2013年02月23日

気もち悪い人

 引越しの作業が本格的に始まりました。まずは、URの営業所で正式に契約を結びました。内覧を済ませていないので、「本当によろしいんですか?」と何度も確認されました。和室タイプの部屋を見たので、これが洋風になるんだったら、なおのこといいだろうと。適当に契約を結ぶタイプとみられたのか、最初は不安そうな対応をされました。まあ、普通の感覚ならそうでしょうねえ。手続きは思ったより時間がかかって、1時間を超えました。本当は、昨日済ませる予定でしたが、今日にしておいてよかったというところです。昨日は大切な集まりがありましたので、もし、契約を結びに行っていたら、大変でした。木曜日のことも書きたいのですが、正体がばれてしまうので、残念ながらカットです。

 家に帰って食事を済ませて、風呂(床が本当に汚いので嫌になります)、段ボールを見ながら、本の詰め込みぐらいは始めようかと。とりあえず、2階から4階に移った際に使った業者のダンボールで中身が残っているものを捨てて、今回の業者の箱に積み替えです。本を入れるには大きすぎるので、本当は私自身で用意できる段ボールを使いたいのですが、SサイズとMサイズ、それぞれ40箱にすべての荷物(家電製品を除く)という約束なので、仕方ないですね。経験ではこのサイズでは本を入れるには大きすぎると思いました。

 前の業者の段ボール箱をひっくり返していたら、高校の同窓会名簿が出てきました。さらに、修学旅行の文集が出てきて、ほおと。何を書いたのか、全く忘れてしまったのですが、自分の文章を読んで赤面しました。他の人が普通のことを書いているのに、いかにも背伸びをした、にきび面で賢しら顔の高校生という感じで、これは間違いなく、モテないですな。今となっては手遅れそのものですが、当時は、「○○君は字が下手ではなくて小さく書くから読みにくいだけだよ」とか、フォローしていてくれていた人の文章を読むと、実に素直で、ダメもとで告っておけばよかったと、しみじみ後悔します。実は、修学旅行に行ったのが2年生の世界史クラスで、3年生も同じクラスだったのですが、いつも私を立ててくれるので不思議だったのですが、「お前に気があると聞いた」と悪友が囁いてくれて、信用しない私がバカでした。中学校の同窓会に出ていて感じるのですが、表面的な観察かもしれないのですが、三つ子の魂百までだなあと。高校生ともなると、基礎となる性格は、もちろん、その後の体験によっては歪むこともあるかもしれないのですが、ほぼ変わらないだろうと。この年になると、昔のように、理想が高いとか、選り好みをしているとかすら言われなくなるのですが、本音は小心で、万が一、断られた時のダメージがでかいので、悶々と気持ちが消えるのを待っていることが少なくないです。まあ、性格的には浮気など、とてもとても恐ろしくてできないので、一生、一人でもよいのですが。

 それにしても、この性格が百歳まで続くと思うと、結婚どころか、友だちもできないのではと不安になります。さすがに恥ずかしいので、本文はここまでとさせて頂きます。しばらく、段ボール箱に眠るので、ガムテープで密閉する前に、嫌な自画像でも見て、根本の性格は気もち悪いままで治らないとしても、せめて人から避けられないように、社交性を身につけなくてはと、今更ながら感じます。あとは、尊厳死に関する麻生財務相の発言は共感しますね。だらだら延命されるぐらいなら、さっさと終了する権利ぐらい欲しいなと。

 URの契約書に物価など経済情勢の変化によって家賃が変化することがありますとあったので、取引主任者に「インフレとかを想定した話ですか?」と尋ねると、そうですとのこと。安倍政権で現実味を帯びてきましたねと笑顔だったので、思わず、笑い飛ばしてしまいました。安倍政権の経済政策は、「痛いの、痛いの、飛んでけ」というレベルですよと。あんなのが効いたらどうするかというと、世も末かと思うわけでもなく、外したと反省するわけでもなく、経済ってよくわからないねという感じになるだけでしょうかね。


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2012年12月06日

期待の調整

 相変わらず副鼻腔炎とのどの炎症が落ち着かないですね。気温の変化もめまぐるしく、体がついていけない日々です。

 Wall Street Journalが2012年12月3日付で配信したMichael Auslinの"Abe Can't Revive Japan"というオースリンのコラムは会員限定ですので引用して訳すのを省略させて頂きますが、タイトルこそ「安倍では日本を再生できない」となっており全体の4分の3程度は自民党の政策が、(1)財政政策では1990年代のケインズ主義的な景気刺激への逆戻りへの警戒、(2)TPPへの参加に消極的であり、伝統的な農業の保護政策に傾きすぎていることを中心に失望感を表明しています。また、政治的意思決定システムが機能しないことにも配慮しています。他方、小泉純一郎元総理の構造改革をあらためて想起して、自民党が立脚すべき点は、構造改革ではないかと提起しています。

 このコラムを読んで、なるほどと思い当ったことがあります。何かと言えば、次の総選挙に私自身が希望を抱きすぎていたのだと。だから、あべしの発言にいちいちイライラしてしまっていたんだなあと。まあ、なんとか期待を現状に合わせようとして四苦八苦しましたが、次の総選挙で実施する前の状態よりも実施後の状態がよくなるというのが暗黙の前提になっていて、それがどうもそうなりそうにないと感じて、苦痛だったんだなあと。選挙後の方が悪化すると割り切ってしまうと、このことで大して考えることはないのですねえ。問題は、小選挙区ではどの候補者へ、比例代表ならばどの政党ならダメージが少ないかということですが、この判断を下すのは容易ではないです。

 自国の選挙のことを考えるのに海外のメディアの論評を利用するのは日本人としては恥ずかしいのですが、国内のメディアがさすがにどれも碌でもない政党ではないが、ここはまだマシとはかけないでしょうから、WSJの記事がちょうどよかったです。 
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2012年11月05日

どんどん狭くなる心

 アクセス解析を見ていると、霞が関方面は土日はきれいになくって、民間企業はやはり大変ですねえ。変わり種としては大学ですが、こちらもたいていは霞が関と同じでしょうか。職場では田中真紀子氏の話題が多かったのですが、なんだかどうでもいい感じがしたので、へえとスルーしました。それより、豚が一晩で一升瓶を空けるという記事を読んでびっくりでした。私などは、10年ぐらいに日本酒をそれなりの値段で買って正月に飲んだことがあります。生酒だったこともあって、冷蔵しておりました。それでも、3日になっても空けることができず、正月が終わってしまい、10日頃におそるおそる飲みましたが、もったいないことに終わっていました。それ以来、ワインに切り替えました。こちらは3日もあれば、さすがに飲み終わります。一人で飲むときには2合が限界です。しかるに、相手がいるのかもしれませんが、豚は見た目は私よりも細いのに、なぜ豚と感じるのだろうと不思議でしたが、一升瓶を毎晩、空ける、終わった総理なんだなあと。私からすると、脳卒中で死亡とか、日本ではエリツィンよりもアルコールに虜になった人がトップになるという話になる前にさっさとやめていただきたいものだと思います。

 社内ではないのですが、出先でエレベーター乗ろうとすると、車椅子に乗った70代以上の男の高齢者が車椅子に乗っていました。周りには介護をしている方なのか、親族なのかはわかりませんが、50代から60代ぐらいの女性が3人ほどいました。これは次を待とうと乗らずにいたのですが、笑顔で女性が手招きするので、大丈夫かなと思いながら、乗りました。ビジネス用のリュックを背負った状態だったので、ドアが閉まる時に、ドアがリュックにあたってしまい、高齢者の男にあたったようで、障害があるとは思えないぐらい大声を出して、「お前は殺す気か!」と叫んでいました。表面的には「エレベーターの動作で当たってしまい、失礼しました。申し訳ありません」と謝りましたが、罵詈雑言を降りるまで浴びせられました。周りの女性がなだめてもダメで、自分がああなるのかと思うと、暗澹たる気持ちになりました。橋下徹氏の勢いが衰えているのは慶賀に堪えないのですが、年金を3割カットして、年金受給者の医療の自己負担率は5割にしますと主張したら、勝てないだろうなと思いながら、一票を投じるでしょうね。

 心が狭いということは恐ろしいことで、仕事の行き返りに通りすがりに歩きたばこしているバカが多いのですが、6割ぐらいが高齢者に見えてきました。本来は、喫煙の害を抑えるために税収が減ってもタバコを値上げする方が望ましいと考えてきましたが、2年に1回100円ずつ引き上げたらいいんじゃないかと。今時、タバコを吸う人は使おうが何しようが禁煙できない人が多いので、毎年100円ずつ値上げしても税収が減らないのではと思います。なお、路上喫煙などは迷惑でしかないので、外には煙が漏れないヘルメットをしてもらい、酸素ボンベで必要な酸素を供給する装置を付けていない者が喫煙をした場合、ただちに死刑でよいと思います。副流煙で殺人を犯しているので、当然でしょう。たった1年ですが、完全にタバコを吸わなくなったので、路上で喫煙している者を見ると、副流煙を全部、自分で吸えよと思います。


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2012年04月16日

東京電力福島第一原子力発電所4号機

 鼻とのどの粘膜の炎症が慢性化しているので、通院するしかないという状態でしょうか。今週は寝る時間まで調整して午前もフル活用したおかげで、週5回と開業している日はすべて通いました。厄介なのは、まだ、炎症を抑えるために必要だという目安の半年(約24週間)からすると、ごく初めという状態で、「短距離走」よりも「長距離走」の方が好みの私でも気が遠くなります。それでも、今週は、扁桃腺が腫れかけて、微熱とはいえ発熱もありましたので、通院に関する強いインセンティブが生じたのですが。こちらを内科で診察して頂いたところ、マクロライド系では効かんだろの一声で別の抗生物質へ切り替えました。急性の疾患では内科の先生、慢性の炎症に関しては耳鼻科の先生の言うことを聞くという、あまり好ましいとは思えない状態です。

 自覚症状が相変わらず乏しいのですが、マスク越しに話をしていて、やはりのどがつらいなあと。傷んだり、乾燥したりするとも異なって、異物感が半端ではなく、なにか変なものでも飲み込んでしまったような感覚があります。他方、鼻は自覚症状が乏しく、治療を始めてから、鼻水が止まったぐらいで、元々、副鼻腔炎で通っていた頃のような頭痛もなく、穏やか過ぎるので、かえって気もち悪いぐらいです。問題はのどで、炎症があるレベルにまで落ち着くまで、感染症にかかりやすいリスクが高いのでしょう。むせているのか、咳なのかの区別が自分でも難しいのですが、咳もあるので、マスクをつける期間が長くなりそうです。5月いっぱいが限界かなと思いますが。

 性格が自分でも悪いなと思うのですが、北朝鮮のミサイル発射なんて万が一のことだけ備えて、安保理で形を整えた上で無視すりゃいいのにと思っていたら、発射失敗。ついつい内心で「ざまあ」と思ったことは正直に告白します。すぐにWaPoが核実験の可能性が高まるよという記事を配信していたので、やはり英字紙は助かります。どうでもいいのですが、時事通信が英字紙の記事をまとめた記事を配信していたのですが、それぐらい自分で分析できないのかとため息が出ます。北朝鮮より関心をもっていたのは、スマトラ島沖地震による津波で、もちろん、被害もさることながら、日本のマスメディアでは取り上げられる地震関連の研究者でインタビューを受ける人がいるのかなというのを毎日のように確認しておりました。すべての記事を読んだわけではないので、確信はないのですが、私が見た範囲では皆無でした。まあ、スマトラ島沖地震の方が東北地方太平洋沖地震よりも「歴史」が古いですし、英語という壁もあるので一概に比較するのは酷でしょうが、1990年代に金融システム不安を起こしたのに、2008年の金融危機では日本人の研究者がインタビューを受けたという話がほとんどないのと同じでしょうか。1980年代の終わり頃から1990年代半ば頃には、日本叩きがひどかったのが、今ではあってもなくてもたいして変わらない国のようです。 

 そんな訳で、日本の話題というと、原発の再稼働ぐらいなのですが、naked capitalismというブログが、"Fukushima Dai-Ichi No. 4: An earthquake before spent fuel rods are moved to safe storage would be “the end”"というタイトルで記事を配信していたので、へえと思いながら読みました。他人事みたいですが、おっかないですね。少なくとも、4号機の使用済み核燃料プールで事故があると、首都圏を含む東日本は人が住めなくなる勢いで、恥ずかしながら、記事に貼られていた番組も知りませんでした(WOWOWで録画した映画を見ているのですが、『ハート・ロッカー』が怖すぎてまだ途中という有様)。英語にまで翻訳されているので、ちとびっくりです。



 テレビ朝日の番組では、関西電力大飯原子力発電所の再稼働の問題で、再稼働に反対する立場から東京電力福島第1原子力発電所の事故の検証が終わっていないことを指摘して、とくに、4号機の使用済み核燃料プールの危険性にクローズアップしたようです。この議論の進め方には疑問を感じますが、自分なりに整理しておこうかと。

 まず、福島第1原子力発電所4号機の建屋内における水素爆発です。経済産業省のサイトで「原子力発電所に関する四大臣会合(第2回)配布資料」(参考)の「原子力発電所の再起動にあたっての安全性に関する判断基準(案)」では4号機の建屋内の水素爆発について、「特に、4号機については、3号機のベント操作により、3号機で発生した水素が非常用ガス処理系を経由して、建屋に滞留したと推定される」とあります。まともに議事録を残さない現政府の推定をうのみにするのは危険な気もしますが、現時点では、4号機の爆発は、使用済み核燃料プールの水位が下がって、核燃料が崩壊熱によって露出したからではなく、稼働していた3号機のベントによって水素ガスが3号機からやってきたことが原因だというのが有力なようです。使用済み核燃料プールにも注水を行っていたことを考えると、それでいいのかなと思いますが、留保づきで、いったん政府の見解にしたがっておきましょう。

 この場合、大飯原子力発電所をはじめ、他の原子力発電所の運転再開と福島第1原子力発電所4号機の建屋内における水素爆発との関連を無視することは困難でしょう。これは私の事実誤認を含んでいる可能性が大ですが、4号機の爆発は使用済み核燃料プールの水位が下がり、核燃料が露出したために、水素ガスが発生したのが原因だと素朴に考えておりました。そうではないとすると、やはり、稼働中の原子炉で電源の喪失が生じて冷却が行われないことが惨事を招くと考えた方がよいのでしょう。政府の「原子力発電所の再起動にあたっての安全性に関する判断基準(案)」にある「ベント配管の独立性確保による水素の建屋への逆流防止や建屋側に漏えいした水素についての処理装置の設置などによる水素濃度の管理及び適切な放出による水素爆発の防止対策を進める。【対策23〜24】」で十分なのかは私の判断能力を超えますが、3号機のベントによって4号機に水素ガスが漏れ出たのが事実であるならば、一応の対策ではあるのでしょう。

 順番が前後しますが使用済み核燃料プールに関しては、「使用済燃料プール又は使用済燃料ピットにおける冷却給水機能の多重性及び多様性を確保するなど信頼性の向上対策を進める。【対策17】」とされており、軽視されているわけではないのでしょう。経験を一般化するのはあまりに危険ではありますが、福島第一原子力発電所の事故では、やはり稼働中の原子炉のメルトダウンとそれに伴う水素爆発がメインで、使用済み核燃料プールの問題は深刻とはいえ、従の問題なのかもしれません。

 この問題を関西電力大飯原子力発電所の再稼働と絡めるのは微妙な部分がありますが、やや乱暴に単純化すれば、現時点ではやはり再稼働させた方が事故のリスクは高くなり、それに応じた対策が講じられる必要があるということでしょう。他方、運転しない場合には事故のリスクは下がるものの、使用済み核燃料の問題は厳然と残る側面もあると思います。それ以外にも、安全対策に関する議論が整理されないまま、豚政権が話をこじらせている印象があります。冷静に考えて、菅氏から豚が政権を引き継いだときに、なにか新しいことを始めるよりも、前の政権がこじらせてしまった問題を一つ一つ解きほぐしていくのが課題ではと思いましたが、見るところ、正反対なのが豚政権の大きな特徴でしょうか。


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2011年10月13日

残酷な被災地の現状の断片

 被災地の現状を聞く機会があって、鬱になったのでゲームの話ばかりしておりましたが、やはり書いたほうがよさそうです。軽い話からいけば、些少ではありますが日本赤十字社に寄付をしたのですが、被災地への貢献の度合が少ないとのことで、失望しました。疲れた状態で聞いていたので、日赤の義援金の扱いの説明を理解できなかったのですが、被災地への配分を遅らせるほど理事の取り分が大きくなるとのことで、私が聴き間違えている可能性があるのですが、やるせない気分になりました。もちろん、日本赤十字社とて運営費が必要なのでしょうし、義援金の配分にも経費がかかるでしょうから、集まったお金を100%そのまま被災地へ配分しろとまでは思わないのですが、配分を遅らせるインセンティブが生じるようなシステムというのはやはり望ましいとは思わないです。スピーカーの方は、宮城県石巻市と福島県に地縁があるそうで、「ふるさと納税」を利用しているとのことでした。被災地にとっては冬場が厳しそうだと考えておりましたので、来月か12月にやはり些少な金額ですが、寄付をと考えておりました。総務省のサイトなど「ふるさと納税」制度を調べておりますが、年末でドタバタする前に手はずを整えないと間に合わないなと感じております。

 次が本題ですが、聞いた話をすべて「時の最果て」で書いていると、憂鬱になるだけですので、NHKをはじめ、報道各社が報じない典型例として挙げられていた話を一件だけ取り上げます。1995年の兵庫県南部地震でも、仮設住宅へ移転が進んだ段階で孤独死の多発が問題になりましたが、東北地方太平洋沖地震の場合も、仮設住宅の建設の遅れなどが一時期、報道されましたが、それ以上に問題なのは、報道や世論に押されて急ピッチで建設し、自治体にも高圧的に仮設住宅への移転を進めるよう陰に陽にプレッシャーをかけた結果、孤独死が急激に増加しているとのことでした。スピーカーの方によると、新聞やテレビではまったく報道されないそうです。私自身は、日本語の新聞はほとんど読まないですし、テレビも見ないので、真偽判断ができないのですが、復興増税もやむなしとなる情報しか流していないのでしょうか。

 年金の支給開始年齢の引上げなどを見ておりますと(年休が支給される偶数月には吉原が繁盛するとか、パチンコ屋が混むとか聞きますと、後者は微妙ですが、高齢者も若年層にカネをばら撒いているのだなと感心します)、ますます、「将来世代にツケを回さない」ことを目的とした被災地の復興増税なるものは、別の財源不足(省庁間の調整が難しい歳出削減を避けて)を補うための増税の口実ではないかという下世話で根拠のない「寝言」、もしくは邪推を強める日々です。


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2011年03月12日

東北地方太平洋沖地震

 午後2時45分を回ったあたりでしょうか、やや強い揺れが始まって、「またか」と思いつつも、通常の地震よりも時間が長く、気味が悪かったです。耐震の関係で職場では新しい建物に移ったので、揺れたといっても、それほどではなかったのですが、揺れる時間が長く、船酔いでもするような気持ち悪さでした。ふだんならば縦波と横波の区別がつくのですが、動いていたせいか時計を見る余裕もなく、区別がつかないまま、奇妙な揺れだけを経験しました。自分でも極端に鈍感だなと思うのですが、駅で電車が遅れているのを見て、大変なんだなと。家に帰ってPCの電源を入れずにテレビの電源を久しぶりに先に入れましたが、NHKで宮城県の津波の様子が流れていて、ショックでした。リモコンを適当に操作して民放も見ましたが、うるさいだけなので(避難している方たちに取材とかどうかしていると思うのですが)、NHKに戻りました(公共放送の回し者ではありませんのでご安心を)。

 津波そのものはスマトラ島沖地震でも見たはずの光景ですが、NHKが民放のように騒ぎ立てながら報道しないので、津波というより土砂の流れが畑を飲み込んで、道路をも埋め尽くすのを繰り返し見ながら、呆然としておりました。人が乗っているであろう車が浮いているのを見て、感情が反応せず、死んだように呆けてしまいました。あまり意味がないのですが、メカニズムについての説明が少なく、太平洋沖で500kmの断層というのがピンと来ないので、PCの電源を入れて、グーグルアースを起動させました。日本列島を拡大すると、これは初めて知った機能ですが、震源を示すマークがついていました。

Tohoku_Pacific.jpg

 上の図は2011年3月11日の午後8時30分頃に作成しました。赤の太線は「定規」機能でつけました。午前の段階で前兆のような地震があったのが不気味でした。地震の発生メカニズムに私自身が疎いので、素人的な発言は控えますが、地殻の震えというのは私たちが事前には予想できないだけで、非常に複雑なんだなあと。下の図は、同日午後11時過ぎに作成しました。余震で赤の太線が見えない状態になっています。

Tohoku_Pacific2.jpg


 実は午後10時40分ぐらいにNHKで200人前後の方が溺れたとみられるとの報道が入って涙が流れました。今年に入って初めてでしょうか、泣いたのは。あまりにつらいのでテレビの電源を落としました。大地の震えにはあまりに私たちは無力です。被災された方々は、個人の自助努力の限界をはるかに超えた経験をされているのでしょう。党派を超えて今回の事態を乗り切っていくことを切に願います。
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2011年01月05日

ひどい新年

謹んで新年のお慶びを申し上げます

旧年中は御厚情を賜り厚く御礼申し上げます

本年も御指導、御鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます

 

 ある程度は予想はしていたものの、大晦日から始まって今日まで地獄です。年を重ねるごとに新年の感覚が希薄になっておりますが、今年は新年早々、ヨレヨレです。なにかあったときに困りますので、自作機が仕事用のメインなのですが、デルのC521という安物スリムPCに、今は亡きダイナブックのCシリーズが予備にあるのですが、ネットに接続できない環境に逃げ込んで、「俺、知らん」と言いたくなることもございます。年々、感じることでございますが、若い世代で将来が希望がもてそうな人とたぶんダメだろうなという人の差が拡大している印象でしょうか。今の仕事を始めてから10年近くなりますが、世代間の格差も無視できないのでしょうが、世代内の格差はもっと広がりそうなのが1980年代後半生まれの方ではないかと職業的には感じております。

 この問題を、せめて身近なところで緩和しなくてはと思うのですが、無情にも、世間様は正月モードでして、新年会やらキャンセルしようか迷うところですが、長いお付き合いですので、なにか「二心」があるかのように勘ぐられても困りますので、参加いたしますと、ある世代から上は御夫婦でお子さんがいらっしゃって、なかなかよい光景です。まったり世間話をしていたら、老先生にからまれまして、参りました。なぜ、お前は嫁がいないのかと。まずいなあという感じ。たいていは、モテませんからの一言で片が付くのですが、こちらはそれでは済まず、参りましたです。要するに、ワシも長くないかもしれないから、お前が落ち着いて一仕事をするのを見たいのじゃという誠意からおっしゃっているので、参ったなあと。困ったときの決め手の一つである、パスカルだったか、モンテーニュだったか、大学生のときに適当に読み散らかした書籍にあった「籠の外にいる鳥は中に入りたがり、籠の中にいる鳥は外に出たがる」という一句をさらっと(ムダな抵抗とは知りつつ)申し上げると、「それはそれで真実の一面だが、外にいる鳥は中に入りたがるのが普通なのだ。外に出たくなったら、出ればよい」と言われて、あっさり轟沈。来年までに嫁を連れてくることが「ミッション」になってしまい、参りましたとさ。職場で使う、「ホモかつイ○ポ」作戦も大失敗でして、往生しました(職場でも信じている人はいないらしい。私のインチキ力も加齢とともに落ちたものだなあと)。猫じゃあるまいし、そんな簡単に拾ってくるこれるはずもなく、25のときにこちらから別れて、それ以来、「結婚」の二文字は考えたくもないということを話すのも疲れますし、ぐったりしました。

 しっかし、世代が違うとはいえ、教師連中というのはたちが悪くて、「今のアラフォーは独身が多くて、彼らが日本経済に貢献するのは、働くこと以上に結婚することだと思うのですが」なんて、人の感情を踏みにじるようなひどいことを平然と年賀状に書かれるのだろうかと。やはり日教組は敵ですな。というのは「寝言」としてはちと不満なのですが、この数か月ぐらいで、身を固めろというプレッシャーが陰に陽にかかっていて、私の戸籍「童貞」をそんなに汚したいのですかという悲鳴があがります。いっそ、女性には興味があるのですが、肝心のことをどのようにいたしたらよいのかわかりませんので教えていただけないでしょうかと開き直ってみようかなと……。

 それにしても、100人も見合いして女性観が歪んでしまった男性とか、ある意味、武勇伝を聞けたのは「収穫」なんでしょうかね。既婚女性がほぼ意見が一致していたのは、「私はこだわりがありません」とか「私はえり好みをしません」という男性ほど、こだわりとえり好みがはがしいという指摘はなるほどでした。サンデル教授ではありませんが、非常にいい指摘だ(「名前は?」と尋ねたいところですが、既知の人ばかり)。「私はこだわりがありません」と言う男性は、それまでのコミュニティの被歴史性に負う自己の存在に無自覚なので、いざ異なる被歴史性に負う女性という「異物」に接すると、そこで交流する基盤をつくることに無自覚なのである。ま、酔っ払っていたとはいえ、「好みはどんなタイプなの?」と尋ねられて、「美智子さま」と正直に答えたら、相手がしらふになるぐらい酔いがさめてしまったのは大失敗でした。現皇太子ご成婚の際には、母上が美智子さま派で私が雅子さま派でしたが、やはり年齢を重ねるごとに内面の美しさを感じると、転向しました。皇室に入りたいわけではありませんので、念のため。

 ちなみに"Konkatsu, what's?"でしたが、結婚活動の略だと教えてもらいました。うーむ、数少ない先例ですが、はずみとか「気分」を重視する人間からすると、欲しがるほど失敗するような。こればかりは運ですな。過去の失敗例からすると、「玉砕覚悟のダメもとでアタック」→「あっさりOKであれれ?」という展開が多く、というか、最初の段階でダメという経験は皆無。そこから、経緯は無数にわかれていきますが、なにか必然性というのを感じないですね。重要なのはタイミングと思い込み。『めぞん一刻』を読んだのが、確か『らんま1/2』を読んだ後だったので、30になるかならないかなので、それよりも前なのですが、あの漫画のおかげで本当のことが言いづらくなりました。まあ、口に出すことではないですしね。ある段階を超えると、もし、先に亡くなったらどうしようと。籍も入れていないのに、バカじゃないのと言われても仕方ないのですが、祖母が亡くなった後、祖父がまるで生甲斐を失ったようにボケていくのを目の当たりにしたので、祖父の内心はわかりませんが、先立たれる辛さは男女の別がないとはいえ、男の方が打たれ弱いだろうと。離婚率が上昇し、終身雇用も失われるご時世で古臭いのかもしれませんが、いくら合理的に物事を割り切ることに平然としている私でも、この辛さにはたえられそうにない。まあ、ヘーゲルがカントを皮肉ったように、泳ぐ前に水練するようなものだと言われれば、あえて反論する気はないのですが、たった2年でも切るのがつらくなるのですから、何十年もかけて共有して先立たれたら、仕事は残っても、生きていけるのだろうかと。サンデル先生は同性婚の問題で自分の見解を伏せていましたが、私自身は同性愛の傾向が皆無なので、離婚ならば怖くないのですが(うんざりはしそうだなと思いますがね)、先立たれたときに耐えられるほど、自分が強くはないということはさすがに自覚があります。

 そんなわけで、パヤたんのスターリングラードの戦いや焼印を押されるシーンがフラッシュバックする並みに結婚に関してはPTSDがひどいのに、新年から古傷を思い出させるように塩を塗り込まれましたとさ。まあ、しかし、酔いもさめると、確かに2004年に血栓性静脈炎をしてから、やや自暴自棄の傾向があったなあと。2008年に再発して、いつくたばってもいいだろうという感覚に拍車がかかりましたし。不思議なもので、昨年は徹底的に歯から各種臓器までチェックを入れて、残り少ないかもしれないけれども、前向きになったような気もします。まったくもって恥ずかしいのですが、若い人と話をしていて今年が本厄だからなあと言っていたら、ええと今41歳ですよね、昨年が本厄で今年は後厄ですよと言われて、そうなのかなと思ったら、本当でしたね。先のことは考えずに、とりあえず欲求が満たせればということが少なくありませんでしたが、今年は自暴自棄の傾向を抑制してみようかと。あまり関係がないのかもしれませんが、25歳で人生で唯一、私自身から関係を切ると言ってから、20代後半で急激に睡眠が浅くなり、どこかで苦しんでいたのかなあと。17年前のことがいまだにフラッシュバックするというのは自分でも信じがたいのですが、もう思い出にしなくては。もっとも、具体的にあてがあるわけではなく、こればかりは縁でしょうかね。

 あまり言えないのですが、女らんまじゃないのですが、男女同伴じゃないと浮く場合が増えてきて、活動が縮小しています。まあ、もてないので諦めていますが、今年はもう少しだけ積極的になってもいいのかなと。ふられる方はひきずらないことは経験済みですからねえ。他方、新年になっても、経済・外交・安全保障は要警戒でしょうか。こちらは、仕事と同じく、まったく変わらないというのが率直な実感です。


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2010年09月10日

「老いの坂」を迎える日本社会

 どこぞの島国のどこぞの政党の代表選を排泄物がらみでたとえていたら、自分がお腹を下してしまいました。どうも、火曜に食べたカツオの叩きかちょっと遅い時間に食べた梨か、どちらかにあたったようで、水曜日は朝から風邪のような状態でしたが、途中から便所から出られない状態になりました。あまりブログで書くことではないのでしょうが、ノロウィルスにやられたと思しきときにも、その自覚がなく、一日で収まってしまったので、消化器系統は異常に丈夫なのかもしれません。便秘を経験したのは、1か月も入院したときぐらいですが、便秘があれほど苦痛とは。下痢なんぞ、流してしまえばどうということはないのですが、便秘のときには死にそうなほどのたうちまわって、とても書けないようなことまで試した上で、あまりの苦痛に睡眠導入剤を通常の倍(危険な行為ではありますが)ほど服用して、12時間ほど眠った後で、1時間かけてゆっくり排泄しました。たぶんですが、入院中は歩けない状態でしたので運動不足もいいところで、退院後、ようやく解放されたという感覚が強く、いろいろ歩きましたので、腸が刺激されたらしく、正常に戻る過程で苦しんだのでしょう(阿比留瑠比さんのエントリーを読みながら、「誰かが『下痢と便秘のどちらがいいかという選択だ』と言っていましたが」とあって民主党代表選を見ていて似たような感想をもつ人がいるのだなあとまったくのマイノリティでもないのかなとホッとしました。どうでもよいのですが、「イザ!」界隈では某巨大掲示板経由で今泉画伯の絵に一発で惚れてしまい、しっかりリーダーで読み込んでいます(「ひ、ひいい!」がお気に入り)。「時の最果て」の住人ですのでコメントなどはせず、日の当たるブログを日陰から見ている感じですが)。

 それはともかく、下痢に苦しみながら、たまにPCを付ける状態でしたが、目を剥いたのは、『産経』が配信した「民主党に政権担当能力なし 東大・御厨貴教授講演」という記事でしょうか。ほお、さすがに御厨先生でもこのざまを見れば、1年もかかったとはいえ、民主党に政権担当能力がないということぐらいは理解できるのかとちょっとは安心しましたが、記事の中に「4、5年はかかるが、明治維新や戦後改革など過去の政治的歴史を対照して大きな改革をしてもらいたい」とあって心が折れました。「歴史に学ぶ」というのは無理なのでは。あるいは、プロにしかわからないから黙れと言われれば、なにも申し上げることはないのですが。まあ、政権交代後のドタバタを明治維新に喩えられるとげんなりするのですが、現代的には明治維新も内ゲバの嵐であったと言われれば、まあそんなものかなあと。ただ、明治維新というのは、西欧流に表現すれば、市民革命であったのに対し、今回の政権交代自体は国家体制を転覆することが目的だったのあろうかと。結局は、小泉氏が確立した官邸主導の政治的リーダーシップをその後の自民党の後継者が引き継ぐことはできず、国民の多数に見放され、民主党政権に変わってさらに迷走を重ねているだけにしか見えないのですが。というよりも、民主党政権は統治機構そのものを破壊しているようにしか私の目には映らないです。簡単に言えば、統治機構の麻痺状態ということでして、御厨説によると、麻痺状態は4、5年は続くということでしょうか。日本国の存続にかかわりそうですな。

 そういえば、珍しく民主党のコア支持層と話す機会があって、地元の後援会の有力者だそうですが、議員さんは政務三役の一角を占めている方ですが、本当に情けないとのこと。菅か小沢かで迷っているので、菅は参院選を無にして許せないが、小沢ではお前の次はないと思えと叱り飛ばしたそうで。あくまで一地方の話ですので、まあ、代表選がどうなるかはさっぱりわかりませんが、「う○ち」(ジュニアサイズ)が「う○こ」(シニアサイズ)か「○んこ」(特大)を選ぶという状態のようですなあ。大変だなと思うのは自民党の地方組織で、よほどカネがないのか、人が集まらないのか、この手の噂すら耳にしなくなりました(あの人事は微妙だなあ。閣僚を配置する必要がないのですから、メディアではスルーされても、石破さんなみに安定感と能力のある人材がよかったような。あ、石原さんや小池さんへのあてつけではありません)。クルーグマン先生の日本観察は雑な面もありますが、一人当たりGDPが米国に比して低下している現象を人口という要因でかなりの部分が説明できるというのは、まあ、そうだろうなと。「寝言」として浮かぶ感想は、社会全体が「老いの坂」を迎えるときに、政治的混乱が生じるというのは、宿命論的な見方かもしれませんが、ある程度までやむをえないのかもしれないということでしょうか。


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2010年07月22日

お金にまつわる「不毛」

 他人の書いたものにケチをつけるようになると、加齢なのかなと思いますが、これはあまりに違和感を覚えましたので、一言、書いておきます。公正取引委員会は私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律を運用する行政委員会であって、「独占=悪」という「価値観」(笑 小難しくいえばイデオロギー?)を運用する機関ではありません。法律の名称から、つい独占そのものを禁止するかのように連想しがちですが、経済法に関するごく初歩的な文献を読めば、公正取引委員会の役割は、独占そのものを禁止するのではなく、市場支配力の形成・維持・強化を図る行為を主として事後的に規制することになります。企業の合併・買収に関しては、企業結合審査を行うという点で、事前の規制が入ります(大半は水平型企業結合ですが)。

 「平成21年度における主要な企業結合事例」(参考)を見れば、合併や買収、株式取得が門前払いとなるのは珍しく、当該年度の代表的な事案である「パナソニック鰍ノよる三洋電機鰍フ株式取得」(参考)を見れば、円筒形二酸化マンガンリチウム電池(住宅用火災警報器用)の場合、HHI(市場シェア(パーセント表示)の2乗を合計した値。ある事業者の当該市場における占有率が100%の場合、HHI=100^2=10000となる)の値が約10000で事実上、独占になりますが、競争上の懸念があっても問題解消措置が講じられれば、株式取得は認めるという審査結果になっています。なお、当該事案の「第2 一定の取引分野」における商品範囲と地理的範囲を定めるのが難しい問題で、経済学の手法が最も要求される問題であり、なおかつすっきりとした市場画定を行うためには経済学の知見だけでは限界もあり(経済学は物事を普遍的に捉えようとするけれども、すべての事案はそれぞれ個性的であることやデータの不足(こちらの方が致命的なことが多い)などが挙げられるでしょう)、事案ごとの個別性を損なうことなく、行うのが望ましい反面、難しいところでしょう。

 公正取引委員会や経済学の応用などを批判するのはなんの違和感もないのですが、あまりに的外れな話を読んでしまうと、なんだかやるせない気分になります。タレブあたりになると、知的な中年の愚痴という感じもしますが(もっと過激なことを言っているのかと思ったら、ドブリューを積極的に評価していたりと意表をつかれました)、公正取引委員会のHPすら読まずに、出鱈目なことを書けるというのはちょっと信じがたいです。

 このようなでたらめな話が出てくるのは、たいていの場合、本人の思い込みが極端に激しいか、公正取引委員会のような、失礼な表現ではありますが、権限がさほど強くない行政機関やこれまた非礼ではありますが、世の中でわからないが故に役に立たないと『日経』あたりで叩かれる経済学に八つ当たりせざるをえないほど事態を、少なくとも、ご本人は悲観的にご覧になっているのでしょう。「ジミンガー」は、参議院議員選挙の比例区の動向を見ると、まだまだ賞味期限が切れていないようなので、それなりには使えそう。ただ、与党に埋没したくない人たちは、「ニチギンガー」を唱えて、少数派ではありますがコアな支持層を獲得されたご様子。それとは差別化したいので、「コウトリガー」というところでしょうが、あまり流行りそうにないですなあ。キリンとサントリーの「破談」を考えても、公取が邪魔をして潰されたという、そんな簡単な話だった方がよいなあと思うぐらいですから。年を食うと、自分の思い通りにならない現実を見ると、「○○ガー」となるらしい。くわばら、くわばら。あとはバブル世代の人たちには「団塊の世代」以上に違和感を覚える言論が多いように感じております。成長戦略という表現自体、なんだかなあという感じ。20代前半からパッとしない日本経済と20年もつきあってくると、なにか特定の政策で見違えるように成長する日本経済を想像することができず、2010年6月末時点で大学新卒者の内定率が40%前後という数字を、噂ですが耳にすると、成長率がマイナスにならないのがやっとで、消費税率を25%にしたところで社会保障制度は維持できそうにないし、あんまりできそうにないメニューが並ぶと、かえって悲観的になります。それ以上は私の知ったことではありません。

 「競争は善」という経済学の価値観(「市場の欠落」の分析や合理的個人の仮定を緩める話に移っているそうなので、どの経済学者の意見なのよと思いますが)のおけげで公正取引委員会が効率を高める合併・買収を妨げているという話は、現実的な影響力でいえば、いわゆる「リフレ派」よりも無視してよい程度だと思います。問題は、半年ぐらい前にWBSでさえ、報道していたパナソニックによる三洋電機の株式取得に関する審査で問題となった、事務手続きの遅れ(公正取引委員会を擁護するつもりはありませんが、この点に関しても改善を図ろうとしている)や経済法、あるいは競争政策の国際的な協調などの実務的な問題が、この種の議論がでてくると、イデオロギー的な議論のおかげで後回しにされかねないことです。世の中というのはそんなに一挙には変わらないのよ。閉塞感を覚える人たちは事を急ぎすぎる。公的なことに影響がでるのは現政権でも十分、迷惑千万です。

 そんなわけで『まぐれ』の方が、毒は強いとはいえ、はるかに楽しみながら読めますね。タレブの立論でどうしても納得ができない点は、経済学への批判というよりは、一方でガウス分布が成り立つ世界の存在を認めながら、他方でべき分布でしか近似できない世界として金融市場を描くという点でしょうか。どうにも気もちが悪いので数学の人に尋ねてみると、確率論でもすっきり整理されていないとのことでした。しかし、いまさらコルモゴロフの『確率論の基礎概念』を読み直すのも厳しく、なぜ、あんなものを20代半ばのときには理解したかどうかはともかく、ノートをとりながら読む体力があったのだろうかと自分でも不思議です。今では、本を開いた瞬間にめまいを覚えますが。


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2010年05月18日

ルーピーのルーピーによるルーピーのための政治

 ほへぇと思ったのがまだ口蹄疫対策本部を首相官邸に立ち上げてなかったのですかというお話。連休中に農水省の「宮崎県における口蹄疫の疑い事例」が増える一方で収束する感覚がなかったので、5月6日の「寝言」で農水省の関連ページにリンクを貼っておきました。おそ松君が宮崎県入りしてから、疑い事例がほぼ倍増。さらに、山田君が宮崎県入りしたそうで。宮崎で座布団でもばらまいていたのでしょうか。建前上はどうも官邸が風評被害の拡大を恐れていたとのことですが、その間に現実の被害は拡大していましたという笑えない話です。連休前の段階で宮崎県だけでは消毒液さえ十分にとれない状態でしたから、その段階で既に宮崎県のできる範囲を超えていたと思いますね。

 さらに笑えないのが周囲の反応でして、連休明けの頃には口蹄疫なにそれという人が多かったのですが、先週の段階でも多かったですなあ。ある程度、説明しても、私の理解力不足もあるのでしょうが、それって宮崎だけなら影響ないでしょとか。万単位で殺処分された牛・豚を想像することもできないようです。ああ、この人民にしてこの政権ありと実感しましたね。新聞やテレビが騒ぐ普天間がどうとか挙句の果てにはよく知らない議員が突き倒されか自作自演かどうかで騒いでいて、まるで別の国みたい。冷静に考えると、この国の人と話があうことが少ないので、それだけのことなんだなあと。

 ルーピーの、ルーピーによる、ルーピーのための政治(government of the loopy people, by the loopy people, for the loopy people)。昔風に表現すれば、「苛政は虎よりも猛し」でしょう。昔は、現在のような民主的な手続きをへずに暴力を独占した人たちが無茶苦茶なことをやることもありました。現政権は、民主党に投票した人だけではなく、棄権した人たちも手を貸したという自覚がまるでない。牛や豚では痛くないようですから、死人でも出ないと、「苛政は虎よりも猛し」というのが実感できない人が多数なのではとすら思います。日本社会が活用できる資源は、今後ますます減少していくでしょう。今日では政治が積極的になにかを行うことよりも、個人や自発的なコミュニティではとても処理できない事態に対応することの方がはるかに重要でしょう。右往左往するルーピーを見て、笑っている人が増えてはいますが、あれは日本人(残念なことに私自身も含まれる)の自画像だということを自覚しない限り、また同じことを繰り返すだけなのでしょう。
posted by Hache at 08:24| Comment(1) | TrackBack(1) | 不幸せな寝言