2015年08月20日

天皇機関説

 昔話から始めて恐縮ですが、もともと法学部を第1志望にしていて、入学試験に落ちたので、やむを得ず、滑り止めで受かっていたとある大学のどうしようもない経済学部に進学しました。大学時代に法学でまじめに勉強したのは民法と商法というぐらいでした。というよりも、憲法の講義の水準が、日本史で出てた過去問(出題時期は昭和50年代でしょうか。内閣総理大臣の在任期間を旧憲法と新憲法で比較して、新憲法下で長い理由を説明せよというなかなか歴史を棒暗記と勘違いしているバカを確実にはじく問題が出題されていました)よりも容易だったので、大学以降は憲法学を内心、小馬鹿にしていたのが実情です。

 「天皇機関説」というタイトルは偽りありです。下記の動画を見ていたら、単にひどい事件としてしか見ていなかった美濃部達吉博士の弾圧事件から明治憲法と当時の法学者のレベルが現代では考えられないほど、桁違いに高い水準であったことが少しだけ実感できました。



 実は、故岡崎久彦氏が明治憲法というのは議会制民主主義を排除しない、柔軟な内容ですと主張されていて、疑うというわけではないのですが、そこまで解釈できるんだろうかと首を傾げたままでした。岡崎氏の著作は何度も読み返していたのですが、上記の動画を見ていて、明治憲法と議会制民主主義の問題はまるで読めていなかったなあと気が付きました。上の動画の内容に完全に納得がいっているわけでもないのですが、天皇機関説が大正デモクラシー以降、明治憲法の正当な解釈として定着していたという記述の意味が理解できていなかったことがやっとわかりました。

 生兵法は怪我の元なのですが、あらためて大日本帝国憲法を読んでいると、よく考えたんだなあと。以下、色々と面倒ですので、旧仮名遣いは使用せず、すべて現代仮名遣いに直しております。1条で天皇に統治権があるといってから、3条では神聖にして侵すべからずと書いてあるので、普通は天皇主権で天皇に統治権があると読める。ところが、4条では天皇の地位を国家の元首として規定した上で、「統治権を総攬しこの憲法の条規によりこれを行う」と立憲君主制がこの憲法の定める国体ですよと読めるように書かれている。これはまったく迂闊でした。今、昔、買った六法全書で明治憲法を読んでいるのですが、国会はもっとおそろしい。5条は「天皇は帝国議会の協賛をもって立法権を行う」とあるので、字句通りに読めば、立法権は統治権の一部として天皇が有し、議会の協力と賛同を得て行使すると読むのが普通かなと思いますが、37条で「すべて法律は帝国議会の協賛をへるを要す」とあり、立法権は実質的に議会にあるとも読めます。少なくとも、明治憲法下の天皇といえども、議会を無視して法律を制定したり、施行はできないわけです。勅令もおそろしく制限がかかっていて驚きです(8条)。

 司法権に至っては、57条で「司法権は天皇の名において法律により裁判所これを行う」とあって、現行憲法の象徴天皇制とは異なるとはいえ、天皇の大権といっても、実際には分権が進んでいたことになります。戦前の歴史に興味を持った段階で、ちゃんと明治憲法を読んでおくべきでした。問題は、内閣でありまして、55条1項で「国務各大臣は天皇を輔弼しその責に任ず」と定めたため、これも字句通り読めばですが、現行憲法とは比較にならないぐらい、内閣総理大臣の地位と権限への言及がないので、冒頭の入試問題が成立したわけです。小泉政権後の自民党の混迷と政権交代後の民主党政権のおかげで、昔はこんな入試問題がつくれたんだけど、今じゃあねと言っていたら、失礼ながら、全く期待していなかった安倍政権が長く持ったので、憲法だけでは説明がつかない部分もあるのかなと。多分、模範解答は内閣総理大臣の地位と権限に触れた上で、統帥権、さらに軍部大臣現役武官制に触れる必要があったと記憶しております。このあたりは、とりわけ統帥権に関してですが、美濃部博士の解説を読む時間が出来たら、まとめたいところです。

 明治憲法を字句通り読むと、天皇主権説になるというのはまあそうでしょうね。というよりも、それで済むなら、たいした学問ではない感じです。天皇機関説になってくると、これは学がないとわからない。いや、現代の大卒程度では低学歴なので、失礼ながら無理でしょう。正確を期せば、学歴というよりも、真剣に憲法について考え、書物を読まないと無理です。私も、まだ勉強不足なので、あやういところがあります。ただ、昨年、亡くなった岡崎氏が生前、繰り返し指摘されていた明治憲法の柔軟性というのは氏の個人的な見解ではなく、天皇機関説という形で、軍部と右翼を除く知識人層に共有されていたというのはなるほどです。

 しかるに、国体明徴運動ともに、字句通りに憲法を読んでもわかりづらい天皇機関説は軍部や右翼だけではなくメディアと世論から見捨てられてしまう。大筋では帝国の隆盛を支えたのは結局のところ「臣民」であり、帝国を殺したのも「臣民」であったという根底にある歴史観はあまり変わらないです。


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2012年01月04日

チャーチルの民主主義との距離感

 特に、新年を迎えるという感覚もなく、ニューイヤーコンサートは飽きてきたのでスルーしました。食べ物ぐらい新年らしくとおせち料理を注文して食べましたが、薄味だったので、おいしかったです。雑煮は余った餅の処理に困るので、こちらは無理かなと。バカ正直に書くと、嫁がいなくて寂しいと思ったことはないのですが、飯に関しては一人よりも二人の方がいろいろな意味で安く済むなあと。高校時代にふられた女性が理想の男性は「空気みたいな人」と言っていましたが、なるほど言いえて妙だなあと20代後半になってから気がつきました。冷静に自分の性癖を考えれば、価値観の上で、妙な表現ではありますが、恋愛よりも自由が上位に来るので、どうしようもないです。モーツァルトを聴くときに、そばに人がいても構わないのですが、気配は消してほしいというぐらい身勝手なので、本質的に家庭を形成する能力を欠いているのでしょう。

 そんなわけで、年賀状が届いてから、あらま、今年は出さないつもりだったけれどどうしましょと頭を抱える無計画さに困っております。自分でも器のあまりの小ささに頭を抱えるのですが、郵便配達人が乱暴だというだけで、ドル箱の年賀状を止めてやろうと。ふりさけみれば、禁煙が続いているのも小宮山厚労相に本当は感謝しなくてはならないのでしょう。こんな見た目も声も気もち悪い、キチ○イが大臣になる時代に、タバコを吸うなんて文字通り緩慢な自殺だと、薄々は思ってはいても、熱湯を浴びせられれば、人間、やればできるものだと妙なところで感心したりします。

 要は、だらだらと年末年始(実際には家でちょこまかと作業はしていたのですが)を過ごしながら、この国の民主主義はどうなるんでしょうねえと。そういえば、チャーチルが、聞き捨てならないことを言っていたなあと、調べたいのですが、ネットぐらいしかなく、グーグルの英語版で"Churchill democracy worst"とか確かそんな程度のキーワードを入れたところ、英語版のWikipediaに1947年11月の下院でのチャーチルの演説が引用されていて、このサイトにリンクが貼ってありました。私の英語力では訳すのが厳しいのですが、なかなか味わいのある演説だなあと。西洋流のデモクラシーが大衆の相違によるチェックあるいは修正なしでは成り立たないことを大上段から振りかざしてきて、次のあたりはさすがだなあと。

  Many forms of Government have been tried, and will be tried in this world of sin and woe. No one pretends that democracy is perfect or all-wise. Indeed, it has been said that democracy is the worst form of Government except all those other forms that have been tried from time to time; but there is the broad feeling in our country that the people should rule, continuously rule, and that public opinion, expressed by all constitutional means, should shape, guide, and control the actions of Ministers who are their servants and not their masters.

 この罪深く、災厄の世界では数多くの政治体制が試されましたし、今後も試されるでしょう。民主主義は、全きものでもなければ全知全能でもありません。実際のところ、それまで、何度か試された政治体制を除けば、民主主義は最悪の政治体制だといわれてきました。けれでも、わが国では次のような感覚が幅広く存在します。大衆が統治するはずであり、引き続き統治し、憲法上の手段によって表現された世論が形成され、大衆への奉仕者であって主人ではない大臣の行動を導き、統制するのが当然であると。


 アトリーが時代遅れの親父がなんか言ってるわととったのかはわかりませんが、根っからのイギリス人であったチャーチルは巧みに英国の議院内閣制の本質を、政府を問いただす、やり取りの中で鋭くえぐりだしたのでしょう。なんといっても、1945年のポツダム会談を挟んで、チャーチルはまさに世論によって打ちのめされ、自ら率いる保守党は惨敗しました。そのことを織り込んでアトリーとの引き継ぎを間断なく進めたチャーチルがこの演説をすること自体、彼がイギリスの議会制民主主義の精神を体現していたことをよく示していると思います。「民主主義は最悪の政治体制である。他の試された政治体制を除けば」と訳した方が調子が良いのですが、演説調にしたかったので、ちょっとぎこちない訳になっています。全体として意訳が度を越している気もしますが。

 「民主主義は最悪の政治体制である。他の試みられた政治体制を除けば」と訳すと、なんとなく、普遍的に民主主義についてチャーチルが語ったようにもとれますが、自らを打ちのめした世論を肯定し、説得するために、イギリスの議会制民主主義と議院内閣制の本領を語っているあたりが印象的です。ここで、大衆というのは気分で動く、気まぐれなものだという「寝言」があったら、「時の最果て」の中の人としては最高ですね。なにしろ、私自身が気分屋で、今日思ったことと逆のことを明日やる、なんの計画性も信念も信条もない、大衆の一人でしかありませんから。話が脱線しましたが、チャーチルが、まさに気分しだいの大衆に苦汁をなめさせられながら、この言を吐いたということそのものが、彼がイギリス人気質を代表していたことを示しているのでしょう。同時に、イギリスの貴族的精神が議会制民主主義の形成に合致していたことを示す最後の機会だったのかもしれません。


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2011年04月06日

悲しみは絶望じゃなくて明日のマニフェスト

 憂鬱な日々が続いておりますが、「汚染水」を海中に放棄するという月曜日深夜の東電の会見はあまりにもみじめで、なんと罪深いことをするのかと。この国を守るように取り巻く海に、人工の産物である放射性物質を含んだ水を投棄するという事態に、これまでの震災による人的被害とは異なった悲しみを覚えます。「寝言」も浮かばない状態でしたが、完全にふさぎ込んでしまいました。

 今回の事態は、東京電力が電力自由化にあたって掲げた「公益的課題」を自らがすべて放棄し、公益事業の担い手として不適格だとみなさざるをえない行為です(参考)。復興に向けた方向へ頭を切り替えたいのですが、福島の大地と大気のみならず、海を汚す事態に及んだ深刻さを東京電力がどのように考えているのか、まったくわからないまま、マスメディアが「やむをえない」で片づけているのを見ると、ゾッとします。英字紙も遠慮があるのか、見出しでは"release"とぼかしていることもありますが、Wall Street Journalの"dump"というのが近いのでしょう。まだ放射性物質をより多く含んだ水があるからという理由では、今後、事態が収拾に向かわなければ、より高濃度の放射性物質を含んだ水がある限り、いくらでも投棄できることになりかねません。

 「The Br​iefing On Japa​n Quake -外国プレス​​へのブリーフィング」なるものを見たおかげで、さらに気分が沈みました。当初はもっと外国人記者が多く参加していたはずですが、見たところ4名前後。木で鼻をくくったような官僚的答弁に終始する会見では、日本人記者は慣れているのでしょうが、外国人は参加している暇はないのでしょう。経済産業省原子力安全・保安院は津波は想定外と繰り返すばかりで、質問する側だったら、こんな場に来ても意味がないだろうなと。驚いたのは内閣府原子力安全委員会でして、津波に関する最新の指針は2006年であり、今回の津波を想定していたとも想定しなかったとも、どうとでも読める指針の一部を読み上げるだけで、指針がどのように具体的に活用されたのかを示さないあたりは驚くばかりです。

 公益的課題を自ら掲げながら放棄する一般電気事業者、監督していたアリバイだけを作ろうとする政府の各機関、これらをいまだに統括できずにいる首相官邸および内閣官房の下で「復興」が進むのだろうかと暗澹たる気分になります。堕ちるところまで堕ちて浮かぶ瀬もあれという感じでしょうか。ざっと目を通しただけですが、New York Timesが2011年4月5日付で配信した"Radiation Errors Erode Confidence in Power Company"という記事は、東京電力が公開しているデータへの懐疑が中心ですが、原子力発電は日本人にもたせるには危険すぎるという世論が形成されても不思議ではないことにも留意が必要でしょう。


ツイッターのタイムラインに時代が「TOUGH BOY」の歌詞に追いついたとあって、「Keep you burning 駆け抜けて この狂気と希望と幻滅のまっただなか No boy no cry 進まなきゃ 勢いを増した向かい風の中を」というあたりはなるほどと。第一部以降は原作を読みましたが、なんだか白けてしまい、結果としてアニメはつまみ食い程度でしたので、聴いたことはあるけれど、内容は忘れてしまったなあと。全曲を聞いて印象に残ったのは、「悲しみは絶望じゃなくて明日のマニフェスト」というあたりでしたので、そちらを「寝言」の「お題」にしました。もはや2011年3月11日以前の世界には戻れないのだなあと。



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2010年06月02日

寛容であるということ

 「寝言」を書くと、意外と睡眠時間が減ってしまいます。6月から9月末までは暑気負けが一番、怖くて、睡眠時間の確保がすべての問題に優先します。そんなわけで「寝言」を書くよりも、リアルで睡眠を優先です。メキシコ湾の海底油田の事故関連記事を読む量が圧倒的に多いのですが、4月20日の"Deepwater Horizon"という石油掘削施設の爆発から1ヶ月が経過しましたが、石油の流出を食い止めるのは非常に厳しい情勢が続いています。メキシコ湾の海底油田の戦略的な意義をおいても、この数週間のBPの原油流出に関する"containment"の試みと失敗の繰り返しは、事態が事態だけに当然なのかもしれませんが、あれがダメならこれ、これがダメならあれと、思うように成果が出ない状況で努力を尽くす姿を見ながら、昔は日本でもこのような光景があったのかもしれませんが、最近は少なくなったものだと感じたりします。 New York Timesが2010年5月28日に配信したClifford Krauss and Jackie Calmesの"BP Engineers Making Little Headway on Leaking Well"という記事ではオバマ大統領が次のように述べたとされています。

President Obama, who visited the Gulf Coast on Friday, spoke broadly about the government’s response to the environmental disaster, saying that “not every judgment we make will be right the first time out.”

  He also added, seemingly capturing the mood of engineers working to plug the well: "There are going to be a lot of judgment calls here. There are not going to be silver bullets or perfect answers."


 大統領、あるいは政治家としては上記の発言は適切ではないのかもしれない。ただ、現状を冷徹に見るというのは私自身は、為政者として当然のことだと思うので、ベストの解がわからない状態であることを為政者が認識していることを誰もがわかる形で示すことはやむをえないと思う。問題は、米国世論がどこまで寛容になれるかでしょう。原油の流出量だけでも莫大ですし、沿岸地域に与えるダメージは非常に大きい。海底油田の開発を続けるか否かという問題の前に、原油の流出は既に損害を出しているわけですから、仮に流出が抑えられたとしても、原状復帰は決して容易ではありません。オバマ大統領が窮地に追い込まれる可能性も少なくないと思います。

 最近、「寝言」を書かなくなったのは、読み返して自分でも寛容さということを失していると自分の嫌な自画像を見ている気分になることが多いこともあります。開き直るわけではありませんが、自分自身を見て、お世辞にも度量の大きい人間ではなく、そこらへんをほっつき歩いているオヤジにすぎません。「寝言@時の最果て」のサブタイトルには"Aliis licet: tibi non licet."というサブタイトルを開設した初めの頃から掲げています。ラテン語を碌に解さない者がこのようなサブタイトルを掲げること自体、気恥ずかしさはありますが、「他人がそうであっても、お前はそうであってはならない」という箴言は、常に私とは区別される「私」として置いておかねばならぬ。昨今の社会情勢や政治情勢では、しみじみ自分の凡庸さが沁み入ります。塩野七生さんがカエサルを描いたときに、最も印象に残ったのは、キケロにカエサルが送った手紙の次の一節です。カエサルと自分に共通点があるなどというのは、「寝言」そのものですが、「何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである」というカエサルの言に深く共感をしました。もちろん、人物としての比較などはするだけ野暮ですからしませんが、日々、揺れ動く自分を眺めながら、なんと幼稚な人間なんだろうと。実を言えば、私自身も無名の市井の人ですが、ふだんの何気ない会話から、周囲の、失礼ながら、わたしと同じく無名の人がそのような意識をもっていないのにもかかわらず、そのように生きていることに驚きを覚えることが少なくありません。

 「わたしをよく理解してくれているあなたの言うことだから、わたしの振舞いにはあらゆる意味での残忍性が見られないというあなたの言は、信用されてしかるべきだあろう。あのように振舞ったこと自体ですでにわたしは満足しているが、あなたまでがそれに賛意を寄せてくれるとは、満足を越えて喜びを感ずる。
 わたしが自由にした人々が再びわたしに剣を向けることになるとしても、そのようなことには心をわずらわせたくない。何ものにもましてわたしが自分自身に課しているのは、自らの考えに忠実に生きることである。だから、他の人々も、そうであって当然と思っている。
 あなたも他の人々もローマに来て、わたしとともにわたしの目指す事業の完成に協力してくれるとしたら、どれほど喜ばしいことか。助言でもよい。忠告でもよい。あなたや他の人々がそれぞれ得意とする分野での協力でもよい。わたしは常に、それが役立つと思えば、誰の提案であろうと受け容れてきた。知識豊かなあなたからのものであれば、その有用性ははかりしれないであろう」

塩野七生『ユリウス・カエサル ルビコン以後 ローマ人の物語
V』、新潮社、1996年、336−337頁。 


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2008年10月20日

より開かれた「商人的な国際政治観」へ

 自分でも整理できていない「寝言」の極みの前に軽いネタ。軽いといってはなんですが、なにかと暗い世情では上海馬券王先生の文章が光ります。

 こちらを拝読しながら、懐かしさに浸ってしまいました。大学時代に北陸出身の方が、裏日本という言葉を使っていて、まるでピンとこないので、「表日本はどこなの?」とうっかり尋ねてしまった「KY」ぶりを発揮してしまい、あとで意味がようやくわかって、ひどく恥ずかしい思いをした記憶が蘇りました。それにしても、2006年のリーグ優勝、2007年の日本一でこれだけ日本と世界が滅茶苦茶になるのを見ると、「落合様、今年は許して!」となりそうです。中日の日本一にネットで喜びを表しても石つぶてを当てられるだけですし、翌年はもっと碌なことがなく、深部静脈血栓症にかかる始末。あれで落合監督が山井を交代させずに日本シリーズ初の完全試合など達成していたら、きっと私も日本も世界も心臓を直撃されていたであろうと確信しております。やはり、ギリギリのところで落合は世界と日本と私を救ったのだ!!

……。われながらつまらない「釣り針」ですな。

 所詮は元ファンですから、今年は阪神が叩きのめしてくれることを祈っております(嗚呼、全国のドラゴンズファンよ、裏切り者にふさわしい報いを)。『ウィキペディア』で見ていると、シャレにならんのですよ。1954年のリーグ優勝&日本一という「美しい」優勝時には翌年、保守合同と政変ではありますが、安定期の始まりだったのが、1972年の優勝時には田中内閣発足まではまだいいとして、翌年は変動相場制への移行ですから……。2006年のリーグ優勝(日本一ならず)、2007年のCS制覇&日本一のそれぞれの翌年には安倍、福田両政権が崩壊、麻生政権も不穏な感じ。国際金融は言うまでもなく、ここは秋華賞を思い切り外した上海馬券王先生のお力にすがるしかないのです(阪神が1勝1敗に戻してくれてホッとしました)。杞憂だと思うのですが、CS制覇&日本一なんて連続したら、世界の終わりではないかと。しかし、競馬で1000万円の配当って、わかっていないせいでしょうが、なんだか「根拠なき熱狂」のような。なにか「世も末」という終末思想にとりつかれそうです。

 それにしても、『ウォール街』というのは名作とは思えないのですが、身に沁みるセリフも多く、オリバー・ストーンのメッセージと思しきバドの父親カールの"Stop goin' for the easy buck and produce something with your life. Creat instead of living off the buying and selling of others."よりも印象に残るセリフがありましたね。バドの恋人役のダリアン(Darien)がゲッコーと決別するバドを見捨てて別れ際に吐くセリフ。

 You may find out one day that when you've had money and lost it, it's much worse than never having had it at all.

 手に入れたカネを失うことは、もともとまったくなかったときよりも惨めだって、いつかは気がつくわ。


 失うものがない身にはあまり縁がなさそうですが、そうではない人にとってはつらい時代になるのかもしれません。『ウィキペディア』で検索してみていたら、ダリアンを演じたダリル・ハンナはゴールデンラズベリー賞なる「裏アカデミー賞」の最低助演女優賞を受賞する栄誉に輝いたようで。正直なところ、最初に見たときから、このセリフをそうだよなとすんなり受け入れしまった私は救いようがないのかも。大学の恩師が都銀に就職する先輩や同級生に向かって、「人のカネを右から左に動かすだけの仕事をやりたがるとは……」と嘆いていて、他の事では尊敬しておりますが、そういうあなたは金融も含めて他人のあがりで食っているじゃありませんかと言ってはならない一言を言いそうになって、飲み込んだ覚えがあります。

 それにしても、北朝鮮では『読売』の怪しい情報もあって嫌な感じですね。地政学的リスクが極東に集中している現状を思い起こさせてくれます。こういうときにはラヂオ・プレスが確実な情報を提供してくれるのでしょう。それにしても、アメリカが事実上、戦時下の政権交代のリスクが高い状態で日本まで総選挙という博打をしようというのは理解しがたいのですが。


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2008年07月22日

大戦がない不幸と幸福

 カワセミさんのコメントについて考えているうちに、とりとめがなくなってしまいました。単に考えすぎという気もいたしますが。自分でも滑稽な感じがしますが、現在の国際政治・国際経済の「危機」が拡大したとしても、大枠としてアメリカの覇権が揺らぐという事態は考えにくい。データでつめてゆくのが「正道」でしょうが、政治学者の感覚というのはなかなかおもしろいです。

 われわれにとって一番不幸なのは、誤解を恐れずに思い切ったことをいいますと、あの戦争がじつは帝国主義時代の最後の戦争であって、あれ以後、帝国主義の戦争がなくなったということです。従来は、戦争が一つ終わってだいたい十五年か二十年たつと次の戦争があり、前の戦争で生じた貸借関係は、そこでもう一度リシャッフルされていました。ところが、今回は六十年にわたってリシャッフルがない(御厨貴『ニヒリズムの宰相 小泉純一郎論』PHP新書 2006年 17頁)。

 まあ、「寝言」だとぐだぐだと長くなりますが、感覚が優れた方だと、ちゃっちゃっと話が整理されるので感心してしまいます(本題の「宰相論」には同意できない部分もありますが)。「帝国主義の戦争」というのはわかりにくい部分もありますので、もっと単純に大国間戦争と書き換えたい気分はありますが。それはさておき(深入りすると脱線がひどくなりますので)、歴史認識問題から切り離すと、当面はアメリカの覇権、日本人の感覚でわかりやすくいえば、アメリカの「天下」が覆るような事態はほとんど想定する必要がないということでしょう。これを覆そうと思えば、アメリカに軍事的に正面から挑戦しなければならず、そのような利害対立を潜在的に含んでいるのは中国ぐらいでしょう。問題が顕在化するか否かは中国しだいではありますが。

 他方で、当面アメリカの国際政治・国際経済におけるプレゼンスは低下してゆくのでしょう。経済の面で違和感を感じるのは米中関係が米欧関係を代替してゆくというBergstenの情勢判断です。根拠がまるでないので「寝言」そのものですが、ユーロはドルを代替するのではなく、補完するのでしょう。FTあたりを見ていると、SWFの資金はドルからユーロにシフトしているようですが、ただちにユーロがドルを代替するのではなく、為替リスクの分散などからドル単独では「通貨の通貨」の役割を果たすのが難しくなっているということだろうとみております。経済の面でアメリカにとってプライオリティが高いのはイギリスを含むヨーロッパ諸国であって、中国がその役割を代替することは現在では蓋然性が低く、仮に、そのような時期がきたとしても、50年ぐらいの時間を要するのではと思います。イギリスのようにユーロ圏に属さない有力な通貨が存在するので表現が難しいのですが、中国の経済成長が著しいのは事実でしょうが、GDPではユーロ圏はアメリカにほぼ匹敵する規模で、中国がユーロ圏を経済の面で代替する可能性はかなり狭いという感覚があります。ドルの機能をユーロで補完するという現状に即した政策を採用しないまま、中国との「G2」というのは非現実的な印象があります。また、中国経済を考える際には、最近はあまり見かけなくなりましたが、"China gets old before rich."という視点も忘れてはならないと思います。

 安全保障の分野では「ジャイアンは昔ほど喧嘩が強くありません」と考える方もいらっしゃるようですが、軍事力という点ではアメリカのパワーは経済よりもはるかに「一極集中」ではないかと思います。問題はイラク情勢が明るくなる一方でアフガン情勢が厳しいという、表現が悪いかもしれませんが、「もぐら叩き」のような状態になっていて、アメリカの軍事力がイランを挟む東西で伸びきっていることでしょう。このような状態では、米軍の紛争抑止能力が低下するのは物理的現象と同じでしょう。イスラエルによるイラン攻撃が実行されれば、おそらくは一時的(とはいえ10年単位で考えるべき問題でしょうが)にせよ、紛争抑止能力の低下が明白になるでしょう。私は、米軍の存在意義は紛争が起きてから対応する能力と同等に抑止する能力にあると考えております。中東という「火薬庫」に火がつけば、アメリカの軍事力をもってしても、後手後手の対応にならざるをえず、アメリカの威信は大きく傷つくでしょう。これまた表現が悪いのですが、安全保障の面ではアメリカを補完することができるのはイギリスぐらいで、経済よりも問題は厳しいようにも感じます。

 そんなわけで、アフガニスタン本土への自衛隊の派遣を見送ったのは想定どおりですが、なんともいえない虚脱感を感じます。北朝鮮の核開発に限らず、アメリカの様々な「限界」が見えているなかで、アメリカとの「一体化」を進めるのは国内世論の説得に限定しても困難なことでしょう。他方で、アメリカの国際政治や国際経済での地位の低下にもかかわらず、その役割を代替する主体は見当たりません。米英主導の国際秩序から日本が利益をえているのにもかかわらず、それにみあう費用を負担していないという問題は1980年前後には顕在化していました。当時の「経済大国」というこの国の国際的なプレゼンスの向上という背景に対し、現在では「ジャパン・ナッシング」という低下という懸念と悲観が主流のようですが。この国の戦後における外交政策は高坂正堯先生が的確に表現されたように、平和的ではあるが、積極的に平和をつくりだす努力をしないという、この国の脆弱なパワーベースをある程度まで反映した政策であったがゆえに戦後の相当の期間において維持できたのでしょう。また、それは冷戦の正面がユーラシア大陸の西側であったという、この国にとって外生的な条件によるものであったことも、厳密な意味での論証は難しいのでしょうが、「平和的な政策」がそれなりに効果的であったと思います。

 しかし、冒頭で引用した御厨先生の大戦による「リシャッフル」がないもとでは、「平和的な政策」だけではこの国の安全と繁栄を長期にわたって維持することは困難だとも感じます。いささか自虐的な表現になりますが、極東に限定しても、この国が自ら秩序をつくりだすことは、中国の台頭がなくとも困難でしょう。長期的に見れば、米英中心の国際秩序の、主要ではないにしても、無視はできない補完勢力として生き残りを図るのがベストであろうと。ただし、アメリカの「迷走」が、単に政策の失敗だけにとどまらず、アメリカの経済的地位の低下や地域情勢の複雑化などの要因によって生じているならば、アメリカの補完勢力として生き残りを図るための努力は多くのリスクや犠牲をともなうでしょう。現状では、そのようなリスクや犠牲は国益に合致しないかのように日本人には映る状況が続くと見ております。私のようにペシミスティックに国際情勢を眺めている者でも、日米安保体制の崩壊というリスクは無視してもよいと考えております。しかしながら、抽象論にすぎませんが、困難な時期に努力を怠っていれば、日米同盟の信頼性は低下する一方になりかねないという危惧を抱いております。それは大戦というあまりに犠牲の大きい「リセットボタン」がなくても、「ある敗戦国の幸福な衰退史」を変える「好機」でもあり、「好機」を現実の成果とするためにはより長期的なコンセンサスの形成とそのための政治的リーダーシップがが不可欠であるという、いつもの「寝言」です。


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2008年06月06日

塩野七生「高坂さんは、なぜ衰亡を論じたのか」(3)

 タオミナールのサン・ドメニコ修道院の夜に交わされた対話の中で、高坂さんがGに、こんなことを質問した。
 「帝政時代のローマはなかなかに良くやったと思うけれど、なぜ欧米人は、共和政時代のローマのほうを高く評価するんでしょうね」
 Gは、例によって迷いもせずに答えた。
 「フランス革命に対する、われわれの劣等感でしょう」(731頁)
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2008年06月05日

塩野七生「高坂さんは、なぜ衰亡を論じたのか」(2)

 前回から引き続き、高坂正堯著作集刊行会編『高坂正堯著作集 第5巻 文明が衰亡するとき』(都市出版 1999年)からの引用です。私の要領が悪いので、たった10頁の文章について考えているだけでこんなに長くなってしまうので、面倒な方は読まずに無視していただくのがよいだろうと思います。この「寝言」に限らず、自分用のメモの域を超えるものではありませんので。

 『文明が衰亡するとき』を刊行当初に読んだ私の頭にまず浮かんだのは、これは戦略研究所の同僚たちとの対話にプラス、Gとの対話の所産だということであった。高坂さんはヨーロッパ人との間で話し合ったテーマを、ヨーロッパ人でない日本人に向かって話しているのである。ただし、この場合のヨーロッパ人も日本人も、ある一つのことでは共通している。歴史学を専門にしていない教養人、という一点では共通しているのだ。
 ここでの高坂さんは、学問上の探求はしていない。しかし、対話はしている。そして、プラトンの対話編が実証するように、対話とはソクラテスの昔から、探求の重要な一手段なのであった。高坂さんも、話はしながら、その相手である読者には考えることを求めている。それゆえにこの一冊は、手っとり早く結論を知りたい人には向いていない。ゆっくりとページをめくりながら、ときにはページをくる手を休めながら、考えをめぐらせる人には向いている一冊である(728頁)。


 自分用のメモとはいうものの、やはりお読みいただいている方がいる以上、この「寝言」を書いている私が知りたいことはわかりきった前提としてはダメなのでしょう。「時の最果て」の主要なカテゴリーは「ある敗戦国の幸福な衰退史」という、自分でもまあこんなわけのわからないことを考えるなあという話です。私自身がなんでこんなわけのわからないことを考え始めたのだろうと振り返れば、読んだ当時はそんなことを考えもしませんでしたが、高坂先生の『文明が衰亡するとき』がどこかで記憶の底にあったのだろう。最初に読んだのは高校時代の読書課題の中の一つに『文明が衰亡するとき』が含まれていて、当時はこの書の「バタ臭さ」と福祉国家批判という「現代的関心」(当時は善意による社会進歩を促すことが望ましいという素朴な発想をしておりました)に反発しながらも、根底に流れている「運命への感覚」にどこかで共感を覚えていて、その感覚が年をくったせいか、より強くでてきたのでしょう。引用から話がそれてしまいましたが、塩野さんの、冒頭の最高の賛辞を「転調」したやはり最高の賛辞を読んだおかげで、知識は増えずとも、加齢のせいか、20年以上前よりも素直に読めるようになったのは、この本は読者との「対話」を高坂先生が楽しんでいるのだと気がつかされました。

 この作品が刊行された時期の私は、『海の都の物語』と題したヴェネツィア共和国の通史を執筆中だった。それから十八年が過ぎた今、『ローマ人の物語』と題した古代ローマの通史を、半ばまで書きあげた状態にある。『文明が衰亡するとき』で高坂さんがとりあげたローマ、ヴェネツィア、アメリカのうちの二つまでを私もまたとりあげたことになる。ただし、高坂さんとはちがうやり方で。
 われわれの間に生じたこのちがいは、歴史をとりあげる上での手段の良否ではなく、関心のちがいにすぎない。高坂さんならば墓を前にして、この人はなぜ死んだのか、に関心を寄せるのだろうが、私の場合は、それよりも前に、どのように生れ、どのように成長し、どのように衰えたのかのほうに関心をもつ。死はその結果にすぎないと思うからでもある(728−729頁)。

 塩野さんらしい比喩だなあと苦笑する部分もありますが、やはり違和感があります。『文明が衰亡するとき』を読めば、確かに「この人はなぜ死んだのか」という点に関心が集まっていることは事実でしょうが、古代ローマを論じたところでは、衰退論の様々な「意匠」をとりあげて帝政時代から一路、衰退の道をたどったかのような話はしりぞけられています。また、滅亡の種は絶頂の時期に蒔かれるという『オイディプス』以来、手を変え品を変えくり返し論じられてきた「主題」を、安直な近代の「弁証法」から救い出している印象もあります。簡単にいえば、「高坂さんならば墓を前にして死を起点としながらも、興隆と衰亡の両方に関心を寄せるのだろう」。ただ、塩野さんの意地悪な単純化になぜ違和感を覚えるのかを論理的に説明するのは、なかなか難しいです。

 書き終えたら、例によって長くなってしまいました。失礼ながら、物好きな方だけ「続き」をどうぞ。


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2008年06月04日

塩野七生「高坂さんは、なぜ衰亡を論じたのか」(1)

 塩野七生「高坂さんは、なぜ衰亡を論じたのか」(高坂正堯著作集刊行会編『高坂正堯著作集 第5巻 文明が衰亡するとき』(都市出版 1999年 723−733頁)は、本文が10頁たらずの解説ですが、読んでいて非常に面白いです。第7巻の解説は中西寛先生ですが、全体像を簡略にわかりやすく示されていて、こちらは門外漢にはありがたいです。

 他方、塩野さんの「解説」は、高坂先生の文章そのものを解説するのは最初から放棄して、とりあえず、高坂先生の文章を読んで考えなさいという感じで、普通の解説を期待している、まともな方にはちょっとお勧めできないかもしれないと思います。内容的にも、ここはどうなんだろうと考え込む部分がありますが。しかし、一見、ある程度までは懐古趣味のように高坂先生との交遊を回顧しながら、専門の政治学者ではなく作家の視点から、『文明が衰亡するとき』を読む上で、知識やなにがしかの「答え」をえるというより、考える世界が広がるという点では興味深く何度も読み返しました。

 ここで私に課されているのは、高坂正堯著の『文明が衰亡するとき』を解説することである。だが著作には、いや文章による作品にかぎらずすべての創造的作品には、解説を必要とするものと必要としない作品のちがいがある。高坂作品の中では、この『文明が衰亡するとき』は後者に当たるものと思う。解説など必要としない理由を一言でまとめれば、解説というフィルターを通すよりも何よりもまず本文を読むことが、彼の考えに肉迫する最良の道であるからだ。
 ただし、ほんの少しの助力なら、あっても悪くはないかもしれない。それで私はここで、高坂氏はなぜ、『文明が衰亡するとき』を書く気になったのかを、私と彼との個人的関係を物語ることを通して、探ってみたいと思う(724頁)。


 冒頭の文章を読んで思わずため息がでました。交遊もあり、また故人に捧げる「ほめ言葉」というのは難しい。一文一文がこれほどクリアーでなおかつ最高の賛辞というのはなかなか出会うことが少ないです。これでおしまいとしたいほどです。しかし、塩野さんは高坂先生がなぜ『文明が衰退するとき』を書いたのかということを、書いた。途中の推論には違和感があるのですが、あらてめて『文明が衰亡するとき』を読み返すときに奥が深くなるのかもしれません。

 さて、高坂さんと塩野さんの友人関係は、高坂先生が「イギリスに留学していた時期」(724頁)にまで遡るとのことですから、1970年代前半あたりからなのでしょう。この時期が「高坂さんと私が精神的に最も近かった」とありますから、歴史、それも西欧史の話題で意気投合していたのでしょう。「その理由を高坂さんは、研究所の同僚たちとのコーヒー・ブレーク(いやイギリスだからティー・ブレイクか)で話される話題が、まったくと言ってよいほどに歴史なんだ、と言っていた」(724頁)というあたりから、私などのような「痴的人種」とはまるで異なる水準だということが窺えます。また、専門的な学問に限らず、およそ知的な営みは対話と切り離すことができないことを実感します。

 時期的には『文明が衰亡するとき』(1981年)よりも後の1980年代のどこかでしょうか。「シチリア島のタオルミーナ」で1週間ほど「言いたいこと聴きたいことを遠慮なくぶつけた」と塩野さんは振り返っています。この時期には塩野さんの当時のフィアンセであるG氏の学会があり、「サン・ドメニコ」で宿泊しながら楽しい対話が続いたとのことです。

 だが、その高坂さんが最も好んだ対話の相手は私ではなく、私の婚約者だったGだった。学会がひとまず散会する夕刻からはじまって夜半すぎまで、刻々に色の変わる南国の空の下での対話は尽きなかったのである。対話は英語で成されたせいもあって、私はもっぱら聴き役だった。高坂さんがGとの話を好んだのは、Gの体内を流れる地中海の「血」にあったのだと思う。ロンドンの戦略研究所の研究者たちも、そして高坂さんも私も地中海文明を愛する想いでは劣りはしなかった。だが、私たちには、南イタリア生まれのGがもつ、「体内の血」はなかったのである(725−726頁)。


 G氏の「体内の血」というのはなかなか表現が難しいです。塩野さんは卒業論文で「レオナルド・ダ・ヴィンチが絵画を未完に終わらせた理由を形而上的(のつもり)に論じた」とのことです。この内容をG氏に話すと、「ボクの考えるには、それは実に簡単な理由によると思う。要するにレオナルドには完成した絵が見えたのだ。見えてしまえば、興味も失われる。それで彼は、画筆を置いてしまったのだと思う」(726頁)。卒業論文の苦労が水泡に帰したものの、やはり「おとなしくはない」のでしょうが、塩野さんもこの見解に認めたようです。このあたりの機微は私にはわかったようでわからない部分がありますが、このあたりは学問的に議論をしても定まった見解をうるのは難しく、「地中海の血」をもった感性で捉えることで「答え」というよりも、レオナルド・ダ・ヴィンチの人間像のすべてなのかいったんなのかはわかりませんが、描くことができるのかもしれません。G氏は、「地中海の血」、地中海文明に関する教養、そして臨床医という日進月歩の知識に接しているにもかかわらず変わらぬ人間と接する職にあったという点で、高坂先生が対話をして様々な感覚をえるのにはよき話し相手であったようです。

 「『体内を流れる血』とは、知識の集積では会得できないものなのである。集積した知識に血を通わせるもの、と言ってもよい(726頁)。

 今回ははじめのほうだけで終わってしまいましたが、途中で塩野さんが自覚しているのかは不明ですが、次回、紹介する部分では自らと高坂先生を対比することで、高坂先生の「体内を流れる血」を間接的な形で示していると思います。むしろ、「体内を流れる血」という自覚がないまま、高坂先生との考え方の捉え方をあれこれと「補助線」をひきながら描いているうちに、はからずしも高坂先生の「体内を流れる血」を描いているように思います。「集積した知識に血を通わせるもの」に「正解」はない。それは人の数だけある。ありきたりのことですが、そんな「寝言」を実感させてくれる文章です。

2008年04月30日

ユーラシア大陸の東側の民主主義国

 4月27日の衆院山口2区の補選や国内の揮発油税の暫定税率をめぐるドタバタは気になりますが、とくに感想めいたこともあまりありません。強いて言えば、ガソリン価格が上がったり下がったりと忙しいと、普通の人たちは朝令暮改というイメージが残るのでしょう。私自身がそう感じているからかもしれませんが、政治がなにかをしてくれることよりも政治がよけいなことをしないことを希望するという意味で、期待値が下がっている感覚があります。

 イラク関連の記事とアフガニスタン関連の記事を読んでいますが、驚くほど状況が悪いように感じます。個々の話はまたの機会ということにしまして、「時の最果て」らしく、ちゃらんぽらんな「寝言」でまいりましょう。

 ユーラシア大陸の中心部は、ロシアと中国という歴史的に専制政治を行ってきた国々が抑えています。ロシアを中心に地図を見ていれば、西の果てに民主政が定着しているEU諸国があり、東の果てに日本やインド、韓国、台湾、東南アジア諸国の一部など歴史の差がありますが民主政が定着しつつある国々が点在しています。アフガニスタンではNATOが存続の危機といってもよい状況ですが、西側の民主主義諸国は自ら「攻撃」にはたえられないのかもしれません。また、旧ソ連のような明白な脅威が存在しない状況では、NATOは目的が曖昧になりつつある冷戦後の状況を反映しているのかもしれません。逆に言えば、ロシアへの警戒心は皆無ではないのでしょうが、冷戦期と比較すれば、はるかに希薄なのでしょう。

 ユーラシア大陸の中央部から東部にかけて最大の変化が生じています。当然のことながら、中国の台頭であり、キッシンジャーも19世紀後半のドイツの台頭となぞらえています。ただし、キッシンジャーは経済や財政的な米中の結びつきなどが米中衝突の可能性を和らげると指摘しています。米中が衝突するのか、共存するのかという問題は重要な問題ですが、それすらもここでは考えずに地図を眺めてみましょう。聖火リレーに関しては、ネットでも実施の前後で厳しい意見を読みましたが、日本ではチベットを人権問題として捉える雰囲気は欧米より希薄だと思います。別にそのことが悪いという意味ではなく、中国が欧米よりもはるかに身近な脅威、それも安全保障は当然として環境などでも日本に悪影響を与えかねない存在として映っているからなのでしょう。また、朝鮮半島の北側には世界でも悪名高い独裁国家が存在している状態です。現在は、中国のナショナリズム高揚への反発が日本側を刺激している状態だとみておりますが、長期では中国の相対的な国力(曖昧な表現ですが便利ですので利用します)の向上と日本の長期的な停滞に対する恐怖感が日本人にのしかかってくるのでしょう。

 ユーラシア大陸の中央部を占めるロシアと中国の関係を考えると、あらためて日本が危険な位置にあることを感じます。国際法に疎いので誤っているかもしれませんが、日本は中露と正式な講和条約を結んではいません。中国との間には日中平和友好条約が存在するものの、日本がサンフランシスコ講和条約で主権を放棄した台湾に関しては外交上、日本側にフリーハンドの余地が残る表現になっているとはいえ、中国側も自らの領土であると読める主張をしています。ロシアに至っては、領土問題自体がまったくといってよいほど解決しておらず、先日の訪ロではなにが成果だったのかすらわからない状態です。ヨーロッパはロシアとの関係を見ていればよいのに対し、日本はロシアのみならず中国をも同時に敵に回しかねない、潜在的には危険な位置にあるということを忘れてはならないと思います。

 それでは日本はユーラシア大陸の東側に位置する民主主義国とNATOのような地域集団安全保障の枠組みを設けているかといえば、それとはほど遠い状態にあります。韓国とは竹島をめぐって領土問題が存在しますし、台湾も日中の間で向背が定まらないだけではなく、尖閣諸島をめぐっては紛争当事国になりかねないリスクもゼロではありません。もちろん、日本人の立場からすれば、竹島は占領下のどさくさに紛れて火事場泥棒にあっているようなもので、尖閣にいたってはいいがかりのようなものでしょう。敗戦のおかげで旧植民地から手を引くコストが低くなったことは間違いないのですが、主権国家として機能を回復するプロセスで最も基本となる領土の保全という点でさえ、日本はユーラシア大陸の西側と異なって、専制国家と民主主義国家の双方にリスクを抱えている状態です。アジアにも地域集団安全保障をという発想もあるようですが、ソ連という明白な脅威があった西側でさえ、NATO内部で混乱がありましたし、参加する国々によって脅威の捉え方も異なってきます。ユーラシア大陸の東側ではアメリカを中心にアメリカとの同盟によって民主主義国が結びついている状態で、自発的に東側の民主主義国が結束する可能性は低いと評価するのが当然だと思います。さらにいえば、日本の安全保障に最も効果的な外交政策である日米同盟においてすら集団的自衛権を使えない状態では地域集団安全保障には形以上の意味はなく、10年ぐらい前にずいぶん批判されましたが、アジアにおける集団安全保障は、民主主義国がバラバラで、潜在的に脅威となりうる国まで巻き込むとなると、なんの担保もない枠組みにしか現在でもならないでしょう。

 アメリカが日本と事実上、手切れをするとすれば、日米安保条約の代わりに地域安全保障の枠組みをつくって日米同盟を代替させればよい。そんなことが現実に起こるかどうかは別として、米軍の抑止力が低下した場合ですら、日米同盟に代替する外交政策はないという当たり前ですが、今後の大統領選挙のプロセスと結果を見る際に忘れずに観察したいと思います。