ですが、疲れている状態では適切な指示も出せませんし。常に体力と気力を維持することが最優先でした。
ハッシュ:当たり前すぎる気もするが、なるほどじゃな。しかし、おぬしが優れていても、仲間がダメだとどうしようもあるまい?
ラファエル:正直に言えば、操船から交易、戦闘、他勢力を追い落とす謀略など私が最も優れているんです。でも、仲間にできるだけ任せて、口を出さないようにしました。当然、ミスもするんですが、あまり責めたりしません。ただ、失敗を挽回しようと力まれるのも困るので、適当に配置を換えたりなど、このあたりは人を見て対応を変えました。
ボッシュ:なんだか、あのデブに聞かせてやりたいのお。
ハッシュ:しかし、それだけでは話は済むまい?おぬしの言うことを聞かないものもでてくるじゃろ?
ラファエル:幸いですけれど、深刻な対立はほとんどありませんでした。ただ、意見がどうしても一致しないときには、仲間に好きにしゃべらせて、賛成も反対もせず、話を聞いて一晩、寝てからもう一度、意見を聞きました。不思議と、すっきりと相手が考えを整理してくるので、即採用。言いにくいですが、その程度の判断ができなくては、いつどこで座礁するかもわからない船に乗って生き残ることはできませんから、私も仲間を信頼していますし。それでは済まない対立は影の総帥とはありましたが、仲間どうしでは、これでなんとかなりました。
ボッシュ:あのデブとソリがあわないとはまったくもって健全じゃな。
ラファエル:……。そういうわけではないんですが。気がついたら、副官が交代して、いつの間にかに尊敬する提督と戦うはめになりまして……。
ボッシュ:あのデブらしい。陰険じゃな。まさに、陰謀じゃ。
ハッシュ:しかし、それなりの理由があるじゃろ。
ラファエル:ええ。私どもの商会の本拠地はリスボンですが、アルブケルケ軍が無視できないシェアを握っているので、戦闘をして勝ってシェアを削るか、策謀でシェアを削るしかないんです。気の進まない戦いでしたが、結果的に、本拠地を固めて地中海の西側を抑えて、遠出をするのには万全になりました。
ハッシュ:ということは、旅の航路はあのデブが決めていたのかね?
ラファエル:指示は私が出しますが、事実上、影の総帥に操られていたようなものです。序盤は、船の性能も低いですし、私をはじめ、仲間のレベルが低いせいでしょうか、ほとんどが沿岸航海で、無理のない船旅です。中盤のアフリカ航路はなかなか辛いのですが、補給にはとにかく気を遣いました。東の果てまで行ってからですね。かなり無理な航海をしたのは。一切、寄港せずに、3年間も航海を続けたこともあります。
ボッシュ:むごいのお。あのデブは自分のことじゃないと思うと、人殺しのようなことまでやりかねんからのお。
ラファエル:厳しかったですが、それまでに厳しい航海に耐えるレベルにはなっていましたから。逆に、若い時期にいくら苦労しても、中年に差し掛かる頃に苦労しないとダメだなと。副官も水兵の不満に手を焼いて何度も港に戻りましょうと進言するのですが、こういうときはすべて却下しました。この時期には戦闘を仕掛けられるリスクは少ないので、航海を続けて仲間のスキルを挙げるチャンスでしたから。幸か不幸か、スキルを試す機会がありませんでしたが。手回しがよすぎて歴史が変わっちゃったという感じですね。
ハッシュ:(ううむ、あのデブめ、やはり)ワシにはチンプンカンプンじゃが、苦労はするときにしておくものかもしれぬな。しかし、見たところ、おぬしは軍人という感じではないな。戦闘は素人だったはずじゃないかね?
ラファエル:正直なところ、最初は、刀を抜くだけで震えました。練達のゲルハルト提督が仲間になってひたすら訓練です。最初は戦闘もまったくありませんし。でも、訓練しただけではあてになりません。私の時代の船は帆船ですから、まず、風向きから強さ、海の状態、すべてが戦闘にからんできます。戦闘のスキルと体力は当然として精神力、そのときどきの精神状態、敏捷さ、有利な位置に船をもってゆく操船の技術など総合的に問われてきます。交易も楽じゃありませんが、戦闘はすべての能力が試されます。……ただ、私たちを操っていた方は欲張りなのか、ほとんどが白兵戦でしたが。
ハッシュ:はくへいせん?
ボッシュ:それはな、海戦で水夫どおしが戦闘するんじゃ。陸での戦闘もきついが、海戦で白兵戦となると、逃げ場がないから、勝ったほうも相当ダメージを受けるはずじゃ。そこで、大砲を乗っけて、敵の船を沈めようとなる。さらに、今ではミサイルというもので狙い撃ちじゃ。もちろん、まともに食らってはかなわないから、対空システムがものをいう。……ついワシがしゃべってしまったが、おぬしの時代なら、大砲があっただろうに。わざわざ、白兵戦かね?
ラファエル:戦闘に勝つだけですと、射程・砲撃力が最高のキャロネードを積んでいますから、あっという間に敵艦を沈めることができるんです。ただ、敵の旗艦を拿捕すると、賠償金みたいなものでしょうか、大量の金貨が手に入るんですね。どうも、影の総帥はそれを逃すのが惜しくて、白兵戦の連続でした。さすがのゲルハルトも「最近は年齢を感じます」と愚痴をこぼすほどでしたし。
ボッシュ:まったく、あのデブのやることときたら……。ところで、戦闘で決定的なのは、なんだろう?
ラファエル:……。難しいですね。船の性能や武器は当然として、やはり経験でしょうか。それも勝つ経験です。まず、実戦が伴わないと、訓練だけでは想定外のことがびっくりするぐらい起きます。さらに、誰でもそうでしょうが、かならず勝つという確信はもてないんです。だから、勝ちを経験しないと、すぐに弱気になってしまう。勝ったり負けたりして強くなるのが普通でしょうが、私が思うに勝った経験がないと、危ういです。とにかく、訓練で抜群でも実戦ではからっきしというのは散々見ましたから。
ボッシュ:現代ではちょっと古臭いが、そんなところじゃろうな。
ハッシュ:ところでリーダーに最も必要な資質は何かね?あるいはカストール商会じゃったかな、その総帥にふさわしい資質じゃな。
ラファエル:……。あまり考えなかったのですが、幼なじみがちらと漏らしていたのは、途中からお前が指揮していると船が沈まない気がしたということでした。私自身は、そんなつもりはなかったのですが。自分が指揮下にあったら、確かにこの人が指揮していたら、船が沈む気がしないというのは心強いです。
ハッシュ:なるほどな。あとはどうかね。
ラファエル:Hacheさんによると、信義でしょうか。商売でも信用が肝心なんですが、それと似ていてちょっと違う感じですね。
ハッシュ:信義か……。あのデブに最も不足しておるな。
ラファエル:……。
ボッシュ:おーい、おしゃべりもいいが、料理とワインを召し上がれ。シェフが話を聞いておおはりきりじゃ。しゃっべってばかりでは冷めてしまうぞ。特別な客人にしかださない、ボッシュの店の極上の品ばかりじゃ。メニューの名前を決めておらなかったが、これで決まりじゃ。「ラファエル・スペシャル」。
ラファエル:そ、それではお言葉に甘えて。
ハッシュ:変なお題を振られてまいったが、よしとするか。ワシたちはご飯を頂くゆえ、あとは適当に頼むぞ。

 えー、どうまとめろと。私も、「ラファエル・スペシャル」が食べたいのですが……。ダイエットをまずしろと、そういうわけですか。そうですか。

 本来なら、安倍総理の辞任表明を受けて何かまとめが必要なんですが、まず、違和感を感じたのは、戦後生まれの政治家への信頼が失われたという話でして、それでゆくと戦前の政治的リーダーシップの欠如は何なのよという感じ。イギリスで首相の座を降りたブレアさんが日本で総理をやったら、「世代交代」というのもびっくりしますが。辞任表明が唐突でタイミングが最悪という点で、安倍政権の「功績」はほとんど失われてしまったと思いますが、世代で政治的リーダーシップが変わりますかね。私が日教組所属の教員だったら、「指導力不足どころか欠如している総理にあれこれ言われたくはないわね、フフン」というところでしょうか。もちろん、悪い冗談ですよ。

 総裁選でどちらを応援するかというのも興味がわかなくて、失礼しちゃう話ですが、こんな状況でも手を上げる方というのは立派だなあと。これは皮肉じゃありません。間違っても、私に声をかける方はいらっしゃらないわけですが、「今日、耳、日曜日」と世代がわかるベタベタの話で終わらせてしまいそう。リーダーなんて御免真っ平という人間のリーダー論なんてあてになりません。

 某大手HPはまだしも、その他の麻生さんを応援しているサイトを見ると、福田さんが総裁、そして総理になったら日本が滅亡するかのごとき雰囲気でちょっとねえという感じ。「麻生陰謀論」を記者クラブで尋ねる記者もあれですが。まあ、外野を見ていると、それなりの国民にはそれなりの政治的指導者がふさわしいでしょうねと他人事のように見てしまいます。

 それにしても、議院内閣制というのは、意外と過酷なのかもしれません。戦前でも政権交代はあったわけで、あるコンセンサスの下でリーダーが育ってゆきました。そのコンセンサスが崩れたときに、政治的リーダーシップが機能停止したという印象があります。端的な表現をすれば、ウィルソン主義の下で同盟が解体されたとしても、英米の覇権に挑戦する側に与さなければよかったわけで、昭和史の「闇」は世論が英米の覇権に挑戦する側に回ってゆくなかで、それを抑える政治的リーダーシップが政軍問わず、発揮できなかったのはなぜかということでしょうか。

 つくづく思うのは、この国の官僚は優秀すぎるのではと。どうしようもない野党を宥めるために国連決議をださせてしまうというのは、並々ならぬ仕事ですが、どうでますやら。国連という枠組みは、今日では集団安全保障という枠組みだけでは議論できない部分も大きく、この国が周回遅れもいいところの状態だったのが、宮澤内閣以降、ようやく遅れを取り戻してきた状態。「ガソリンスタンド」って何を考えているのやら。気がついたら、もう給油はいいよ、日本の協力は当てにしないからとなって、「米朝接近」の次に「米中接近」となると、もう目も当てられないですね。否応なく、経済だけでなく政治や軍事においても相互依存が深化している現代に歴代の自民党内閣は、完璧はありえないですが、地を這うようにして対応してきました。遺憾ながら、それが政党を超えたコンセンサスとはなっていないように映ります。人がいないわけではなく、官僚機構も腐敗や堕落を免れないでしょうが、仕事はできる。要は、限られたリソースを有効に使うよう説得できる方が欠けているわけでして、そのような資質です。「リーダーの育て方」というお題に答えるだけの能力はありませんが、意識的に事前に設計することに限界があるというどうにもならない部分を認めることからはじめるしかないのかもしれません。

 私信ですが、とりあえず、福田総裁は歓迎。かんべえさんのおかげで、中日のリーグ優勝フラグが立ったことを喜んでいるわけではありませんよ。フフン。続きを読む

2007年09月16日

リーダーの「育て方」(前編)

(@時の最果て)

ハッシュ:おーい。
ボッシュ:…どういうことじゃ?おぬしが起きているとは?
ハッシュ:あのデブから連絡があってな、命の賢者様にお願いがあるそうじゃ。
ボッシュ:どうせ、ジパングの首相がやめてどうたらこうたらについてじゃろ?
ハッシュ:わしにはよくわからないのだが、ジールのときのりーだーの育て方について語ってほしいそうじゃ。
ボッシュ:……。あのデブめ、ワシを釣るのが上手になったのお。ブログなるものを書き始めて、異国の年寄りをいじめることだけが上達するとは、あのデブらしい…。
ハッシュ:……。おぬしを釣る?
ボッシュ:まあ、いい。ところで、ジールのときの話をしろと言うんだったら、おぬし一人でもいいんじゃないのか?
ハッシュ:なんでも、時の賢者と命の賢者の対話でないと、ダメだということらしい。
ボッシュ:要するに、ネタがないわけだな。まあ、付き合うとするか。
ハッシュ:まず、あのデブはとんでもない勘違いをしておるようじゃ。
ボッシュ:ほお。いきなり、それは?
ハッシュ:ワシたちがジール王国の指導者だと思い込んでおるようじゃ。
ボッシュ:……。まあ、ワシたちが女王に進言できる数少ない立場にあったのは事実じゃが。
ハッシュ:困ったことに指導力があると思い込んでおるんじゃ。
ボッシュ:うーむ。ワシたちにとっては女王は、あのデブでもわかるように表現するとじゃな、パトロンみたいなものだ。ワシたちの、趣味みたいなものじゃな、研究を女王が援助し、その結果を女王に話す。頼まれない限り、あれこれ、ジールの運営にワシたちが口をだすことはまずない。あのデブにはわからないだろうが、ワシの知る限り、あのデブの時代より前はほとんどが独裁国家のようなもんじゃ。
ハッシュ:どくさい?
ボッシュ:ちと、乱暴じゃが、ジールでもよい、王様なりがいて、ある領域を支配する。王様が周囲に気の知れた人を集めて、その人たちに言うことを聞くこともあれば、聞かないこともある。どの道、決定するのは、王様じゃ。ただ、支配する領域が増え、いろいろな人がいる状態になると、王の命令に従うとは限らない。よって、みんなの話を聞いたことにする。能率は悪いが、ある程度の規模の領域になると、みなを従わせるのは難しくなるからのお。さらに、別の王様と話し合いもせねばならぬ。ジールの時代には、ジール以外の国が存在しなかったゆえ、ワシらの感覚ではわからぬことが多いんじゃが。けんかをすることもあるが、基本的にはワシの感覚では取引じゃな。力関係が格段に差がある場合は別として、お互いに取引をして、しないよりは双方がマシな状態になるというのが基本じゃ。ただ、取引自体は、独特の要素があるゆえ、王に代わってやるものがでてくる。あのデブの時代なら外交官というところじゃ。
ハッシュ:……。すまないが、ワシにはサッパリじゃ。なにか、付け加えたいのじゃが?
ボッシュ:まあ、おぬしはワシらの中でも政治向きではないタイプだからなあ。ワシとて興味がない話じゃ。
ハッシュ:せいじ?
ボッシュ:……。そこから話を始めると、なんじゃ、リーダーの育て方から話がそれてしまうのお。ジパング全体に関わることから、家族という基本単位まで含めて他人がいて、異なる考えを持っている以上、どのようにお付き合いをするかは考えておかねばならぬ。一番単純な説明は、人間というのは欲で動いているという話じゃな。お互い欲得づくで付き合うなら、取引がなんらかの形で成立する。ただ、場合によっては、どうしても利害があわないことが生ずる。おぬしなら、どうする?
ハッシュ:そうじゃな。ワシにはチンプンカンプンじゃが、とりあえず、譲れるところは譲って、ほしいものを頂くしかないのお。
ボッシュ:おぬしのような物分りのよい人物ばかりだったら、政治もいらんのじゃ。要は、人を動かすときに、利益で誘導するか、相手の感情に訴えるか、論理で説得するか、力で強制するかという選択肢が生じる。もちろん、これらを組み合わせてもよい。ワシからすると、政治というのはいかに自分の思惑とできうる限り合致するように、他人を動かす術じゃ。おおかた、あのデブのいうリーダーというのは、政治に携わる人たち、狭く言えば、今のジパングの国であったり地方自治体のことじゃろう。ワシみたいな政治とは無縁の者からすると、よき指導者とは他人を上手に動かす者であり、悪しき指導者とは他人を動かすことができない、あるいは、最悪の場合、指導者に反発することが名誉となるような状態にしてしまう者じゃな。この場合、もはや指導者の地位にいるのは難しい。
ハッシュ:しかし、他人を動かすといっても、相手も人間じゃ。自分の思ったとおりにゆかないのが普通じゃないのか?おぬしがうまいと思っても、ワシはまずいと思うかも知れぬ。あるいは、建物を建てたとして、ワシが便利になっても、おぬしの家が日陰になったりして不満かもしれぬ。みんなが全体のためになるなら、自分が損をしてもよいというほどお人よしならじゃな、まとめる人がいなくてもまとまるんじゃろうが、そうじゃないのを無理にまとめても、どの道、バラバラになるだけじゃないのかね?
ボッシュ:問題はそこじゃ。バラバラになっても、不都合がなければ、なにもまとめる必要はない。ワシらの商売でも、なにからなにまで自分でやっておる人もいる。頭が下がるばかりじゃ。しかし、ワシより料理が上手な者もいれば、勘定を上手にやる者もいる。お客さんに受ける者もいる。バラバラでやっているよりも、ワシの下でまとまった方が、結果的にじゃが、それぞれの特技が生きてきて、お客さんは喜ぶし、店も儲かるんじゃ。いわゆる分業の利益というやつじゃ。
ハッシュ:しかし、それは、おぬしの店の話だろうに。ジパングにはもっといろんな人がいるはずじゃ。たとえば、あのデブなど、おぬしの店では役に立たぬだろうに。
ボッシュ:……あのデブはお断りじゃな。あのデブにカネを払うぐらいなら、そうでなくてもやっておるが、寄付でもするところじゃ。話がそれるから元に戻すと、それと、おぬしの言うとおり、わしの店の場合なら、まだ目的が限定されておる。実際は、そう単純でもないんじゃが、お客さんが喜んでカネを払い、ワシたちが儲かるという点がぬけてしまえば、ワシの店もあのデブログ(「あのデブのブログ」が正しいようで、命の賢者様がかんでしまったようです:書記係)と変わらぬ状態になって終わりじゃ。おぬしが言いたいのは、ワシたちがジールの立場だったらという話じゃろ?
ハッシュ:まあ、そうだな。ただし、ワシたちには向いているとは思えないんじゃが。
ボッシュ:うーむ、あのデブが重い話題を振るからのお。どうしたものやら。

(@時の最果て)

ハッシュ:おや、またお客さんだ。
:客人って。あの、ここは?
ハッシュ:ここは、『時の最果て』……。 時間のまよい子が、行き着く所だ。お前さん、どっから来なすった?
:西暦1578年のリスボンからです。
ボッシュ:おい、これはいったい?
:Hacheさんはいますか?
ハッシュ:……。ハッシュならワシじゃが。
:……数日でここまで老けられてしまうとは。しかも、ずいぶんお痩せになったようで。
ハッシュ:よもや、あのデブのことかね。
ボッシュ:……。
:別人でしたか。失礼しました。私はラファエルと申します。
ハッシュ・ボッシュ:ラファエル?
ラファエル:はじめまして。私は商会の総帥をしております。
ハッシュ:ほお。ということはボッシュのことは知っておるかね。ここのご老人じゃ。
ラファエル:……すみません。初めてです。
ボッシュ:ううむ。どうして、こんなトコに着ちゃったのかな?
ラファエル:Hacheさんを泊めた部屋に不思議な青い光があって、近づいたら、吸い込まれまして、こちらへ。
ハッシュ:ちょっと、お待ち。1、2、……本当だ。増えておる。
ラファエル:ところで、お二人は、Hacheさんのことはご存知ですか?
ボッシュ:あのデブとはずいぶん違うのお。見るからに総帥という感じじゃ。しっかりしておる。
ハッシュ:商会というのは何をしておるのかね?
ラファエル:基本的には船乗りと思っていただければ。例えば日本でとれた真珠をロンドンで売りさばく。あとは、王様やギルドで依頼されて海賊を退治することもあります。もう、僕は引退しましたが。今では、探検がメインになりまして、世界地図の完成まであと一歩です。ついでといってはなんですが、世界中の文書を集めて仲間に研究してもらっております。
ハッシュ:……。想像を絶するのお。それで、あなたは、あのデブをどうして知っておるかな?
ラファエル:私どもの商会、カストール商会と申しますが、今では七つの海を自由に航行しております。このような規模になったのは、Hacheさんのおかげです。
ボッシュ:……信じられん。あのデブが坊やと一緒に船に乗って世界中を旅したということかね?
ラファエル:……。坊やはやめてください。
ボッシュ:……。これは失礼。
ラファエル:Hacheさんは僕の時代よりも400年以上の方のようですが、わが商会が世界を旅することができるようになったのは、あの方のおかげですよ。
ハッシュ:そういえば、日本と言っておったが、ジパングのことかね?
ラファエル:昔は、そのように呼んでいたようですね。
ボッシュ:なにしろ、「日の本の国」じゃからのお。
ラファエル:ま、まさか、あなたはクルシマの親分の?
ボッシュ:……。ワシはボッシュじゃ。信じてもらえないかもしれないが、あのデブの時代から約1万2千年以上前の時代から、あのデブの国にとばされたんじゃ。こちらの御仁も昔はワシとともにジールという古代文明で生活しておった。
ラファエル:……。びっくりしますが、それでは今では日本の方ですか?
ボッシュ:まあ、住んでいるところはそうじゃな。ところで、どういう展開なのか、後であのデブに説明してもらうとして、まずは、ラファエル総帥の歓迎会じゃな。
ハッシュ:まさか、あのデブめ。わざとじゃな?

 あちゃあ。私も想定していない展開で「リーダーの育て方」はどうなるんでしょ?だいたいですな、スクエアのキャラとコーエーのキャラが語り合うなんて、普通じゃないですね。時の最果てでは「時の最果て」以上になんでもありですか。そうですか。

 なんだか、この展開ではまとまりそうにないですが、「テロ特措法」に限定しても、小泉政権での「官邸主導」と安倍政権のリーダーシップは異なって当然かと。テロの衝撃の大きさは、当時と今ではあまりに受け止めが違います。リーダーシップのあり方を考えるのには好材料ですが、「官邸主導」という「器」を当時の状況から切り離して、それを使いこなせない安倍総理を批判しても、あまり生産的ではないでしょう。もう少し、論点を整理しないと、「小泉時代はよかった」としかならないでしょう。まずは、大雑把に、「内閣官房」と「自民党」+「公明党」の関係、「内閣官房」と「官僚機構」の関係ぐらいは区別しないと。もちろん、両者が一体になって「官邸主導」が成立しているわけですが、国民の大多数が自民党の「統治能力」が地に落ちたと感じた時点での小泉政権への期待値とある程度、「路線」が見えていて「統治能力」への信頼度が回復した時点での「期待値」は異なりますし、自民党内での権力基盤が弱かった小泉政権と比較的、安定していた安倍政権(このあたりも、かえって安倍政権のリーダーシップにはマイナスだったのかもしれませんが)でもリーダーシップのあり方は異なって当然だと思います。また、戦前の総理の権限が弱かったのは、大日本帝国憲法の規定が大きいわけですから、戦後憲法でこの点は改善しています。

 それにしても、「改革を後退させるな」とか「福田さんでもうダメポ」とか、気が短いと申しましょうか、こらえ性がないと申しましょうか、「日経ネットPLUS+」で拝見した「識者」の方々には本当についてゆけないなと(かんべえさんの文章が、失礼ながら、他の方よりも際立って卓見のように映ります)。松尾文夫さんのHPで「拉致敗戦」を拝読すると、「レジームチェンジ」はなかったというあたりはやはり意外性がないのですが、アメリカの交渉者の根気強さを読み落としていたことに気がつきます。向こうは5年や10年のスパンで外交政策を考えているのに、この国はその日暮。彼我「兵力」の差を感じますね。あえていえば、この国の指導者の質が低いならば、それは彼らを評価する準指導者層の質の低さの反映でもあるとすら思います。島国の強み(忘れやすい)でもあり、弱み(事後的に百年単位どころか十年単位ですら実際的な歴史の評価ができない)というありきたりな「寝言」しか浮かばない状況は、ただ萎えるばかり。

 安倍総理の辞意表明のおかげで何年かぶりに「報道ステーション」を見ましたが、麻生候補に「拉致問題で譲るわけにはゆきませんよね」とどこまで本気かわからないのですが古館さんが迫っていて、こういう「世論」が為政者の選択肢を狭めるんだよなあとも。麻生候補の答えも萎えましたが。「失言禁物」の状態だけにしょうがないのでしょうが、米朝接近で拉致問題で強硬姿勢のみをとるのは愚策ですが、言い換えれば、北朝鮮が日本との対話を欲していることもはっきりしていて、小泉訪朝直後ほどではないでしょうが、日朝の「対話」の値打ちが上がっていることも自明。本格的な国内向けの説得のためのロジックは練る必要があるのでしょうが、金正日が中露よりも日米韓との関係に信をおいているというのは、油断できない部分もあるのでしょうが、六ヶ国協議とは切り離して、拉致問題の解決に関して日朝交渉を行うには日本側にとっても、悪くない環境でしょう。ことがことだけに、日本人の情から入って理で説得するという「定石」だけでは非常に困難だとは思いますが、「戦略的広報外交」の一部は国内世論をいかに適切な方向に導いてゆくのかという点が抜けてしまうと、実現可能性は乏しいように思います。

 ラファエル総帥が登場したのでふと思いましたが、嵐のときには港へ危険を避けるというのは、嵐の中を進むとは違った勇気がいります。あえて申せば、この種のリーダーがいないことが、昭和期以降のリーダーの欠陥でしょうか。


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2007年08月26日

堕落しきった「時の最果て」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:なんだか、久しぶりじゃなあ。それにしても、あいかわらずじゃ。
ハッシュ:zzz
ボッシュ:……。いい加減に目を覚まさないか!
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:……。前にいつ来たのか忘れるぐらい間があいておるのに、おぬしのセリフがまったく変わらないのには感動するぞ。
ハッシュ:……そうかな。
ボッシュ:おまけに、あのデブはここを素通りして16世紀のポルトガルで遊んでおる。おぬしに挨拶の一つもしたのかね?
ハッシュ:ほお、そんなことがあったかな。まあ、素通りしてくれた方がありがたいんじゃ。ワシの研究を邪魔されるよりはな。
ボッシュ:……研究というのは寝ることかね?
ハッシュ:単に寝ているわけではないんじゃが、まあ、そう見えても仕方があるまい。
ボッシュ:それにしても、あのデブもサボり癖がついたようじゃな。ブログのカレンダーが虫食い状態じゃ。
ハッシュ:あのデブはあのデブなりに忙しいらしい。ブログの更新が滞るということは、本業がそれ相応に繁盛しておるということじゃろうから、そう悪いことではないんじゃないかな。
ボッシュ:……。おぬし、ずいぶん、あのデブの肩をもつなあ。まあ、しかし、仕事があるということ自体は幸せじゃ。お盆も終わったことだし、ワシも仕事に精を出すとするかのお。そろそろお暇じゃな。
ハッシュ:ふわあ。それはよいことじゃ。また、おいで。

 3ヶ月ぶりの賢者様たちの登場ですが、内容がないよう。どうフォローしましょうか。こういうときは他人の褌を借りるというのが私の得意技。雪斎先生の記事によると、保守論壇で安倍総理に対する失望が広がっているとあって、私も「保守系」かしらと思ってリンク先を見たら、がっくり。拉致と靖国というのはね。私が明後日の方向に行っていることを実感してしまいました。

 まずは、靖国参拝。露骨に申し上げますと、8月15日イベントは昨年の小泉総理の参拝で終了だと思います。昨年はずいぶん自分でもヒートアップした記事を書いたものだと思いますが、8月15日の参拝は小泉政権の公約(正直なところ、変な「公約」だと思いますが)であって安倍政権の公約ではないはずです。これで安倍総理を責めるのは筋違いというもの。例大祭に参拝するという三木政権以前に戻れば十分でしょう。

 拉致については、日朝間の問題ですから、六ヶ国協議のように多国間交渉の場になじまないのは自明です。六ヶ国協議と切り離すというよりも、まず、日本が北朝鮮と拉致に関する協議の場を設けることが肝要で、これが一朝一夕で済む話でないのも自明。そこへ米国のアシストをえるとか技術的な問題はあるのでしょうが、日朝で話し合う場を設けないことにはお話になりません。だから、六ヶ国協議で日本がアメリカに見捨てられるとか、アメリカは冷たいとか、そういう話が出てくること自体が理解できない部分があります。一部の強硬論者のおかげで、北朝鮮とパイプをもつ人の力も借りなければならないのに、それができない状態になっているようにも見えます。

 雪斎先生は安倍総理の外遊を評価されていますが、小渕元総理であれば、さらに踏み込んだ外交をしたかもしれないと思うこともあります。かんべえさんあたりは小渕さんの評価が非常に低いようですが(塩野さんは激越な感じさえしますが)、私は不良債権問題などで抜本的な改革に踏み込めなかったものの、内政・外政ともにきめ細やかな演出もあってアジア通貨危機の後、小春日和とはいえ、次の困難に立ち向かうホッとする期間を演出しました。同時に、小渕政権は国旗国歌法を制定し、いまだに一部の方たちが誤解している日の丸・君が代問題の根本的な解決は既にこの政権で決着がついています。現在の問題は、具体的な運用の問題であって、それも一部の地域に集中した問題になっています。ですから、教育三法を安倍政権の実績とするのは違和感があり、これでは特異な関心をもつ層はともかく、広く共感を集めるのは無理だろうと。

 浜松が「定点観測」の場になっていますが、保護者は自分の子どもが長期的に経済的な自立を中心に適切な教育がなされているかに関心をもっています。義務教育も含めて、保護者の立場からすれば、教育というのは子どもへの投資です。教師も、保護者とは異なる立場から生徒にそのような教育を施そうという意欲をもっているわけです。そこへ愛国心とかをもってきても、訴求する力は非常に薄いです。私みたいにぶっきらぼうな人間からすると、浜松が好きで日本が好きという子どもが大半で、よけいな教育をしなければ、普通はそうなります。話がそれますが、静岡県は日教組の組織率が90%を超えていますが、私の知り合いのほとんどが、力むことなく、卒業式で国旗掲揚・国歌斉唱は当然だと考えております。かんべえさんの分析では教育基本法改正は「日教組潰し」という「戦略的意図」があったそうですが、このような地域では逆効果でしょう。むしろ、日教組が連合の中でも有力な労組であり、民主党の支持基盤を崩すという観点から企業団体献金や公務員の政治活動の禁止など搦め手から攻めるのが普通の感覚ではないかと思います。余計ですが、東京都のある教育委員様はことあるごとに日教組を目の敵にされているようですが、東京都の組織率は友人の話では1割を維持できているかどうかで的外れもいいところと映っているようです。

 また、教育委員会の「形骸化」も問題になりましたが、浜松市の場合も同様です。だから問題が生じているかといえば、事務局には主要学校で校長を歴任した先生が教育長になり、頼りない教育委員をスルーして教育行政を支えているのが実態です。これは、浜松市に限らず、少なからぬ地方都市でも似たりよったりではないでしょうか。もちろん、教育委員会での審議が活発になり、地域ごとに創意工夫が生まれるのが理想ではありますが、そのような教育委員を育ててゆく土台がない状況では絵に描いた餅でしょう。

 再び、さらにミクロの問題に戻りますが、保護者の立場から関心をもつ問題というのは、愛国心教育とか「美しい国」ではなく、小学校から英語教育を行うのはどうかなあとか、算数がどうしてこんなにできないんだろうとか、良くも悪くも「下世話な」話です。失礼ながら、石原都知事の国語が第一という主張は、浜松の郊外で議論されているレベルと、文学その他への造詣では石原都知事の深みにはおよびませんが、おそらく行政上の問題としては大差がありません。露骨に言えば、指揮官や将校クラスがそれほどでも、下士官が強いというのが日本の特徴として自虐的に語られることが多いのですが、浜松のように東京から独立心の強い地方都市で会話をしていると、より強く実感します。

 教師の立場からすれば、最も関心が高いのは生徒の学習意欲をいかに高めるかということに尽きるようです。山間部で勤務をすれば、中学校でも1学年に1クラスというのが当たり前になります。そうすると、学年によるバラツキが大きく、教育内容も相手によって工夫してゆかなくてはなりません。能力の低いクラスでは定期試験以外に小テストを何度も実施して、問題を公表し、この中から出すから真剣に勉強するようにといった工夫もしているようです。昔も今も、教師の役割というのは、ピーマンが嫌いな子どもにハンバーグに細かく刻んだピーマンを食べさせて少しでも偏食をなくそうとするお母さんたちの苦労となんら変わることがないものです。教育の理念を語ることは容易ですが、教育の実務は無数のノウハウの蓄積に他なりません。なにも、教育に限らない話でしょう。そういった当たり前のことを忘れて、法律や制度いじりをしていれば、現役世代の日本国民の多くは実際的な仕事に携わっているわけですから、大多数の安倍政権が無能な政権と映ることは必然にすら思えます。

 今回は、教育の問題を取り上げましたが、他方で、このような細かい実務的な問題は総理マター、あるいは官邸マターではないのでしょう。だから、安倍総理がこのような実際の教育現場に疎いこと自体は、それ自体としてはあまり問題ではないと思います。機微に通じた閣僚を選び、「丸投げ」をすればよい話です。閣僚ですら、ここの地域問題となれば把握するのは困難でしょう。その場合には基本的な政権としての方向性を維持しながら、分権化すればよい話です。

 私は固有名詞に弱いのでどの方がどの閣僚にふさわしいのかはわかりません。ただ、分権化された社会を意識的に調整し、場合によっては調整せず、実際的に仕事を進めることができる閣僚を配置しなければ、私自身も安倍総理は無能だという評価になるでしょう。同時に、以上のことは安倍さん以外の方が総理でなくても、問われる問題です。対外的な危機の可能性から安倍政権への支持を訴える方、逆に安倍政権の統治能力に疑問を呈する方、様々ですが、現代の先進的な民主主義国家は非常に分権的である以上、分権的な諸部分を意識的に制御するとともに、半ば盲目的に分権化された枠の中でしか行動しない、私もその一員ですが、大多数の人たちを上手に説得し、誘導し、教育するのが現代の民主手主義国歌におけるリーダーの役割だと思います。安倍総理を擁護する方たちの中には、10ヶ月程度で業績・能力の判断はできないと主張される方々もいらっしゃいますが、これは、主張されている方々からすると心外でしょうが、参院選で実績勝負に出た安倍総理への痛烈な批判にもなっています。

 私自身は、次の1年間が安倍総理への最後の「賭け」だと考えております。無節操で、いかれた外道の私には、この国の安全を守ることが第一、繁栄を守ることが第二であり、それを実現する力量を安倍総理以上に備えている方がいらっしゃるとすれば、そのような方が安倍総理にとって代わることになんの違和感もないものですから。

2007年05月27日

約1800年前の「兵どもが夢の跡」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:・・・ここは相変わらずじゃな。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:あのデブのブログが更新されてないゆえ、なにかあったのかと思ったんじゃが、ここは相変わらずじゃな。ということは、この記事が日曜日に掲載されなかったら、あのデブが単にサボっておるということじゃ。
ハッシュ:・・・。あのデブの弁護などしたくもないが、あのデブも忙しいという可能性を排除するのは、ワシですらどうかと思う。
ボッシュ:…。なんだか一人だけよい子のふりをされるのは心外じゃな。おぬしはワシが思っていたよりも薄情ゆえ、どうせあのデブのことなど知らないというところじゃろ。
ハッシュ:…。ワシもおぬしに見切られるようになったか。しかたがない。あのデブの記憶でもたどるとするか。zzz
ボッシュ:なんだか居眠りをする口実を与えた気分じゃ。
ハッシュ:うーむ。
ボッシュ:どうかしたのか?
ハッシュ:ワシには忙しそうに見えるんだが、ふだんとは違う。ワシの見たこともないような画面じゃ。おぬしに念を送るぞ。
ボッシュ:ほお。これは仕事ではないな。なになに。「チュートリアルでは曹操はないのかよ!」「劉備、本当にあんたは中途半端だよ」。…。「関羽、駆けつけるのが遅いんだよ」。…。こ、これは!よもや三国志のゲームではないか?
ハッシュ:ワシにはさっぱりだが、おぬしがそう考えるのだったら、それが正しいんだろうな。ワシにはどうでもよい。
ボッシュ:ところでこれはいつの記憶じゃ?
ハッシュ:木曜から土曜までの晩はほとんど同じことをしていたようじゃな。あのデブはパソコンなるものを四六時中使っておるが、ぶろぐなるものをいじるのは晩が多い。晩の記憶をみれば、十分じゃ。朝とか昼とか見てもつまらないし、夜は独り者に加えてあのデブはまるでもてないゆえ、記憶をたどっても、こちらが赤面するようなことをしていないから、案外、安心なんじゃ。
ボッシュ:…。おぬし、今、涼しい顔をしてさらっと、ひどいことを言わなかったか?しかし、ジパングというのは不思議な国じゃ。他国の歴史に興味をもつのはともかく、ゲームにして楽しんでしまうというのは、珍しいような気がする。このあたりは、よそ者ゆえ、わからぬところがあるが、ジパングの人たちの珍しいところじゃ。うちのシェフなどは、あのデブがやっていたのとそっくりのゲームが好きなようだが、家でやっていると怒られるらしい。そんなゲームをやっている暇があったら、洗濯ぐらいしてくださいなと嫁さんや子供たちに怒られるそうじゃ。あのデブは、ひとり者ゆえ、怒る人もなく、夜中にゲーム三昧というわけだな。
ハッシュ:ところで、あのデブのやっていたゲームは、いったい、何が目標なんじゃ?
ボッシュ:まあまあ。こんなところでボーっとしている御仁にはどうでもよいことじゃ。ゲームばかりしていたら、激怒の一つもしてくれる、奇特な方を見つける方がよほど重要じゃ。あのデブの最大の課題は、ゲームなどで「人材探索」などしていないで、自分の伴侶を探すことじゃな。ふわあ。あのデブの悪口を言ったら、なんだかすっきりして、どうでもよくなって眠たくなってきたわ。そろそろ、お暇じゃ。
ハッシュ:…。ワシ一人が置いてけぼりか。しょうがない。また、おいで。

 言いにくいんですが、最近、賢者様たちが読まれることを意識しているのでは。別に話に「オチ」がなくても、賢者様たちの会話を写すだけの「書記係」としては、「ノープロブレム」(時の賢者様のお気に入り)なんですが。

 それにしても、他人の「私生活」をばらすのはやめてほしいなあ。まるでゲームばかりやっているように聞こえるじゃありませんか。ただ、「納期」の厳しい仕事から解放されているので、気が緩んでいますね。そろそろネジをしめないと。

 上海馬券王先生(2007年の5月27日分は、何をおっしゃりたいかということがよくわかります。かんべえさんとの違いは、「無知は力なり」と無理押しをされないことでしょうか。ある国の経済が「衰退」すると、経済学者やエコノミストへの需要が増えるという「軽口」もあるので、現状のようにぬるい状態はまだまだ大丈夫?)との対話のおかげで、眠っていた「三国志」魂が目覚めてしまいました。董卓の顔が8ビット機時代から変わらないとのことで、『三國志』11の体験版をダウンロードしてみましたが、グラフィックそのものはずいぶんきれいになったなあと感心しました。お目当ての董卓の顔は拝めなかったのですが、グラフィックが、バッファローからラプターにいきなりバージョンアップしたぐらいの感動がありました。

 高校時代は、『三國志』シリーズの初回作では最小で何ターンでクリアーしたかを競っておりました。とんでもない猛者がいて、私の半分以下でクリアーするので、ちとびっくり。私は内政重視派なので早クリにはあまり興味がもてなかったのですが、「ふん、やればできるさ」と思ってやってみたら、非常に難しい。ついつい、遅○の傾向がでて、早くフィニッシュと思っても、できない悲しさを味わったものです(○な話じゃありませんよ)。それにしても、たかがチュートリアルの成都攻略であんなに苦戦するとは…。おかげで、土曜の晩から半分、徹夜状態になりました。金曜は、疲れていたので更新しないつもりでしたが、土曜の晩はひたすら成都攻略。何度もあと一歩までゆくのですが、ダメ。チュートリアルにしては難しすぎるなと思いましたが、日曜の朝にようやくクリアー。感想はといえば、「これは買わないねえ」というところでしょうか。ゲームの途中で火計が成功した瞬間に表示がおかしくなって、ありゃまと思いました。ビデオカードはオンボードの「ウィキペディア」で「三國志11」で検索してなるほど。それにしても、諸葛亮の計略成功率が事実上、100%なのはいかがなものかと。技術進歩が加味されているのは面白いのですが、内政がらみの技術進歩が皆無なのも、不満。ネットで見ると、「クソ○ー」扱いされている様子なので、チュートリアルで済ませてよかったと思います。とにかく開発の要素が『信長の野望』に比べると、時代の違いも大きいのでしょうが、あまりに弱くてつまらないと思いました。

そんなに内政が好きだったら、『三國志』11の悪口をぐだぐだ書かずに、シムシティでもやってろって!?

…。(強引に)オチがつきましたので、今日はこの辺で。おやすみなさい。

2007年05月20日

命の賢者様の「ご不満」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:こんなところに来ると、立てこもり事件など夢のようじゃ。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:もう聞き飽きたが、そのセリフまで心地よい。ジパングという国は実に物騒じゃ。
ハッシュ:ほお。あのデブは平和そうだったぞ。おぬしも平和そうじゃなかったかね。
ボッシュ:しかしだな、立てこもりだけでなく、首をちょんぎったりとか、赤ちゃんの死体を捨てたとか、物騒な話が多すぎるんじゃ。しかるに、あのデブたるや、まあ、あちらの方が物騒ではあるが、台湾海峡だの、北朝鮮だの、しかも、なにを言っているのかワシにはよくわからぬことばかり書いていて実にけしからん。ジパングに来て一年が過ぎたが、変な国じゃ。だいたい、場合によっては犯人を射殺することもありうる隊員が狙撃されて反撃もできんのか?新聞やテレビでは痛ましいだの、お悔やみ申し上げますだの、あのデブの「寝言」程度の御託を並べておるが、毅然とした対応ができなくては、あたら命を失うばかりじゃ。
ハッシュ:おぬしは、「武器はな……。生命をうばうための物ではないぞ。生かすための物であるべきじゃ」と言っておったではないか。考えが変わったのか?
ボッシュ:…。おぬし、そのセリフは、ジパングのゲーム(『クロノ・トリガー:書記係)そのままではないか。まあ、ワシの考えとそう異なるわけではない。ただ、実際に武器を振り回すとんでもない者がいる。これを取り押さえるのには、丸腰では危うい。場合によっては相手を殺すことも考えておかねばならぬ。あのデブは、自分の国のことすら知らない阿呆ゆえ、ワシが代わりに言っておくとだな、ジパングに260年もの安定した体制をつくった徳川家康なる人物がおる。この人物に関する逸話は嘘も多いようじゃが、素手で乱暴者を取り押さえた家来を阿呆者として叱責したという逸話が残っておる。素手で刃物を獲る馬鹿という奴じゃ。刀を振り回している乱暴者に丸腰で対応するとは何事だというわけじゃ。もちろん、いろいろと含蓄のある逸話じゃが、刃物や銃を振り回している乱暴者に丸腰での対応は無理じゃ。ワシが、武器を使う勇気よりも使わずに済ませる臆病の方が勝るというのは現実にはこのような話じゃ。今回の場合、犯人に射殺された警察官は、特殊部隊の一員ではないか。このような部隊が反撃できぬようでは、けしからぬ者どもを取り締まることなどできぬ。安全保障も結構じゃが、治安を守れないようでは話にならぬぞ。こんな重大な問題にまったく触れぬとは、あのデブは、よほどの阿呆ではないのか?
ハッシュ:…。ワシにはさっぱりじゃが、最後の一言だけはわかる。確かにあのデブは阿呆じゃ。
ボッシュ:…。そうじゃなくって。はあ。ワシの話がまずかったかのお。疲れてしまった。ところで、あのデブが書いておったが、成仏してほしい戦前生まれの政治家とは誰じゃ?
ハッシュ:…。ワシにはついてゆけない話の流れじゃが。あのデブの記憶でもたどるとするか。zzz
ボッシュ:…。
ハッシュ:あのデブは、そんなことを考えたこともないようじゃな。かんべえさんとやらが書いておって、思いっきりひいてしまったようじゃ。意外と気が小さいのお。
ボッシュ:おお、そのかんべえさんとやらが成仏を願っている政治家の名前じゃ。ワシの店に来る年配のお客さんが知りたがっておる。あのデブなら、名前がわかるじゃろ?
ハッシュ:なんでも、そのネタはやめてほしいとあのデブが念を送ってきた。「テロ」が怖いそうじゃ。だんだん「過疎地」ともいえない状態になって困惑しておるようじゃな。そこへ「テロ」が生じると、目も当てられないようじゃ。
ボッシュ:あのデブは、つくづく気が小さいのお。あのデブのブログが炎上したところで、なんの影響もないと思うが。だいたい、他人に読まれるのが怖いのなら、ブログなどやめてしまえばよいのじゃ。そもそもじゃな、「寝言」など他人に聞かれた恥ずかしいに決まっておる。つくづく阿呆なデブじゃ。
ハッシュ:まあ、そうなんじゃが。あのデブの人生自体が「寝言」みたいなものじゃ。その辺は、大目に見てやってくだされ。
ボッシュ:…。珍しく、おぬしが優しいのお。立てこもり事件よりも不気味じゃ。なにか禍々しいことの前触れでなければよいが…。背筋が寒くなったゆえ、そろそろ帰るね。
ハッシュ:…?さっぱりわからぬが、また、おいで。

 うーむ、どこから手をつけましょうか。まず、愛知県の立てこもり事件ですが、この種の事件での警察の指揮・命令のあり方に疎いので、コメントが難しいです。最初に打たれた警官を救おうとする際に、射殺が可能かどうか、救出する部隊にどこまで指示が出ていたのか、現場の裁量がどこまで許されるのか、わからないことが多すぎるので、歯切れが悪いのですが、コメントが難しいです。いわゆる「瀬戸内シージャック事件」(1970年)で犯人を狙撃した大阪府警の巡査部長が殺人罪で告訴されそうになったことが警察の対応を慎重にしているという指摘もあるようですが、地検、地裁ともに、「門前払い」(ウィキペディアやboroさんの『無限回廊』などを参考にしました)。その後も、1970年代には、長崎バスジャック事件(1977年)や三菱銀行人質事件(1979年)など犯人を射殺して「解決」した事件がありますが、1970年代に集中しています。他方で、1970年代はあさま山荘事件(1972年)、クアラルンプール事件(1975年)、ダッカ事件(1977年)などがあり、後者二つは「超法規的措置」なるもので、「ぬるい対応」が目立った時期でもあります。調べないとわかりませんが、警察側の対応が同じ時期でもバラバラで素人目にはよくわからないなあ。警察庁の統計を見ると、一時期に比べればマシになったとはいえ、まだ高水準。治安の回復には時間がかかるでしょう。実際は、どんどん鈍感になっている私が怖いのですが。

 「成仏」はお許しを。具体的な人名など、聞いたこともないし、伺う気もありませんので。それにしても、「集団的自衛権」(2007年5月18−19日)はかんべえ節(別名、「極悪」(クエスチョンマークをつけてはいけない。エクスクラメーションマークはOKです(例:「ご、極悪!!」)全開で、体調が悪いときでも、さすがだなあと感心してしまいます。ちょっとだけ悔しいのですが、こういう記事が載るから、『溜池通信』をつい毎日見てしまうのですよ。実に見事に安倍総理の「戦略」を整理されて、なおかつ「反対派」に攻め口を示唆しているように見えるでしょ?それは甘いです。騙されてはいけません。あの記事を読むと、関心はあるけれど、よくわからないなあという方にしょうがないなという気分にさせるのが「極悪」の真髄(刺された人が刺されたと気がつかないうちに息絶える)でありまして、確信犯的に「馬は馬、鹿は鹿」とおっしゃる「非道」先生との「コンビ」は、市井でのほほんとしている私みたいな者には、本当に怖い。ちなみに、なぜか私も風邪気味です。熱しては冷やされ、冷やされては「加熱」され、たまらないです(「成仏」発言は、まさかと思いますが、悪性の風邪を「おたかさん」にうつしますよという「犯行予告」?)。

 bewaadさんのおかげで内閣法制局が辞職も辞さない態度だということで、なぜ歴代内閣、というより、小泉政権ですら、集団的自衛権の行使に関する憲法解釈に手をつけなかったが、理解できます。bewaadさんには申し訳ありませんが、憲法学者はどうでもよく(こんな「血なまぐさい」話は学者さんには酷でしょう。国際法なんて実務家はともかく、純粋なアカデミズムは見事にスルーされてますし)、内閣法制局の動向の方が大切で、露骨に言えば、ベストは彼らに「退路」を与える議論がベストですが、どうにもならない場合、安倍総理がどのようなリーダーシップ(要は返り血を浴びる可能性を覚悟で「寄り切る」しかないのですが)を発揮されるのかが注目点です。法解釈というのは迂闊に素人が手を出すと、頭が混乱するだけですので、深入りはいたしません。

 有識者懇のメンバー構成については、既に書いたので繰り返す必要はないと思いますが、要は安倍総理は本気だということでしょう。この問題が党派的になっていること自体は不幸なことだと思いますが、ことがことだけにやむをないという気もいたします。実際には、二枚腰、三枚腰の対応をされるものと拝察いたしますが、最後はど真ん中にストレートをブーイングも覚悟して放るしかない。内閣法制局にとっての「統治の継続性」が総理の政治的リーダーシップを超越している事態はやはり異常だと素人には映ります。個別の案件については、官邸よりも各省庁、あるいは省庁間の連携の方がよりよい解をだす場合があることも否定はしませんし、「統治の継続性」を担保することも否定できない部分があると思いますが、集団的自衛権の行使に関する解釈(形式上、法理上、憲法の解釈・運用の問題ですが、内閣法制局が純粋に法理を詰めた上なのか、政治的な「配慮」なのかわからない点も多いです)の変更への内閣法制局の抵抗は、そのような省庁による官邸では処理できない「統治の継続性」という点でもまともだとは思えないです。まだ、未整理の点が多いので、記事、もとい「寝言」にできるようになったら、メモ程度でしょうが、あらためて整理したいと思います。

 「続き」は事務連絡です。継続的に本ブログを御覧になっている方は、目を通していただければ、幸いです。


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2007年05月13日

賢者様たちの「忠告」

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:まあ、いつもの光景じゃな。ワシじゃ。
ハッシュ:ふわあ、なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:「また」と言っても、先週はお休みしたからのお。ちょっと間が開いておる。
ハッシュ:そうだったかね。
ボッシュ:連休中が思ったより忙しかったからのお。久々にガルディアへも行ってきた。それにしても、あのデブは相変わらずじゃな。雪斎さんというお方は、重度の障害を抱えていながら、海外でも活躍しているではないか。あのデブも飛行機の底がぬけないようにダイエットしてからではあるが、海外へでて視野を広げることが大切じゃな。くどいようじゃが、他の乗客に迷惑がかからないように、減量してからの話じゃが。
ハッシュ:ワシにはよくわからないんじゃが、あのデブ一人で飛行機というのは落ちてしまうぐらい、もろいのかね?
ボッシュ:…。まじめに突っ込まれると、困るんじゃが。それにしても、あのデブはよほど世間に疎いようじゃな。テレビを見たり、新聞を読むぐらいはした方がよいと思うぞ。
ハッシュ:ワシにいわれても…。あのデブの、本当に碌でもないことしか覚えておらぬが、記憶のおかげでテレビや新聞なるものも想像はできる。新聞は読んでおるようじゃな。テレビはりもこんだったかな。それが壊れてから、わざわざ電源をつけるのが面倒になったようじゃ。いずれにせよ、ワシにはちんぷんかんぷんじゃ。
ボッシュ:…。同じ名を名乗るだけあって似た者どうしというわけか。しかし、クラシックが好きなくせに、ヒラリー・ハーンを知らぬとはもぐりだぞ。ワシはCDはもっておらぬが、演奏会には何度かつれていってもらった。出不精はよくないのお。デブ性がひどくなるばかりじゃ。
ハッシュ:あのデブは人ごみが嫌いらしい。連休中も人が少ないところばかりを選んで外出しておったな。まあ、人が一杯集まっているところへ、あのデブのように三人分ぐらいのスペースが必要になる人間がただでさえ込んでいるところにでかけると迷惑じゃろ。名前を貸しているものとしては、その程度の遠慮ぐらいはしてもらいたいものじゃ。
ボッシュ:…。おぬしは、いつもきついのお。まあ、『寝言@時の最果て』などいつ見ても閑古鳥が鳴いておる。これも、あのデブにはふさわしいというわけか。
ハッシュ:その件に関しては、これまでも何度も言ってきたが、現在でも人が多すぎるぐらいじゃ。ワシとしては、ぺーじびゅーだったかのお、あれが1,000を切る状態にしてもらいたいものじゃ。今度、2,000を超える日があったら、きつく申し聞かせねばならぬ。
ボッシュ:…。なんというのか、目が点になるようなセンスじゃ。ワシにはついてゆけぬ。とりあえず、デブをなんとかすることじゃな。ただ、本当に痩せてしまうと、呼び方に苦労するゆえ、ほどほどでよい。…はあ、どうでもいい気分じゃ。ワシは帰るね。
ハッシュ:おやまあ。また、おいで。

 はいはい。ありがたいご忠告を賜り、恐悦至極でございます。オムロンの体組成計を利用しているのですが、データを歩数計で取り込めなくなっていて、修理にだしていました。この体組成計はすぐれものでして、体組成計のデータを歩数計で取り込んで、歩数系をパソコンに接続すると、毎日の歩数計のデータだけでなく、体組成計のデータもパソコンに保存され、変化が理解できます。対ソ生計の保証書を紛失してしまったので有償かと思いましたが、オムロンさんに丁寧な対応をして頂いて助かりました。久々に乗ってみたのですが、体脂肪率が23.4%と「危険水準」でした。この体組成計は便利でして、筋肉率も出て、こちらは31.7%。幸い、骨格筋量は維持しているので、動いて脂肪を燃やすという「王道」でダイエットに励んでゆく所存です。

 それにしても、「三人分」はひどいなあ。横の幅は人並みより一回り程度大きいぐらいだと思うのですが。内臓脂肪が多いせいで縦の幅は二人分ぐらいでしょうか。学生時代は高校のときに長距離をやっていたおかげでお尻が「きゅっ」という感じでしまっていたそうで(友人談)、アルバイトの帰りの電車で痴○の被害にあったこともあります。びっくりしておそるおそる振り返ると、いきなり触らずに一声かけていただければ(以下略)。

 久々にやじゅんさんのところで長いコメントを書いたら、果てました。言いにくいのですが、URLを入れると、アクセスが増えるので、コメント欄にメアドをいれなければならないブログではコメントを控えております(おかげでネットでも、デブ性もとい出無精になっております)。メアドだけ記入すればよいのですが、迷惑メールが山ほど来ていて、わざわざ増やすのもというのが正直なところ。それにしてもトラックバックスパムがこの10日ほど皆無で、びっくりしております。トラックバックに関しては受付後、私の判断で承認するかどうかを決めております。コメント欄については原則、無条件で承認としておりますが、累積アクセス数の多い記事に関しては例外的に、ごく一部ですが、受付後、私の判断で承認する設定にしております。コメントスパムの「被害」にはあっておりませんが、「無差別攻撃」を食らう前に一応、対策をしておりますので、申し上げておきます。過疎ブログなので大丈夫だとは思うのですが。

 本当にどうでもいいのですが、リファラでグーグルのトップページからのアクセスが結構な数であるのですが、ちと気味が悪いです。通常ですと、グーグルのURLに検索ワードが文字列で並んでいるのですが、いきなりグーグルのトップページがリンク元になっていて不思議です(管理画面ではこのURLがリンク元になっています)。ブログをはじめて1年を越えましたが、相も変わらず、わからないことのほうが多く、恥ばかりが増える一方ですね。

2007年04月29日

生活再建宣言

(@時の最果て)

ハッシュ:zzz
ボッシュ:それにしても、この御仁はいつも立ったまま、寝ておる。横になって寝ているところを見たことがないのお。
ハッシュ:ふわあ。なんじゃ、また、おぬしか。
ボッシュ:おぬし、たまには横になって寝ることはないのか?
ハッシュ:…。考えたこともなかったわい。ご覧の通り、ここはがらんとしていてなにもないゆえ、杖だけが頼りなんじゃ。もちろん、横になることができないわけではないんだが、ジパングのゲームでは立ったまま、時の賢者はいつも居眠りをしておる。モデルであるワシが横になるわけにはゆくまい?
ボッシュ:おぬし、妙なところで律儀じゃな。
ハッシュ:律儀というのはちと違う気がするが。ワシの歳になると、気軽に寝れれば十分ではあるし、たいていは居眠りぐらいしかすることがないからじゃ。
ボッシュ:ジパングの人たちを見ていると、かわいそうじゃな。ゴールデンウィークとかいって長い休みだというのに、たいていはわざわざ人が混んでいるところにでかけて疲れて帰ってくるようじゃ。
ハッシュ:おぬしはどうするんじゃ?
ボッシュ:ワシの店も交代で休みをとることにしておる。ワシは、他人がでかけるときに出かける必要もないゆえ、関係がない。最近は、ちと忙しかったからのお。次の一週間は予定も少ない。おぬしには到底およばぬが、ゆっくり休む予定じゃ。昨日は、結婚式の二次会の予定があったゆえ、ワシも疲れてしまった。おかげで、今月も売上増じゃがな。
ハッシュ:そういえば、あのデブも、寝るところだけはワシの名代らしくなったなあ。机の前に変てこな記号が並んだ紙を目の前にしてなにやら夜中に読んでおったが、カーテンから光が指す頃になって椅子に座ったまま、上を仰いで眠っておったわ。
ボッシュ:惜しいことをしたものじゃ。そのまま、目が覚めなかったら、幸せな人生の終わりだったろうに。デブだけに立ったまま、眠るのはきついだろうから、椅子ぐらいがピッタリじゃな。
ハッシュ:…。
ボッシュ:…ちと言い過ぎたのお。仕事もいいが、机の前で寝ていたのでは疲れがとれまい。ゆっくり休むことじゃな。
ハッシュ:…。おぬしが珍しいことを言うと、あのデブに雷が落ちるやもしれぬ。無理に情けをかけないことに越したことはない。
ボッシュ:おお、それこそ、まさに天罰じゃな。まあ、しかし、デブゆえ、水分が普通の人より少ないだろうから、電気も通りにくかろうに。はあ、どうでもよくなってきた。バカバカしいから、帰るね。
ハッシュ:おや、まあ。また、おいで。

 雷は怖いです。さすがに「直撃」は心配していないのですが、パソコンのデータがすべて飛んでしまうと、金銭的に表示できないほどのダメージ。言いにくいのですが、このブログのログがとぶのは、残念といえば残念ですが、仕事のデータが消えてしまうと、考えるだけでゾッとしてしまいます。

 土曜日から、ブログの管理画面にアクセスできなかったり、開くまで以上に時間がかかる状態が続いております。つながるときは、普通だったりするので、訳がわからない状態です。ちなみに、コメント欄に私が投稿しようとすると、"proxy error"が表示される始末。この「寝言」は土曜日の夜に書きましたが、日曜の早朝にアップしようとしても、ダメ。サーバそのものは正常に動作しております。ブログはサポート対象外で、原因は不明です。今週以降、不規則更新になるかもしれません。

 大学時代から連休中にでかけることがなくなりました。人は混むは、旅館やホテルがぼっ○くり料金を設定するは、海外も運賃が高い。仕事がら、他人様がお休みのときに本業で稼いでおかないと、ふだんはルーティンで自分の時間をつくるのが大変なので、まとめて仕事をするチャンス。なんとなく、今週は体調・気力とも回復傾向ですので、一点に絞ってひたすらお仕事。集中力が肝なので、携帯の電源はオフ、固定の回線はカットした状態で一週間を過ごす予定です。

 それにしても、立ち寝はさすがに。時の賢者様の域にはとうていおよぶものではありません。しかし、計算の途中で寝てしまうとは不覚。夢の中で結果がでて、すごく感動したのですが、目が覚めたら…という情けない生活をしているので、仕事ともに生活再建というところでしょうか。日曜日は久々にみっちり2時間ほど歩いてジムへ。体を動かすと、頭の働きも、気のせいかもしれませんが、よくなるようです。体がシャッキとして、頭もスイッチが入りました。ちなみに、「今日の『らんま1/2』」はお休みで、「天道あかね特集」は、月曜から再開する予定です。