2008年01月29日

日本人の「不安」

 市場も大荒れの第2弾という感じのようですが、私事でも、こちらは例年の恒例行事ですが、来週まで「死のロード」が続きます。「寝言」も不定期更新になるかもしれません。カワセミ様から、刺激的なコメントを頂き、あれこれ考えておりますが、こちらが楽しくなって本業での集中力がそがれるのが怖いので、あらためて「寝言」する予定です。マーケットの話は、伊藤洋一さんかんべえさんぐっちーさんにお任せして、どうでもよいことに目が移ってしまいます、というより、私の能力ではいまだに「マグニチュード」がわからないので。利下げと減税のパッケージで済むのなら、それほどでもないかなという感じです。たぶん、本筋ではないのでしょうが、M様がコメントで指摘されていたECBの「ゼロインフレ原理主義者」が気になります。1990年代以降の日本の金融システム不安は国際協調体制そのものに影響をあたえることはなかったとおもいますが、今回の金融システム不安は素人目にはアメリカだけではなく、欧米全般へ既に広がっているので、ECBが金融システム不安よりもインフレ目標を優先させると、一時的な現象に留まるのかもしれませんが、国際協調体制が機能しなくなるリスクがあると思います。当面は、アメリカの資本市場と財市場の動向が大切なのでしょうが、今回の金融危機で国際協調体制が崩れてしまうと、経済的混乱が長引くリスクが高いと思います。

 「続き」が今回の「寝言」です。嵐のときにのんびりしている印象を受ける方が多いのでしょうが、みんなが「危機」を連呼しているときに、別のことに頭が移ってしまうのは「外道」というより、「ずれた人」の悲しさでしょうか。そんな「ずれた人」の感性を笑いたい方は、「続き」をどうぞ。


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2007年12月17日

緑表紙の算術教科書

 岡崎久彦さんの近代外交史シリーズを拝読していて感じるのは、戦前の日本社会へのなんともいえない郷愁です。戦前と戦後を連続的に捉える場合、たいていは戦前の「負の遺産」をひきずっているというマイナスのイメージで語られることが多いと思います。岡崎さんの語り口は、そうした潮流と一線を画して、様々なエピソードを交えながら、戦前の日本社会が現代に通じる部分を語られています。こういう話は、学校の教科書ではもちろん、なかなか国史では見当たらず、ようやくこの10年ぐらいで江戸時代の評価がかなり変わったという程度でしょうか。一連の著作を拝読しながら、外交史という本筋を離れて、それぞれの時代の雰囲気を味わいます。個人的には、『陸奥宗光』を別とするなら、『幣原喜重郎とその時代』が日英同盟廃棄にいたるプロセスの描写としても、大正期の安定した社会の描写という点でも、お気に入りです。

 ネットでは南京事件や慰安婦問題をとりあげているところが少なくないですが、私自身の関心は非常に薄いです。これらが「政治問題化」しなければ、歴史の中でそれほど重要な意味をもつのかどうか。いかれた「外道」の目からすると、そんなことより、この国の近代化の歩みを多角的に見てゆくことに関心がゆきます。対米戦争の結果があまりに悲惨だっただけに、そのような「失敗」にいたるプロセスとして戦前史を見る傾向が、むしろ最近になって強くなってきている印象があります。このような傾向にも違和感があって、なにかといえば、日本の近代化は「上からの近代化」であり、欧米の科学的精神の真髄を学ばなかったというあたり。冷静に見て、欧米諸国でも近代化は失敗の連続であり、とくに「旧大陸」は文明の絶頂期にあった時期に第1次世界大戦を経験して自信を喪失してしまいます。ありきたりですが、どんな国でも歴史というのは試行錯誤のプロセスであって、戦時下の異常な個々の作戦から、日本の近代化が合理的な精神を学ぶプロセスではなかったかのような話を読むと、個々の評価は妥当だと思いますが、私たちが今あるその時点でなにを残すべきかということに関してはなにも考えるところがなく、なんとなく空虚な印象だけが残ります。

 志賀浩二先生の『数と量の出会い』(紀伊国屋書店 2007年)は味わい深い一冊ですが、「第5章 無限にたす――級数」の冒頭に興味深いエピソードが紹介されています。少し長くなりますが、引用いたします。

 私はいまから60年以上も前に、現在『緑表紙の算術教科書』とよばれている画期的な教科書で,小学校の6年間算術を学んだ(当時は算数ではなく算術といっていた)。この教科書はすぐれた教育者塩野直道氏の考えにしたがって、昭和8年から7年間にわたり審議に審議を重ねてつくられた珠玉の教科書である。内容はのびのびと明るく児童の心をとらえるようにつくられており、塩野氏の教育に対する高い理想が感じられる。だが,この教科書が国定教科書として全国の小学校で用いられた期間は短く、小一の教科書は昭和10年から6年間,小六の教科書は昭和15年からわずか3年間であった。したがってこの教科書で6年間通して学んだのはわずか3学年しかいなかったことになる。私はこの最後の学年として学んだのである。いまふり返れば,その僥倖が私を数学者の道を歩ませる最初のきっかけをつくったのかもしれない(104頁)。

 この記述の下に木の図があり、設問として「或所ニ,一本ノ木ガ生エタ。最初ノ一年ニ高サガ一米トナリ,次ノ一年ニ高サガ50糎ノビ,ソノ次ノ一年ニ25糎ノビルトイウヤウニ,毎年ソノ前年ニノビタ長サノ半分(「半」は旧字体:引用者)ダケノビルモノトスルト,コノ木ハドコマデノビルデアラウカ」とあります。なお、原著では句読点に、「,」と「。」を用いておりまして、そのまま引用しております。志賀先生の本では「6年生最後の教科書の終わりから2つ目に次の問題があった」と紹介されています。私自身は、『緑表紙の算術教科書』を見たことがないのですが、小学校の「算術」で既に無限級数とその和に関して洞察と関心をもたせる設問があったことは、戦前の教育が戦争という断絶がなければ、非常に高い水準を保っていたのではないかと思わせる記述です。

 志賀浩二先生の略歴を拝見すると、岡崎久彦さんと同じく1930年(昭和5年)生まれで、私よりも40年弱ほど「先輩」です。岡崎さんは府立高等学校(旧制)時代を懐かしくふり返られることがあります。1937年(昭和12年)の盧溝橋事件以降、「暗黒の時代」として描かれることが多いのですが、この時期にさえ、小学校の算術にせよ、七年制高等学校にせよ、教育面での試行錯誤は続き、それが志賀浩二先生と岡崎久彦先生の著作の端々に出てくる逸話から、もし日独伊三国同盟などという地政学的に戦略的な効果が薄い同盟に加わらず、戦争がなければ、日本社会は明治維新以来、100年を超える泰平の時期を過ごし、文化が花開く時代となったのかもしれません。

 もう昭和一桁世代も少なくなり、戦前の最後の時期を経験とともに語れる方はだんだんと数が減っております。戦争によるプロパガンダの副産物や日本の近代化の不徹底さなどよりも、戦前における文明の成熟度を私は知りたいです。戦争と占領による断絶が大きく、戦前のよきものを復活させることは難しいのでしょうが、戦前の文明の果実がどの程度、断絶してしまったのか、あるいは気がつかないところでどの程度、残っているかを知りたいと考えております。これは個人的な懐古趣味すぎないのかもしれませんが、100年間前後の、この歩みですら、理解できないまま、「改革」だの、「日本の近代化の浅薄さ」だの,「戦後世代のひ弱さ」だの、とうてい生産的な議論はできそうにないというのが今日の「寝言」です。欠けているのは、大戦の総括ではなく、善悪是非の判断や毀誉褒貶から自由な私たちの「来歴」の検討だと思います。

2007年10月19日

現代における攘夷の「意匠」

 失礼ながら、共産党の質問時間は短いおかげで、一通り見ましたが、要は、アメリカの艦船への補給はダメと言いたいんでしょということに尽きる印象ですね。それに、思わず、高村外相が煽りに「マジレス」をやりそうになり、石破防衛相が低姿勢ながらねっちり「アメリカ盲信ではない」と釘を刺し、福田首相がでてきて、「お宅とは根本的に価値観が違いますから、反対してくださってけっこうですよ」(もちろん、露骨な表現は避けなければなりませんが)と高度な婉曲表現である「フフン語」で落としたという感じですかね。共産党のおかげで、野党サイドの「テロ対策措置法」の延長反対・代替案というのはテロへの別のアプローチではなく、反米の旗印になった印象です。「平和主義者」だけでなく、「反米保守層」からもご支持を頂くことを願いましょう。

 それはさておき、とりあえず、『世界』(2007年11月号)の小沢一郎「今こそ国際安全保障の原則確立を――川端清隆氏への手紙」を職場で「立ち読み」しましたが、これはどうも『世界』(2007年10月号)の川端清隆氏「テロ特措法と安保理決議――国連からの視点」を読まないと、議論としては不十分だろうなと。川端清隆氏(国連政務官)の議論も「立ち読み」レベルですが、こちらはけれんがなく、国連の見解を代表するものではないという断り書きがあるものの、国連で活躍されている方からの提言としては、ごく自然な感じでした。言いにくいのですが、小沢論文をコピーする経費がちと惜しく、ネタがつきたら、とりあげようかなという程度の扱いです。川端論文は、コピーしましたが。

 ついでと申し上げるのは非礼ではありますが、『Voice』(2007年11月号)も目を通すと、櫻田淳「『保革同居』混成政党の限界」が掲載されていて拝読してみると、櫻田節は健在なるも、やや「テロ特別対策措置法」への対応へ重心が置かれすぎていて、少し惜しいなあ、もう少し、民主党の外交・安全保障政策全般への「アドバイス」がほしいなあというところ。寄り合い所帯という限界はあるものの、寄り合い所帯なりにできることを書けるのは、執筆メンバーでは他に見当たらないので、突っ込んでいただきたいところですが、短時間であれだけの内容をまとめること自体が驚異でしょうか。

 『Voice』のお題は「小沢民主党への不安」ですが、岡崎久彦「小沢外交は失格だ」と身も蓋もない話を読んでしまうと、まあ、そうなんですけど、そうなんですよねという感じ。単なる論客ならともかく、野党第1党の党首が反米パフォーマンスをやっているのは見苦しいという次元を超えて、終わっている、そんな感じでしょうか。余計ですが、岡崎氏のことを匿名の掲示板では「売国奴」などと書いている方を見かけますが、ご本人に尋ねれば、「そうなんだよね。愛国的売国奴ってとこかな。『自主独立』や『自主防衛』で滅ぶなんてばかげているから」で終わっちゃうでしょうね。もちろん、ご本人に尋ねたわけではありませんが、いかれた「外道」の感覚ではそんなところでしょう。

 妄想してみますと、岡崎論文が指摘しているように、ライス&ヒルのコンビで既に米中は政治的にも「融合」まではゆかないにしても、対立を避け、日本の頭越しに関係が深化しています。ヒラリーが大統領になったらという懸念もあるようですが、この傾向は、ヒラリーやライス&ヒル・コンビだけの問題ではないでしょう。アメリカの艦船に給油をすることが、あたかも憲法違反の「悪いこと」となり、給油活動がストップした場合、活動の実態そのものは「テロリスト掃討に関わる国際社会の協調行動」だと思いますが、田岡元帥のように、日米同盟に傷がつくかどうかというよりも、海上阻止活動における補給活動すらできない程度の国よりも、アジアにおける名目上のパートナーとして日米安保はそのままにしておいて、米中が接近する弾み程度にはなるでしょう。私は「極悪」でもなく「非道」でもありませんが、国と国の関係など損得勘定で見ておけば、それほど外れないという、いかれた「外道」ですので、基地問題も未だに解決できず、MDを中心に集団的自衛も「憲法」で鎖国し、さらに控えめな海上阻止活動への参加もできない厄介な「お荷物」と時間を割くのはもったいないですから、中国と宥和的に接する方が「お得」というものです。野党さんが「アメリカの戦争に加担したら、憲法9条が汚れるざます」とか「アメリカに給油したら、憲法9条が汚れるざます」とかノーテンキなことを言っている国とはコミュニケーションをとるのも面倒ですしね。

 そうすると、段々、核抑止を肩代わりするのも面倒ですねえ。他国をマジギレさせるのが御家芸お得意の下院あたりに、なぜ合衆国が日本の核抑止を代替しなければならないのかということについて、過去の非協力的な対応を列挙して(掃海艇派遣とかはスルーしてもよし、注をつけてもよし)、合衆国が二次的に核による報復を受けるリスクを冒してまで日本への核抑止を肩代わりすることに疑義をだす決議でも準備してもらいましょうか。法的拘束力はありませんし、行政府の行動を縛るものでもありません。そこで国務省の高官あたりがお荷物になった日本へ「悪いんだけど、下院を説得するのが大変でね」と言えば、日米同盟の中核である日米安全保障条約を破棄するという乱暴なことをするまでもなく、死文化できるでしょうね。「核武装」で脅したところで、プルトニウム爆弾が関の山。米・露・中の核の前には水鉄砲。そうなれば、ロシアや韓国、中国あたりはほしい領土が一杯あるでしょうし、イギリスやオーストラリア、インド、ヨーロッパ諸国も、かわいそうだけどしかたないよねと日本と深入りするのは避けようという雰囲気になるでしょう。こんな露骨なことをやる確率はもちろん低いわけですが、アメリカも限られた選択肢の中でベストのものを選ぶしかないわけで、その選択肢が日本よりも広いことを忘れると、存亡に関わるのでしょう。

 いまのテロ対策に関する野党の反応を見ていて、野党に所属する議員のすべてではないでしょうが、小沢路線に追従している方を見ていると、古臭い話ですが、第2次伊藤博文内閣における条約励行運動を思い浮かべてしまいます。要は、「内地雑居反対」という感情論ですが、現在では「国連決議」と「憲法違反」という浮世離れした「意匠」を「アメリカの戦争への反対」という「意匠」の上にかぶせただけであろうと。昔は、大功をなした方も「今は陸奥守殿の大切の御役目だ」などと傍観者的なことをのたまわっていましたが、立憲政治や議会政治、帝国の時代への理解が欠けていたにしても、陸奥宗光の死後には挽歌を読むあたりは、やはり尋常の方ではないだろうと。外野が憲法違反だの国連決議があればなんでもありだの騒ぐのはどうでもよいのですが、現実政治に携わる批判派に最低限、そのような感覚の持ち主がまるでいないようで、悲しいものがありますが。

 それにしても、世の中というのは変わったようで変わらないものです。岡崎久彦『陸奥宗光』の一節は、今回のドタバタ騒ぎだけでなく、今後も政治を考える上で、示唆に富んでいるとあらためて思います。

 また、それまで日本にはなかった立憲政治とはどういうものであろうかということに想いをめぐらしていた模様であり、井上(井上毅:引用者)あての手紙には次のように言っている。

 「私がひそかに考えているところによれば、そもそも政治というのは、術であって学ではない」

 陸奥が生涯かたわらから離さなかった荻生徂徠の『弁道』『弁明』の中にある、「尭・舜などの先王の道といっても、それは畢竟は政治の術である」という思想と全く同趣旨である。また、イデオロギーを排した、アングロサクソン的現実主義でもある。

 「したがって、政治を行う人には、巧いか下手かの差がある。巧みに政治を行ない、巧みに人心を収攬するのは、実用の学と実用の才能があって、広く世の中の事に熟達している人ができるのであって、抽象論を言う書生ではない。また、立憲政治は専制政治のように簡単ではないので、政治家に必要とされる巧みさ、熟練度も、より必要である。
 また、政治熱に浮かされる人民は、あたかも、恋思いにかかった若者のようになってしまって、夢がいったん覚めるときまでは、まるで自覚を失った状態となってしまう。そして、この政治熱は、わが国にも、将来、流行することとなるであろう。
 これを治癒する方法は何かといえば、ただ人民の欲するところに訴え、人民の欲するところを制限するにある。決して、新奇なる(実は陳腐なる)抽象論によって理解し得べきものではない。このあたりの真味、ただ智者と談ずべく、愚者に語らずべからず」

 (中略)陸奥のいう愚者とは、ここでは、衆愚、すなわち大衆を指しているのではない。一見わかったようなことを言って、政治の本質がわかっていない人々のことを言っているのである。

 私自身は、智者ではありませんが、時間があるときに、ワイドショーで「劇場型政治」を眺めている方たちの言から、「アングロサクソン的現実主義」というほど大袈裟ではありませんが、ちゃんとそろばん勘定をしている感覚を感じることがあります。他方で、現在の野党は、「人民の欲するところに訴え、人民の欲するところを制限するにある」という立場とは正反対の感覚を感じます。

 最も困ったことに「政治というのは、術であって学ではない」(蛇足でしょうが、政治学が否定されるわけではない)という言は、維新後のバカ騒ぎを経た後で陸奥宗光が体得したものであって、現在ではこのようなバカ騒ぎをやる余裕もなく、「術」の意味がある程度、理解できる政治家が与党に偏っているようにも見えます。私自身は、見巧者でもなく、「寝言」を書いているだけですが、信頼できる言論人はいても、ここまで透徹した為政者となるとどうでしょう。「小粒」、「俗物」と揶揄されても、政治という現実に泥まみれになりながら、政治の「巧拙」を見極め、「術」を「術」として冷徹に実行できる方が権力を握っていれば、内外情勢が揺れるのは常ですから、あまり心配することではない。そうではなくなったとき、どんな危機がやってくるのかは、自明でもあり、予測不可能でもある。そんな「寝言」がふと浮かびます。

2007年10月13日

政治的相互依存の深化

 例によって、季節の変わり目の風邪をひいてしまいました。昔と異なって、せきや高温はなく、微熱と鼻水、痰程度ですが、年齢のせいか、十分きついので手抜きをするにはかっこうの「口実」。ブログも手抜きです。

 『世界』を読もうと思ったら、近所の本屋に置いていない。大型店ではないのにもかかわらず、論壇誌を一揃いおいている本屋ですが、『世界』だけが置いていない。「立ち読み」をして批評に値するようだったら、職場に入ってからコピーしようかと思いましたが、とりあえずは保留でしょうか。報道されている範囲では、集団安全保障ならよく、集団的自衛権はダメという話のようなので、とりあげずに終わるかも。

 私みたいなド素人は好き放題、書けますので、書いてしまえば、現行の憲法解釈で「ガン」は大きく言って二つある。まず、「(国際法上)集団的自衛権を有しているが、(憲法上の制約により)行使できない」という御伽噺。これでゆくと、国連が理想的に機能しない限り、自衛権は行使できないという話になってしまう。本土攻撃を受ければ、個別的自衛権ですべてクリアーできるとの解釈のようですが、米軍の抑止力が利いている状態では、その可能性は無視できるぐらい小さい。おまけに、個別的自衛権も実際に行使できるかどうか怪しいという情けない状態。日本の領土、了解、領空は自衛隊が守る範囲でしょうが、これすら、事なかれ主義で対応してきたので、実際に攻撃を受けるまでなにもできないというお寒い状態です。露骨に言えば、日米同盟を機能させようとする努力を邪魔する人たちは、この国の安全をますますアメリカの「善意」に依存させる結果になっていて、政府も毅然とした対応ができずに今日に至っているというところでしょう。相手の「善意」に依存した同盟ではあまりに危険だと素人には映ります。

 第2の問題は、「海外での武力行使の禁止」という御伽噺。集団的自衛権が行使できないだけでなく、集団安全保障の要である、戦争が生じた際に、侵略された国家を国連加盟国が防衛するという基本的な責務もやりませんと公言しているようなもの。あけすけに表現すれば、自国の安全についてすら自分はリスクを負わずに、アメリカの「善意」に依存し、世界全体の安全をアメリカを含む他国の「善意」に依存しますよと宣言しているようなもので、みっともないだけならともかく、いざというときにこの国の安全を守ることができるのだろうかと思います。集団安全保障は国際秩序を担保するほど堅牢ではないと思いますが、集団安全保障が機能するための活動に参加するなら、最低限、「海外での武力行使の禁止」という解釈を適切に緩和する必要があるでしょう。

 さらに、他国との共同作戦が生じるのなら、集団安全保障の枠組みという中でも、集団的自衛権の行使の範囲をもっと絞る必要がある。私自身は、両者をあたかも「悪いこと」と見なしているかのような現行解釈そのものをやめてしまった方がすっきりすると思いますが、国連による集団安全保障体制である程度の範囲で活動しようというのなら、「海外での武力行使の禁止」を見直すことが焦点だろうと。さらに自衛隊単独でできることは限られていますから、当然、他国の軍隊との共同行動が必要となる。武器使用基準の緩和は当然として、集団的自衛権についても、あえて憲法解釈で制約を課すのなら、どこまでが憲法で許容される範囲で、どこから許容できないのかを明確にする必要があるでしょう。こちらの記事でない頭をひねって考えておりましたが、教科書を読んでも、集団安全保障と集団的自衛を截然と区別することは難しい部分があります。事前に事態を予測して憲法や解釈に落とし込むことなど、非常に難しい。したがって、これだけはやってはまずいという行為を絞り込んで、残りの部分は時々の政府の判断に任せ(内閣法制局は政府を構成しているわけですが)、立法府がそれをコントロールするというのが、ごく普通の議会制民主主義だろうと。現状では、政府自身が自ら手を縛って(冷戦期の野党対策の産物でしょうけれど)、なんとか手を動かそうとあがいている。そんな滑稽な状態をいつまで続けるのかと思います。小沢論文がそこまで踏み込んでいるのなら、論評に値しそうですが、そうでないのなら失望するだけでしょう(「騒音おばさん」という「非道」先生の「すりこみ」があるので期待できそうにないですが。本当にどうでもよいのですが、知り合いの間では「ひどい」と言いつつ、「いわれてみれば、顔が似ているかも」とかもっと「ひどい」話になっていて、ネタを振った私が頭を抱える事態に)。

 珍しく月刊誌なるものを見ようとしたついでに『文藝春秋』を手にとると、赤坂太郎「安倍晋三 最後の三日間の真実」と麻生太郎前自民党幹事長の文章を読みふけってしまう。前者は、ネットでもこちらから読めます。福田政権誕生の舞台裏が、一面でしょうが、読めて、あらためて政治家というのは政治闘争が仕事であり、善悪を別として、武器を使わない戦争のようなものだと思いました(それにしても、真偽の確かめようがありませんが、安倍前総理が福田総理のお見舞いさえ拒絶していたというのは強烈な印象)。役者が「小粒」になっているという批評もありますが、民主主義国では政治家のありようは、国民のありようをダイレクトではないにしても、反映しているのでしょう。こんな話は言い出せば、大西郷と比較して大久保や木戸はとか、大久保と比較して伊藤(博文)はとかキリがない。「小粒」と外野から揶揄されようが、最低限、この国の安全を守ることに関しては、きちんとやってもらわなくては困る。コンセンサス形成が肝心なのでしょうが、どうもこれさえも、闘争の結果として生まれてくるものであって、「選良」たちが自覚して政争の具にせずに形成しましょうというのは、あまりに牧歌的な話なんだなとあらためて実感しました。

 それにしても、大雑把に大国間戦争に敗れた国の歩みを見ておりますと、この国のありようはあまりに異様な印象を受けます。現状では、この国の安全はアメリカの「善意」に依存していると私には見えますが、それが民主主義が機能した結果の「失敗」なのか、民主主義が機能していないからなのかさえ区別がつかず、両者の区別ができるのかすら、怪しい部分があります。「時の最果て」では両者が区別でき、前者、すなわち民主主義が機能しても「失敗」することがあるという立場に立ってああでもない、こうでもないと考えておりますが、アメリカの「善意」に依存しきっている現状は、実際には自国の安全をリスクやコストが非常に低く、楽に守れるという点でこの国にとっては非常に居心地がよい部分があることも否定できません。他方で、氷河が数ミリ単位で動いているとも揶揄したくなる部分もありますが、湾岸戦争後、居心地のよい状態が安定的ではないというある種の「了解」にもとづいて、タカ・ハト、保守・リベラルを問わず、時々の政権が努力してきたことも否定できないでしょう。極論すれば、小泉・安倍政権は、2001年のテロ以降、この動きを加速させたに過ぎないともいえるのでしょう。

 民主政がとりうる選択肢の中で最も望ましいものを選択するという保証はないと私は考えております。最悪の場合、「自殺」もありうる。短期で見れば、絶望的な選択をすることもあるのでしょう。ありふれた表現ではありますが、短期では悲観的に、長期では楽観的にこの国のありようをみております。もちろん、時々の問題では絶望的な気分になることもありますが、長期で本当にこの国がもたないのなら、他国へさっさと移る準備をするのでしょう。ただ、前半で述べた二つは、党派を超えて解決してもらわないと困る。アメリカによる占領を経たせいなのか、この国の歩みは通常の「衰退史」とは異なるようですが、この問題に関して「解」をだせないとなると、本当に「衰退史」となりかねないでしょう。現代は、経済的な相互依存が深化しているだけでなく、政治的な相互依存もかつてなく深化している。その是非を問うことは、地球上では物体が上から下へと落下するのが良いのか悪いのかを議論するぐらい、愚かだと思います。国際貢献という美名でもよいし、自国の安全という身も蓋もない話でもよい。この二つの問題に解を与えることが肝心だと思います。ただし、戦後民主主義が安定してきた条件であると私が勝手に思い込んでいる日米同盟(実際には同盟と呼べるのかは微妙な部分がありますが)が、おかしくなれば、この国が将来、存続できるかどうかはあやうい。

 アメリカですら、単独で生き残れるかどうか、微妙な時代に入っているというあまりに粗雑ですが、そのような感覚があります。冷戦期ですら、単純な米ソ対立ではなく、両者が政治的にも相互依存を深めていったプロセスのように映ります。もちろん、アメリカが「勝者」となったわけですが、古典的な国家間の闘争とは異なり、ソ連は社会体制が変化しただけで(どこまで本質的に変化したのかは怪しい部分もありますが、話が広がりすぎるのでとりあえず抑制しておきます)、ロシアとして生き延びています。冷戦後は、明確な対立というのは限定的であり、政治的相互依存が支配的になってゆくのかもしれません。この、あまりに粗雑な感覚が正しいのなら、アメリカといえども、選択肢がさほど多くないのかもしれません。この国の選択肢は、はるかに限られているでしょう。魅力的に映る選択肢が他にいくつあっても、現実にとりうる選択肢は限られていることを忘れてしまうと、この国がどうなるかはわからないのでしょう。

2007年10月07日

私の「意匠」

 まずは、ほのぼのする話から。ちゃみ様のおかげで、「マッコンキー」(正式名称:麦肯基)の「正体」は、偽マックとのこと。「本家」マックの中国版のHPもご紹介頂き、重ね重ね、御礼申し上げます。これまでドラえもんとキティちゃん人形の「パクリ」を見たことがなく、知人の「いじめ」に遭いましたが、NHK(BS)の番組のおかげで、なんとか半人前になりました("made in China"というより"made by Akane Tendo"かいなと。しかるに原作17巻の雑巾代わりにされたスポーツタオルの「刺繍」(天道あかね作)を見ると、「パクリ」に失礼か)。偽マックで一気に「キャッチアップ!」てな感じでしょうか。

 台湾海峡「危機」の本筋はやはり"The Strategic Value of Taiwan"(英語が面倒な方はこちらをどうぞとあからさまに誘導してみるテスト)と考えております。上記で引用させていただいた門脇先生のシナリオは、ほとんど起きないであろうと。もちろん、「一寸先は闇」ですから、一旦、有事となった場合を考えないというのはおかしな話です。ただし、やはり確率は非常に低いだろうと。

 それでは、なぜ、この佐藤空将のブログから引用させていただいたかといえば、昨今の防衛に関する議論でなんともいえない違和感があり、書き手の意図を離れて、その理由のありかがわかったという感覚です。端的に言えば、台湾海峡で米兵が命を失っている状況の下で、米軍基地の使用を国会承認にするかどうかで揉めかねない(このあたりは寒気がするほどリアリティを感じてしまいます)お寒いこの国の現状です。率直に言えば、台湾でアメリカ人が血を流しているときに、日本が基地を貸しました、同盟国として責務を果たしましたなどと言えば、同盟破棄はきついでしょうが、戦後、中国をパートナーとする道を私なら選択します。アメリカを支援した国を見捨てて、台湾を攻めた国とくっつくというのは変じゃないかと思われるかもしれませんが、台湾に武力行使するなど乱暴なことさえしなければよく、有事に基地を貸すのがやっとの同盟国などお荷物そのもの。そんなものは仮定に仮定を重ねた話で、得手勝手な空理空論だと思われるなら、それでいいと思います。

 「時の最果て」みたいなちゃらちゃらしたところで書くのが憚られるのですが、「テロ対策特別措置法」をめぐる議論を見聞きしても、なんともいえない嫌悪感があります。それは、自衛隊をだすということの重さに関する感性の欠如です。「寝言」なんぞ書いている奴に言われるまでもない、そんなことはとっくに承知しているというのなら、結構な話です。それなら、この国も将来にわたって安泰でしょう。私のおかしな感性ではまるでそんな気がしないです。自衛隊を「派遣」(この時点で不吉な感じですが)するべきである。よろしい。それでは、なんのために自衛隊を海外へ送り、リスクを負うのですか?

 そんなの決まってるじゃないか、テロリズムの撲滅、あるいはテロ組織の解体だ。給油活動の方が同盟国であるアメリカだけでなく、国際的にも評価されている。いや、ISAFに参加した方が、本来のテロ対策に近い話だ云々。別に、この種の議論をバカにしているわけじゃあ、ありません。じゃあ、なんのために自衛官の方々の命をリスクにさらすことをするのですかと重ねてお尋ねしたいのです。

 あるいは、台湾海峡で中国が台湾を攻めた。これに反発して米軍が台湾防衛で血を流している。この想定自体、極論ですが、さらに極論を重ねましょう。アメリカから自衛隊の支援の要求が来た。さらにありえない仮定を重ねましょう。この場合、武力行使と「一体化」する行為も憲法違反ではない。「戦闘地域」へ自衛隊を出せますよと。そのとき、自衛官の方々は何のために命を危険にさらすのでしょう?

 そんな非現実的な仮定に仮定を重ねた話などどうでもよいというのが正常でしょう。それも、一つの「処生術」でしょう。いかれた「外道」である私にはそうは思えない。インド洋で給油をする、イラクで復興支援を行う。今のところ、幸い、死者が出ておりません。しかし、給油もまかり間違えば自爆テロをくらわないとも限らず、空自の活動もミサイルをくらうかもしれない。自衛官の方々を海外へ送り出しているのはなんのためですかという根本の部分で私にはなんともいえない違和感があります。

 私みたいな突拍子もないことを平気で言ってしまう人間からすると、テロ対策のためといい、イラクの復興支援のためといい、畢竟、「お国のため」でしょう。「あんた、バカあ?」と思う方はそれでけっこう。他にもっとためになるサイトや書物は世にたくさんあります。「寝言@時の最果て」のようないかれたブログなど捨ててしまえばよい。この国の、すべてとは思いませんが、防衛論議はどうかしているところがあるように思います。自衛隊を国として送り出す以上、活動自体が直接はそれが利他的な目的に奉仕するものであっても、けっきょく、日本人のためだというのが当たり前じゃありませんか。今日の国際関係は複雑になり、単独で自国の安全を守ることなど難しく、アメリカですら、他国との連携を図る時代です。古典的なリアリズムでは解決できない問題も多いのでしょう。しかし、国として自衛隊を送り出すのなら、それは、日本人のためであって、活動の成果が他国への貢献であっても、それが日本人あるいは日本国のためであるということを忘れてしまっては、なんのために国として送り出すのか、まったくわからなくなってしまいます。

 「国際貢献」ならば別に自衛隊でなくても、民間人でもできるわけで、崇高な理念に奉仕される方に等しく敬意を払います。ただ、自衛官の方々を特定の理念のために犠牲にするわけにはゆかぬ。国というのは曖昧とした、実体のあるようなないような微妙な「なにか」ですが、その「なにか」が武装しているとはいえ、生身の日本人へ命を賭すよう、命じることができる。そのとき、国という「なにか」が特定の理念であっては困る。国という「なにか」は、ありとあらゆる理念や考え、大多数の人が愚劣だと感じるもの(「寝言」もそう)さえ排除せず、それらを含んで「公」をなしているのでしょう。そして、自衛官の方々は、その国に命を捧げている。私みたいな愚劣な凡人は、ただ、その姿に敬意を捧げるだけです。

 それにしても、「麦肯基」ですっかり和んでしまいました。私は連休ではないのですが(けっして僻んでいるわけではありませんよ。文字通り読んでいただければ、幸いです)、様々な方々のコメントを拝読して、刺激を頂戴しました。お礼としては粗末なもので恐縮ですが、「時の最果て」のお約束と参りましょう。


ここは「時の最果て」。すべては「寝言」。

よい連休を!

2007年10月01日

この国に自衛権は存在するのか?

 軽い風邪なのか、単に日中の気温と夜の気温差に体がついてゆかないのか、体調がすぐれません。頭の働きが悪いのはいつも通りですが、佐藤空将のブログの記事を拝読してから、『産経』の記事を読みましたが、寒気がしました。ブログでは「総合安全保障」を経済官庁が軍事力抜きの「安全保障」と曲解して、自分たちの官庁の仕事を正当化している点が指摘されています。「総合安全保障」の内容そのものには詳しくないのですが、名前とは裏腹に軍事力という安全保障の要を強化せずに、石油や食糧の確保が前面に出ていたようで、驚きです。あえて「憲法違反の表現を用いますが、まず、自国の安全を守るのが、最終的に軍事力であり、「食糧安全保障」などはそれを補完する政策ではないのかという点に疑問が生じます。「総合安全保障」そのものの詳細や内容には疎いので評価はいたしませんが、軍事的な側面のみだけではなく、多角的に安全保障政策を考えるということ自体は、有益でしょうが、軍事的な抑止力(他国に対して自らの意思を強制するというよりも、他国が意思を強制することを押しとどめて、最悪の場合には抵抗する)が抜けていては、「丸腰」で周辺の武力を背景とした圧力や武力行使に至らないまでも、低レベル紛争にすら対応することは、軍事の素人が見てもまず不可能でしょう。

 さらに、寒気を覚えるのが、経済官庁がソ連の軍事的脅威を「脅威」として認識していなかったという点です。佐藤空将の回顧を疑うわけでは決してありませんが、あまりの認識の不足に驚きました。時期が不明ですが,通産省の方がマスメディアにもソ連の脅威について触れていた時期と推測いたしますが、本当にナイーブなのか、省庁の立場からわざとこのような認識を示したのかわかりませんが、あまりにお粗末だなあと。ざっくばらんな会合とのことですから、敢えてこのような穿った見方を防衛関係者にぶつけたのかなとも思いましたが、「あれほど強力な軍事力を誇った陸海軍でも勝てなかったではないか。ましてや今や核の時代、国の安全は軍事力では保たれない」というのはあまりに一面的で、軍事力に裏づけされない安全保障政策というのは、素人には空理空論に映ります。

 『産経』では南西航空混成団司令(空将)時代の領空警備の緊迫した状況が再現されていますが、詳細を省くと、佐藤空将の記事とあわせて読むと、この国に集団的自衛権はおろか、個別的自衛権の行使ができるのかさえ疑問に感じます。感覚的には、集団的自衛権の行使ができないという現行の憲法解釈の源は、自国の安全を守るという基本が据わっていないからではないかという、「寝言」が浮かんでしまいます。この点が抜けていては、海自の補給活動もリスク対効果、あるいは費用対効果から評価すべきだという主張もむなしく感じます。それが、この国の安全という根幹を据えなければ、言葉遊び、あるいは数字合わせでしかないでしょう。「国際貢献」というレトリックは、説得のためにはある程度、効果もあるのでしょうが、自国の安全という点から切り離して議論したところで生産的な議論にはならないと思います。

 大戦で敗れた国の再軍備は、非常にデリケートな問題です。第2次世界大戦以前は、敗戦国の再軍備は、国内ではナショナリズムに流されやすく、対外的にはバランス・オブ・パワーへの挑戦と認識され、現実にそのような結果を生んだことが多いと思います。そのような愚を繰り返さなかったという点では戦後政治がすべて「悪」であったとは思いません。ただし、それが自国の安全を守るという根幹を明確にした上での「自制」であったかといえば、とてもそのような「高度」な話ではないというのが実感です。この国の安全保障をとりまく環境を考えると、自国の安全を守る能力と意思を明確にすることと、日米同盟によって抑止することは、切り離すことができない、補完的な関係だと思います。抽象的ですが、領土・領海・領空の安全を守る義務はまずこの国にあり、その点を明確にしなければ、日米同盟があるといっても、アメリカに一方的にこの国の防衛を任すことになり、アメリカからすれば、そのような一方的な義務を負うことに耐えることができないと思います。

 今日の日米同盟は、古典的な同盟とは異なる側面も無視はできません。しかしながら、自国を守る意思と能力を持たない国との同盟などは無価値でしょう。この点が据わっていない現状では、イラクでの海上自衛隊による給油活動も、「無料のガソリンスタンド」などという無責任極まりない表現を平気で使うのもむべなるかなと思います。集団的自衛権の行使に関する現行の政府解釈は、単に個別的自衛権は行使できるが集団的自衛権は行使できないということだけではなく、事実上、憲法との整合性を保とう(露骨に言えば、国会での辻褄あわせ)という思惑だけが一人歩きして、自衛権そのものの行使を否定しかねない危うさを感じます。このあたりは、私自身、整理しきれていない部分がありますが、単に先の大戦の戦禍があまりに大きく、その反動からくる平和主義、あるいはパシフィズム、さらには「反軍感情」からのみ説明ができない部分も感じます。生煮えの「寝言」になりましたが、このあたりを考える材料ができたら、立ち戻りたい問題です。

2007年09月22日

集団安全保障と自衛権

 総裁選は盛り上がりに欠け、新政権発足後の「テロ対策特別措置法」の延長、あるいは新法の制定など、新政権が政策課題へどのように取り組んでゆくかに、関心が集まっています。雪斎先生にも保守系雑誌から執筆依頼が舞い込んだと言うあたりで、「テロとの戦い」にどのように取り組んでゆくのかということが、今後の新政権と参議院で第1党となった民主党にも問われてゆくこと象徴していると思います。雪斎先生には、「陰険」ではなく、「端麗」ではあっても、やはり「非道」雪斎の名に恥じぬ切れ味を期待しております。

 本題に入る前に、『溜池通信』の「由緒正しい」読み方ですが、金曜日の晩には、「休刊日」以外には、『溜池通信』が更新されます。『溜池通信』トップページでは、「Diary」(「不規則発言」)と「Report」(『溜池通信』本誌)へのリンクが貼られていて、つい、「Report」をクリックしたくなるところですが、一呼吸をおいて、ちょっと下のほうに「口上」や「溜池通信」、「かんべえの不規則発言」などのコーナーへのリンクがあります。「溜池通信」のリンクをクリックすると、「ちょっとした能書き」が『溜池通信』とともに更新されています。神宮で打ちのめされ、「フフン」が優勢で激萎えの心境を味わいましょう。「極悪」ではありますが、ファンの麻生さんをこれまたファンである「阪神」(あるいは勝ってほしい球団)へ、嫌いな(あるいは負けてほしい)福田さんをやはり小憎たらしい「中日」へ喩えるあたり、非常にわかりやすく、感情表現がストレートな方であることをうかがわせます(「「必死だなw」とも申しますが)。麻生ファンでなおかつ中日ファンの方の存在は無視されていて、現実政治をまじめに検討している際にはこのあたりで「極悪」らしい徹底した配慮をされるのですが、今回は、「なりふりかまってられるか!」というところでしょうか。いずれにせよ、「テロ対策特別措置法」あるいは新法に関する検討は、ペナントでかんべえさんが望む結果に終わる、あるいは絶望するまで待つしかないのでしょうか。

 今回の「本題」は、「テロとの戦い」そのものではありません。タイトルの通り、「集団安全保障と自衛権」の問題です。「テロとの戦い」に無関心どころか、強い関心を抱いておりますが、その背景にはこの問題があり、今後の国会論戦の行く末以上に、今後のこの国の外交・安全保障政策を考える上で、メインとなるのかは疑問ですが、補助線の、主要な一つではあると考えております。「テロとの戦い」に関する記事を読みたい方には失望を招くでしょうが、私自身の関心は、直近の現実政治から一歩、離れて、抽象的とはいえ、両者の関係を私なりに整理することにあります。

 結論を言ってしまえば、まず、集団安全保障が理想的に機能するには、その前提があまりに厳しく、例外的な状況でしかありえないでしょう。他方で、国際連合憲章は、戦争を「違法化」し、例外として自衛権の行使を認めています。国連を重視する立場からしても、自衛権の行使は否定することができない「固有の権利」であることは、憲章51条で明確でしょう。まず、国連憲章という枠内でも、集団安全保障体制から「固有の権利」としての自衛権とその行使は排除されていないというのが、この小論の第1の結論です。

 第2の結論は、集団安全保障と自衛権の関係は、代替的でもありうるし、補完的でもありうるということです。米ソ対立、あるいは冷戦の時期には、集団安全保障体制は機能せず、そのことをもって集団安全保障と自衛権、あるいはNATOに代表される地域的集団安全保障や日米安全保障条約に代表される同盟などは集団安全保障とは相容れないという見方が今でも根強いようです。この見方は、真実の一部を反映しているのでしょうが、あまりに一面的でしょう。両者の関係は、単純な二律背反ではなく、状況によって代替的でもありうるし、補完的でもありうるというのが私の考えです。この点は、以下の「退屈な作業」で寄り道をしながら考えてゆきます。

 本来ならば、以上の分析を踏まえて、集団的自衛権に関する政府解釈を変更することが望ましいということが第3の結論ですが、ここは、今回は省きます。この点については、これまで何度も繰り返し論じてきましたが、別のアプローチを模索中で、まだ、明確なプロセスを示す状態には至っておりません。ただし、今回の検討を行っても、これまでの私の主張、あるいは「イデオロギー」を変える必要を感じておりません。

 今回、取り上げるのは、次の二冊の著作です。まず、第一は、ジョゼフ・S. ナイ・ジュニア著/田中明彦・村田晃嗣訳『国際紛争――理論と歴史〔原書第6版〕』(2007年 有斐閣)です。国際政治学、あるいは国際関係論の入門書としてあまりに有名ですが、いきなり専門用語が説明抜きで登場する専門書は、門外漢には「猫に小判」です。素人なら素人らしく、入門書でまず基本を抑えましょうというわけです。以下では、ナイ[2007]と表記いたします。

 もう「一冊」(上巻と下巻に分かれておりますので、物理的には二冊ですが)は、ヘンリー・A・キッシンジャー著/岡崎久彦監訳『外交』(日本経済新聞社 1996年)です。こちらは何度も、「時の最果て」で引用しておりますが、今回のテーマに関しても、鋭い洞察を各所で示しており、上巻・下巻ともに私の粗略な扱いのせいでボロボロになっていますが、内容の鮮度は現在でも落ちていないと思います。以下では本書をキッシンジャー[1996]と表記します。

 両者の違いを、あえて素人が図式的に描けば、ナイがソフトパワー重視であるのに対し、キッシンジャーが古典的なリアリストであるというあたりでしょう。ただし、以下の検討を通して、ハードパワーが中心となる領域では、両者の違いは氷炭相いれずというほど、大きな見解の相違がないことも実感します。イラク戦争の評価は、両者で異なりますが、今回のねらいは、イラク戦争の評価さえも無視して、あえて、両者の共通点を、あまりに「ベタな」著作から読みとってゆこうということです。長いので、「本論」は、お暇な方のみ、クリックなさってください。




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2007年09月17日

「ある敗戦国の幸福な衰退史」再考

 何度も繰り返して読んだつもりでも「ざるの脳」では、抜け落ちていることが多いものです。連休中、信田智人『官邸外交 政治リーダーシップの行方』(朝日新聞社 2004年)を読み返していて、ハッとする記述がありました。

 法案(「テロ対策措置法案」(当時):引用者)が国会に提出されると、野党は批判を開始する。社会民主党は米国の行動は報復であり、自衛隊の海外派兵は軍国化につながると非難した。保守派サイドからは、小沢一郎自由党党首が、自衛隊派遣には湾岸戦争時のように国連決議案による武力行使の承認が必要であるという立場をとり、集団的自衛権と憲法解釈の議論を避けた小泉首相のやり方は「一時しのぎで中途半端」だと批判した。


 小沢氏は、当時からある意味で核心部分を衝いていたようにも読めます。まず、この淡々とした記述では、私が勘違いをしているだけかもしれませんが、「湾岸戦争時のように国連決議案による武力行使の承認が必要である」というあたりは、小沢氏の論考そのものを探して読まないと、意味がわからないのですが、集団安全保障が機能するかのような形でなければ、自衛隊「派遣」(派兵といってはまずいんでしょうね)ができないというところでしょうか。「集団的自衛権と憲法解釈の議論を避けた小泉首相のやり方」という指摘自体は、興味深いです。「時の最果て」ですと、避けずに自衛隊を「派遣」した方がよいということになりますが。この記述だけでは、小沢氏が、集団安全保障と集団的自衛権の関係、集団的自衛権の行使と憲法との関係などをどのようにを整理されているのかはわからないので、小沢氏の評価は保留です。

 他方で、 『国会会議録検索システム』を利用すると、平成13年10月10日衆議院本会議での石破茂氏の質問は、政府・自民党(公明党・保守党との連立時ではありますが、このように表記しておきます)の、この問題に関する立場を知る上で、もっとも明快な質問を小泉首相(当時)に投げかけています。一部のみですが、引用します。

 まず、今回の米国、英国の行動について、総理の御認識を承ります。
 私は、これは個別的・集団的自衛権の行使としてとらえるべきものと考えます。国連憲章においては、すべての戦争を違法といたしておりますが、ただ、国家固有の権利である自衛権の行使は認められておるのであります。相手が国家であるか、集団であるかを問うてはおりません。
 オサマ・ビンラーディンをテロの容疑者として位置づけた従来の国連決議に加え、今回のテロ行為を国際の平和及び安全に対する脅威と認めた国連安保理決議第千三百六十八号によって、この米英の行動は十分に正当づけられるものであり、常任理事国の現在の姿勢から見ても、やがて行われるであろう安保理への報告後にこれが否定されるというようなことは到底考えられないのであります。
 話し合いで解決できるような事態では、もはやありません。軍事行動による危険より報復を恐れ行動に出ない危険の方がはるかに大きいとしたトニー・ブレア英国首相の認識は、まさに正しいと言わなければなりません。
 では、我が国はどのような行動をとるべきか。それは、この脅威が我が国にも向けられたものであることを正確に認識し、個別的自衛権の発動には至らないまでも、脅威撲滅のために主体的に行動すること、そして、長きにわたり、日米安全保障条約のパートナーとして我が国の独立と平和、安全と繁栄を支えてくれた最大の同盟国である米国が攻撃を受け、自衛権を発動しているときに、憲法解釈で許された範囲内、すなわち、集団的自衛権の行使は行わないとしてきた従来の政府解釈の範囲内で、最大限なすべき責務を果たすことであります。
 さらには、アフガン和平に向けた東京会議開催のため努力してきた我が国独自の立場を生かし、この戦いが仮にも文明の衝突というような事態に至らないよう、力を尽くすことであります。これは口で言うほどたやすいことではございません。古来、戦争は始めるのは容易であるが終わらせるのは難しいと言われてまいりました。まして今回、テロの一派に対して決定的打撃を与えたとしても、それが殉教者として称賛され、さらなる連鎖を呼ぶことだけは、どうしても避けなければならないのであります。

 これに対して、小泉首相は次のように答弁しています。こちらも答弁の一部です。

 
まず、審議促進に対する御協力、激励に感謝申し上げます。
 米国及び英国の行動は自衛権の行使ではないかというお尋ねです。
 今回の米国及び英国の行動は、国連憲章第五十一条に基づく個別的及び集団的自衛権の行使として安保理に報告がなされております。我が国としても、今般の米英両国による行動は個別的及び集団的自衛権の行使であると考えております。
 今回のテロに対する我が国の対応についてのお尋ねであります。
 今回のテロ攻撃は、米国のみならず世界人類に対する、自由と平和と民主主義に対する挑戦であり、卑劣な行為だと私ども考えております。この事件に対して我が国が主体的にどう取り組むかというのが問われているのではないかと思います。
 我々としては、憲法の範囲内でできる限りの支援、協力を行い得るよう、今回の法案を提出したものでございます。今後とも、世界の各国と一致協力しながら、このテロとの対応に毅然とした態度で臨みたいと思います。

 以上のやりとりから、「テロ対策特別措置法」の制定時に「六二時間のスピード審議」とはいえ、本質的な論点は出揃っていたように思います(本会議における他の質疑や「国際テロ防止・協力支援活動特別委員会」でも活動の内容や範囲など、現在の「テロ対策特別法」を理解するうえで基礎となる議論が行われておりますが、ここでの趣旨を外れるので、割愛します)。私の関心に基づいて、要点を整理すると、以下のようになります。

(1)2001年9月11日のアメリカにおけるテロに対するアメリカ・イギリスの立場は自衛権の行使であり、国連憲章の定める武力行使の範囲を逸脱するものではない(当時は確定しておりませんが、否定する決議はない)。この点は、湾岸戦争とは明確に異なる。

(2)アメリカ・イギリスの行動に協力するする態様として、(A)個別的自衛権の行使、(B)集団的自衛権の行使、(C)いずれにも該当しないとみなしうる活動、などがありえた。

(3)政府は、「憲法の範囲内」という制約の下で(C)を選択した。

 この順番は実際には逆なんでしょう。「憲法の範囲内」という大前提の下で、集団的自衛権の行使は不可能だから(さすがに個別的自衛権の行使という解釈は無理でしょう)、成立した「テロ特別対策措置法」には、石破氏が指摘した安保理決議1368は盛り込まれていません。『官邸外交』では小泉首相の政治手法の特異さを叙述されていて、あらためて興味深いのですが、寄り道が過ぎるので省きます(ちょっとだけ道草をしますと、自民党の頭越しに民主党と交渉するあたりは、現政権と対照的です。小泉政権の党内基盤が弱いという現実があったとはいえ、超党派のコンセンサスを築くという点ではやはり卓越したものを感じます)。良くも悪くも、すっきりしないのは結局、憲法上、行使できないという集団的自衛権に関する内閣法制局の解釈が、小泉政権下での選択肢を非常に狭めていたということでしょうか。

 当時の状況から、今日までで大きな変化があったのかといえば、残念ながら、集団的自衛権の行使に関する現行の解釈を変更するというコンセンサスが大きく広がっていない以上、ないといえましょう。「9.11」の衝撃が生々しい時期でさえ、このようなコンセンサスを広げようとする動きは、少なくとも、「テロ対策特別措置法」の審議プロセスでは見られませんでした。強力な政治的リーダーシップとアメリカという同盟国(被害者には日本人も含まれている)の犠牲にもかかわらず。私自身は、集団的自衛権の行使を憲法が否定しているとは思えませんが、あらためて当時の議論を省みると、解釈をまともにすることは、おそらく、今後も、時間がかかる、あるいはほとんど不可能に近いように思えます。自分の立場をさらに悪くすると、現行解釈の不備が、外交や安全保障に平時には関心が薄い方たち(ほとんどの「古典」の筆者は、関心が薄いことを嘆いています)にも明確に意識されるような事象が起きていない。起きてからでは遅いので、準備をしておきましょうというのが、基本的立場なのですが、アメリカがテロ攻撃にあった直後でも、国会の議論を読んでいると、おそらく、今後も解釈がまともになる確率は極めて低いと思います。

 「まとも」という表現自体、非常に強い価値判断を含んでいます。私の「ざるの脳」で現行の内閣法制局の解釈は、「国際法上、集団的自衛権を有しているが、憲法の制約により行使できない」ということになります。岡崎久彦流でゆけば、「もっている権利が使えないのはおかしい」ということになります。私は法理に疎いので、この、あまりにすっきりとした説明は違和感がなさすぎて、なぜ、そのような「まともな」解釈ができないのかという点に関心が向きます。佐瀬昌盛流でゆけば、「じゃあ、内閣法制局に憲法が集団的自衛権そのものを否定しているのかを問えば、おしまい」ということになります(「ざるの脳」による解釈ですので、乱暴ですけれど)。どちらも、私からすると身も蓋もない議論ですが、身も蓋もない議論が、現在でも国会でなぜできないのか(単一の理由から説明するのは困難でしょうが)が問題となるのでしょう。冷戦下では、左右の陣営の対立に起因するところが大だったと思いますが、現状では、私が解釈変更に抵抗する人たちを過小評価している可能性がありますが、畢竟、自衛隊の総合的な戦力(「憲法違反」の表現でしょうが、まどろっこしいので)が高く、日米同盟に目に見える形で支障が生じていないという状況では日本の安全が脅かされる感覚が鈍りがちだという皮肉な「寝言」になってしまいます。もっと身も蓋もない「寝言」をこきますると、日陰扱いしながら自衛隊という立派な軍隊をもち、日米同盟が機能している状態では、島国という地理的な条件もあって、孤立主義的な心情、すなわち自国の安全が他国の安全とは無関係ではない政治的な相互依存関係の深化に鈍感になりがちだということでしょう(このようなことを書いている私も迂闊なことに、finalventさんが指摘されている北朝鮮とシリアとの関係は見落としておりました。実に情けない)。なお、以下、説明することができないのですが、感覚的には集団的自衛権が「憲法の制約」で行使できないという解釈がそのままでは、個別的自衛権の行使も事実上、できないのではないか、そんな感覚をもっています。端的に言えば、他国から侵略を受けた際に、自国の戦力では対応しきれない場合、他国の援助が不可欠になりますが、集団的自衛権が封印されていれば、事実上、自国を守ることが不可能になります。もちろん、日米同盟の下ではこの国を武力で攻撃するという乱暴な国は皆無といってよいでしょうが、個別的自衛と集団的自衛を別物扱いするのは、違和感があります。

 実は、この記事がブログなるものを書き始めてから、500本目の「寝言」になります。あまり、自分でも進歩がないなあと。同じことばかり書いていて、どうかなと思います。近代以降(ふとゲームのおかげで大航海時代直後のイギリスの海上覇権の確立からその端緒なのかなと思いますが)の、大国間戦争での敗者は、ほとんどの場合、英米の覇権に再度、自ら挑戦して、敗れて後、漸く、「英米本位の平和主義」を容認するようになります。そのような国々の歴史と比較すれば、戦後のこの国の歩みは、「反米」という名の「左」、「右」の対立はあったとはいえ、戦後60年、積極的に英米の覇権に挑戦するという姿勢を見せなかったという点では、非常に穏健であったと思います。また、「平和ボケ」という表現は事態の一面をついていると思いますが、歴代の自民党政権、あるいは連立政権が自衛隊の強化を図り、日米同盟の強化を図り、反発も決して無視はできませんが、概ね、国民の理解には至らなくても、コンセンサスとなってきました。「ある敗戦国の幸福な衰退史」という刺激的なタイトルの「カテゴリー」を設けておりますが、戦後のこの国の歩みが、衰退する一方であったとは考えておりません。戦後の経済成長のおかげで、戦前をはるかに超える生活水準を実現しました。また、冷戦期には、日米同盟を中心として先進国として国際協調という点でも、少なからぬ貢献を果たしております。さらに、表層的には「軽武装・経済重視」の「保守本流」とされた宮澤喜一元総理が国際協力平和法制定で、いわゆる「人的貢献」への道を開きカンボジアでは犠牲を払ったとはいえ、情勢を見ながら、毅然とした態度を貫きました。現在では、自衛隊が、先述のような制約下とはいえ、日米同盟という根幹だけでなく、国際協調で貢献しています。上記で述べたこと以外にも、経済面での繁栄だけではなく、外交・安全保障という点でも、単純に「衰退」の道を歩んできたわけではありません。

 しかしながら、そこには、自国の存続と繁栄という、いわば、この国の「利己的動機」にもとづく問題から、集団的自衛権の行使に関する「迷走」に象徴される問題が、「利己的な」問題と切り離されて、「利他的な」問題として扱われる傾向が根強くあったと思います。スペインやオランダ、フランス、ドイツ、ロシアの「衰退史」は、過度なまでに「利己的動機」で英米の覇権に挑戦したことにあるのでしょう(オランダはイギリスに一方的にやられたという方が実態に近いのでしょうが)。幸い、この国の「衰退史」では、帝国として挑戦をして敗れた後、過度の「利己心」の発露による惨害を免れています。国際政治の場では、「利己的動機」にもとづく行動が結果として国際協調、あるいは安定した秩序をもたらすという保障はないのでしょう。極論すれば、バランス・オブ・パワーは、国家の「利己心」が調和をもたらすという、「利己心」を基礎にしています。他方で、集団安全保障体制は、国家の「利己的動機」を抑制し、「利他的的動機」を国家を超越した国際機関が各国に要請するという秩序です。別の機会に、この点を検討しますが、この国における外交・安全保障のあり方は、左右のイデオロギー以上に、政治的指導者が、自国の生存という「利己的動機」を一見、「利他的動機」にもとづくかのように見える「国際協調」と合致させるために前進し、後退し、再び前進するというプロセスを歩んできたように思います。他方で、「国際貢献」という表現は、「利己的動機」と「利他的動機」を両立させるために、ある程度まで日本人を説得するために役立ってきましたが、同時に、一見、「利他的」に見える行動が「利己的動機」を満たし、実現するための不可欠の手段であることを曖昧にしてしまったようにも見えます。

 既に、この国の戦後の歩みを考えるにしては、あまりに抽象的な「寝言」になっておりますが、集団的自衛権の行使に象徴される、日米同盟というこの国の自国の生存に関わる根幹の問題が、「対米貢献」といった自国の生存の根幹に関わるから離れたかのように語られることに強い違和感を覚えます。「利己的動機」の手段と「利他的動機」の手段が切り離されている間は、今日の経済のみならず、政治的相互依存が深まる状況に立ち向かってゆくことは困難でしょう。もちろん、自衛隊の派遣を含む、国際協力は、自国の生存を直接、脅かす問題でない限り、直接的には協力の対象となる国や地域への貢献でしょう。しかし、それが、結果的にとはいえ、国際的な信用、信義、いわゆる「ハードパワー」と「ソフトパワー」の両面からの影響力の増大など、この国の生存と繁栄に寄与することを忘れてはならないと思います。日米同盟という、集団安全保障の枠組みを補完する、しかし、この国の存続に直結する関係ですら、この国の利益とアメリカの利益がただちに合致するわけではありません。しかしながら、「対米貢献」や「対米追従」という表現に示されている、「利己的動機」にもとづく関係を「利他的動機」にもとづくかのようなレトリックから自由にならなければ、過度の「利己的動機」から英米の覇権に挑戦し、敗れた国々と、形こそ異なれ、やはり自国の生存を確実にするという冷徹な判断を欠いているという認識を欠いているという点では、常に「衰退」への確率が無視できないほどに存在することを忘れてはならないと思います。日米同盟は、双方の「利己的動機」にもとづいているという、ナイーブすぎる話ですが、この点が曖昧なままでは、同盟の強化も、自国の利害からその費用対効果を冷静に判断することもできず、さらに言えば、日米の総合的なパワーを考えれば、「利己的動機」にもとづかずに、「対米貢献」といったところで、アメリカは信用も信頼もできないでしょう。集団的自衛権の行使に至らなくても、せめてこの点は整理しておいていただきたいと思います。もちろん、現実政治では複雑なレトリックが用いられるのは当然だと思いますが、アメリカが好きで同盟を結んでいるのではなく、この国の生存から結んでいるという基本を明確にすることです。現状の同盟は互恵的であり、現実にはそのような認識の下で政治レベルでは政策が実行されているとは思いますが、当たり前のことが広くコンセンサスになっているような、なっていないような状態では、予期せぬ事態に直面したときに、国内的な説得が困難になりかねません。

 とまあ、われながら、集団的自衛権の行使という実際的な問題で、こんな抽象論を長々と書くとは恥ずかしいです。連休の終わりに、こんな下までスクロールしていただいた方に、久々に、お約束を捧げます。

ここは「時の最果て」、すべては「寝言」。
おやすみなさい。

2007年09月13日

迷走する「敗戦国」

 ふわあ。昨晩は地上波なるものを何週間かぶりに見ました。一番、安倍総理にきつそうな『報道ステーション』をメインに見ましたが、なんかつまんないなあ。「無責任」、「辞めるなら参院選直後」という決まり文句の合間に、「辞任の背景」、「自民党内の反応」、「野党党首のコメント」、「ポスト安倍」、「テロ特の行方」が「定食」のように並んでいて、眠たくなりました。それでも、30分も見た自分を誉めてあげたい感じ。ワーキングプアだの騒ぐ割に、報道する側の賃金について触れないのもなんだかなあ、メディアっていいご身分だなあなどと思っておりますので、この「テンプレ状態」を見ると、キャスターの年収なんて、300万円未満とは申しませんが、1000万円をちょっときる程度でいいんじゃないかと。規制業種のわりに、年収が高すぎる気がしますね。とひどいことを書いておいて、ゲル長官もとい石破茂元防衛庁長官がちょっとだけインタビューに答えていて、萌えてしまいました。このあたりはさすがにありがたいですね。もう寝ようかなというときだったので、正確な発言を覚えていないのですが、文民統制上問題がないと総理には申し上げたというあたりしか記憶にないのですが、かなり濃い話だったので、案外、難しすぎる話を総理が聞かされすぎて、ダウンしたんじゃないの、「刺したの石破さんでしょ?」などと不謹慎な「寝言」が浮かんでしまいます。真相は、こちらを読まれて辞任を決意されたんでしょうけどね(もちろん、悪い冗談ですよ)。

 職場でも、さすがにこの話題がでて、みなさん、いろいろ意見をおっしゃっていて、それぞれなるほどと思いながら、何も口にしない私をみんなが怪訝そうに見ていて、話をふられてしまいましたので、やむなく口にしたのがこれ。「こうしてみると、がたいだけじゃなくて森さんは大物でしたなあ。加藤の乱、直後の野中発言、なにがあっても降りなかった。次は森元総理には失礼ですが、神経が一本どころか二、三本抜けている方がいいんじゃないですか」。みなさん、「お仕事、お仕事!」となりまして、平穏無事な一日です。本当は、「だったら、お前あたりが向いてるんじゃないの?」というツッコミを期待していたのですが。もちろん、私の神経が抜けている、間が抜けているという皮肉ですけれど。あの当時の政権支持率ときたら…。今の小・中学校では人数が少ないからダメでしょうけれど、私たちの頃ですと、ぎりぎり50人を切る程度でしたから、クラスで「森さんが好きな人、手を挙げて!」なんてやろうものなら、5人ぐらいが目を伏せてちょっと手を挙げるかどうかぐらい。昔にさかのぼらなくても、今回は、一夜明けると楽な作業だなと思います。ただ、安倍総理が職を賭するとのご趣旨の発言をされたときに、パッと頭に浮かんだのが吉川経家の逸話(実話かどうかはわかりませんが)だったというのは、なんとも不吉でしたが。「落城」まで粘らない方がひょっとしてよかったのかもと思ったりして、安倍総理を責める論調を腐るほど読んだせいか、ちょっと「判官贔屓」に。

 これから、それなりにポスト安倍で盛り上がるんでしょうけれど、その手のお話はお好きな方たちにお任せ。「時の最果て」ではもっとどうでもいいことを考えます。参議院では、民主党が第1党で、解散ができないだけに、国民神道を抱き込んで云々という話もあるんでしょうけれど、民主党の安全保障政策はお寒い限り。期待値がマイナス(ちょっと乱暴すぎますが)ですから、独断と偏見の塊ですが、「テロ特措法」への反対の理由を煎じ詰めると、「国連決議のない、アメリカの戦争だから」と聴こえてしまいます。国際法の入門書を学生時代に読みましたが、正直なところ、頭の悪い私には、とくに戦時国際法はまったくわからなかったので、ひたすら暗記して試験が終わったら忘れてしまう劣等生(民法は別の意味で絶望的でしたけれど。養老先生の表現を拝借すると、民法は私のバカの壁に敗れたのであった)だったので、国際法にはまるで自信がありません。そんな状態であまりに乱暴ですが、そんな私が次の国連憲章51条を読むと、民主党が何をしたいのかがまったくわかりません。

国連憲章

第51条

 この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

 佐瀬昌盛『集団的自衛権』(PHP研究所 2001年)では個別的自衛権と集団的自衛権の区別、憲法との関係など集団的自衛権をめぐる諸論点を、露骨に言えば、現行の政府解釈(簡単に言えば、「国際法上、わが国は集団的自衛権を有するが、憲法上の制約により、行使はできない」)を批判し、なおかつ解釈変更を迫る立場から整理されていますが、てぶらで憲章を読んでみましょう。私の「無謀、愚劣、不遜(+無知)」をさらすのにも好都合ですし。「バルデス軍」が来ませんように(本当は異論を聞きたいんですけれどね。勉強になることが多いので)。

 さて、てぶらですと、第3文はどのような解釈ができるのかがわかりません。…いきなりダメじゃん。というわけで、『大航海時代IV』ですと、「Game Over」ですが、素人なりに強引に解釈しますと、「自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置」に国連安全保障理事会が制約されないと読めます。でたらめな解釈ですが、第一文で「個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」という表現で、消極的に自衛権を認めた上で、「安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間」という制約を課しています。強引ですけれど、安保理が直ちに対応するという意味での集団安全保障が機能することがベストだけれども、手続きの問題などから困難な場合など、加盟国の「個別的又は集団的自衛の固有の権利」にもとづく「措置」を否定していないと読めます。学生時代には田畑茂二郎先生の本が教科書で、手元にないので不確かな記憶しかありませんが、51条は米ソの関係が悪化する中で盛り込まれた条項だとご自身が講義で力説されていた記憶があります。佐瀬先生はこの見解に否定的ですが、私の「イデオロギー」を主張するには寄り道になるので省略します。第2文は、素人的には平明ですが、こういう文章の方が法律の世界では怖いのでちょっとおっかなびっくりですが、最低限、自衛権の行使するプロセスでとった措置を安保理に報告しなさいよというところでしょうか。以上のことを踏まえて第3文では、安保理が自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置と安保理がとる行動は異なることがありえますよと解釈します。ド素人ですから、乱暴な表現をすれば、自衛権の範囲を逸脱すると安保理が判断した場合、それに対する警告や制裁、場合によっては軍事的措置まで明記していないので、事後的な形ではあれ、自衛権の行使に当って加盟国がとった措置を場合によっては覆すこともありますよと読めます。素人的に全体を解釈すると、国連の基本は集団安全保障ですよ、ただし、自衛権は否定しませんが、集団安全保障の枠内でのみ容認しますよということでしょう。

 いかれた「外道」の解釈からすると、アフガニスタンでの「有志連合」の活動を批判するならば、それがまず、集団安全保障の枠を超えた、国連憲章上でも消極的とはいえ容認されている、自衛権の行使を逸脱しているか否かがまず問題でしょう(あんまりつまらないことを書きたくないのですが、安保理や国連総会でアフガンでの「有志連合」の活動が自衛権の行使だけでなく、他の諸活動も含めて明確に集団安全保障の枠を越えるという決議がない以上、憲章の範囲内の活動であることは自明だと思うのですが)。さらに、「テロ特措法」では安保理決議1267、1269、1333が挙げられていますが、安保理決議1368では「安全保障理事会は、国際連合憲章の原則及び目的を再確認し、テロ活動によって引き起こされた国際の平和及び安全に対する脅威に対してあらゆる手段を用いて闘うことを決意し、憲章に従って、個別的又は集団的自衛の固有の権利を認識し」とあって、安保理がアフガニスタンでの活動は、自衛権の行使として容認していることを明確に示しています。これが「テロ特措法」に盛り込まれていないのは、邪推ですが、集団的自衛権の行使に関する政府(ぶっちゃけ内閣法制局)の解釈を変更する準備がなかったからでしょう。野党もうっとおしいしね。要は、「テロ特措法」というのは、国連安保理が認めた自衛権の行使という肝要な点を避けた、その時期の事情を鑑みるとやむをえないとはいえ、自衛権の行使を行使じゃないとするための法律でしょう。

 それじゃあ、民主党の主張が正論で、あんたの方がおかしいじゃないかと思われるかもしれませんが、頭の悪い私には民主党の主張が理解できません。もし、「テロ特措法」を非難するならば、法律には盛り込まれていないとはいえ、安保理決議1368ではアフガニスタンでのアメリカを中心とする「有志連合」の軍事活動が自衛権の行使であり、現行の政府解釈からして、海自がそのような地域で活動を行うこと自体が憲法違反であるという点に絞られてくると思います。これを「アメリカの戦争」と呼ぶのはまったくの間違いではないでしょうが(「戦争」という用語もややこしいので微妙ですが)、国連決議がないのが問題というのは無意味でしょう。集団的自衛権に関する現行の政府解釈を容認するか、変更すべきかを捨象しても、海自のアフガニスタンでの活動は国連安保理決議の枠内での要請に応える範囲内のものであれば、現行の活動は、国際法上、自衛権の行使で、国内的には憲法違反すれすれというグレーゾーンであることが問題だと思います。もちろん、将来の見直しを考慮してこの点を問題にしないというのは「大人」なのかもしれませんが、今後、国際協力に関する新法を制定する際に、この点を整理しなければ、かえって変な制約が加わるという点では逃げてはダメだと思います。言いにくいですが、「小沢原理主義」の間は難しいでしょうけれど。

 ここで話が急展開するのですが、集団的自衛権の問題に踏み込まないという点では、自民・民主の新法はどの道、出来が悪いという点では程度の差でしかないでしょうから、騒ぐだけバカバカしい。いっそ、民主党案を丸呑みして、自民党と民主党が事実上、連立する準備をした方がよいというのが、今日の「寝言」です。もう、うんざりするぐらい書いていますが、自民党が民主党と「統治能力」をわかちあって、「民意」がどう転んでも、外交・安全保障政策が揺るぐことのない体制を築かないと、冗談抜きでこの国の存続に関わる危機に対応できないでしょう。とにかく、現在の外交・安全保障に関する議論の大半は目先の問題への対処に追われている印象があります。他方で、安全保障という、言ってみれば、消火活動と似た分野ではそういった問題への、「場当たり的な」対応の積み重ねが、イギリスの「バランス・オブ・パワー」のような事後的に戦略性をもった政策になることも、また否定できないでしょう。また、民主主義国家では公開された討論の場で外交・安全保障政策が決定されてゆきます。この国も例外ではありません。ただし、意味のない「タブー」があってはまともな議論はできないでしょう。「タブー」を破ることがそんなに難しいのなら、与野党で腹蔵なく国会で議論していただくことを望むばかりです。

 最後に「寝言」ならぬ「感情論」ですが、安倍総理の辞意表明を受けて、戦後生まれのひ弱さを指摘する方が多いです。ならば、戦前生まれの政治家たちが解決できなかった問題を戦後生まれの政治家が解決してやろうというぐらいの気概をもって頂きたい。その際、一時的に戦前生まれの政治家の知恵と力をお借りするのも、当然でしょう。敗戦以来、「自分の国は自分で守る」、「自国の能力を越える危機には他国との協力をえて守る」という当たり前のことができずに現在に至っています。自国の運命を自らの手で握るという自由で独立した国の基本を取り戻す。そんな「寝言」を綴る日々がまだまだ続くのでしょうか。

2007年05月03日

『第一次世界大戦と日本海軍』メモ(9) 第3章(B)

 前回は、気合が入りすぎまして、『第一次世界大戦と日本海軍』のメモという趣旨から外れてしまいました。まず、本書全体での第3章第1節の位置付けを序章からの引用で確認しておきます。

 本研究で重視した第三の視点は、日本の動向が同盟国イギリスだけでなく、それ以外の第三国に与えた影響にも極力目を向け、日本の第一次大戦へのかかわりを広く多面的にとらえようとしたことである。すなわち、日本の参戦は日英の二国間だけでなく、日本の中国や太平洋への進出を危惧するアメリカに大きなインパクトを与えたが、それは日米間のみにとどまらず、さらに日本とメキシコ、アメリカとメキシコの関係にも大きな波紋を生起させた。例えば開戦直後に日本海軍は、ドイツ東洋戦隊の捜索撃滅のために遣米支隊をアメリカ西岸に派出したが、この作戦中に巡洋艦浅間がメキシコ領マグダレナ湾で座礁してしまった。浅間の座礁は単なる偶発事故であった。しかし、この座礁事故がアメリカ、メキシコ、そしてドイツなどによりさまざまに利用されてしまった。浅間の座礁はメキシコによって対米牽制に利用され、ドイツには日本とメキシコが同盟してアメリカを攻撃するとのツィンメルマン事件を引き起こす遠因を与え、さらに大戦後にはアメリカの軍備拡張主義者に対日脅威を煽りたて、恐日・反日世論を高め海軍力増強の道具として利用されたのであった(4頁)。


 ツィンメルマン事件というのは、1917年1月、「ドイツ外務大臣ツィンメルマン(Arthur von Zimmermann)からメキシコ駐在ドイツ大使に宛てた、メキシコが日本と同盟しアメリカから旧メキシコ領土の回復を望むならば、ドイツは経済的軍事的支援を与えるとの条件でメキシコと交渉せよ、との電報が発覚」したビスマルク亡き後の粗暴な帝政ドイツの外交らしい粗雑な「陰謀」です。この事件が、どの程度、日米関係に影響を与えたのかは疑問ですが、第一次世界大戦は、単に「戦需景気」をもたらしただけでなく、軍事行動や戦争にともなう様々なプロパガンダによって、日英、日米、その他の国との関係にも戦後にも影響の残る爪あとを残したことを確認しておきます。

 第2節は、石井・ランシング協定に三日ほど先立って成立した日米海軍協定と日本海軍のハワイ警備行動が対象です。第2節の冒頭で、主題が簡潔に提示されておりますので、引用いたします。

 第一次大戦中の日米関係には、人種差別問題に始まり南洋群島の占領、対華二十一ヶ条の要求、アメリカに対抗するメキシコへの武器輸出問題や、ツィンメルマン事件などによる不信や猜疑の側面と、アメリカの参戦にともない日本海軍がハワイに巡洋艦を派遣し、太平洋の海上交通保護作戦を引き受け、日米共通の敵ドイツと戦う参戦国(同盟国)としての側面との二つの側面があった(120頁)。

 まず、前回の浅間座礁事故が1914年、石井=ランシング協定の締結が1917年11月ですので、第1節と第2節の記述は時期的にずれがあることに注意が必要です。また、日米海軍協定の調印が1917年10月3日、石井=ランシング協定の調印が同年11月2日ですので、時期としては、第一次大戦の終盤であり、1915年の対華二十一ヶ条の要求(アメリカの対日警戒心を強めた)やアメリカの参戦(これにより日米は戦争協力が可能になった)よりも後であることにも注意が必要でしょう。当たり前ですが、日本海軍がハワイを警備するというのは、アメリカが外交上、中立を捨て、建前上も協商国側に立って戦争に参加していることが当然の前提条件です。

 『第一次世界大戦と日本海軍』第3章2節では、アメリカ側、あるいはランシング国務長官が日米協定に提案した目的として対独戦争協力と中国問題に関する協議を成立させることが挙げられています。また、日本側の態度として、アメリカの目的に応じるとともに、「石井大使特命全権大使ニ対スル訓令案上裁指令の件(一九一七年六月一二日)」や「石井遣米特派大使ニ対シ内訓ノ件(一九一五年七月二四日)」など『外交青書』からの引用によって、アメリカ国内における日本人の地位向上や中国における日本の特殊な地位を認めること、赤道以北の旧ドイツ領南洋諸島の譲渡の内諾をえること(内訓による)などが挙げられています。石井遣米特命大使だけでなく、陸海軍大臣が陸海軍随員に与えた訓令もあわせて、121頁では次のように整理されています。

 
 一 中国問題、特に日本の特殊権益の問題(石井特使・陸軍随員)
 二 対日人種差別の問題(石井特使・陸軍随員)
 三 南洋諸島の領有に対する内諾(石井特使)
 四 フィリピン・グアムの軍備制限、フィリピンの独立又は他国へ
   譲渡の場合は先ず日本に交渉すべきこと(陸軍随員)
 五 太平洋警備問題(海軍随員)
 六 兵器軍需品製造および造船に要する資材の確保(海軍随員)


 項目の第1から第4までを見れば、対独戦争のおける協力ということがほとんど後回しであることは一目瞭然です。事実上、アメリカの参戦に乗じて日本側が言い分を通そうとしていたことがうかがえる内容です。あとで検討しますが、日米の単純な二国間交渉であれば、妥結は困難であったと思います。

 他方で、日米海軍協定に関する協議は、1917年9月8日より始まり、日本海軍の積極的な姿勢によって交渉が順調に進んだ結果、9月27日には共同声明を発表するに至りました。交渉の過程ではアメリカ側から太平洋から巡洋戦艦サラトガ、フィリピンから巡洋艦ガルベストン、シンシナチと駆逐艦5隻を大西洋に展開するため、交代艦を派遣する依頼がありましたが、後にフィリピンの海軍兵力は移動しないことになり、日本側に通知されました。日本側がフィリピンの警備について確認を行うと、フィリピンへの日本の海軍兵力の派遣が必要な場合、希望する旨の解答をアメリカ側からえるなど、微妙なやりとりも行われました。

 10月17日に、アメリカ海軍から装甲巡洋艦サラトガを11月下旬に太平洋から大西洋に派遣するために、11月15日頃までに日本海軍から代わりとなる軍艦を派遣する旨の以来がありました。日本海軍はこれに応じ、10月19日に巡洋艦常盤(艦長森本義寛大佐)へ出動を命じました。

 また、日米海軍協定の調印を受けて日本海軍は11月1日に「ハワイ警備命令」を発しました。124頁では次の二項目が挙げられています。

 
 一 常盤ハ急速出動準備ヲ整へ「ハワイ」ニ向ヒ進発シ
   当分同方面ニ在リテ行動スヘシ。
 二 本行動中ハ所在米国海軍官憲ト気脈ヲ通スヘシ。

実際のハワイ警備行動は、日本商船山川丸やスウェーデン船の遭難救助に出動した程度で、特筆すべき作戦行動はありませんでした。日米海軍の関係は良好でしたが、幸か不幸か、ハワイ周辺だけでなく、太平洋自体がこの時期には平穏だったため、1918年には常盤は日米協同作戦を中止して、独自の計画にもとづいて巡航移動警戒することとなりました。さらに、日本海軍は日米海軍協定にもとづいて相互に艦艇の配備・行動予定を通知することをアメリカ海軍に提案して同意をえましたが、アメリカ海軍が小型艦艇しか保有していなかったため、日米協同作戦が実際に発動される機会はありませんでした。

 日米海軍協定によってアメリカはハワイ・太平洋の警備を日本に任せ、大西洋へ海軍兵力を送ることができましたが、結果的にハワイ警備での日本海軍の活動は、その活動によって海軍のみならず、日本軍の特徴である高い錬度や厳正な規律、他国の比ではない高い稼働率などを示すことによって、皮肉にもアメリカ海軍はへ尊敬や信頼だけでなく、脅威として映る結果になってしまいました(129頁)。結果論になってしまいますが、「日米共通の敵ドイツと戦う参戦国」という日米の共通の基盤は、日本海軍の活躍によって、むしろ両者を引き離す効果すらもってしまったことは、「歴史のアイロニー」という言葉で片付けるには重大な問題です。この問題を「解く」には私は力不足ですが、平間先生が省いている石井・ランシング協定成立の背景は、この問題の補助線になると考えます。以下、長くなりますが、岡崎久彦『幣原喜重郎とその時代(文庫版)』(PHP出版 2003年)の「第七章 パリ講和会議」213−215頁から引用いたします。

 さらに日本には当時アメリカが中国における日本の特殊な地位を認めていると信じてよい理由があった。それが石井・ランシング協定である。
 一九一七年四月、アメリカはドイツに宣戦した。その結果、日米は同じ側で戦うこととなったわけであり、同盟国間に利害関係の摩擦があってもいけないので、日米関係を調整するために石井菊次郎を特派大使としてアメリカに派遣することになった。
 とくに日米関係の調整を望んだのは、当然、日米それぞれの同盟国である英国であった。石井大使とランシング国務長官の正式協議が始まる前の九月三日、駐米英国大使は石井大使を訪れ、英国政府は日米間の満足な了解が成立しないとたいへん困るので、シナ問題と太平洋諸島問題について日本の希望が正当であることを事前にアメリカ政府に説明しておいたと述べ、そして、「シナ問題についてアメリカは重大な利害関係がないにもかかわらず、現国務長官がフォスター(元国務長官、退官後シナ政府顧問、ランシングは女婿)の姻戚であるため非常なシナびいきであるが、これをもってアメリカ政府がシナ問題についてどこまでも固執して譲らない態度であることは大いなる誤解であろう。要するに、国務長官個人の感情より出るものと看做し、軽く受け流しておくのがよろしかろうと思う」と述べ、ひたすら石井大使の忍耐を求めた。

 同盟国の存在、とくに英国のように発言力の強い同盟国の存在はありがたいものである。石井・ランシング協定は、中国における日本の特殊な地位をアメリカに認めさせたという点で、日米関係において例外的な文書である。もし、これを日米二国間だけで交渉していたとすれば、このような結果はまず得られなかったであろう。
 アメリカと日本が同じ側に立って戦争をするという大きな背景があって、なおかつ英国の強い影響力と、細心練達の外交的配慮があってはじめてできたものである。後年、日英同盟が破棄されたことによる日本の最大の損害は、英国の情報力、外交的影響力、とくにアメリカに対する影響力の恩恵を受けられなくなったことにあるといっても過言ではないだろう。

 九月五日、今度は石井大使が英国大使を訪問すると英国大使は「シナにおける日本の地位はアメリカも内心承認しているが、ただ、これを公然承認するのを憚るものと察せられる。モンロー主義について外国の承認を求めたことのないアメリカ政府のことであるから、日本がシナについて何らかの承認を求めてもアメリカ政府はこれを与えないであろう。日本は、アメリカが他国の承認を求めずしてモンロー主義に満足しているように、シナにおける特殊な地位について明文の承認を得ることは不必要ではあるまいか」と述べ、万一交渉が不成立の場合も日米摩擦に進展しないような、日本の退路まで示してくれた。
 また、英国大使は、本国政府の訓令に基づいて、日本が開戦以来連合国のために尽した実績を列挙した文書を、国務長官に手渡してくれている。


 『第一次世界大戦と日本海軍』では日米海軍協定の進展と石井・ランシング協定の調印への影響に関して論じる叙述(123−124頁)がありますが、現実には妥協が難しい日米間の懸案をイギリスがアメリカへの影響力を駆使して交渉の土俵をつくったというのが実相のようです。日本海軍のハワイ警備を過小評価するわけではありませんが、戦局の変化とともに、日米海軍の協力は、太平洋でのドイツ東洋戦隊の駆逐ではなく、大西洋へ派遣されるアメリカ海軍を日本海軍が補完する関係でした。もちろん、このことは、日米の海軍兵力が補完関係に入ることを意味し、日本も応分の「負担」をしたといえるでしょう。

 他方で、石井・ランシング協定は、中国における日本の権益をアメリカの普遍的原則から離れてアメリカに認めさせる、より強い内容でした。この協定が成立するためには、とりわけ日本側の粘り強い外交交渉が不可欠でしょうが、なによりも、日米を調停しようとするイギリスの存在が大でした。英国大使が「退路」まで示しているように、イギリスにもこの交渉が妥結する確たる見通しはなかったのでしょう。それでも明文の協定までこぎつけた日本側の交渉は、粘り強いものであったのでしょう。ワシントン会議において、四ヶ国条約によって日英同盟が廃棄され、九ヶ国条約で石井・ランシング協定が破棄されたのは象徴的です。日米は、当時、氷炭相容れずという関係ではなかったと思いますが、利害が相反することも多く、イギリスは両国にとって重石であると同時に、両国を結ぶ絆を握っていました。日英同盟の破棄が日米開戦まで一直線に結びついていたとは思いません。

 ただし、岡崎先生が指摘されているように、日英同盟を失うことによって、日本はアメリカへの外交的影響力と的確な情勢分析を行う能力をもつイギリスという理想的なパートナーを失いました。その後、事実上、単独でアメリカと外交を行う羽目になり、結果論になってしまいますが、惨憺たる失敗を犯したことは、より詳細な検討が必要ではありますが、自明といってよいのでしょう。