2013年03月18日

とりあえず一段落

 3月14日木曜日に転居いたしました。昨年の5月に転居した後、短くても5年ぐらいは住むつもりでしたので、家具をしこたま買ったのですが、おかげで、前回の引越しとは比較にならない運搬量になりました。書きたいことがいろいろあるのですが、引越し当日だけに話を絞ります。

 今回、依頼した先はアート引越しセンターです。25%オフのキャンペーンがあったので、一度は利用してみようという程度の理由です。見積もりの段階では作業員は4名、総予算は11万円弱でした。見積もりでは、割引の適用がない場合が15万円強、割引を適用して11万円弱でした。ええ、「時の最果て」でも「寝言」というより、かなりの問題発言ですが、書類に、作業員向けのコメントが書いてあって、「基本作業の徹底を!」と書くつもりで、「徹」の字が手偏になっていたので、これがFランク大学の実力だと実感しました。あまり偏差値の良し悪しは関係ないと思っておりましたが、やはり手で書いた文書で誤字脱字というのは不安を掻き立てます。今のところ、私は字を誤って書いたことはないと思うのですが(このブログは誤字脱字だらけですが、デフォルトなのでご安心をry)、パソコンの利用頻度と手で字を書く機会は、やはりトレードオフの関係にあるようなので、英語以前に日本語をやらないとまずいなと感じております。

 午後2時から作業を開始したのですが、この段階では2名でした。ただ、とても手際がよくて、午前開始の作業をしていた3名のグループと合流する頃にはほぼダンボールの詰込みが終わっていました。この段階ではリーダーの人が礼儀正しいぐらいの印象しかありませんでした。

 なにしろ、エレベータのない4階からのダンボール箱だけで70個近くを下すという過酷な作業です。2月末には玄関の外側に本が入った段ボール箱を並べていましたが、体感的には30分程度で段ボール箱がなくなりました。私自身も、部屋の内部にある段ボール箱を玄関にもってきたりなど多少のアシストはしました。2人にしてはペースが速かったのですが、アートの本気が始まったのは、ここからでした。

 まず、机の分解です。机とイス、本棚は通常の家具屋では手に入らない、業務用を使っています。厄介なのが机でして、160cmの基本の机にL字型になるようにサブの机を連結しています。さらに、デスクパネルを机の前面につけています。もちろん、他人の机と並べているわけではないのでパネル自体は画鋲等でメモを貼り付けるためのボード代わりです。これは、部屋に搬入する際に、コクヨの配達員が1時間近くセッティングに要したという面倒な品物ですが、若いリーダーが簡単に分解してしまったので舌を巻きました。「分解するのは簡単ですよ」と言っていましたが、そういう問題かいな、すげえなと思いながら、次はワードロープ。

 これは完全に私のミスなのですが、前々日から前日にスーツを始め、すべての衣類を段ボールに詰めてしまいました。アートの人が中が空っぽなのを見て、「衣類をたたまず傷めずに運ぶ箱を準備しておりましたが」と怪訝そうにしていました。安い業者しか利用したことがなかったので、貧乏くさい考えでした。「営業の者が説明しなかったせいですね。では、解体して運びます」と言うので、これはさすがに感心しました。引越しマニアでもなければ、引越しオタクでもないのですが、引越し業者の作業員と言えば、横柄、乱暴、力任せの脳筋というのが勝手な私の妄想ですが、この一言は、言いなれているのかもしれませんが、完全にアドリブで、顧客である私のミスを自社の責任にするとっさの気遣いと判断力に脱帽しました(正確には社内に持ち帰ることにしてなにも言わなければいいわけです)。リーダー方の年齢を、顔の表情にどこかあどけなさが残っていたので20代と勝手に想像しましたが、よい人材が育っているなあと感心しました。

 さて、ワードロープはミスとはいえ、服を梱包したおかげで、内側の下に20cm四方程度のカビを発見しておりました。実は、カジュアルなシャツの袖がカビまみれにいて泣きたい気分でしたが、これを破棄するのは忍びないぐらい気に入っていたシャツなので速攻で洗濯をして、乾いたら、即クリニーング屋で事情を話してカビの徹底除去をお願いしました。ワードロープの内側の壁自体は、カビキラーではなく、アルコール消毒をしながら、1時間近くかけてとりました。一回拭いただけではだめなので(カビ自体は1回で落ちるのですが)、何回も乾くのを待って、拭きました。ただし、カビの胞子そのものを除去することは無理なので、困ったなあと。

 ワードロープの解体をするために、移動したら、リーダーが声を上げていました。来てくださいというので、見ると、背面のほぼ同じ位置にカビが生えています。用語は忘れましたが、普通の木の板ではなく、合板の少し落ちるもののようです。金額のことは引越し費用以外はあまり書きたくないのですが、これは6万ぐらいしたので60ぐらいまでは使えるかなと思ったのですが、安物でした。たぶん、2度とこれを購入した店の製品は購入しないでしょう。ただ、この冬は湿度・気温ともに異常で、おそらく浴室の壁面とトイレの底面がカビまみれになったときに、やられてしまったのでしょう。しかし、過酷な気象条件が続いているとはいえ、カビが生えるタンスを売る家具屋とは取引するのは生理的に無理です。

 代わりを見つけたら、廃棄するしかないかという気分になったところで、リーダーがカーボンシートを使いませんかと言われたので、話を聞いてみました。胞子が入り込んでいるので、放置すれば、再発は必至です。お客様の方で除湿剤を遣って頂くと同時に、カーボンシートを使えば、かなりの確率で再発防止ができますと。畳の下に置くのが本来の使用方法のようで、3畳用が10,500円、6畳用は19,500円と引越しの最中には即決を躊躇う金額ではあったので、向こうに到着するまでに考えておいて下さい。ただ、ワードロープだけで2畳分は必要なので、そこはご理解くださいと言われました。

 7月から10月の期間に仕事から帰ってきて40度を超える気温を体験したことが転居の最大の理由だったのですが、実は冬も寒いです。日当たり自体はよいのですが、日が落ちると、今年のように寒気が強いと、すぐに冷えます。実は、寒さに弱いので1回しか試していないのですが、昼に暖房を入れずに15度まで温まった部屋が、9時頃には5度まで下がっていました。寒暖の差が激しい部屋の上に、結露がひどくて驚きでした。したがって、家具は自主防衛をしておかなければならなかったのですが、残念ながら事が起きてから対処する形になりました。値は張りますが、6畳分で買おうと、タクシーの中で肚を決めました。もう一つは、冷蔵庫の下にコルクマットを敷いていましたが、全く効果がなく、CFに食い込んでいました。アートのリーダーが言うには、厚いマットは要注意とのことで、こちらもアートさんの5安心マット(ネーミングに若干、疑問は感じて買うのを躊躇わせる効果があるのですが)を買いました。

 人を見て物を買うというのは危ういところもあります。話がうまいだけの人もいますし、そうではないのに善人の演技が板についている人もいるのでしょう。実は、今回の引越しで20万近くがとびましたが、リーダー役のNさんとエアコン工事のKさんを信頼して買いました。この判断は間違っているかもしれません。このように書くと誤解を招くと思うのですが、この二人を疑っているわけではなく、相手を信頼できると思うというある種の「信念」自体が確率的なもので、純粋に信頼してしまうと、思った通りの結果が出なかったときに、人間は過度に信頼しなくなるというブレをもっているという仮説を立てています。だいたい、「疑心暗鬼」、「信頼と不信が半々」、「信頼」という主観的な確率で人は動いるのだろうと。これをなんとか形式化したいのですが、難しいです。本題から話がそれるので、このあたりにしますが、「信念」のブレこそが市場を不安定にもするのですが、歴史的に見て、市場という非人格的な機構と「信念」のブレを無意識に反映する市場外の制度が育つことが、市場経済がある地域で支配的になるために不可欠の前提の一つではないかという「寝言」を本業でなんとかつぶやきたいなあと。引越しもその環境をプライベートで確保する一手段でしかありません。

 午後2時から作業を始めて、4時前でした。荷物を降ろす作業中に、最初の2人のメンバーにさらに3人が加わったのでびっくりしました。午前の作業が長引いたらしく、予定よりも遅れて参入しました。まだ昼ご飯を食べていないのでというので、さすがにびっくりして、ゆっくり食べて下さいと言うと、リーダーが嬉しそうにしていました。その気はないのですが、若くてきびきびしている男子を見ていると、女子以上に気を遣ってしまいます。さすがに4階から階段で290リットルの冷蔵庫を降ろしたりとか、無茶をお願いしていますので、次はエレベータがありますねとホッとした顔をしていたので、無理しないでねと言うところです。あとでお昼はどうしたのと尋ねたら、コンビニのおにぎりだったので、準備してあげればよかったと思いました。

 管理棟で駐車場に進入できるコインをもらって作業再開です。この段階で4時半でした。エレベータがあるおかげで5階とはいえ、スムーズに上げる作業は進みました。ここでエアコン工事が入って、また信頼できそうな人だなあと。アートの関連会社の方でした。実は、引越し前日に、別の方が取り外しだけをしたのですが、そのときもいい感じでした。追加料金で1万5千円ほどかかりましたが、この物件の断熱はそうとうしっかりしてますよと言わました。大半は、パイプを外に出すための費用でしたが、後で見ると、エアコンの取り付け先は50cmほど出っ張っていたので、URもやりすぎではと苦笑しました。

 もう書くこともあまりないのですが、洋室8畳の物入れにひび割れがあるのが気になったようです。ここも、湿気が溜まりやすいと思いますとのことでしたので、ワードロープと机を置いている遮音性のカーペットの下、物入内部とお任せでカーボンシートを敷いてもらいました。最後に特筆すべきは、机の組み立てでして、作業後、いやらしいぐらい傷がないか点検したのですが、事前に気がついた傷以外はまったくなくてさすがです。もっと驚いたのは、既に書いているのでくどくて申し訳ないのですが、分解した状態はコクヨの人がもってきたときとまったく同じ状態で、コクヨの作業員は組み立てから完成まで1時間近くかかって見ている方もぐったりしました。電動ドライバーも使って、この時間です。実は、本棚の連結も電動ドライバーでやっていたのですが、こちらは私が手動のドライバーで簡単に処理できました。しかし、机はどこから手をつけたらいいのかわからないほど複雑です。ちなみに、組み立てのマニュアル自体がなく、アートさんにお任せです。

 正確に時間を計ったわけではないのですが、たぶん10分もかかっていないと思います。子どものときに母上がお昼ご飯を手抜きをするときにはいつも「きつねどん兵衛」を食べるという「虐待」を受けましたが、机の組み立て時間は麺が伸びない長さじゃないですかね。よい意味で唖然としました。芸術品の輸送から噂では盗まれて困るものの輸送ではアートさんが最もよく利用されるという話を、どこかで聞いたのか、読んだのかは忘れましたが、耳にしたことがあります。それとは桁違いの安物とはいえ、製造元の関連会社の人がマニュアルを見ながら、組み立てに四苦八苦するとは対照的に、毎日、組み立てているかのように簡単に作業が終わってしまいました。後日、不動産屋で聞いたのですが、アートは引越し業者の中では格が違うらしく、言葉遣いから教育がすごいですよと。しかし、それは表面的なことであって、すべてと言ってよいと思いますが、すべての作業が顧客視点で常になされているところと、どんな作業でも確実にソリューションを見出すノウハウの蓄積が、一般人の引越しでも行われているのが驚きでした。正直なところ、懐は痛いのですが、金額よりも満足の方が大きいです。3月と5月という相違も大きいのですが、日曜日で食器の片づけまで終わって、新生活の準備が短期間で終わったのはアート引越しセンターのおかげでしょう。次の引越しはせめて5年後ぐらいにしたいのですが、このレベルのサービスが受けられるのなら、他に選択肢はないと思いました。

 アートの手先みたいな「寝言」になりましたが、よいスタートを切れたので、けなすべき点がないのが実情です。すみません。たまには褒めることもありますよ。最近、「毒いなあ」、「うわ猛毒」とか言われたのを気にしたわけではありませんよ?それにしても、1LDKという間取りは楽です。広いので掃除は楽ではないのですが、ボーっと時間を過ごしていると、やはり広い部屋というのは落ち着きます。


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2012年12月11日

たかが5連鎖 されど5連鎖

 体調が思わしくないのですが、休まずにおります。というのも、少しでもあいている時間があると、『Bぷよ』でCPU戦をしているので、休んではいくら社壊人とはいえ、いくらなんでもまずいでしょうと。まったく、どうでもいいのですが、CPU戦のAIは「part13,14小鳥さん 基本速度8」で速度は8では私が相手にならないので0に落としてからなんとか速度6でイーブンになるところまできました(「まわし」は当然ですがONです)。速度8はつらすぎるので、0から6まで上げるのに何時間かかったのかは内緒です。ネット対戦もできるのですが、ぴろ彦さんと雨宮さんの対戦を見てしまうと、正直なところ、今のレベルでは相手に申し訳ないです。ボロ負けするのは仕方ないのですが、弱すぎるというのは対戦相手に失礼な気がするので、CPU戦でことりん相手に基本速度8でイーブンになるまで頑張るといったところでしょうか。

 そんなわけで夜更かしではなく早朝に『Bぷよ』をやって一日が始まるという状態でした。ここのところ、ニコニコ動画にログインする際に「取り戻す」おじさんがうるさいので、結果の見えている、くだらない就職活動がとっとと終わらないかなという気分でして、オートコンプリートは危険な気がするのですが、こういうときは本当に便利だなあと。ログインして自分のユーザー名をクリックすると、ニコレポが表示されて、驚きました。

 『ぷよm@s』part31が2012年12月11日1時28分で投稿されたのに気がついたのが同じ日の朝でした。取りつかれたように2周してまだ物足らず、帰宅して再度見て、とうとう3回目。対戦結果は予想通りでしたが、プロセスで鱈Pのすごさを実感します。まさかのpart29の伏線回収イベントがあって、驚きました。今、私自身が欲しい能力に関することなんですが、これ以上はネタバレになるので伏せます。とにかく真の強さ、千早の強さをわかっていないことを理解させられました。



 この二人の域にいつかはいきたいと思いますね。深読みですが、弓削Pの『アイドルたちのジャンケン大会』と真と千早の能力がミラーイメージになっている気がします。

 とにかくいい作品を見ました。それに尽きます。

 以下はネタバレ成分を含みます。part31をご覧になった方だけどうぞ。


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2010年10月03日

前向きの涙

 ふわあ。「寝言」も出ないぐらい、幸せな一日でした。久々の結婚式、披露宴への参加。三十路前に駆け込むように、相次いで悲鳴を上げそうになりましたが、四十をすぎると、若い人の結婚というのがまぶしいなあと。市川海老蔵さんと小林麻央さんの結婚式も、ついつい見てしまいましたが、一般人の手作りの結婚式というのもよいものです。新婦さんのご招待。新郎さんもなかなか男前でしっかりした人物のようで、親類ではありませんが、安心しました。

 披露宴の最後に新婦さんが両親への感謝を述べるときに、真心がこもっていて、思わず涙をこぼしました。途中から、こちらがもらい泣きをしそうでしたが、なんとか涙がこぼれないようにするのがやっと。職場を離れてから4年近くになりますが、決して器用ではないけれども、「真実一路」というのは変わらない一方、成長しているんだなあと感慨ひとしきり。

 理屈などなく、感動を味わった一日でした。Yさん、Rさん、絆をいっそう深めて下さい。現代において自分の意思で選べる絆はかけがいがないのですから。


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2010年06月30日

サッカー日本代表ありがとう

 惜しくもPK戦で敗れましたが、本当にここまでありがとうと申し上げたいです。延長戦まで集中力が途切れることなく、体力的にも逞しく感じました。サッカーのテクニカルなことはまったくわかりませんでしたが、前半、主導権を握られていたのが、後半から徐々に主導権をとり返してきたのは相当の底力だったように感じました。最後は幸運の女神がパラグアイに微笑みましたが、これからの試合でパラグアイ代表がそれにふさわしいチームであるよう、頑張ってほしいです。

 決勝トーナメントを勝ち抜くという楽しみは残りました。とりあえず、睡眠不足を解消しなくては。
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2010年06月14日

J. S. バッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータとソナタ ライブ編

 以下、不躾な部分もあるので、匿名の状態で感想だけ記しておきます。この曲とは一生の付き合いになりそうなので。

 うーむ、変な感想になりますが、無伴奏ヴァイオリン・ソナタ&パルティータをライブで聴くのは、実は、初めてなのですが、実際の演奏を聴くだけではなく、見ると、想像以上の難曲だなあと。ソナタ第1番のフーガが凄まじいのでありまして、ミスがいくつかあるのは素人でも気がつくのは容易なのですが、この曲が現代とは限らないのかもしれませんが、演奏者にとって要求するレベルが非常に厳しいことに気が付きます。演奏はヴァイオリニスト一人で、なおかつ暗譜(スコアを置かないのは譜面をめくっている余裕がないので当然ではありますが)で演奏していてどこまで演奏したのか迷いそうです。しかも、緻密な構成なので音が流れてしまったり、飛んでしまうと、一気に崩壊するリスクが高い。録音ですら、全曲を通して安心感があるのはハイフェッツぐらいでしょうか。驚いたのは、シチリアーノでして、この音色は言葉では表現できないです。パルティータは安心して拝聴しました。

 とある公会堂のホールで聴いたのですが、どうも、残響が強いのか、席が悪かったのか、音が割れるように聴こえることが少なくなく、ちょっと厳しいです。気になったのは、室内の湿度の低さでしょうか。高温多湿の日本という国はヴァイオリンにとって決して優しい環境ではないのでしょう。しかし、ホール内部は空調が利いていて目がカラカラになるぐらい。他方で、高音のときにはなんともいえないよい音色が出ていて、もう少し前の方に座ればよかったのですが、G線で出ている音色なのかはわかりませんでした。ソナタとパルティータの第1番が終わったところで休憩。これは演奏者を苦しめる曲だなあと。紹介して下さった方は、聴いている方が冷や冷やすると、困ったような様子。ただ、演奏が止まるようなミスはなかったので、ライブではかなり完成度が高い方でしょう。というよりも、ライブで全曲を披露されるというのは、向上心が強い方なのだろうと。本当に貴重な機会でした。

 ソナタの第2番ですが、アルマンドは第1番と同じく、なんともうっとりするような美しさがあります。問題は、第1番よりもフーガが長く、技巧というより、ほとんど嫌がらせに近いレベル。若干、ミスが気になりましたが、第1番のような抑圧された曲より演奏者にとっては弾きやすいのでしょうか。ただし、こちらは低音で苦しい部分が多く、使用楽器がわからなかったのですが、ご一緒した方々はほとんどがグァルネリに近い音色とのことでしたが、低音の響きが「カノン」のような低音でドーンとくるような迫力ではなく、高音の華やかさは、ストラディヴァリウスではないにしても、かなりよい感じでした。注目は、実はソナタの第2番ですと、第3楽章(という表現でよいのかは素人ですので疑問ですが)のアンダンテ。緩徐楽章のようでボウイングの方に注目ですが、見事に弾かれていました。フーガ−アンダンテ−アレグロという構成自体がしっかりしすぎていて、厳しいのですが、ソナタの第2番のアンダンテがほぼノーミスで弾けるということは演奏者の技量が高いことを示していると思います。バッハの緩徐楽章は異常に要求水準が高くて、全曲録音を残している演奏家でも、間延びしていたり、時折、主題と通奏低音がやや混乱している部分がありますので。

 この日の目玉はやはりパルティータ第2番でした。それまでの演奏では楽章の合間に、軽く間をおいて、音を確認する作業が入りましたが、このパルティータでは、アルマンドとクーラント、クーラントとサラバンドの間に間をおいたものの、音の確認はなく、サラバンドから後は全休止こそあっても、一気にジーグ、シャコンヌへ流れていって、当時の演奏に近いのかもしれません。シャコンヌは、聴きながらうっとりしてしまいました。まあ、余計な感想が浮かばない、最高の演奏でした。

 ちょっと興味深いのはソナタとパルティータの第3番の演奏でした。第1番で目立ったミスですが、こちらは曲の難易度、特殊なボウを使わないあたりからくる普通のミスですが、第3番は敢えてミスを恐れずに踏み込んでいくようなタイプのミスがありました。商業ベースに乗る演奏家の場合、ノーミスが当然であって、その制約の下でなんとか音楽性を表現するのですが、ノーミスの制約が厳しく、長調の下での解放感を表現する部分にまで制約がかかります。もちろん、ミスをすることが好ましいことではありませんが、個人的にはノーミスが当たり前の状態ではちょっと食い足りない。このソナタのフーガも全3曲で最長というだけではなく、反行フーガまであって、迷いの森になりかねない部分です。ミスはありましたが、慎重に「建築」をつくりあげようとするあまり、抑制が効きすぎて流麗さが損なわれることが多いのですが、今回の演奏ではまさに流麗であり、コラール前奏曲の主題が非常に美しく響きました。スコアを見ていないので、バッハの音楽として正統ではないのかもしれませんが、こういう解釈もありうるし、ひょっとしたら標準的な解釈よりも優れている、スケールの大きな演奏だと思いました。

 演奏者はオイストラフを心の友にしていると、紹介者から演奏が終わってから伺いましたが、この演奏は非常に興味深いです。なにしろ、オイストラフが全曲録音を断念してしまったので、やはりハイフェッツが最も完成度の高い録音を残してくれたのを頼りにするしかないのですが、テンポからすると、ヒラリー・ハーンよりはやや速め、ハイフェッツよりはやや緩やかというところでしょうか。しかし、全体としてこのフーガを流麗に描くというのは容易ではなく、音楽性の表現としては非常に高いものを感じました。ノーミスにこだわるとできない演奏ですね。女性の演奏者には失礼ですが、男性的な力強さと流麗さが印象に残りました。

 シャコンヌに続いて、演奏者の高い音楽性を感じさせてくれたのは、パルティータの第3番。こちらもソナタと同じく、長調ですが、第2番のシャコンヌで高い精神性を抑制的に表現した後に、自由、あるいは平たく言えば、プレリュードが提示する開放的なのびやかさとともに、展開部の抑制の下での自由が絡み合う曲です。シャコンヌのやや内向的な精神性の高さとは異なる、音楽の喜びが抑制的ながらも、はるかに前面に出てくる、演奏者の個性がはっきりと出る楽章です。演奏者は、ソナタに続いて流麗な演奏で、ジグまで飽きることのない、音楽の弾く喜び、聴く喜びと音楽の楽しむ喜びを存分に披露していて、素晴らしい演奏でした。

 やはり全体としてはミスが少なくないのが惜しいのですが、ノーミスにこだわりすぎると、聴くことができない演奏を聴く機会に恵まれたのは幸せでした。休憩を入れて3時間近い演奏をされたKさんにあらためて拍手を送るとともに、紹介して下さったS先生に感謝です。


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2009年06月14日

話せばわかる 話すより書く方がよい

 ふう。なんとか、苦しいところを越えたというところでしょうか。人を斬るというのは苦痛ですが、話してみたら、まったくもって信頼できる人であったというのは珍しいものです。おかげで、やむをえず、刀を抜かなくてはならない状況に追い込まれた場合の準備をしておいたことが意図せざる結果として、話をしてみてダメだったら、実際は急所をすべて突いて血も流れずに終わる準備を3カ月がかりでつくっていましたが、前日に抑鬱状態になって、相手が善意の場合の力加減も想定していたら、想定していた以上に話がよくて、思わぬ喜びをかみしめましたね。まあ、それなりにうまくいったのでしょう。ひそかに「立会人」が覗いていたようで、さらりとパーティで、的をえた話をしてくれてありがとう、と簡潔ですが、言われて、あまりほめられても喜ばないひねくれ者ですが、私を使った方なので、ホッとしながらも、やはり嬉しいものです。役に立ったかどうかは別として、互恵的な関係を築くためには相応の努力が必要なことを感じました。

 最初に届いたものを見たときにはこれはさすがにまずいなと思って、改善策、代替案、ダメだったら、完全破壊といろいろ選択肢を練っていましたが、この2週間ぐらいは完全破壊に至る可能性が高く、苦吟の日々でした。陰険ですが、俺が悪いわけじゃないよと自分のための逃げ道も準備。ただ、やはり完全破壊に至るのは精神的には苦痛でして(露悪的に表現すれば、インチキなものを徹底的にぶち壊すのは快感ですが)、他の人と話をしていて、ちょっと感性がずれているのかもしれないなあと。ある人は、常識が最後にものをいうと言い、なるほど。他の人は、他人のことだからと突き放すのもやさしさと言い、これまたなるほど。私自身は誠実であるか否かであることに偏重しているのかもしれません。この場合の誠実というのは私の能力では表現するのが難しいのですが、単に嘘をつかないというのでは不十分です。私自身もそうですが、「思い込み」という形をとって人は自分に嘘をつく。形式的に言えば、自らが神ならぬ不完全な存在であるという限界を自覚して、不完全な存在にどれだけ迫るべく、自分を追い込めるのか。

 さらにいえば、真実は目の前にあるものの、脳みそなるものがあるがゆえに、人には真実を見ようとするが、見ることができない。目の前にある真実を見ようと思えば、バカバカしいほどの迂回をせざるをえず、そのプロセスにたえられるかどうか。そして、しばしばそのプロセスでは真実そのものではなく、自らが見たいと欲する真実こそが真実であるという誘惑に勝てるかどうか。あえてドライな見方をすれば、見たいと欲する真実と不完全な存在には見ることができない真実が、ひどい表現ですが、なにかの拍子で一致することが少なくないという自覚すら必要だという感覚です。だから、真実をつかんだと思った瞬間に真実は確実にその人の手から離れてしまう。頭のいかれた「外道」の感覚なんてそんなものです。

 しかし、若いというのは実に羨ましい。やっていることは無謀に近いのですが、これができなくなりつつある自分に気がつきます。ただし、無理筋ではない。発想は面白いのですが、このままではダメなので、必死に頭を使いました。久々に、本業で見知らぬ道を歩いてみたのですが、ちょっとは脳が若返ったのかしら。こういう作業の後の酒はおいしく、楽しい時間を過ごしました。もっと早く、コミュニケーションをすればよかったと思う反面、相手が誠実であるか否かが事前にわかっていたら、ここまで掘り下げなかったのかもしれないとも。ただし、困難はここから始まりますね。道のりは長いし、モチベーションをいかに保つかが肝心なので、ありとあらゆる打算と感情で鼓舞して終わりました。若い人に教えてもらうのはなかなか愉快です。

 しかし、話せばわかるというのはあるものだなあと。真の苦痛は、話せばわかることを書くことによって死んだ形式にせざるをえないことあるのでしょう。これに耐えられるのかは、本人しだい。形式というのは空疎に見えますが、思考そのものの再現性を担保するには、現状では、他に代替する手段がないのでしょう。


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2008年08月12日

ハードボイルド?

 PC自作にもう一台のマシーンをいじっていたところに、刺激臭のする薬くさい中華料理(一口で食べられる程度でしたが)がとどめを刺したようで、食欲もなくなってしまいました。こういうときは早く寝るに限るわけでして、昨晩は12時で「店じまい」。珍しく朝7時前に起きるという健康的な生活をしてしまいました。エアコンを止めて微妙に風を入れていたのですが、思ったより涼しいです。珍しく女性がでてくる夢を見ました。というより、最近は夢を見ても、まるで覚えていないので珍しいです。なんともいえない懐かしさがあって、不思議でした。「時の最果て」というのは『クロノ・トリガー』というゲームに由来しますが、無理やり知り合いにやらされまして、その顛末はこちらに書きました。この知り合いは邪悪でして、私に興味のない「ギャルゲー」なるものにはまらせようとした極悪人ですが、プリンセスなんとかはまるでおもしろくなくて意味がわかりませんでした。しかし、『ときめきメモリアル』なるゲームは基本的に単調ですが、まあまあ面白くて、幼なじみというのはホッとするなあと。自分には欠けていることに人はあこがれるものだと思いました。今朝、見た夢も、「時の最果て」とは異なる、もっと素朴な懐かしさがあって、幼なじみの夢だったのでしょうか。詳細は覚えていないのですが、夕焼けの海を眺めて美しさにボーっとしていたら、隣で女の子がクスッと笑ったところで目が覚めてしまいました。他愛のない夢ですが、高校時代にこの景色は幾度となく見ていて、隣にいた女の子も懐かしい感じでした。インテリが大の苦手な私は、お勉強ができますというタイプが苦手で、昔から一緒にいて気楽な人がいいですね。目が覚めたら、コードがあまりに見苦しいので整理して、掃除機で片付けてしまいました。現実は実に泥臭い。

 頭までいかれてしまったわけではないので(もともといかれているという問題は別として)、さっさと仕事を済ませて、余った時間で『世界の論調批評』で紹介されていたH. A. Kissinger"New Premsies in Iraq"を読みながら、この話はどこかで読んだなあと思って外付けHDDのデータを検索したら、"Lessons for Exit Strategy"がでてきて、昨晩はこちらを読みながら、寝てしまいました。キッシンジャーの文章を読むとホッとしますね。実は、PC内のファイルをプリントアウトするのが一苦労でして、ここ数年、プリンターのドライバのインストールをする必要が全くなかったので、手順を忘れてしまいました。自宅で使っているが、EpsonのLP800Sというモノクロレーザーですが、確かWindows 98の時代のプリンターで、XPのドライバはなかったはず。エプソンのHPで見ても見当たらず、困ったなあと。恐ろしいことに、Googleで検索すると、一発でドライバが見つかるので、もう検索エンジンなしでは生活できないなあと思いました。どちらのPCにもパラレル接続のポートがないのでUSBで接続して印刷できる状態になるまで1時間ぐらいかかってしまいました。ワードに落としてあったので、早速プリントアウトして読み始めると、3年前とあまり大筋が変わらないので、なんと申しますか、ホッとします。微妙なニュアンスが読みとれておりませんが、気が向いたら、「寝言」にしてしまおうと思います。

 どこのサイトを見ても、オリンピックの話題ばかりでついてゆけないなあと。アテネも後半ぐらいから見た覚えがなく、印象に残っているのがトライアスロンだったような。正直、メダルの数とかどうでもよくて、エーゲ海の風景がとてもよくて見入ってしまいました。室内競技が多いようなので当分はスルーですね。なんとなく映画が見たくなってつたやにでも行こうかと思ったら、会員の期限が切れていました。最近の映画はまるで見てませんし。ふと、『マルタの鷹』を20年ぶりぐらいに見たいなあと思ったら、なんとアマゾンでDVDが500円で売っているのでびっくり。クラシックといい、映画といい、古いものを好んでいると、カネがかからんのですよ。著作権関係の団体がいつまでもごねていると、残念、残念てな感じになるかもですね。たいしたコンテンツを提供しているわけでもないのに。それはともかく、原作のある映画はたいていの場合、原作を読んでから映画を見る場合が多いのですが、高校時代に唯一、映画を見てから原作を読んだという珍しいタイプです。スペードがあまりに渋くて、はまってしまいました。あらすじを忘れてしまいましたが、友人を殺した女を突き離すあたりが妙に印象に残って、こればかりは『ルパン三世』の初期も「お子様ランチ」という感じ。いわゆる「ハードボイルド」物というところでしょうが、なんとなく「武士は食わねど高楊枝」みたいな感じで、失った過去を追う夢みたいなものでしょうか。

ハードボイル度診断結果 ふと、検索していて気がついたのが、「ハンフリー・ボガートへの道」という、失礼ながら、意味不明ではありますが、けっこう笑える診断でした。私の結果はこちらの通りです。うーむ、自覚はありましたが、相当、世間様からずれているような。「問3」あたりは「そもそも持っていない」という選択肢がほしかったですね。こんなもの自体、この世から消えてしまえばいいのにと思うことがあります。着うたとか他人が使うのは勝手ですが、実にバカバカしい。着信音は当然、黒電話で電車内でなくてもマナーモードがほとんどなので当然、バイブレーターがデフォルト。「問5」は微妙で、うまいコーヒーは当然ブラックですが、まずいときが難しい(会議のときにはこちらがほとんどですが)。フレッシュだったら我慢してブラック。衛生状態のよさそうなお店だったら、出されたクリームでしょうか。「問7」は考える必要もない。

 「問14」、「問15」で思わず受けてしまいしたが、ハードボイルドというわけではなく、単にずぼらなだけですが、昨日のことは夢、明日のことは誰も知らないという感じでしょうか。今だってかげろうのようなもの。かんべえさんがこんなことを書くときにはメールの催促(不特定ではあるがメアドを知っている人向けかな。あるいは私以外の誰か)でしょうが、"present"は「現在」と「プレゼント」をかけてありそうですから、そんなものを訳そうとするなというところでしょうか。生きているなんて勝手に思い込んでいるだけで実は死んでいるのかもしれない。こんなことをうっかり口走ると、危ない人となりそうなので、生きているということにして素知らぬ顔で生活していますが、なんとなく嘘の世界を生きているように感じます。間違いないのは、一週間ぐらい禁煙して最初に吸うタバコが一番うまい。これだけはリアリティがある。あとは惰性のようなもの(禁煙がうまくゆかない言い訳か)。


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2008年05月24日

ダメな頭の使い方

 深い理由もなく、PCで名人戦の棋譜やらビデオを見ていたら、森内名人と羽生二冠がとても若く見えました。ぶっちゃけ、棋譜など見ても「猫に小判」でありまして、渡辺竜王が「難解」を連発するぐらいですから(まさか「南海ホークス」なんてオヤジギャグがでるとは。そんなに年を食っていたっけという感じ。それぐらい難解なんだと素人なりに納得)、将棋の内容はさっぱりです。ただ、終局後、見た目にも羽生二冠がけだるそうにしながら紅潮した表情で、今回はカメラの角度がよかったのか森内名人も頭部のあたりが熱くなっていたのが印象的でした。肝心の将棋の中身はまるでわかりませんが、なんだかこちらまで若返りそうな集中力を感じました。もちろん、自分の持ち時間が9時間、相手も含めて18時間で2日間将棋以外のことはご法度なんて生活は死んでも無理ですが。

 次は、久々にサッカー。どちらを応援するというのではなく、ただプレーをひたすら熱心に見ているだけ。こちらも薀蓄を語れるような知識がないので、余計なことを考えずに済みます。ただただ、選手の動作だけを見て感想とか余計なことを考えない。サッカーにせよ、将棋にせよ、下手の考え休むに似たりですから。

 無為に過ごして横になると、近くに書物がありますが、邪険に追い払いました。紙であろうが、ネットであろうが、活字は頭にとって毒です。邪険に、ときに敬して遠ざけましょう。音楽もなくてよし。雨が自然とメロディを奏でてくれているのですから。そんな状態で大の字になって寝ていると、もうまったく余計なことを考えず、ただ気もちいい。ただ、頭の中がどんどん空っぽになってゆきます。もともと空っぽじゃないかと自分でもツッコミを入れたいところですが、どうして余計なもので一杯です。しかし、この状態では何も残らず、ただ心地よいだけ。自分の呼吸と鼓動だけを意識していると、心と体などという問い自体が無意味に感じます。
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2008年02月08日

「極悪」師匠賛歌

 私としたことがうっかりしておりました。「エム・エー・ケー・イー・アイ・エヌ・ユー(MAKEINU)負け犬さん」となるのが怖いと書くべきところをくだらない会議の生産性などにこだわっていたために忘れておりました。過疎地にお越しいただいる奇特な方の中でもごく少数であろう『らんんま1/2』ファンの方への配慮が足りず、まことに申し訳ないです(単なる私の悪趣味という気もいたしますが)。「究極のネガティブ・インディケーター」としては、今回のアメリカ大統領選挙につきましては、わが国の総理がいてもいなくてもたいして変わらない状態ということもありますが(経済はまったく期待しておりませんが、ギョーザに関してでさえ、「火事」で大怪我をしている人がでているときに消費者庁消防署を増やしましょと言われているみたいで、「フフン」一時「脱力」のち「激萎え」)、あまりに恐ろしいので、くどいですが「エンドースメント」は一切いたしません。

 それにしても、まずいです。『ニュースの深層』(2008年2月6日放映分)が面白すぎて、3回も再生してしまいました。お仕事そっちのけ。宮崎哲弥さんから一流の「アメリカ・ウォッチャー」として紹介されたかんべえさんですが、「いえいえ」と遠慮されているのを見ながら、「アメリカ・ヲタク」として紹介されていたら、どのように反応したんだろうと。スーパーチューズデーの結果解釈についてはまず共和党陣営の分析からでしたが、こちらは無難で、ハッカビーがロムニーをいじめるという構図になっているという指摘、さらに、ハッカビーは高く自分の「票」を売ろうとしているのではないかという推測がおもしろかったです。しかし、「殺人毒ギョーザ」の話が最初に来たせいか、オタク視線は極力抑制され、あくまで初心者にもわかる丁寧な解説(でもやっぱり「極悪」ですな)に徹しているのが好印象というより、意外でした。

 しかるに民主党陣営の分析となると、かんべえさんのオタク、いやヲタク魂に火がついて宮崎さんと堤さんも引き込まれ、邪推かもしれませんが、最初はオタクの「ヲ」の字まで口に出た後に慌てて「細かい話になって恐縮ですが」と断られてミズーリ州の結果を解説しているうちにとうとうご本に自身が「ヲタクとしては」ともう誰も止められないモード(『らんま』だと喩えが難しいのですが(本気になった乱馬はちと微妙ですし)、『エヴァンゲリオン』だとわかりやすくてゼルエルを食っちゃってS2機関を自ら内部に取り込んだ状態の初号機ですな)に入ったことを告白しておられて、こうなると三原御大が口を挟もうとしてもダメ。『サンプロ』や『WBS』では味わえない、CSならではのかんべえ節に思わずはまってしまいました。ミズーリ州が日本に喩えると静岡県に近い存在というのは「へぇ」でありまして、あらためて地図や人口データを見ると、なるほど、そうかもしれないと思いました。ミズーリを民主党はオバマが、共和党はマケインが制したというのは、まず思い浮かばない線でして、民主党はまだわからないのですが、意外なところに「天王山」があるものだと感心してしまいました。

 オバマの著書の紹介でいよいよ佳境に入って、もうヲタク視線全開。あるかんべえさんファンによると、あの視線がねちっこく情熱的で素晴らしいそうで。あの視線を直に浴びた宮崎さんや堤さんは大丈夫なんでしょうか。私は既に毒されている、あるいは汚されているので、しょうがないなあという感じ。ただ、原著(The Audacity of Hope:邦訳『合衆国再生』)を読んでいないので番組での吉もといかんべえさんの説明だとちと微妙かなと。書き出しの紹介の時点で「オチ」が見えます。よくできた「作文」という印象が拭えず、それ以上の懐の深さがないとすると、本選挙以前にやはり予備選でヒラリーに勝つのは難しいのではないかという感覚をもちます。やはり「未知数の魅力」という感覚もあり、このあたりはアメリカの主として民主党支持者の「気分しだい」なのでしょう。

 番組の終わりの方ではアメリカ大統領選挙の「光と影」という話がでてまいりました。「影」はもちろん過剰なまでのメディアの活用で、堤さんはオバマの台頭を「郵政選挙」になぞらえてスローガンで国民が動くという警戒心を表現されていましたが、それはまったくそう。ただ、かんべえさんが指摘していた「光」の部分、すなわち、有権者がカネを払い、参加し、勝者を国の代表として、少なくとも最初の一年は支えるというアメリカのデモクラシーの伝統はやはり侮れないだろうと。かんべえさんは議会制民主主義の限界について、「毒ギョーザ」のこともあり抑制気味ではありましたが(ヲタクモード全開でもちゃんと「空気」を読むあたりはさすがに名将黒田官兵衛の名を拝借されるだけのことはありますな。フフン、もとい福田総理の批判をやりすぎると、あんたのグループはなにをしていたのと鬱陶しい「ブーメラン」を食らう可能性があるので、嫌味ではなく、さすがです)、これはしょうがないですね。世界で最も重要な選挙に日本人は当然ではありますが、参加することはできず、眺めているだけです。しかし、世界最古の近代デモクラシーは、進化しつつも、依然として機能していることを感じさせられます。これを楽しむか無視するかは個人の自由に属しますが、私はやはり眺めているだけでも楽しいという立場です。

 それにしても、「マラソン」を覚悟しましたが、気がついたら、あっという間にゴールでして、その分、ストレスを溜め込んでしまい、歩いても、本を読んでもストレスがとれませんでした。『ニュースの深層』を見たら、ストレスが一気にとれたしだいです。あらためて、対象への愛が大切だなあと感じました。密かにかんべえさんのことを「偉大なアマチュア」と呼んでおります。「オタク」とはプロではない。失礼ではありますが、所属を離れて「アメリカ・ウォッチャー」や「エコノミスト」として食えるタイプではないということです。「アマチュア」という表現にネガティブなニュアンスはなく、「好きだからやる」というプロの原点を決して外さない方は、素晴らしい。そして、分析は、オバマの微妙な点を除くと(安達正興さんとはちょっと異なる感覚ですが、理念はよいが担い手としてふさわしいかどうかは疑問という感覚でしょうか。あとはヒラリーがライバルだからこそオバマがキャラとして立っている印象もあります。これは素人の浅知恵ですが)、「極悪」そのもので、すっかりこちらまで元気になりました。珍しい「寝言」ですが、かんべえさんへの「賛歌」で終わりです。


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2008年01月31日

「とき」と「時間」のあいだ(間)

 書類の山(不謹慎ですが、「お皿」にたとえると、1,152枚をあと10日で洗わなくてはなりません)を目の前にしながら、窓を開けてこれが冬の乾いた風に流されて、飛んでいったら、どんなに清々するだろう。清清しいだろう。そんな「不幸せな日々」(獅子咆哮弾ではすまないぐらい気が重いです)が続いておりますが、ふと闇の中で光を見ました。

 漸く、志賀浩二『変化する世界をとらえる』(紀伊国屋書店 2007年)を読み始めましたが、「第1章 微積分へのプレリュード」を読みながら考え込んでしまいました。次の引用に続いて関数を説明するにあたって、時間と運動の関係がでてくるのですが、数学の本であることを忘れて考え込んでしまいました。

 時間とは何かと聞かれれば,それはたぶんだれも答えられないだろう。時間の流れが数の幾何学的表現である数直線上の点の動きとして表わされるようになったのは,時計の発明以後のことと思われるが,それよりももっと深いところで時間と数とのあいだに何か予定調和のようなものがあったのだと考えたほうがよいのかもしれない(16頁)。


「もっと深いところ」

「もっと、もっと深いところ」

「もっと、もっと、もっと深いところ」

……。

……。

……。

……。

……。


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