2006年07月13日

恐怖の三択

 大御所から、トラックバックを賜り、まことに恐縮です。既に記事を拝見しておりましたが、「Hacheも大物になったものだ」と感慨ひとしきりでございます。0屈○、○上、首領様と並ぶ扱いを受けて小躍りしております。こちらからも、手習いの端くれのレベルでございますが、TBを送信させて頂きます。



 そんなに「下も見えない」の一句が効いたのかって?



…。



訴追の虞はありませんが、黙秘いたします。



 さらにびっくりいたしましたのは、ココログの管理画面がまともに機能していて、ずいぶんと失礼千万なことを書いてしまったことを恥じます。もっと驚いたのは、メンテナンス中もふだんどおりのアクセス数だったことです。こんなときに、このような鄙びたところにお見えになられた方々に、心より感謝いたします。



 今日は、「びっくり」の連続でした。朝7時頃にポストから新聞を取り出すと、『日経』の一面に「ゼロ金利あす解除へ」。一瞬、目を疑いましたが、視神経には異常がないようで北のミサイルより驚きました。失うものはもはやないというのは強いということを実感いたしました。日銀の「勇気」に励まされて、どんなに逆風があろうと、前向きに生きることが大切だということを教えていただいた気分です。これで、告白する勇気がでてまいりました。



ハッシュ:ZZZ



…。



 水曜日は、産官学もろもろが混じって飲み会をしておりました。昔は社会的地位が高かったのに現在では叩かれていて閉塞感があるところはどこだろうとみなさんが頭を悩ませ始めました。選択肢を絞っていったところ、次の3ヶ所に。



(1)大手町
(2)霞ヶ関
(3)永田町



今はしらふですが、そのときは酔っ払っていたので一番「若く」、社会的地位が最も低い私が、躊躇うことなく「一番きつそうなのは霞ヶ関!」と叫ぶと、全員が「そりゃそうだな」と納得されてしまい、言い出した私が自分の臆面のなさに思わず赤面してしまいました。申し上げにくいのですが、霞ヶ関所属の方にバカ受けされてしまい、あとで言ってはいけないことを言ってしまったのだろうかと不安になりましたが。しかし、今朝の『日経』を見て、自分の心臓の小ささにほとほと恥じ入った次第です。この記事を書いていて気がついたのですが、「本石町」が選択肢になかったのは、会合の水準がやはり高かったのでしょうか。それとも…。実に悩ましいです。



 それにしても、イランの核開発問題を読み落としているとは…。一つ間違えると、恒常的に米軍と接する可能性がある朝鮮半島は妥協できないけれども、そこまでゆかないであろうイランでは妥協の余地がある(少なくともあるかのように見せかける)ということなのでしょうか。基本的な利害計算が間違っていた気がいたします。イラン包囲網に入りきれていない(ちょっと歯切れが悪いのですが)のは気にはなっていたのですが。タシクさんに拙い英語で伝えたかったのは、「イランはいらん」(アクセス数のインフレ目標としては適温でしょうか。え゛っ!?あんたのぶろぐのアクセス数でインフレも何もないだろうって?…。失礼しました)ぐらいの気構えで日本がアメリカをサポートしないでいて大丈夫なんでしょうかというあたりもありました。「なまもの」はやはり取扱注意だなあと思います。



 メンテナンス中に充電しておくべきところですが、仕事三昧、酒三昧であっという間に木曜日になっていました(間が開いたせいか、はじけまくっております)。こんな状態でも、お越しいただいた方には、本当に感謝の申し上げようもありません。いつもの「お約束」で恐縮ですが、お読み頂いた方々に捧げます。



ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。



おやすみなさい。

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2006年07月08日

恋の始まり

 はじまりがあれば終わりがあるように、出会いがあればまた別れもあるのです。



  唐突ですが、告白いたします。恋をしました。その人と出会うと、胸がドキドキして言葉もでません。ああ、この感覚は何年ぶりでしょうか。その方からメールがくるだけで、96時間、不眠不休でも仕事を仕上げてしまう(その後、1ヶ月ほどヨレヨレになりましたが)。もう、「お前は、所詮、柳○だ」なんて言わせません。今度は決めさせていただきます。身辺、交友関係も洗い済み。ほぼ、フリーということも確認済み。あとは、玉砕する決めに行くだけ。勝負服も準備完了です(小泉総理に忠誠を示すわけではありませんが、もちろんクールビズです)。『孫子』をこれほど真剣に読むのは初めてだったりします(なにか間違っている気もいたしますが。「用間編」はやはり最高です)。



 「理想の異性は?」という質問ほど、答えに困ることはありません。たいてい、顔の好みを尋ねてくる。迷惑な話です。極論すれば、顔がついていればいい。まあ、女性の不幸は顔にでるので、不幸そうな方はやはりご遠慮いたします。まずは、心身ともに健康であること。次に、長期で楽観的、短期で悲観的であること。要は、目先のことに敏感でかつ明るい人。最後の条件は長くなります。



 私が本当にくたばりそうな場合は別として、仕事に行くのがなんとなく辛い。軽く風邪をひいているのかもしれない。ストレスが溜まっているかもしれない。そんなときに、「休んだ方がいいかもしれないわ」と言いながら、さりげなく玄関に靴を置き、スーツをそっとだしてあとは笑顔で知らぬ顔をしているような女性に出会ったら、一発で撃沈です。このタイプに弱いことは、過去の経験がすべて語っております。



 もちろん、「勝敗は兵家の常」。夢破れたときには「敗戦の弁」を綴る…かもしれません。



 というわけで、『溜池通信』や「不規則発言」を拝読して感想を送る気分でもないので、一言。「結論として、かんべえはやっぱり人非人であるらしい」(「らしい」じゃなくて、「である」でしょ。ご多忙なのはわかりますが、事実と意見を区別するという基本をわすれてはなりませぬ)。ちょっと幸せな状態なので、そんなわけありませんよと嘘でも激励させて頂きましょう。



 そういえば、師匠も私も血液型性格診断とか受けつけないのですが、その人が自分、もしくは別の方をどう見ているのかということを判断する上では便利です。あるとき、かんべえ師匠にさる方の「血液型は何型でしょう?」とお尋ねしたところ、顔をひきつらせながら「ちょっと○○○○な方だから、○型(O型ではありせん)じゃないかなあ」とおっしゃって、私は、びっくりいたしました。私自身は、まったく逆のタイプを想定していたからです。これは、相互確証破壊の原則を崩す虞がありますので、一切、誰の、どんな予想かに関しては死んでも口を割りませぬ。



 ふわあ。眠たくなってまいりました。そろそろ、「寝言」も終わりにいたしましょう(どう考えてみても、師匠と同じ血液型だと思うけどなあ)。今日は、今週3回目のジム入りの予定です。まずは、賢者様たちに「デブ」と言わせないようにしなくては、この勝負、勝ち目はありませぬ(「デ○専」だったらどうしよう…。既に弱気)。

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2006年07月01日

寝る ひたすら寝る

 日記みたいなことを書いても、自分でも楽しくありませんが、昨日は仕事をちゃっちゃと済ませて、2時から勉強会へ潜入。6時から懇親会。旅立つ若人たちを見送ってきました。帰宅すると、あっという間に夜中の1時半。『溜池通信』を拝読して「ああ、今週もかんべえ節だな」と思いつつ、安心して睡魔に襲われました。結局、深夜2時に床に着き、ひたすら寝てしまいました。「今日は涼しいなあ」と思いながら、ちょこまか歩いていたら、家に帰って歩数計を見ると、2万歩近く歩いていました。おかげで熟睡爆睡。



 なんと目が覚めたのが昼の12時。しかも、まだ眠い。また寝る。再び目を覚ましたのが、夕方の6時を大きく回ったところで計18時間も寝てしまいました。



 「寝る子は育つ」と言いますが、横に育つばかりで縦に育たないのが遺憾であります。あとは、雑感。



(1)日米首脳会談
 岡崎先生をはじめ、多くの方々が述べられている通りで、私ごときが付け加えることがありません。考えてみれば、ナイ・イニシアティブの前あたりが底でそこから日米関係は反転して良好になってきていました。小泉総理の最大の貢献は、平成15年3月21日の記者会見における冒頭発言で「アメリカは、日本への攻撃はアメリカへの攻撃とはっきり明言しています。日本への攻撃はアメリカへの攻撃とみなすということをはっきり言っているただ一つの国であります。いかなる日本への攻撃も、アメリカへの攻撃とみなすということ自体、日本を攻撃しようと思ういかなる国に対しても、大きな抑止力になっているということを日本国民は忘れてはならないと思っております」と演説されたことでしょうか。その後の支援は、この発言が空文句ではないことを示す、担保のようなもの。ここまでくると、集団的自衛権を行使することがなぜいけないのかを説明すること自体が難しい。もはや、集団的自衛権の行使の問題は、「踏み絵」ではなく、どのタイミングで、誰が、どのように、「馬は馬、鹿は鹿」というかの問題だと思います。



(2)拉致問題
 北朝鮮の対応は茶番劇そのもの。日本が民主主義の国であり、世論で動く国であり、なおかつ、この問題で世論がぶれる余地はほとんどないということを金正日に理解させないといけないんでしょうか。「時の最果て」のスタンスには似つかわしくありませんが、「あんな体制など地上から消え去るがよい」と思いますね。ただし、人質を無事に救出するというのは、細心の注意が必要で、微妙な部分が多いです。北とは他にも問題があまりに多すぎる。拉致問題では感情論が避けられないのですが、以前は感情論を抑えて現実的な対応をした方がよいと思いましたが、最近は、感情論をした後で、現実的な対応を考えた方がよいのかもしれないという気がします。



(3)日本銀行
 経済政策に関心をもっている人でも、福井総裁の話になると、「ああ、あの方ね」となります。前の不祥事の際には、「食べるのか、○なことをするのか、どちらかにしなさい!」と突っ込みようもありましたが、突っ込みようもなく、しかも市場には影響もなく、ただ萎えます。



 ふわあ。また眠くなってきました。本当に目が覚めてこの「寝言」を書いたのかすら怪しいです。ちと、早すぎますが、おやすみなさい。



(追記)いくら「寝言」とはいえ、「ひらすら」はないでしょ、「ひらすら」というのは。まあ、「時の最果て」で「寝言」をぶつぶつ唱えているだけなので、自意識過剰かもしれませんが、さすがに恥ずかしいので「寝る ひたすら寝る」に題名を訂正いたしました(2006年7月3日)。



驚いたことに、「ひらすら」でググったら、51,000件中1件目になっていました。なんじゃこりゃってな感じです(2006年5月16日)。

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2006年06月16日

寝る前の「寝言」

 今日は、一休みです。楽しい作業ではありますが、岡崎先生の論文を訳すのに疲れているときは適していないので。土曜日に第3節と第4節を訳す予定ですが、この2つの節の内容は、最後のパラグラフに要約されいています。民主主義諸国、とりわけアメリカに中国の挑戦に対決する覚悟があるのかを、そうはっきりとは書かれておられませんが、問いかけています。雪斎先生の問題意識と出発点はなんら変わらないといってよいでしょう。雪斎先生の場合、日本の世論に中国の意図と能力を正確にプリゼントするための仕掛けに重点がおかれているということに違いがある程度に見えてしまいます。



 私は基本的に心が狭くて薄情な人間ですが、国を守るという一点に関していえば、そうもいってられません。逆にいえば、心が狭い人間でも、外交や安保では心を広くせざるをえないところに、魅力があるのかもしれません。雪斎先生の「悲鳴」をブログで拝見すると、私がナイーブなのかもしれませんが、極論すれば、国のためなら右だろうが左だろうが役に立てばそれでよいという無節操極まりない立場です。右だろうが左だろうが、この国を害する政策は非常に危険です。それだけです。ただし、中国に対して本来の意味で宥和を図ることは相手に時間を与えるだけのことになります。言いにくいのですが、私自身は、そうなる可能性が残念ながら高いだろうと思います。岡崎先生の論文を読むと、むしろ、そのように感じます。なぜなら、人は、嫌な現実から目をそむけてしまう。この嫌な現実と向き合わせずに、向き合ったのと同じ結果がえられるようにしむけることが政治の本質なのではないかと思ったりいたします。



 それにしても、この短い論文を拝読しながら、常識を常識として再認識することは大変な作業であるとあらためて思わざるをえません。あと40年、歳をとってこのような分析ができる人間になっているのかどうか、思いをめぐらせると…。これ以上は、何も申しますまい。まあ、死ぬまで「坂の上の雲」を目指すのは悪くないことだと自分に言い聞かせることでしょうか。



 もう土日。気がつくと、日曜日に汗を流して以来、運動らしい運動もしておりません。体も頭もリフレッシュして凡人は凡人なりの「戦い」に励んでゆきたい。そんな気分です。腹が減っては戦はできないように、眠りが足りなくては凡人は勉強ができませぬ。



 それにしても、下手くそな訳が続いた割にはとアクセス数が減らなかったので、運営者としては少し意外でした。トラックバックを送っていただいた「門司港に暮らしながら」さんには不義理をしていて恐縮です。いろいろなブログからこられていらっしゃる方もおられますので、「樹海」に迷い込まれた気の毒な方々にこのブログのお約束を捧げます。



ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。



おやすみなさい。

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2006年06月07日

エコノミークラス症候群

 先週、たいしたことをしていたわけでもないのですが、今週は週初めからぐったり状態で情けない話です。もともとお気楽ブログではありますが、今回は完全にお気楽記事です。血栓性静脈炎、いわゆる「エコノミークラス症候群」の体験談です。ただし、肺梗塞など致命的な合併症がなかったので、今、振り返ると、大騒ぎをしすぎた反省記みたいなものですが。文体は滅茶苦茶です。お目汚しのほど、お許しを。

(200X年5月5日)
連休最終日。3日より体調を崩して寝込んでしまう。おそらく風邪。病院も閉まっているので寝て治せば、なんとかなる。

(200X年5月6日)
目が覚めてから、立ち上がると、なぜか歩きにくい。腰の辺りがだるい感じ。左足を引き摺りながら、勤務先へ。勤務を終えて医者の診察を受けるも、異常を確認せず、マッサージ治療を受ける。夜中に左足に違和感。足がつるような感覚。若干、不安を覚えつつも、眠りにつく。

(200X年5月7日)
会合に出席後、ほとんど歩けない状態になる。左足が異常に重い。なんとか一歩一歩休みながら、帰路へ。帰宅途中、再び、マッサージを受ける。ただし、足ではなく、腰部、背部、肩など。帰宅してから、左足を見ると、見事に腫れ上がっている。右足よりも左足のふくらはぎの辺りが直径で2cmほどの差がある。迂闊ながら、このときに初めて異常事態に気がつく。

(200X年5月8日)
病院にて左足の診療を受ける。医師の顔が、強ばり、触診の後、蒼ざめる。「血栓性静脈炎」の可能性が高いとのこと。病院内で他の総合病院への手配など緊張した雰囲気が走る。その間、サッカーの高原がなった「エコノミークラス症候群」の可能性が高く、肺梗塞のリスクありとの説明を受ける。頓死の覚悟。

 同日、午後、別の病院にて受診。担当医が若く女性で診断に困る様子。医師の反応に不安を覚える。紹介先から血栓性静脈炎の疑いありとの診断書があるも、蜂窩織炎との区別がつかない様子。血液検査の結果、外科部長の診断により、血栓性静脈炎と診断。胸部のX線撮影では異常なしとのこと。通院による治療も可能なりしも、完治の見込みはないとの説明を受ける。やむをえず、入院を決断。ただちに24時間のブドウ糖点滴、朝夕の抗生物質の点滴を受ける。一週間のベッド上、安静を命ぜらる。

(200X年5月10日)
ワーファリンの投与開始。1?を2錠ほど朝に服用する。夜、寝付けないまま、ふと天井を見上げる。どこかで見た光景。そう、一年前から半年前にかけて夢で何度も白いベッドの上に点滴を受けながら、横たわっている自分の姿を見て夜中に目を覚ます。迷信を狂信者の如く排斥する我も、予知夢の経験あり。祖母が亡くなりし晩に祖母が夢枕に立つ。「○○ちゃん、ごめんね。もうお迎えが来たの」。意味もなく涙が溢れ、部屋を抜け出して両親を探すも、不在。早朝に祖母の死去を知る。永眠の時間は、わずかに目を覚ました時間よりも早かりしが、我が魂に密かに神秘主義の傾向を宿す。表面上、笑いつつも、内心、覚悟を決める。

<(200X年5月11日)
友人、恩師の見舞いを受く。恩師より、こういう時こそ勉学の好機と激励を頂く。友人に司馬遼太郎『播磨灘物語』全四巻の購入を託す。怪訝な表情あり。死地に踏み入っては、既に理知の及ばざるところなり。只々、藤の花房、恋しく所望したるところなり。官兵衛、半兵衛の友情も美しきかな。我が運命は、もはや我が手中にあらず。知恵誇りの浅はかさを知らざるべけんや。

(200X年5月12日)
予定よりも早く点滴が終わる。歩行、甚だ困難につき、車椅子を利用す。携帯より『溜池通信』に接続す。ワーファリンの投与が6錠に増加。

(200X年5月13日)
杖を用いて強引に帰宅す。下着、書籍など篭城戦に必要な物資を確保。友人より『播磨灘物語』の差し入れあり。早速、読み始める。

(200X年5月14日)
左足の造影検査を受ける。医師が造影剤の点滴を試みるも、あまりの下手くそさに叫び声を必死に我慢する。検査の結果、左下肢部の深部静脈が完全に閉塞していることが判明。死地を脱したことを悟る。行動療法に転換。

(200X年5月23日)
歩行も可能になり、自由に行動が可能になる。かんべえ師匠に携帯より「死にそうです」との件名で「もう退屈で退屈で死にそうです」とのメールを送信す。師匠より「滅多なことを申すでない」との件名で叱責のメール。「入院中の人から『死にそうです』と来たら、一瞬慌てるではないか。入院と入獄は人を鍛える滅多にない機会でありまするぞ。黒田官兵衛の苦難を何と心得る。説教モードのかんべえ拝」。師匠の厚情に思わず、目頭が熱くなる。

(200X年6月5日)
さらに他の総合病院にて脚部および胸部のRI検査を受診し、静脈が完全に閉塞していること、肺に血栓が見当たらず、退院して投薬による治療を受ける。完治は難しいので一生付き合うようにとの診断。<

(200X年6月9日)
退院。足のむくみは軽減するも、歩行は不自然な状態。早速、執筆にとりかかる。

 この後、1年半後に血栓は完全にとれました。医師の診断では、当時の年齢で血栓性静脈炎を罹患する確率は極めてて低く、遺伝的要因が強いという指摘を受けました。母方の祖父が脳血栓を患ったことがあり、右下半身が不自由であったとの由。ご年配の方におかれましては、長時間のフライト時には、足をマッサージしたり、靴を脱いで足のつま先を屈伸されるなど血液の循環を刺激することが罹患のリスクを相当、軽減するようです。

 かんべえ師匠の叱責にもかかわらず、入院中で自らを鍛えることはできませんでした。ただ、自分には理知を重んじる傾向と同時に神秘主義的な傾向がせめぎあっていることがよくわかりました。理知を超えた状況では、神秘主義ではなく、常識を貫く気概以外に頼るものはないと考えるようになったのはその後の話でした。入院で人生観が変わるほどのことはありませんでしたが、俗人として生き、土にかえる覚悟ができるきっかけになった出来事でした。
posted by Hache at 04:10| Comment(0) | TrackBack(1) | 幸せな?寝言

2006年06月02日

匹夫不可奪志

 管理画面で記事一覧をざっと見ると、色気のないタイトル、色気のない記事ばかりですね。たまには艶っぽい記事も書きたいものです。6月1日の記事をエントリーしたのが午前4時45分、雪斎先生のコメントが5時27分43秒で誠に恐縮です。さっそく戸??一成『秋山真之戦術論集』を読んでおります。せっかくご紹介して頂いて失礼千万な感想なのですが、本業が遅れる更なる言い訳を考えなければならず、楽しい反面、辛いものです。



 私の同業者にもいろんなタイプの方がいらっしゃるのですが、乱暴に分類してしまうと、「世界(自然・人間)がどうあるのか」ということに関心が向かう方と「世界がどうあるべきか」ということに関心が向かう方とにわかれます。もちろん、実際には両方に関心をもつ方が多いのですが。これはどちらが正しいという問題ではありません。異性の好みが人の数だけあるのと同じでありまして、現実にはどちらの関心も「あり」でしょう。私の場合、性格が偏っているせいでしょうか、前者に関心が集中します。読者を半減させる覚悟で私の正体を暴くと、職場でみんなが「どうあるべきか」という問題について喧々諤々の議論をしていると、眠くなってきてボーっとした頭で「なるようになりますよ。つーか、動かせる変数がほとんどないんだから、なるようにしかならないって。ベストはつくしますけどね」などと思ったりします。私は、志も能力も低い人間なので、世の中、自分の思い通りになることよりもならないことが多いということぐらいは覚悟しております。



 私が情の薄い人間であることは自分自身がよく理解しているのですが、一番、鋭いのは女性です。おかげで30と数年で私を伴侶として見ようとすらしなかった女性が圧倒的に多いというのは、実に的確な判断ができる女性と親しくさせていただいたことを証明するものであり、われながら誇らしく思います。もっとも、顔が悪い、性格も悪い、金がないという現実的な問題が大きいのでしょうが(いや、それでほとんど説明できますね。この記事を書いていて、ちょっとだけ利巧になりました。えへん)。さすがに30年以上も生きていると、「同盟関係」に入りたいという物好きな女性と出会うこともあるのですが、正直に言うと、面倒くさい。これでは、ますます色気がないので、ちょっとは艶っぽいことも書きましょう。加齢のせいか、○すら面倒だったりします(おいおい話が違うだろうが)。キ○は、楽しいのですが(あんたねえ…)。最近、塩野さんのエッセーを読んでいて、結婚みたいな面倒くさいことはさっさと済ませたかったという一文を読んで、このエッセーを20代で読んでおけばよかったと思いました。「花より団子」という三つ子の魂は百までで、やはり私には艶っぽい記事はかけませぬ。



 そんな私でも「恋愛感情」を隠せないのが、塩野さんを除くと、小林秀雄です。熱心に読んだのが中学生から高校生ぐらいでしょうか。その時期に読んだ文章のなかで今でも読み返すことがある日本人の数少ない文章です。評論の対象となっている作品を読んでいないことが多いので、文芸評論の読み方としてはお門違いもいいところなのですが、ときどきハッとさせられます。「匹夫不可奪志」という評論は、批評の対象がわからないので半知半解なのですが、ふと考えさせられることが多いです。



「君子の志すところと、匹夫の志すところとは、無論大変違いがあると考えていいが、匹夫の志でも、志である以上、奪うことは出来ない。これは非常に困った事であるが、虚心に人生に接すれば、まさしくそういうものである
 自分は悧巧だと己惚れたり、あの男は悧巧だと感心してみたりしているが、悧巧というのは馬鹿との或る関係に過ぎず、馬鹿と比べてみなければ、悧巧にはなれない。実につまらぬ話であるが、だんだんと自分と周囲に見付かる馬鹿の人数を増やすというやり方、実に芸のないやり方だが、ただそういうやり方一つで世人はせっせと悧巧になる」。



 私が書くと、なんだあんなつまらない男が鼻持ちならない「寝言」をこいているとなるのですが、小林秀雄が語ると、不思議と楽しく読めてしまいます。これぞ「格差社会」ではないでしょうか。本題に戻ると、たまに「頭がよいですね」と皮肉なのか本心なのか、お褒め頂くことがあるのですが、こういうところでセンシティブな私は、「ああ、俺ってその程度の評価にしか値しない人間なのね」と落ち込んだりします。



「志を立てるという事でも、普通、同じ伝でやっている。低級な志とか間違った志とかいうものを、自分の周りに、あたかも、軍勢でも集めるように集めて、志が立った積りなのである。だから、言う事がさかさまになる。志が立ったものに論破すべき論敵があるのは当然ではないか、云々。孔子は笑って答える。三軍可奪師也」。



 この後に経験派と先験派の対立がでてくるのでやはり文芸評論なのでしょうが、なかなか楽しい文章です。ただ楽しんでばかりもいられなくて、私に仲間ができないのは人徳のなさのなせる業なのでしょう。人徳があるというのは、ない人間の僻みかもしれませんが、意外と辛いものです。多くの人が慕って集まってくるから、なんとかしてあげなくなければならなくなってしまう。おかげで平穏無事な生活を送れるのですが。あえて傲慢な表現をいたしますると、次の一文は、志の低いものには縁遠いのですが、以前よりも身近に感じるようになりました。



「…そして、あの世界がだんだんとよく見えてくる、あの困った世界が。それぞれの馬鹿はそれぞれ馬鹿なりに完全な、どうしようもない世界が。困った世界だが、信ずるに足りる唯一つの世界だ。そういう世界だけがはっきり見えて来て、他の世界が消えて了って、はじめて捨てようとしなくても人は己れを捨てることが出来るのだろう。志を立てようとしなくても志は立つのだろうと思える。それまでは空想の世界にいるのである。上等な空想であろうと、下等な空想であろうと。それまでは、匹夫不可奪志也と言った人が立てた志はわかろう筈もないのである」。

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2006年05月11日

子守唄としてのクラシック

 コメントを賜ることは、ブログ運営者冥利につきるのですが、老眼様、カワセミ様のコメントは非常に刺激的でした。あらためて感謝の念を申し上げます。一気に、疾走したいところですが、ルーティンでポカミスが連続しておりますので、お気楽ネタで恐縮ですが、お暇な方はお茶をすすりながら、とりとめのない「寝言」を読み流していただければ幸いです。



 わかりきったことではあるのですが、かんべえ師匠はなんと底意地の悪い方なんだろうと、「弟子」を僭称する私は悲しい気分になりました。「不規則発言」の「米中首脳会談の後日談」(2006年5月9日)を拝読しながら、胡錦濤国家主席に衷心から同情いたしました。嬉々として「アメリカ側が後から『エヘヘ、わざとだぴょーん』などと告白するはずもないのであって」などと書かれているあたりを読んでいるうちに、胡錦濤主席の無念さを想い、落涙を禁じえません(天から不思議な声が聞こえました。「静かに明治以来の英霊を弔うことを批判することがいかに人の道に背いたことであるを身をもって示された国家元首というのは貴重な存在だから、ゆるくすことを忘れず、いたわりの念をもって接するように」。なんのことやら、私にはよくわかりませぬが。最近、ちょっと過労気味かもしれません)。「まーすさいと」を運営している方から、「天罰」が下りますように。



 「ワグナーとXジャパンとプレスリーが好きって、われらが総理はどういう音楽の趣味をしてるんでしょうか」って悪趣味」ときっぱりと書かないあたり、相変わらず、小心かつ極悪さはご健在なようです。なによりなことですなあ。もっとも、バイロイトの堅い椅子でワーグナーを聴いたら、爆睡熟睡してしまいそうな私がえらそうにいうことではないのですが。



 朱に交われば赤くなるのは、おこちゃまの私には怖いので、気をとり直して、バッハの「無伴奏ヴァイオリン・パルティータ」2番を聴きながら、『第一次世界大戦と日本海軍』を読んでいたら、ついうたた寝を。こういう贅沢をしていると、あとでかならず天罰が下るので要注意なのですが。真面目なクラシックファンの方からすると、「外道」そのものだと思うのですが、クラシックのコンサートを聴きながら、うたた寝をするというのは、至福のときです。安心して聴けるほど、眠くなってしまう。談志師匠が指揮者だったら、追い出されることが間違いない、とんでもにゃあ、もとい、とんでもねえ「客」ですな。



 あんまりおバカなことを書いていると、バカにされそうなので(もっとも、バカっぽいんじゃなくってバカそのものではあるのですが)、真面目な話を書きます。そんな私が、元をとるべく真剣に聴いた経験は、もうかなり前の諏訪内晶子さんのリサイタルでした。



 ちょっと、ちょっと「どうせ、そんなの建前で美しい女性を見たかっただけでしょ」と思った、そこのあなた。



 半分だけ正解!



・・・。



 さあ、ますます自分でもフォローができない展開になってまいりました。実は、このリサイタルのおかげで諏訪内さんの評価が難しくなりました。諏訪内さんのヤナーチェクのヴァイオリン・ソナタはCDでは味わえない残響は当然として、ピッツィカートが絶妙で(素人目には弦を弾いているようにしか見えないのですが、実に心地よく響きました)点描のように音をつむぎながら曲想を展開する心に残る演奏でした。ところが、最初のモーツァルトのヴァイオリン・ソナタはいかんせん理屈っぽい。プロの演奏家の解釈は、大切だと思うのですが、解釈が先走ってしまうと、プロ以外には理屈より、楽しい演奏をとなってしまいます。チャイコフスキー・コンクールで優勝した方の演奏にど素人が異議を申し立てるのはなんですが、ピアノコンチェルトは別として、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタは、子守唄のように子供がそれを聴きながら心地よく眠りにつくような演奏が理想だろうと思います。裏舞台で複雑な準備をしても、聴き手に舞台裏を感じさせるような演奏ではダメです。あはは、音色だけではストラドとジュスの違いがわからない素人は言いたい放題で楽だわね。



 話がくるくるとめぐりますが、バッハの「アリア」を聴いたときに、死ぬ間際までバッハは封印しようと思いました。このまま永遠の眠りについてもいいかなという気分になってしまったからです。しかし、誘惑に弱い私は封印を開けてしまいました。なんのことはない、往生際の悪い私は、バッハを聴きながら居眠りをするだけのことでした。今、聴いているのはミルシテインの演奏ですが、適当にお店でパルティータを収録しているCDを何枚か買ってきて、聞き比べをしながら最後に生き残ったという、われながら、いい加減な選定です。ミルシテインのバッハの解釈はどうだとか面倒なことを忘れて、このまま目が開かなくなってもいいかなと危険な気分になる一枚です。シャコンヌは、私にとって、ちょっと危険な子守唄です。



「にんべんに『谷』と書けば『俗』ですし、『山』と書けば『仙』ですね。古希を過ぎたいまもテロリズムをはじめ、政治や外交といった俗事にばかりかかわっている、まさに、??谷底??でうごめいている人間です。いずれは仙境に遊びたいと念じていますが、どうなりますか」(岡崎久彦『日本外交の情報戦略 PHP新書 2003年 241頁)。バッハの「シャコンヌ」は、いかに高貴であっても、やはり世俗の音楽です。しかし、このような音を生み出すためには、やはり世俗を超えた何かへの憧れが不可欠だったのだろうとふと思いました。

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2006年04月29日

「寝言」の使用上の注意

 コレッリのヴァイオリン・ソナタを久しぶりに聴いております。ヴィターリのシャコンヌも心地よく耳に響きます。ヴァイオリン、とくにストラディヴァリウスは、気分が悪いときに聴くと、高音の部分が耳障りなのですが、落ち着いているときに聴くと、表情が豊かでうっとりします。河が上流から激しく流れて、滝に落ち、豊かな水をたたえる、そんな気分になります。ゴールデンウィークは「延滞債務」の返済に捧げるつもりでしたが、室内楽のコンサートに出かけるのもいいなあと思いました。なんだか、眠くなってきました。おやすみなさい。



 お前、なんか幸せそうだなって?
心地よいプレゼンを聞いた後に、私が「腹黒い人間か」、試されました。ま、軽く自慢いたしますると、私の腹は真っ白です。だって、内臓脂肪がたっぷりだもの。



 …(われながら、ベタすぎる)。



 これを読んで私が腹黒い人間だと思う方は、カウンセリングを受けることをお勧めいたします。職場、家庭などで人間関係の不和から人間不信に陥っている危険があります。「どうせ、そういう流れでしょ」と思った方は、さっさとこのブログを立ち去ることをお勧めします。「寝言」を読みすぎると、あなたにとって脳の「軟派化」が進む危険性があります。「寝言」の読みすぎはご注意を。って過疎ブログで書くことではないのですが。



 米軍再編について書いていて恥ずかしいのですが、今日は少し利巧になりました。日本語で「ロジスティックス」というと、パッと思い浮かぶのは兵站です。でも、自分の生業を考えると、SCMとかが真っ先に浮かばないのというのは自分でもまともではないのではないかと。ある方に、「いやあ、アメリカじゃ"logistic"って言えば、兵站が常識でビジネスで使うときはわざわざ"buisiness logistics"って表現しますよ」と言われて、なるほどと思いました。こんなこと、ブログで書いてますという話をしたら、「そりゃ、軍事でビジネスより進歩が速いのは当たり前ですよ。命がかかってるんだから。カネも大事ですけど命が第一ですからね」と言われて、またまた利巧になりました。わかった気にはなっているのですが、これが一番、危うい。地に足の着いた方を知己にもつというのは本当にありがたいことです。



 実を申しますと、2006年4月27日(木)の記事は、28日(金)とまったく連続していません。水曜日に疲れて帰ってきてとりとめもなく日米関係は大丈夫かな(自分の心配をしろっつうの)と思っていたところへ木曜日にさらに疲れて帰ってきて『産経』の記事をみて「え゛っ」ってなりました。慌てて国防総省のHPをチェックした次第です。



 某『溜池通信』316号のEconomist誌の翻訳でラムズフェルドは狂信者扱いされていますが、こういう人物が必要なときがあるのかもしれないと思いました。だって、イギリスだってサッチャーのような「狂信者」がいなかったら、今頃、貧乏してますよ。なにせ、バスの民営化を実施する前は、車掌が運賃を乗客から貰うのをサボっていたぐらいですから。ラムズフェルドに欠けているのは、説得する能力かなあ。なにせ、米軍再編は途方もなく金食い虫で、いったいどれだけアメリカの財政赤字を増やすのやら。ただ、あの方、「血を一滴も流さずに相手を刺す」とか「刺された相手が刺されたことにきがつかない」とか特異な能力をおもちなようなので、けっして敵に回してはまずい相手です。ただ、日本が地球的規模で戦略を共有するというのは、非常に厳しい。日本人をバカにしているのではなくて、この国が世界的規模で帝国になるという経験は有史以来、皆無ですから、仮に頭じゃわかっても体がついてくるのかどうか。3兆円ぐらいのはした金でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てる人たちも困りものですが。…しかし、「財布の紐」は厳しい。



 とりとめがなくて申し訳ありませぬ。シャコンヌを聴いていたら眠くなってしまいました。



 おやすみなさい。

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2006年04月07日

楽しいつながり

 やじゅんさんの記事にコメントを書いてから、アクセス解析を見ました。ここ数日、やじゅんさんのところからアクセスが多くて「なんでだろう」と思いました。ふと気がついたのですが、やじゅんさんのブログの"Bookmark"に当ブログも挙げられておりまして、なるほどと思うとともに、少し気恥ずかしいです。やじゅんさんのブログの読者は、コメント欄を拝見すると、非常に良質な方が多く、「寝言」を読んで呆れている方が多いのではと思いました。



 運営開始当初は、かんべえ師匠に「テロ」をしないように「土下座」をしておりました。今思うと、コメントも頂いていないのでお願いする必要もなかったかなと思います(こういう下手な煽りに師匠は冷たいからなあ。たまにはコメントをお願い申し上げます)。事実上、非公開に近い状態を維持しつつも、コメントやトラックバックには一切、規制をかけない方針(公序良俗に反するサイトへのトラックバックは例外です)方針で運営してまいりました。最大の理由は、本業とは関係のないことで好き放題、書いてみたいということです。同時に、少数の読者の方でもかまわないのでこういう見方もできるとか、あなたの認識はここが間違っているというご指摘も頂きたいという願いもありました。



 知り合いに尋ねたら、「あれ読んで○○さんが書いているなんてわからないですよ」と言われました。「最近は、悪いけど見てませんけど」とも。記事の数の割りにコメント数が少ないことは、私の文章がいかに拙いのかを実感させてくれました。最近は、恒常的にアクセス数が200前後ですので、非公開の原則よりも御意見を賜る方を増やす方向に転換いたします。とはいっても、基本スタンスは「時の最果て」で「寝言」を書くということでとくに変更はありません。手始めとして、私がお世話になっているサイトのうち、ブログを中心にマイリスト(「寝言じゃないまじめな方たち」)を追加しました。ほとんどの方が、マイリストに追加したサイトからお見えになっているものと思います。御礼をこめて――当方からリンクしても、先方によい読者の方が増えるとは思えないのですが――、開設当初からリンクしているサイトを含めてあらためてご紹介させていただきます。



『特定非営利活動法人 岡崎研究所』



 こちらのことを書き出しますと、岡崎所長への恋文になりますので控えめにさせていただきます。「岡崎久彦 古希の挨拶/阿川尚之氏 祝辞」は必見です。ただし、この記事に関することを所長はもちろん、阿久津さんなど研究所関係者の方に伺う方は、厳しい罰ゲームが待っていることを覚悟してください。



『YCASTER/INDEX』



 こちらも説明不要かもしれません。Gyaoの"Foreign Affairs"が終了してから、Gyaoを見る気がなくなりました。伊藤師匠は、『溜池通信』などの草分け的存在です。「四酔人」シリーズは懐かしく、読者参加型の回の際に参加させていただきましたが、岡本呻也さんへの辛辣な批判を拝見して怖い人かもと思っておりましたが、まったりとした方です。「あれだけメディアで会社名をだしてくれると、好き放題しても、社内で誰も何も言えない」というのはストラテジストSさんの評。



『溜池通信トップページ』



 いっしょにお酒を飲みたいおじさまナンバーワンのかんべえさん。ぐっちーさんに浮気したいなどと口走ってしまいましたが、やはり操を守ります(なんじゃそりゃ)。余計なお世話ですが、腹筋と腕立て伏せは続けていらっしゃるのでしょうか?「極悪」ぶりはみなさん、ご存知のことと思いますが、一つ暴露するとですねえ…。すんません、御恩返しができていないのに書くことじゃないですね。誠に申し訳ありませんが、まともな紹介は省かせていただきます。



『雪斎の随想録』



 「日本政治外交史シンポジウム」で短い時間でしたが、お話させて頂いて驚きました。ものすごく意志の強い方です。見識の高さや博覧強記ぶりは、著作やブログを拝見すればわかりますが、お人柄はお会いしないとなかなかわかりません。お会いしたのは一回だけですが、一回で感服いたしました。「非道」とおよびしておりますが、御自分の信念にこれほど忠実な方は今時、珍しいと思います。女子アナフリークというのは…。人間ですものね。でも、意外でした。失礼ながら、「雪斎」というHNを辞書登録されていないのでは…。



『さくらの永田町通信』



 男くさいリストの中での紅一点。健康的で美貌の持ち主、かつ美声には聞き惚れます。他人に心から優しく、「強気を助け、弱きを挫く」極悪師匠と対極の人生を歩まれてきたものと想像いたします。でも、騙されてはいけません。「○○先生は、○モじゃないですか」など男連中では思いつかない、ドキッとするような洞察力をお持ちです。さくらさんのファンの方はお怪我をなさらないように。さくらさんで怪我をされるのは幸せかもしれませんけどね。



『カワセミの世界情勢ブログ』



 ブログを拝見すると、冷徹な分析・文章に惹かれます。また、「マイペース」とおっしゃりながら、読者への配慮を忘れない優しさを感じます。個人的には、冷徹な一面、ロマンティックな人間味をお持ちのところが魅力的です。「寝言」とは正反対の精神に頭が下がります。最近、海外情勢に疎くなっているので、ブログを拝見して鍛えなおさせていただきます。



『債券・株・為替 中年金融マン ぐっちーさんの金持ちまっしぐら』



 一度はぜひ、お酒を頂きながら、お話を伺いたい素敵なオジサマ、準ナンバーワンの方です。恥ずかしながら、大学時代に外資系金融機関に勤めたくて、「ウチは新卒はとらねえよ」と門前払いをくらいました(なぜか人事の人は会ってくれましたが)。90年代初頭に日系の銀行に就職した先輩の話を聞いて愕然とした覚えがあります。ぐっちーさんのブログを拝見すると、相変わらずなあと思う反面、ぐっちーさんのような「ニュータイプ」が資本市場を変えてくれることを願っております。蛇足ですが、株屋の世界は仁義を切るというのに憧れます。



『やじゅんの世界ブログ/The World according to YAJUN』



 いよいよ、おおとりですね。直接、お会いしたことはないのですが、雪斎先生のブログと並んでコメント欄で一番、熱い議論をさせて頂きました。ご自分では「ああでもない、こうでもない」と謙遜されていますが、誠実に物事を多面的に分析されている記事からお人柄が伺えます。子供のときに『項羽と劉邦』を読んで食意地と底意地の悪い劉邦に惹かれてしまったので人生観には相違があるかもしれません。しかし、現実的な分析を拝見していると、意見が一致することが多く、あえて違う見方もできるんじゃないかと必死に考えさせて頂ける最も刺激的なブログです。



 うーん、こうして見ると、本人はしょぼくても、よいつながりに恵まれることは幸せだなあと思います。「寝言」のパワーアップを図らなくてはと思うのですが…。やはり、運営者の力量が…。



 ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。お約束で恐縮ですが、やはりお読み頂いた方が、幸せな夢を見ることができるサイトを目指します。



(追記 2006年4月7日加筆)



かんべえ師匠



 たぶん大丈夫だと思いますが、念のため、テロ行為だけはお許しください。「不規則発言」で取り上げる価値があるサイトとは思えないので、自意識過剰だとは思うのですが。テロを誘発しようとしているのではなくて、文字通り読んでいただきますよう、お願い申し上げます。



(追記 2006年4月8日加筆)



 こちらで「マイリスト」に登録させていただいたという、お知らせを一括してさせて頂きました。当方のブログをリストに入れてくださいというお願いではございませんので、ご理解を賜りますよう、お願い申し上げます。アクセス解析で少数ではありますが、グーグルなどの検索で当方にこられる方もいらっしゃるようなので、もっとおもしろいところがありますよという紹介をさせて頂きました。

posted by Hache at 09:15| Comment(4) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言

2006年03月18日

お題バトンと「突風」

 カワセミさんのトラック爆弾トラックバックで突風が吹きました。頂いたお題でまともに書くと、「変な人」と思われる可能性が高いので抑え目にゆきます。ぬるめにしても、突風がやむと思いますので。



「本棚やPCに入っている欧州史は?」



 本棚にはないのですが、机やベッドの上で現在の恋人である『戦史』(トゥキュディデス)がよれよれになっています。書籍は挙げだすと面倒なので以上です。「欧州史」そのものとは関係が薄いですが、PCの中身で比較的オタクっぽくないものとしては「デルフォイのアポロン讃歌」の第1中間部のwmpファイルがあります(あとは怖くて書けません)。



「今、妄想している欧州史は?」



 アフロディテ(欧州)が、抜群の力をもちながら使い方を知らないアレス(米国)を誘惑していかがわしいもつれた関係から逃れられないようにして寝床でそっと使い方を囁く姿です(妄想度★★)。現実にはアフロディテがアレスの横っ面をひっぱたく真似をすることもあるので、泣きたい気分になることが多いです。



 個人的には塩野七生さんに膝枕をしてもらって『ハンニバル戦記』を朗読して頂きたいです(妄想度★★★★★)。夢は、スキピオ・エミリアヌスが「いつかはわがローマも、これと同じときを迎えるという哀感なのだ」の一節を塩野さんが耳元で読みながら涙を一粒だけ落とした瞬間に81歳の生涯を終えることです(妄想度)。



「最初に出会った欧州史は?」



 ありがちな古代ギリシア・ローマとルネサンスです(意外と平凡でしょ?)。『イーリアス』、『オデゥッセイア』が先だったと思いますが、9歳頃に『君主論』を同じぐらいの時期に読んだ覚えがあります。ついでにといっては申し訳ないですが、塩野七生『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』を読みました。10歳頃に『ガリア戦記』に興奮したことを覚えています。『君主論』と『ガリア戦記』の感想文を書いたせいで「危ない子」扱いされたので大学に入るまではこのテーマは封印していました。番外編として低学年の頃に『聖書』を意味はわかりませんでしたが、全部読み通しました(注:私は切支丹ではありません)。「向こうの神様は怒りん坊」というのが小学生の頃の感想です。



「特別な思い入れのある欧州史は?」



 基本的にはルネサンス以降(以前も)の近代科学の発達史とイギリス外交史です。書生の頃にキッシンジャーに「洗脳」されてから、自分の欲望の赴くまま、封印していた欧州外交史をつまみ食いしております。昔からフランス革命のどんちゃん騒ぎとブォナパルテでヨーロッパが滅茶苦茶にされたことを逆恨みしています。メッテルニヒ、タレイランは好感度大です。いつの日か『旧体制と大革命』の線から近代欧州史を読み直せないかなあと妄想しています(別のカテゴリーのほうがよかったかも)。西洋音楽史(古代ギリシア以降)もつまみ食いをしていて浮気性な自分を恥じます。
   
「欧州史への愛ゆえに一言物申す」



 アフロディテが老い故に美貌まで失ったかは定かではありませんが、アレスをしっかり誘惑して囁きなさい。これ以上、浮気はなりませんぞ。以上。



不躾で恐縮ですが、「お気に召すまま」で構いませんので、ぐっちーさんとさくらさんにバトンを捧げます(テーマは以下に掲げる以外のことでも構いません)。かんべえ師匠、ブログも作ってよ(怒)。



ぐっちーさん   お題:「カネ」 「ちょいワル悪おやじ」
さくらさん       お題:「永田町」 「アメリカ(女性の視点から)」

posted by Hache at 02:20| Comment(2) | TrackBack(0) | 幸せな?寝言